第四十話 打開策は物理的に
あの喧騒を超えてきたのか、オークは砂埃で顔を汚しながらこちらに向って手を上げると近づいてくる。と、カシテラが膝を付いているのを見て目を丸くした。
「とんだ役を押し付けてくれたな。おかげで随分……ってどうしたんだよこの空気」
「こっちのことだ。それよりレイジャ、頼んでいたものは?」
「お、おう。ほれ」
そう言うと戸惑いながらも頼んでいたものを私の前に置く。ごとんと重い音と共に彼が背負っていた包みが開いた。
「苦労したんだぜ。こんなデカブツ背負って来るってのは」
「あの中じゃお前が一番適任だったんだよ」
隙間からこぼれ落ちる輝き。それに気づいたらしいカシテラの目が大きく見開かれた。
「これ、は」
「懐かしいだろ? 騎士様」
目の前に置かれたのはオークの背中からもはみ出しそうな巨大な宝石の塊。あの日、初めてカシテラに出会った時見つけたものだ。
吸い込まれそうな黒地に赤やオレンジ、緑の糸がひらめく宝石。
もしもガレナが変な奥の手を使ってきた際、打開策として持ってきてもらったのだ。これだけ大きければ大体のことに使える。まあ、これを丸ごと使う羽目になるとは思わなかったけど。
「このでかいの使って何する気なんだよ」
「説明は後だ。レイジャ、手伝え」
私の言葉にぽかんと口を開けるレイジャ。最もな反応だと思うが今ばかりは教えている時間も惜しい。
「お前もだ、カシテラ。生憎私じゃこんな塊運べないからな。聖堂の丁度正面に配置
してほしい」
「………ルネ、貴方は一体何をする気なんだ」
私の行動が理解できないと言いたげだった。だから戸惑いの滲む声に私はこう答えるのだ。
「この宝石を使って、あの壁を破壊する」
カシテラの目がさらに大きく見開かれた。
※※※
この石は遊色という、黒い地の色に浮かぶ赤や緑などの色の変化が激しいほど珍しいとされている。これはかなり珍しい方だ。屈折型でここまで大きいとなると、軍事的にも鑑賞的にも魔術的にも引く手あまただろう。他国に売ればそれこそ金貨のぎっしり詰まった袋がポンポン投げられるかもしれない。
「………本当にこれ使っちまうのかよ?」
「言っただろ。これしか手はないんだ」
「でもよう、こんなでっけえ宝石だぜ?」
「レイジャ、お前まさか死んだ後の金の心配までしてるわけじゃないだろうな。使わなきゃ私もお前も粉みじんだ」
「そりゃ、言いてえことはわかるけどよ、でもよ?」
「言いたいことは分かるが腹をくくれ。死ぬか生きるかの瀬戸際なんだ」
ぶつくさと言い続けるレイジャと黙ったままのカシテラの手を借りて、宝石の位置を調節する。丁度真ん中にあたるように。
珍しい屈折型の宝石はそれこそ子どもの魔力でも数百倍に跳ね上げる。それもここまでの大きさとなればその威力は見るまでもないだろう。この宝石に私の魔力を込めて、射出する。その勢いで壁を壊すのだ。
「………なんだシケた顔をして。今さら嫌だとか言わないよな」
もくもくと作業をする私をカシテラが見つめる。少しでもカットの面積を増やして威力を上げるためだった。カシテラは言う。
「いや、そんなことはない。皆を守るためだ。覚悟は決めた」
「じゃあなんでそんなに浮かない顔をしてるんだ?」
「それは―――」
なんとなく、言いたいことは分かっている。
「あいつと対面するのが怖いのか?」
私の言葉に、年若い騎士が息を飲むのが分かった。やっぱりそうか。
身内だと思っていた人間からの拒絶。お前に注いだ愛など、最初からないと面と向かって言われる苦しさ。どちらも崖から突き落とされるような恐怖だろう。それがまだ幼くあれば尚のこと。
まだ酒も飲むことを許されない騎士の瞳は幼く不安げに揺れていた。私を助けに来た時に壁をぶち破った男と同じとは到底思えない。この男もまだまだ子どもなのだ。特に私から見れば尚のこと。
驚いたようにこちらを見る目には不安が滲んでいる。当然だ。この壁を破るということは、この先にいるあの男とまた向き合う必要があると言うことなのだから。拒絶される痛みと、もう一度。
「……自分は一度、殺されている。それなのに、おかしいな」
吐き捨てられる言葉は彼自身に向けられていた。今さらこれくらいでなんだと、そう言いたげな声。
「おかしくない。当たり前だろ。お前はまだまだ子どもなんだから」
「………は?」
「育ての親からああも面と向かって言われれば、怖くなるのは当然の反応だって言ってるんだよ」
当たり前の理論だった。そりゃあ怖いだろう。父親と慕って今まで追いかけてきた背中が急に豹変して突き放してくるのだ。そんなの怖いに決まっている。しかしそう言うとどうしてかカシテラは笑いを浮かべた。
「………何かおかしいか?」
「い、いや、貴方から子どものように扱われると、なんというかむず痒くて」
「私は君よりなん十歳と年上なんだ。子ども扱いして当然だろ」
せっかく心配してたってのに笑うなんて失礼な奴。でも、さっきよりはらしさが戻って来た。少し安心したような表情を浮かべるカシテラに、私は続けてこう言った。
「だけどな、君。本当にあの男があんな簡単に本当のことを言うと思っていないだろうな」
その言葉に今度は目が丸くなる。
「忘れたのかい。あいつは今の今まで国民も教徒も、全部を騙してきた大嘘つきだ。そいつが簡単に本心を言うと思うか?」
とてもじゃないが私は言うとは思えない。
※※※
宝石をセット完了。方角も何もかもばっちりだ。後は私が可能な限りの魔力をここに込める。宝石に手をかざし、冷たい表面に意識を集中させる。私の血管を通して魔力が宝石へ流れ込む。貧血になるようなクラつきがあるが、よろめいた私を隣でしっかり支える手があった。
「……準備はいいか。カシテラ」
「ああ。万全だ」
あいつのムカつく面をぶん殴ってやるために、この教会も皆もなかったことになんてさせないために。ただ、火がともったように熱くなる宝石を前に私の意識をふとよぎった考えがあった。
―――どうして、逃げることもせずこいつはここで籠ることを選んだのだろう。
そう考えるのもつかの間。耳を震わせる轟音と、強い光が辺り一帯を包む。意識もろとも吹き飛びそうになる間際、肩に添えられた手が力強く私を引き留めるのを感じていた。
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