第十六話 アダム姫

「楽にしてくれ。ここはだだっ広いばかりだから好きなところに座ってくれればいい」


 通されたのは王族が使う用に設えられた食事用のテーブルだった。こんなに長さいらないだろと感じてしまうほど縦の長い長方形。席が決められているのかアダムはその中でも一番奥、テーブル全体を見渡せる一つしかない主人用の椅子に腰かけた。


「ああ、離れているのが嫌なら椅子を持ってきても構わないよ。もちろん、僕の隣に座ってくれても構わない」

「…………遠慮しとくよ。王族の隣なんて恐れ多すぎて失神しそうだ」

「そう、残念」

 入り口で見せた威圧感はどこへやら。茶目っ気たっぷりにこちらへウインクを添てくる様子に、とりあえず話が聞こえる範囲で一番遠いであろう席に手を伸ばす。


 厚い生地が使われたクッションに腰を下そうとすると、隣から上着を引っ張られた。見れば若い騎士の顔には動揺と困惑が浮かんでいる。そりゃそうだろう。


「ル、ルネ。彼、彼女? が」

「分かりにくいけどあいつは女だよ」

 最も、今がどうなのか私も分からないけど。 

 

 カシテラの混乱は最もと言えた。あんなおっかない刺客を向けてくる奴だ、どんな血も涙もない奴と思っていたことだろう。それにしてもこいつ、アダムのことを知らないのか。一応王族なのに。


 そう思った時、にこやかにこちらを待つ奴が考えを読み取ったように口を挟む。


「彼が僕を知らないのも最もだよ、愛しのルネ。君は少し人間と離れすぎて知らないだろうけどね」

 隠れる羽目になった要因は続ける。

「面倒なことは兄弟たちに任せてある。好きにさせてもらう代わりにまつりごとには口を出さない約束なんだ」

 アダムは再度椅子を薦めながら、細い指を手遊びのように絡ませながら言った。


「積もる話もあるだろうけど、久々の再開を祝して乾杯と行こうじゃないか」


 奴が言った瞬間待ち構えていたように使用人たちが部屋へと入る。その手には上等に見える酒のボトルがあった。


※※※


「ほう、それで君がルネを助けてくれたのか」

「いえ、自分は責務を全うしたまでで」

「その若さで立派なものだ」

 王族の食事というのは北の人間にも珍しいものらしい。「酒はまだ禁じられているから」とカシテラが酒を断った後は次々と料理が運ばれてきた。


 スープにサラダ、あまりお目にかかれない魚や肉の料理。食べている最中にアダムはカシテラから話を聞き続けていた。滑らかに気持ちよく、自分から話してくれるよう言葉を調節しながら。王族お得意の外交術というやつだろう。


 そのせいか最初こそ警戒していたカシテラすらいつの間にか奴のペースに乗せられて話し始めてしまっている。随分よく回る口だと辟易しながら運ばれてきた料理を見た。苦手な肉も魚も入っておらず、どこから手に入れたのか新鮮な果実と野菜を主体とした料理。

 

「若いなどと、アダム様こそ自分よりお若く見えますが」

「ありがとう。だが僕は君よりずっと年上だよ」

 もっと言うのであれば君の父母よりね、というアダムにカシテラはぽかんと間抜け面を晒す。当たり前だ。中身はともかく、見た目は齢十ほどの子どもにしか見えないのだから。

 

 カシテラの素直な反応がお気に召したのか、ころころと笑いながらアダムは続けた。


「国に伝わる禁術の一つでね。年齢だけならそこの彼女ともいい勝負だ」

「え⁈」

「……そういうの、デリカシーがないっていうんじゃないか」

「おや。今さら年齢どうこうで傷つく君でもないだろう?」

 さらに驚愕を重ねた様子のカシテラが勢いよくこちらを向いた。別に、面倒だから話していなかっただけだ。だが年若い騎士は複雑な表情を浮かべる。


「お二人とも自分より年下とばかり……」

「いいじゃないか。年齢で変わるような関係でもないだろう」


 そう笑ってアダムは銀の食器でスープを口に運んだ。躾の行き届いた所作に、それが矯正されたものではない自然さ。奴は私がまだ料理に手を付けていないのを見て何故か満足そうに笑いながら言った。

「ああ、いいね。君はずっと変わらない」

「……それはお前もだろ」

「そう見えていれば嬉しいけどね」

 奴は変わらない顔でほほ笑む。しかし作られたように整った笑みは、子どもの顔とはいささか不釣り合いに映った。


 姿かたちは変わらなくとも、年を重ねた分だけ中身は変わっているのだろう。アダムは言った。


「さて、緊張もほぐれたところで先日の失礼を詫びようか」


 瞬間ぴんと張りつめ直した空気に、隣の騎士が背筋をしゃんと伸ばすのを感じていた。

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