第十九話 盲目の信頼
「……何だって?」
「まあ、その前にだ」
唐突に明かされた新たな事実に衝撃を受けていると、アダムはその先を遮った。
「何か聞きたげだね、騎士君」
頭を動かさないまま、紫の目だけがすいっと動く。それは私の隣へと注がれていた。
「……それは」
カシテラは突然の指摘にうろたえる。アダムはその様子に満足げに言った。
「当ててあげようか。知ってることと食い違う、とでも言いたいのかな」
「―――っ」
息を飲むのが分かった。食い違う、とは。何のことを言っているのだろうか。
「時にルネ。教団の教えを知っているかい」
「教え?」
ああ、確か命あるものを石に還すとかなんとかだった気がする。正直あの時は帰ってほしさでいっぱいだったからあまりはっきりとは覚えていないが。大体似たようなものだったはずだ。
「ミーネ教団の教えは女神ミーネの教えに従い『命ある者を平等に石へ還し、女神ミーネの元へ導かれる』だったね」
「それが何か?」
「それには続きがあってね」
「続き?」
「ああ、それは―――」
と、アダムが言おうとしたところでカシテラが口を開けた。
「……『生前、特に良き行いをした魂は美しき石と化し、人々を救うだろう』」
つらつらと自然に口が動くようにカシテラが言う。アダムはにこりと笑うとそれに続くように薄い唇を動かした。
「『そして信心深くないものはただの石として転がるのみ。遺された者が拾い生活の糧とすることで彼らは報われる』だったかな」
「…………そうだ」
美しい石、というのは多分宝石を指すのだろう。よくある良き行いを指導するための教えとしか思えない。それがなんだというのだろうか。だが、アダムは続けた。
「君は言いたいんだろう。どうして吸血鬼が宝石となっているのか」
「―――――は?」
「何故教えられた通りのものでなく、
何を言ってるんだ、こいつ。
「ちょっと待て。それはただのよくある教えの一つ、つまり人間を動かすための例え話みたいなもんだろう」
彼は信心深いからそれが本当に起こると信じていると? いやそれとも――。
その時ふと、ここに来るまでの光景がよぎった。ただの石ころを、装飾品として身に着ける人々の姿。
「この国は昔から鉱石掘りが生業として定着している。だが、それの価値が下がり始めたのはおよそ二百年ほど前からだ」
アダムは続ける。
「王族は宝石の流通権全般を握るからね。だからこそ僕が言えることだが」
鉱石掘りの報酬は下がった。北でも鉱石掘りの人間は年々減少傾向にあるという。およそ半数以上が地道ではあるが割を食わない仕事へとついたのだと。
「けれどね、少なくとも―――王城に流れてくる宝石は増加し続けている」
鉱石掘りが少なくなるのならそれと比例するように宝石の発掘量は少なくなる。それは当たり前のことだ。だがアダムが言ったのはその真逆のことだった。
「……二百、年前」
愕然とした声が聞こえるのは隣からだった。カシテラは動いた口を手で押さえ、まっすぐな目が珍しく空を泳いでいる。
「鉱石掘りへの不況は増す一方だ。報酬は安く、珍しい宝石などなかなかお目にかかれるもんじゃない」
北でも格差は生まれ初めている。より高い地位の者だけがどうしてか希少な宝石を得ているのだと。
「さて真面目な騎士君。君のような信心深い騎士なら創立年数くらい覚えているはずだ」
「そん、な。そんな、わけが………」
「ど、どうした? 顔色が悪いぞ」
血の気が引いたような顔色だ。黒の髪も相まって一際血色が悪く映る。だがカシテラは私の声も耳に入らないのかただぶつぶつ呟くだけだ。
「事実だ。君の思う奇跡の力とやらは奇跡でもなんでもない」
「アダム、お前何が言いたい」
「君だって分かっているはずだとも」
私の疑問なんてするりと躱すように言いながら、奴は「ところで最近北は物騒でね、連続失踪事件だそうだ」と突拍子もないことを口走った。
「ルネ、君は知っていたかい? 当たり前と言えば当たり前だ。報酬の少ない仕事は鬱憤がたまるものだからね。君を襲ったあの二人組のように」
「っ今そのことになんの関係が―――」
この際なんでそのことを知っているんだとかはもうどうでもいい。アダムが何を言いたいのか、私にはさっぱり分からない。
「ここ最近、立て続けに葬儀があった。どれも信心深い者ばかりだそうだ」
人間は、追い詰められれば悪事にも手を染める。それのほうが楽だと判断すれば非人道的なことにだって。それこそ、カシテラと初めて会った坑道であの男たちが私にたかったように。
けれど教えを前提として考えられたそれは本来ありえない。
―――教団の「教え」が実際に起こりえるものだと実感できなければ。
頭の中で新しい仮説が組みあがっていく。アダムは多分ずっと前から私に気づいて、監視をし続けていた。なら、どうしてこのタイミングだったのか。アダムはその様を楽し気に観察しているようだった。
「うん、やはり君は賢いね」
「……何も言ってないけど」
「顔を見れば分かるさ。大方君のお考えが正しい」
アダムは私に手を伸ばす。指輪をはめていない、ただの子どもの手をこちらに伸ばす。
「こっちにおいで。そこは危ない」
「………私は」
「僕はね、他のことはどうでもいい。国が滅びようと人間が何人死のうとどうだっていい。だが―――君のこととなれば話は別だ」
その目は笑っていなかった。
「君が僕以外を見るなんて、僕以外に傷つけられるなんて御免だからね」
私はその眼差しを見て、それから奴の手を見た。どちらもただまっすぐに向けられているのを見て、カシテラの背を支える。アダムの指がゆっくりと下げられた。
「――――そう、そうか。君は」
「悪いが親を殺した奴と一緒にいるほど、私は寛大になれないんでね」
そう跳ねのけるとアダムは残念そうに肩を竦めた。
「ああ、駄目だな。僕も君が傷ついている時につけ込めばよかったんだ」
泥の上に落とした物で、泥が簡単に形を変えるように。土足で踏み込んでしまえばよかった。そう言うアダムを無視し、背を向ける。今のカシテラの状態はとてもじゃないが普通とは思えなかった。
「話はそれだけか。なら帰らせてもらう。こいつを休ませたいからな」
「ああいいよ。今日は帰らせてあげる。ここで無理やり捉えても君は僕を見てくれないだろうから」
だけどね、と後ろから声が追いかけてくる。
「僕は君らの場所を教えた。だが、殺したのは僕じゃない。その意味が分かるね」
「…………」
「信じることと、盲目的に信頼すること。それは意味が違うことだ、ルネ」
黙ってその背を支えながら城を後にする。後ろからは誰も追ってこなかった。
「さて、気づいているのか。それとも気づきたくないだけなのか」
城の門が閉まる瞬間、ある女の言葉が門の音と共に消えていった。
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