第四十一話 父として息子として

 硬いものが一気に破裂するような音を立てながら崩れ落ちる。視界が白く光る中、色素の薄い目がこちらを見ていた。魔力の切れかけで震える足を踏ん張って、駆けだす。随分と遅い私の足だが、ガレナはその場を決して動かなかった。

 

 足が引きずるように重く、視界は左右にグラグラと揺れる。途中何でもない小石に躓いて転びそうにすらなった。けど、隣が転びかけた私をしっかりと捕まえる。支えるように私を立たせると、視界がぐんと早くなった。


「ガレナ様。……いえ、父上」


 震える中にも芯の通った声が耳を揺らす。

「―――自分は、貴方に憧れていました」

 目の前に影が落ちた。けれどそれが動くことはない。

「けれど、貴方を止めます。これ以上罪のない誰かを巻き込むことは許されません」

「……許されない? 誰が。居もしない神か、ミーネ様か?」

 その声は揶揄うように女神の名を呼んだ。己の母と同じ名をつけた彼の女神。彼を救うためだけに生まれた女神様。


「いいや、お前を許さないのは神でも、お前が作り出した女神でもない」

 ぐっと顎を上げればこちらを見下ろす男と目があった。私と同じダンピール。道がほんの少し違っていれば、私も辿るかもしれなかった道の先。

「お前が殺した吸血鬼の子孫と、お前が育てたできのいい息子だ」

 ぐっと拳を握りしめる。そして隣で、カシテラは言った。


「感謝しています。そこに愛がなくとも気まぐれだったとしても、自分がここまで育てていただいたことは変わらぬ事実」

 その声にもう震えはなかった。


「ですのでその恩をここに返します。自分は貴方の罪を、憎しみを、ここで砕いてみせましょう!」

 拳を共に振りかぶる。ガレナはそこに立ったまま、小さく「そうか」と呟いた。下から見たせいだろうか。

 

 その顔はどうしてか少し笑っているように見えた。


「覚悟しろ、ガレナッ!」

「さらば、父上! 自分の、父であり神であった人よ!」


 ぼすりと布を叩く感触。ごっ、と骨同士が激しくぶつかる音。吹き飛んでいく教団の教祖はきれいに放物線を描いて床へと叩きつけられた。


※※※


 聖堂内のシスターたちが次々に崩れ落ちるように倒れていく。


「ルネっ、彼女たちは……」

「ただの魔力切れだ。強制させる親玉が居なくなったもんだから無理ができなくなったんだろう」

 これで恐らく、ガレナが仕掛けたとかいう物騒な術はもう発動しないだろう。後は外に出てもうこれ以上戦う必要はないと騎士と国民を抑えて……。

 

 そこまで考えてぐるんと世界がひっくり返る。あ、そうだ。私も魔力切れてたんだった。


「―――――! ……ネっ! ……!」

「わる、い……ちょっと、寝る………」


 最後までとことんしまらない。これで倒れるのは何度目だろう。だが体の危険信号には到底勝てそうになかった。


 後始末を押し付けるのは悪いが、少しだけ眠ろう。少し、少しだけ。カシテラの声を遠くに感じながら、瞼の裏の暗闇に私の意識は転げ落ちて行く。



 だが次に目が覚めたのは、凍てつくような季節から花が咲き風の柔らかくなった頃。私が眠っているうちに、季節が一巡した日だった。

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