第十五話 人ならざる姫君
「どうしてこんなことになるんだか」
「ルネ、とはいってもあれが城だ。自分も入ったことはないんだが」
今現在、カシテラに連れられるようにして北の街を歩いていた。時折不躾な視線が向けられるが、隣の騎士に気づくと興味を無くしたように逸らされる。
流行りなのか灰色の石ころに豪奢な装飾をつけた彼らに視線を送っていると、カシテラが声を上げた。
「もうすぐ門だ。ああ、緊張してきたな。失礼のないように振舞えるだろうか」
「……観光気分だなこれは」
実際に城に入れると分かって興奮が抑えられないのか、どこか弾んだ声にため息を付く。どうしてこいつと共に城へと向かっているのか。
それは少し前のこと。
※※※
「おう、ルネ……って酷い顔してんな」
「うん、自覚はある」
レイジャは私の顔を見るなり顔を顰めた。術越しでもよほど見られない表情をしているらしい。怠惰な彼が「まあ座れよ」なんて椅子をすすめてくるほどだ。
「この間の騎士がらみか?」
「あー、今はそれじゃない」
「噂になってるぜ。南にご執心の聖堂騎士がいるって。今思えばありゃ、お前を追っかけてきたあの時の兄ちゃんのことだったんだな」
当たり前だがカシテラは目立つ。しかも南に毎度のように通うとなれば噂になるのは当たり前と言えた。街の噂が座っているだけで入ってくる酒場の主人は水も出さずに続ける。
「お前も大概変なのに好かれるよなあ。で、今日は仕事をお探しで?」
「今日はまあ、ちょっと気分転換だ」
頭をよぎるのは例の招待状。
「久しぶりに顔を合わせて食事でもしよう」と一緒に一週間後の日付が書かれたそれは目下の頭痛の種だ。カシテラにはまだ話していない。ミメットを寄越した張本人からの招待状だと分かれば生真面目なあいつが何をしでかすか予測できないからだ。
レイジャはそうかいとだけ言ってカウンターの内に座り直した。繁殖欲の強いオークの中では珍しく子を作る行為に興味のないレイジャは、いつ何時でも変に詮索してこない。それはオークの群れで異端者として詮索され続けてきたからだろうともっぱらの噂だった。
「にしてもお前にそんな顔をさせるなんて余程厄介な相手と見えるぜ」
「あれだよ、行きたくないし顔も合わせたくないけど行くことは決まってるっていうあれ」
「そりゃあ聞いただけで面倒そうだ」
逃げようにも国境にも唯一の逃げ道の海路にすら監視の目が行き届いていた。
「実際面倒だよ。しかも私を快く思わないやつのおまけつきだ」
ミメットは私を快く思わないだろうし、あの城にいる間はずっと針の上に座らされている気分になりそうだ。ため息をつく私にレイジャは平たんに返事を返す。
「んなもん、パーッと行って帰ってくりゃいいだろ」
「……無事で帰ってこられたらね」
「なんだ心配性だなお前」
私の様子が取り越し苦労とでも言いたいのか、レイジャは少し笑った後、「だがまあ」と言いながら真面目な顔になる。
「この頃妙な事が連続してるしお前みたいに用心しすぎるくらいでちょうどいいのかもな」
「妙な事?」
「あれだよ、最近北のほうで行方不明が―――」
そこまで言って彼は急に何か思いついたのか、岩のように巨大な握りこぶしをぽんと打った。
「難しく考えなくてもよ、そこまで不安ならあの騎士の兄ちゃんに付き添ってもらえばいいじゃねえか」
「は? 付き添い?」
「騎士ってのは民を守るのが仕事なんだろ? なら丁度いい」
その厄介な連中もとなりに騎士がいれば余計なことをしないだろうと、怠惰な店主は言い切ったのだった。
※※※
結局、大体はレイジャの言う通りになった。変に鋭い彼に追及され、アダムから招待状があったことを告げればカシテラは「自分もいこう」と言ったのだ。
「あの女性を差し向けた相手なんだろう。何があるか分からない。自分も付いていこう」
面倒そうなことだし巻き込まれる必要もないのに。しかし頑固な騎士は頑として首を横に振らなかった。
いいのか、君が仕える主に反抗的に見られるかもしれないぞと言えばカシテラはきょとんとした顔で言った。
「自分たちが仕えるのはミーネ様だけだ」
まあ、こんな成り行き共に城に向かうことになって今に至るわけだが。
「ルネ。あれがミーネ教団の教会だ」
嬉々として白く巨大な教会を見て説明するカシテラに本当に大丈夫かと不安になってくる。北を案内したりないカシテラを引きずるようにして私は城へと向かった。
※※※
「お待ちしておりました」
使用人のような人間たちが生真面目に門から入った私たちに左右に並んだ彼らが頭を下げる。鉱山をくりぬき、中の空洞に鎮座した石造りの城は酷く重苦しい空気を漂わせていた。
その中に見知った顔が一つ。
「………お前」
左の目に包帯を巻き、金の髪を一束にまとめた女。しかし彼女はこちらを見るも、まるで凪いだ泉のように何も見えない表情で頭を下げる。
「いらっしゃいませ、お客様」
前に会った時とは打って変わって感情を感じないその立ち振る舞いに、カシテラと思わず顔を見合わせてしまった。一体何があったというのか、そう思った最中。
「やあ、よく来てくれたね」
脳みそを痺れさせるような、低く、それでいて甘く掠れた声。中性的な声と話し方に、随分と変わったなとぼんやりと感じていた。
城の奥から現れた姿はすらりとした美形で、少年とも少女ともとれる危うい容姿をしている。暗い朱の髪を艶めかせ、切れ長な目が紫に濡れた。昔のようなドレスでなく、縁にレースのついた上質な焦げ茶色の男物の揃いに身を包んでいる。
―――家系的に女の子は短命だから、男の子の名前を付けるんだって。
昔に聞いたその言葉が水の中に浮かぶ泡のようにふっとよぎって消えていった。
「歓迎するよ、ルネ。あと、横の君も一応ね」
アダム姫。子どものような容姿を持ちながら何十年と生きる人ならざる姫君。
とろけるような笑みを浮かべる奴に対し、私は知らずのうちに手を固く握りしめていた。
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