第二十五話 ミーネ教団
目が覚めるとそこは知らない部屋だった。
「……ん?」
白い天井。体を起こしてみると掛けられていたらしい布が滑り落ちる。どうやら私が横になっていたのはベッドらしい。さらさらとした手触りの厚みのある白い塊が私の下に敷かれている。そこから降りると床のひやりとした感触が足に伝わった。
体には手当の痕跡があった。清潔な包帯が背中を保護するように巻かれている。部屋を見渡せば丁寧に畳まれた上着がベットの横に置かれていた。誰かが上着を引っぺがしたのだろうか。
ここは一体どこなんだろう。
何となしに上着を羽織る。きっちりとブローチを止めてフードまで被るとようやっと気分が落ち着いてきた。改めて周囲を見渡す。
白い壁と白い床。木製のベッドと小さなテーブル。水差しらしい入れ物が一つ。
四方を壁で囲まれた小さな部屋だった。天井が高く、天井に近い位置から光が入ってくる。恐らく窓があるのだろう。
ぺたぺたと歩き回ってから元のベッドに腰を下した。小窓のついたドアはあるものの、開く気配はない。ぷらぷら足を遊ばせながら暇をつぶす。
懐を探ったり周囲を見渡したりしながら確信を持つ。これはもう待っているしかできないだろう。
そして、何度目かの欠伸と共に伸びをした時だった。
「…………お食事をお持ちしました」
ドアから、か細い声が聞こえる。そちらへ目を向ければ開いた小窓から人間の頭が見えた。と、同時にドアのした部分にある小さな開閉口から皿が押し込まれる。
スープらしきものが注がれた皿に茹でた芋が一つ。
「なあ、ここはどこだ」
「……」
「何も分からないんだ。教えてくれないか」
そのまま立ち去ろうとした気配を呼び止める。足を止めた相手はぼそぼそと呟くように言った。
「……ここはミーネ教団。そこは貴方様のお部屋です」
なるほど、ここは私専用の部屋と言うわけだ。食事を持ってきた相手は続けて言う。
「ごゆるりと、どうかお休みくださいませ。女神の御身を、皆心配しております」
「……そうかい。いや、呼び止めて悪かった」
「いいえ、では」
その言葉の後、相手の足音はどんどんと小さくなっていった。
「女神の御身、ねえ」
ぐるりと周囲を見渡して、格子状の木がはめ込まれた窓を見ながら呟く。まだ夜らしい暗さの中、月の白い光が手元を照らしていた。
スープには手を付けず、芋を数口齧りベッドに戻る。今の私にはとりあえずこれくらいしかできないだろう。
※※※
「おはようございます。女神の君」
「………ああ、おはよう」
次の日の朝。目が覚めるとまた食事が運ばれてきた。今度はスープだけ。匙を数度スープにくぐらせてから数杯を部屋の隅に捨てておく。
そして同じことを食事が運ばれるたびに繰り返した。部屋の鍵はかけられたまま。外の遠くからは小鳥や風の音に混じって人間の声が聞こえてくる。
女神を称えると思わしき歌や、祈り。粛々とした声に包まれながらも一日のほとんどを眠りながら過ごす。
どうにもこの部屋は力が入りずらい。ベッドに包まれながら目を閉じた。
※※※
また朝が来た。またスープが運ばれそれを少し捨てる。その皿を回収に来た誰かが言った。
「本日は教祖様がお待ちです」
「教祖?」
「教祖ガレナ様です。貴方様とお話をしたいと申しております」
その日、私は初めてこの部屋のドアが開くのを見た。軋んだ音を立てながら、部屋の外を見る。
「参りましょう女神の君。ガレナ様がお待ちです」
そこにいたのはなんの変哲もないシスターだった。だが、その顔は表面をそぎ落としたかのように表情が存在しなかった。
※※※
「やあ、お待ちしておりました」
窓の一つもない廊下を通った後、奥の部屋へと通される。閉塞的な空間から一転し、開けた視界に目を瞬かせた。白い壁や床は変わらないが、床には重厚な布が敷かれ、巨大な本棚に重そうなつくりの椅子と机。
そして丁度その真ん中の、横に長い布張りの椅子に腰かけた人物が一人。
「私はガレナ。この教団を預かる者です」
座っていても一目でわかるほど大柄な男だった。暗い灰色の髪を長く伸ばし、後ろで一束にくくっている。男は布をたっぷりと使った黒の装束を着ていた。
皺のよった柔和な目元に、色素の薄い目。普段からずっとここにいるのか色は不健康なほどに白かった。
彼は私に向かって目の前の椅子を示す。
「どうぞ、おかけください」
窓の一つもない薄暗い部屋に明かりだけが灯っている。ここだけ真夜中のような雰囲気だった。後ろを振り返ればもうあのシスターはいない。どうやらここに連れてくるまでが彼女の仕事だったらしい。
きっちりと閉められたドアを振り返ってから私は勧められるがままに目の前の椅子に腰を下した。
「この度はわが教団の信徒がまことに申し訳ないことをしました」
開口一番、男はそう言って私に深々と頭を下げる。目を悲し気に歪ませながら告げられる謝罪の言葉を私は黙って聞いていた。
「謝って許されるなどと到底思ってはおりません」
それは誠心誠意が込められてるように、感じられた。
心を込めて、私の底を漁る、そんな目をしていた。
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