第十八話 糸の始まり

 父さんも母さんも、こいつのせいで殺された。こいつがいたから殺された。ざあざあと耳の傍で血の流れる音がする。視界が黒く狭まって、あの女だけが先にいる。


 指を優雅に伸ばしながら、母さんと同じ緑をきらめかせながら。


「ああ、ルネ。そうだ、こっちを向いて。僕はここだ。ここにいるんだ」

 

 ――――あいつはうっそりと笑っていた。


※※※


「なんてことをしたんだっ‼ 王族ともあろうお方が!」

「………君には言ってないよ。少し黙っていてくれるかい」

「いいや、黙ってなどいられるものか!」

 飛び出そうとした時、耳を突き破るような怒号に意識が引き戻される。視界が急激に広がり、今ここが城の中であるということが思い起こされた。


 隣には目を吊り上げた様子のカシテラ。前にはつまらなそうに椅子に座るアダムの姿があった。


「私欲のために家族を、仲間を殺すなどと、黙って見過ごせるわけがないだろう」

「異種族は君ら騎士の管轄外だろう? それとも騎士は怪物も守るのかい」

 その言葉に一瞬目を見開くが、カシテラは目の前を睨みつけたままだった。

「……怪物は、貴方の方だ」

 カシテラの発言に城内がざわついた。アダムの後ろからミメットが飛び出す。

「貴様っ! アダム様になんて暴言を―――っ!」


 だが、激高する彼女を諫めたのはほかでもないアダム自身であった。


「やめろミメット」

「っ、しかしアダム様!」

「いいから刃を収めろ。第一、誰のせいで彼までここ来ることになったと思っている」

 その一言にミメットの顔色がさっと変わる。


「――――っ、は」

「それに、彼が言ったことは別に間違ってない。僕は人間の形はしているだろうが、少なくともその道からは外れているだろうからね」 

 そしてアダムは周囲の騒ぎとは反対に思考を取り戻している私を見て残念そうに

肩を竦めた。


「やれやれ。随分勘のいい番犬を見つけたものだ」

「………貴方は彼女を怒らせているように見えたので」

「怒りで全部投げ出してくれればよかったのに。まったく君のせいで台無しだ」

 そう言いながらアダムは指輪を外した。その瞬間に沸き上がる怒りが理性を取り戻していくのが分かる。


 冷めていく思考に息を吐き出しながら、私は目の前の女を見つめる。

「―――なるほど、それも術の類ってわけか」

 厄介なことをするものだ。精神に影響を及ぼす魔術なんて。そう言うと今度は強い力が物理的に私を羽交い絞めにしてくる。焦ったようにカシテラは言った。


「ルネ! 駄目だぞ、危害を加えては彼女に大義名分を与えてしまうからな!」

「分かってる分かってる、だから締める力をだな」

「自分は貴方をけして怪物になどさせないからなっ!」

「いだだだだだだだだっ⁉ 加減! 加減しろ馬鹿!」

 流石にこれ以上締められたら中身が出る。アダムどうこうの前にこいつの怪力でどうにかなりそうだ。


 離すまいと私を締め上げる腕をタップし、どうにかカシテラの腕から脱出する。まったく、どうにも決まらない。心配そうにこちらを見てくるカシテラを横目にアダムと向き合う。

「やあ、もういいのかい。僕を殺さなくて」

「おかげさまで。大分頭が冷えたんでね」

「それは残念」

 大して残念とも思ってないくせに良く言うよ。アダムは殺気立つ部下を下がらせる。会話をする気はあるようだ。


「あわよくば、君がこっちに落ちてくればと思ったんだけど。ああ、死んだ君を宝石に変えてしまうのもありだな」

 とんだ思考を持つ王族がいるものだ。しかし、その会話にはどうにも引っかかる部分がある。 


 さっきこいつは言ったのだ。「ここに吸血鬼がいない」って。


 確かにここから吸血鬼の存在は感じない。けれど、今奴は「宝石に変えても」と言ったのだ。

「生憎心配性の騎士がついてるもんでね。それよりアダム」

「分かってるよ」 


 おかしい。辻褄があっていない。私の立てた仮説は王族が吸血鬼を捕らえ、無理やり宝石の秘術を使い吸血鬼を筆頭とする珍しい生物を私欲のために変えている。と言うものだった。


 けれど、城に吸血鬼はいない。これは一体何がどうなっているのか。鈍く思考を回し始めた私に対し、アダムはゆっくりと口を開く。


「そうそう。さっきの話では言っていなかったけれどね」


 いるんだよ。吸血鬼の場所を教えろって、その見返りに恒久的な希少宝石を渡すとがね。


 それは、さらに奥の奥。見え始めた糸の先端に過ぎなかった。

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