第三十二話 ダンピールは部屋にいる
いやあ痛い痛い。もうちょっと加減しろ馬鹿たれ。痣になるだろうが。めでたく逆戻りとなった私は変わり映えのしない部屋にいた。
今度は決してほどけないように固く結ぶおまけつきだ。
「……ふん、殺さないだけありがたく思え化け物」
「その軽口、全部自分に跳ね返ってくるのどんな気持ち?」
お付きの騎士から頬をひっぱたかれた。軽いジョークだろまったく。というか、殴るのまで騎士にさせるのか。
「大丈夫だよ、殴ったってお前の指なんざ噛み千切らないさ」
ああそれとも。
「こんなことをしておいて、いざ自分が手を下すとなったら怖くなったか?」
またぶん殴られた。
※※※
残念だけど煽り作戦は失敗だ。ただひたすら痛くなった頬を床で冷やしながら思う。逆上して殴りかかってきたら指の一本ぐらい引っこ抜いてやったのに。
無関係の騎士の片手を四本指にするほど冷酷でもないし、さてどうしたものか。
ぶっ倒れた私はどうしてか地下牢ではなく最初に通された部屋にいた。牢でないのは地下からの侵入を防ぐためなのと、警備をするという点においては中央から離れている地下牢より、この部屋の方がしやすいのかもしれない。
最初に比べたら部屋の内装は大分質素になっていたし、なんなら吐き気を覚えるくらいの気分の悪さがあったけど。ちらりと壁を見れば装飾用の宝石らしきものが憎たらしいほど輝いていた。多分この気分の悪さの元凶だ。
「………あー、気持ち悪い」
恐らく毒系宝石にこの部屋のみの範囲魔術を使っている。おかげでさっきから気分が悪くて仕方がない。縛られたまま芋虫のように、少しでも気分がよくなる姿勢を探していると床の振動を通して微かな話声と足音が聞こえてくる。
「――――せ! あの傷―――。遠くには―――」
カシテラを探している捜索部隊のものだろう。もう一度寝返りをうって仰向けになりながらさっき起きたことを考える。ちょうどいいところにスパイラがいてよかった。あいつなら並大抵の騎士は見つけることができないだろう。
私が彼女から「狩りに使うんだ」と言いながら隠密魔術を見せられたのは大分昔になる。気配も魔力も完全に遮断する術だ。これを使えば獲物に気づかれないと私に自慢げに話してくれた。どこでそんなものを教わったのか聞いたらケロっとした顔で「独学」と言われたからよく覚えている。独学でそんな高等技術を習得するなっての。
カシテラは多分大丈夫だ。スパイラには報酬に私の家の隠し宝石の在処を教えてあるし、あいつ自体そう簡単に約束を反故にするような性格じゃない。
ただ騎士の保護を依頼した時、固まってしまった奴に報酬の話をしたら「そうじゃないだろ」って苦い顔しながら言ってたけど。まったくあのダークエルフは義理と人情に厚い。あんな仲間が背中を見せた瞬間分け前はアタシのもの! とか言って切りかかりそうな性格をしているのに。
そう思いながらようやっと見つけた落ち着く姿勢でごろりと横になった。口の中が乾くし、嫌な臭いがする。
ここに来てから何度もあのお薬スープを飲まされているから当然と言えば当然だ。少しは胃に入ってしまったが、かなりの量は吐き戻すことに成功している。
というかあのスープが純粋にまずい。なんだあの隠す気のない甘ったるさと薬臭さは。よくもまあ、あの騎士たちも平気な顔をして飲めるものだ。
その影響のせいか少し頭がぼーっとするが、完全に飲むよりは影響は抑えられているだろう。ガレナはすぐに無理くり飲ませるつもりはないらしい。私が何度も吐き戻しているのをにやにや後ろから眺めていたし。
まあおかげさまで胃に直接、なんてことがなくて万々歳だ。
あー、熱い。傷口に熱が溜まっているらしく、鼓動に合わせてずくずく痛む。薬と傷のダブルパンチだ。笑えない。
熱と薬と傷のせいでぼーっとするのが加速している。大方私が死んだら大爆発、の嘘を多分まだ信じているだろうし死ぬまで放置なんてしないだろうけど。それにしたって趣味が悪い。
「…………」
「……ったいなあ。やるならもっと上手くやってくれよ」
それに追加してこの採血だ。やり方も針でプスプス刺して浮かんだ血液を入れ物に入れていくのだから時間がかかる痛いしでしょうがない。やるにしたってもう少し上手くやってほしい。
第一血液なんてそんな長持ちするもんでもないだろうにどうする気なんだろう。その日、「神の力」として使う分だけ採取してるとか? 本当にタンク扱いとは。
今日の分の採血を終えて、ため息を吐く。頭がぼんやりと霞みがかったせいで時間の把握も曖昧だ。少なくとも数日は立っているだろうが、それも正確かと言われれば定かではない。
あの騎士は、来るんだろうか。教団はあの日殺したはずのカシテラを警戒している。そりゃそうだ。死んだと思った騎士にダンピールが怪しげな手を加えていたのだから。
ひょっとしたらあの騎士が操られて襲撃に来るかもしれない、なんて思っているのかも。
来る保証なんて全然ないけど。というか来るほうが可笑しい。自分を殺した奴がいるところにのこのこ帰ってくる馬鹿がいるもんか。
でも多分、戻ってくる気がしている。あいつは生真面目で、まっすぐで熱血の騎士様だから。恐らく自分でケリをつけられない方が、きっと耐えられないだろう。
ぼんやりとした視界の中、足音が聞こえる。それは教会の真正面からこちらに押し寄せる大量の足音だった。
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