第二十一話 はぐれ者のスパイラ
「だから急に押しかけてきてな」
「ほーそリゃ珍シい。教団の、しかモ騎士がなあ」
「ああ、そういやあの兄ちゃん、南出身らしいな」
「ほうそレはもっト珍しイ!」
追加で頼んだ芋の揚げたのをもう一本摘まみながら酒を飲み込む。カシテラについて要所要所ぼかして話すのを、スパイラといつの間にか話に加わっていたレイジャが興味深げに耳を傾けている。
切りのいいところまで話したらもう帰ろう。熱くなってきた体を冷ましながら、私はもう一口酒を口に含んだ。
※※※
「でな、そいつがやたら世話を焼いてきてなあ」
「あー。あレカ。胃袋ちぎリとル?」
「胃袋を掴むな。で? 美味いのかそいつの料理」
「なんかなあ、やたらとうまいんだよなあ……」
「エルフの雄にモいたぞ。やたラ料理アピールしてくルやつ」
「ほう。で、ダークエルフさんはそれをどうしたって?」
「好みでもないシ、何度も何度も付きまとっテうっトおしイから一回ボコボコにしタ」
「お前らしいな」
「それデもっと付きまとっテくルようになっタ」
「特殊性癖か?」
あー酒がうまい。つまみもうまい。なんか良く分からんが気分がいい。
※※※
「でな! 急に来なくなったんだ!」
「ほウほウ。お前の顔なじみニなんカ言わレテ様子がおかしくナったト」
「この前まで毎日来てたのに、調子が狂うっていうか」
「それで寂しくなってうちの店に来たってか。可愛いとこあるじゃねえか」
「オイ。お触リ禁止ダ。肩を組むナ」
「いいじゃねえか。男同士の付き合いってやつだろ、なあ?」
「ったク。お前ガ酔うト面倒だナ……。ルネ、アタシの隣に座レ」
「んー…………」
「何だよ、お前たちの想像よりオークはきれい好きなんだぜ」
「そうじゃなイ。お前ハ酔うト気絶すルまデ締め上げルだろうが」
されるがまま、スパイラの横に座る。厚みのある体が頼もしく私を支えた。薬草とアルコールの混ざった匂いが鼻を刺激する。
「急にだぞ、急に……。来るなって行っても来てたくせに」
「ああ、そレは不安ニなルな」
「何にも、言わないし」
声が小さくなっていく。あの日アダムに言われた時からカシテラの様子は変だった。どこかソワソワした様子ですぐに家を出ていくし、突っぱねていた時はそれこそ毎日来ていたくせにそれも無くなった。
家の中は荒れ放題だし食事も元通りだ。ただ、あいつがいないだけで。
「……あいつも、私が嫌いになったんだ。きっとそうだ」
「オヤ、そう思ウ程の何カがあったのカ?」
「ない、けど。人間は人間のフリしたやつが嫌いだろ」
やっぱり私がダンピールだからなのか。だから来なくなったんだ。そう言い続ける私の額をスパイラはこつりと小突く。
「勝手ニいじけるナ。何も聞いてなイだロ」
「……そうだけど、きっとそうだ」
「聞いてもいないダろうニ、よク言う」
聞かなきゃ何も分からないだろうと困った顔でスパイラは言う。こういう顔をすると年相応と言うか、普段の豪快さからは考えられないような穏やかさが垣間見えるのが不思議だ。
「聞くだけでスぐ分かるだロ。嫌いカどうカなんて聞いてかラ悩めばイイ。ドウ思われてルかなんて、相手しか分からンからな」
考えるだけ時間の無駄だ。そう言いながら彼女は最後のナッツを口に放り込んだ。
分かっている、そんなことくらい。私がここでもだもだと悩んでいても何も分からないことくらい。でも。
「………聞くのが怖い」
私が不安に思うことがもしあいつの口から出たとしたら、それは本当になってしまう。気づかないふりをしていれば、分からないふりをしていればそのうち不安が通り過ぎてくれるかもしれない。そんな望みを抱えている。
気づきたくない。気づかないふりをしていたい。そうすればひょっとしたら。
「コラ」
「うぎゅ」
いきなり鼻をつままれた。驚いて目を瞬かせればスパイラの目がこちらを覗き込んでいる。赤い、血のようなダークエルフの目。
「なにゴチャゴチャ考えてル。サッサと聞けばいい」
「……お前な、聞いてなかったのか」
「聞いてたサ。なラ尚更聞くべキだ」
怖くてもその先を見てくなくても、聞かなくて後悔するよりはマシだろうとスパイラは言う。
「アタシもお前も、人間より長く生きルんだから」
「………」
「アタシたちの一瞬は人にとっての一生ダ」
そう彼女は言った。
「まるであんたも、聞かなくて後悔したような物言いだな」
「ああ、後悔したサ」
エルフの中のはぐれ者集団、その中のさらにはぐれ者のダークエルフは言う。
過去にほんの少し人間の男と仲良くなった時、些細なことで仲たがいをした。今になっては原因も思い出せないようなくだらない喧嘩。けれど男も自分も何も言わないまま、男の方は仕事の都合で海を渡った。頭が冷えたスパイラは帰りを待った。
しかし男は待てどもとんと帰ることはなく。しびれを切らしたスパイラが随分年を食った男の船仲間を訪ねてみると―――。
「海の先で結婚しテ、そのママ老いて死んじマったんだト」
男は老いて記憶が朦朧になった後も、時々言っていたという。
―――友がいたんだ。粗暴で口が悪いけど、優しい。君にも、紹介したかった。
「意地はってネェで、聞いてやれバ、おめでとうくらイ言ってやれたのニな」
そう言いながら彼女は壁の一点を見つめていた。それは壁の向こうを通り抜けた、多分海を見ているのだと、なんとなくそう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます