第三十九話 とっておきはこういう時のために

 ただの子どもが復讐鬼になるまでのお話。お世辞にも気分の良くない話を淡々と話して、奴はこちらに目を向けた。冷えて固まった静かな目。

「……時間はこれで終いだ。カシテラ」

「ッ、ガレナ、様」

「私はどんな手を使っても吸血鬼を滅ぼしたかった。それだけだ」

 無邪気な子どもがこの目になるまで、いったいどれほどの時間が流れたのだろう。ここに至るまで、いったいどれほどのものを捨ててきたのだろう。


 そんな言葉がほんの少し、胸をよぎった。

 

「さて昔話はここまでにしよう」

「――――ま、待てっ! まだ話が」

「いいや、終わったよ。少なくとも私はね」

 踵を返すガレナにカシテラが叫ぶ。しかし奴の背中から聞こえたのは端的な返答と、教会を揺らす様な地鳴りの音だった。


「っ、なんだ⁈」

「私が何もせずにここに籠っていると思ったか?」

 見れば奥の聖堂で祈るシスターたちの顔色が少しずつ悪くなっているのが分かる。それに比例するように、彼女たちの組んだ手からこぼれる光は強いものになっていた。


「お前、お前まさか―――」

 あれは、魔力だ。彼女たちはずっと魔力を使い続けている。そんな膨大な量をずっと。そして恐らく、それはこの

「そのまさかさ、ダンピール君」

 私への意趣返しのように優しかった教祖は口の端を吊り上げた。


「どんな激しい抵抗が来てもいいように、この教会も敷地内も全て私の術中と言うわけだ」


 


 彼はそう言って笑った。


※※※


「どんなものにも永遠はない。そんなことは分かっているからね、だからこんな風に暴動が起こることも考えているに決まっている」

 自らがやってきたことが明るみに出て、民衆が詰めかけたとしてもそれもろとも新しく作り直せるように。


 敷地内全てが吹き飛ぶ術の仕掛け。膨大な魔力を注ぎ込んで発動するそれを今から決行すると奴は言った。


「正気か? 外にいるのはお前の敵だけじゃない。お前を信じて付き従った騎士たちもいるんだぞ⁈」

 そして今も、教祖を信じて戦い続けている。それをもろとも吹き飛ばすと言うのか。しかしガレナは私の言葉にこう返す。


「もちろん、正気だとも」

「―――――――」

「彼らは実によくやってくれた。ミーネ様なんていもしない神を熱心に信じて」

 薄い唇はそれ以上笑わなかった。ただ思っているであろうことを淡々と告げる教祖が一人いるだけだ。


「………お前の、息子も外にいるんだぞ」

「そうだな。残念なことだ」

 その言葉にもう温度を感じなかった。こいつは憎んでいる。恐らく吸血鬼だけでなく、この世界そのものを強く憎んでいる。何も考えずに神を信じる人を、己のために利用した王族も。


 復讐のための機構となった教祖は、己が救い上げた命に言った。


「神などいない。いるものか。私の母を父を、あのような結末に追い込んだ」

 神さえも、恐らく。彼にとっては憎むべき対象に違いないのだろう。

「初めは私を異物と迫害したお前人間たちが縋るように私のを呼ぶたびに、虫唾が走る思いだったよ」

 教祖はそう言って、もうカシテラを目に入れていなかった。ただ己が成し遂げることを、目の前だけを見ていた。


 その背中に、カシテラは問う。強く手に剣を握りしめながら。

「……最後に一つ、聞かせてください」

 ガレナは黙ってその場に止まった。

「どうして、自分を助けたのですか」

 教祖は絞り出すような言葉に、背を向けたままこう言った。

「ただの気の迷い、というやつだ」


※※※


 手詰まりだった。壁は厚く触れれば攻撃される。手持ちの宝石でどうにかするには出力が足りなすぎる。このままでは奴の言う通り、この場ですべてが吹き飛ぶのを待つしかないだろう。

 

「……自分は、あの方の支えになど、なっていなかったのだな」

 ぽつり、と閉まった扉の前でカシテラがこぼす。迷子の子どものような吐露だった。心のどこかで、彼はまだガレナを信じていたのだろう。

 こんなことは間違いだと、自分の中にある優しい父親像が訴えかけるのか。

「愛など、そのようなもの、最初から―――」

 膝を付き、らしくもなくぽろりと涙で頬を濡らす。それを見て私は、随分と下にある頭をひっぱたいた。


「立て。まったく、何もかも終わったような顔をして」

 硬い頭蓋に当たって手が痛い。当の本人は泣くのも忘れたように私を見上げている。

「気の迷いでこんなでかくなるまで面倒を見るもんか」

「……ルネ、だが」

 それに、と私は続けた。


「君は良くても私はまだあいつをぶん殴っていないもんでね」

「……けれどこの壁をどうする気だ。貴方の魔術でも壊せない程なのだろう」

 もっともな意見だ。どんなに私が息巻いたところでこの壁の向こう側にはいくことができない。だが、私は言うのだ。すっかりと気を落とした騎士に向かって。


「とっておきって言うのはこういうときに使うもんさ」

 そう言った時、丁度いいタイミングでレイジャがこちらを呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「目には目を、、だ」


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