第十四話 絶望の招待状
「ほ、本当にやるのか? やはり自分が……」
「君みたいな馬鹿力がやったんじゃ逆に傷がつく。いいから黙って後ろでも見てろ」
おろおろと周囲を冬眠前の熊のようにうろつくカシテラを押しのけて、倒れたままのミメットに近づく。そうとう強くやられたのだろう、白目をむいて気絶していた。
一体どんな力でやったんだと後ろの男を見れば、騎士はおろおろと視線を彷徨わせる。
「軽くだ、軽く柄でこつんと」
「………これで?」
言動からして暗殺や偵察をやっていた可能性があるミメットだ。多少なりとも拷問への対策もしているだろうに。そんな様子など欠片も見せずぐったりと横たわる女にどれだけ強くやったんだと呆れながら、さっきと比べればまだ楽になった手を伸ばした。
目指すのは怪しく輝くミメットの左目だ。
※※※
処置の後、倒れるように横になって目が覚めるともうあいつはいなかった。縛り上げた縄だけが床に残っていたとしょぼくれた様子のカシテラが言う。
「すまん! 目を離したつもりはなかったんだが」
「構わないよ。どうせ起きたら帰ってもらおうと思ってたんだ」
手をぐっと握って伸ばす。術の要を砕いたせいか随分調子が戻っているように感じられた。
「良かったのか。その」
「仕留めなくて良かったのかって?」
まだ動きの悪い足を引きずるようにして椅子に座る。カシテラの言いたいことは理解できた。あのまま放っておけば、また襲撃に来るかもしれない。今度こそ私はあの女の元へ引きずり出される可能性だってある。
「いいんだ。暗殺者が大人しく殺されるとは思えないし」
拷問や死体からうっかり口を割らないよう鼓動の停止から作動する魔術で木っ端みじん、なんてことも考えられなくはない。第一あの女は素直に死ぬ奴じゃないだろうし。
「殺さなくて済むならそうしたい」
好き好んで命を奪う奴なんてそうそういない。もちろん私だってそうだ。追いかけられるならまた逃げればいい。
「それより君はこれで良かったのか」
まっすぐに見据えながら言えばカシテラの双眸が戸惑ったように揺れた。
「あいつが言った通り私は人間じゃない。半分に吸血鬼の血が流れるダンピールだ」
君にはひょっとしたら私がまだ人間に見えているのかもしれないが、と前置いて語り掛ける。
「化け物を、人間の味方が守ってよかったのか?」
これは守られたことへの誠意だ。何ももっていない私が、彼に示せることは自分自身を明かすことでしかない。もし彼がまだ私を人間だと思っているのだとしたら、それは不義理だと感じたから。
カシテラは言う。
「……化け物などと、言わないでくれ」
「君ら人間から見てそれは事実だ。恐ろしい吸血鬼の半分だとも」
「貴方は、自分たちに害を与えるつもりなのか」
「するわけないだろ。見ての通り私は非力だからね。ただ、人間から見たらそう映らないかもしれない」
大多数からすれば少数の異物なんて危険因子に他ならない。それが人でないなら尚のことだ。
「それに、あの女は私が姫を誑かしそそのかしたと言った。それが本当なら?」
王族を誑かしたとなればそれは重罪だ。奴が私を殺そうとしたように、それだけで裁くには十分だろう。しかし、生真面目な騎士は言う。
「……自分には、貴方が非道な行いをするとはどうしても思えない」
「君と同じ人間が証言したとしても?」
「けれど、自分は見ていない。確証が持てないことなら自分は信用したいと思った方を選ぶ。それだけだ」
流石にここまで頑なだと呆れてしまう。
「自分は、貴方がそんなことをするようにはどうしても思えなかった」
「だから『見ていない』と。それだけで信じるつもりかい?」
こくりと頷くその姿はまるで幼い子どもそのもの。自分が信じたいから信じるなんて、図体ばかりでかい癖に本当に中身は子どものような男だ。
「……まったく、馬鹿だな君は」
自然に上がった口角を隠すように、私は彼に背を向ける。まっすぐに向けられる視線がどこかむず痒かった。
※※※
「それにしたってもう少し早く手を貸してくれたらもっと助かったんだが」
少し意地悪に聞いてやればカシテラはそれだけで取り乱す。
「っ、それは、まことに申し訳がないというか、その」
「いいよ。人ではないと言われ思うところの十や二十はあるだろう」
まだ痺れが残る指先を動かしながら私は続けた。
「ただ、本当にすまなく思っているなら引越しを手伝ってくれると助かるね」
そう言うと騎士は何度もこくこくと頷いた。
とにかくやることが山積みだ。手始めにやらなければいけないのは引っ越しだろう。場所が割れてるし、一時でもいいから身を隠したい。まだ毒も抜けきってはいないし、国から出るにしても準備が必要だ。
だがしかし、カシテラの手を借りながら別の洞窟へ引っ越しを終えた翌日。入り口に置かれた封筒に思わず眩暈がしそうだった。
――――「招待状。我が愛しのルネへ」
どうしてこうもすぐに居場所がばれるんだ。手荒なことをしたという謝罪とぜひ城へ来てほしいと書かれた文章はむかつくほど上品な筆記で書かれており、思わず握りつぶしかけた。
一難去ってまた一難。どういうつもりか分からない招待状を前に私は途方に暮れるのだった。
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