第二十六話 教祖ガレナ
「……さっきの女性も言っていたが」
貴方様だの。女神の君だの。
「お前たちには私が何に見えているんだ?」
「貴方様はまだご自身を知らないのでしょう」
にこり、と壮年の男がほほ笑む。
「貴方様は女神ミーネの魂を宿す、選ばれた方なのです」
※※※
女神ミーネは何度か聞いたことがある。ミーネ教団の信仰する神のことだ。
「私にそのミーネ様とやらの魂があると?」
「ええ、話はカシテラから聞きました。貴方は死した命を石に還すことが可能だと」
話はどうやら教団の中にまで伝わっているらしい。男は続ける。
「それは女神ミーネ様のお力に相違ありません」
そう言いながらガレナは私を見つめる。色素の薄い目の中に部屋の明かりがちらついているのが映っていた。
「確かに私はその術が使える。だがな」
その目を見返しながらはっきりと私は言う。
「それはお前たちが思っているようなものではない」
「いいえ、それは神のお力。神話の通り、我々が信じるミーネ様のお力でございますれば」
だが、返って来た返事は諭すように穏やかなものだ。聞き分けの悪い子どもに言い聞かせるようにガレナは首を振る。
「女神の君、いいえ、ミーネ様。どうかそのお力で我らを再びお導きください」
名前を聞くこともなく、男は敬愛しているであろう女神の名で私を呼んだ。
※※※
「もう一度言うが、あの力はそんなものじゃない」
向けられた視線を身に受けながら私は言う。
「それに、あの騎士から聞いたのであれば、私のことも知っているはずだ」
私は人間ではない。半分吸血鬼の血が流れているダンピールだ。人間の教団が、それこそ人間以外を担ぎ上げて言いものなのか。そう言えばガレナは悲し気に目を伏せる。
「分かっております。嘆かわしいことですが、教団の中にはあなた方南の民を毛嫌いする者もいることでしょう」
命は平等に石へと還る。それを掲げる教徒がそのようなことをするとは情けない限りだとガレナは言う。
「しかし、我々にはミーネ様のお力が必要です。彼らには私がよく言って聞かせます故、どうか教団にお力を」
縋るように向けられる視線。
「………あの男は」
私を切り裂いた男を思い出しながら口を開く。
「私と同じ種族に親を殺されたと言っていた」
「どうにも気性の荒い奴でして、年若くして両親を亡くしたのをまだ引きずっているのでしょう」
おそらくカシテラのことを言っているらしかった。髪と揃いの色の眉を悲し気に下げながらガレナは言う。
「あ奴は教団の中でも若輩者です。恐らく貴方様のことも他の種族と同じものとしか見ることができないのでしょう」
だから貴方に、刃を向けあまつさえ殺そうとしたのだとガレナは苦し気に言う。教徒の恐ろしい行為に身を震わせながらガレナは言う。
「幼いころから私が育て上げてきた息子同然の男です。心苦しくはありますが、女神様にあだ名すのであれ罰さねばなりません」
それは苦渋の決断だと言わんばかりの顔だった。自らが育てた人間を罰さねばならないという苦痛。男はは尚も食い下がる。
それほどまでにこの場が、この教徒たちが大切なのだろう。大切な者を切り捨ててまで私に尽くそうと懸命な教祖を見て、私は。
「おぞましい男です。まさかミーネ様に刃を向けるとは」
私は。
「間違いのないよう躾けてきましたが、こんなことをしでかすとは」
私は。
「私はミーネ様をお守りするためでしたら、あの罪深い男を殺しても構いません」
もう聞かなくていいな。こいつの言葉。
「ルネだ」
「………は?」
その言葉に奴の目が点になった。見当違いだ、とでも言いたげに。
「私はルネだ。女神でもミーネでもない。ただのダンピールだ」
「で、ですが先ほども言った通り貴方様には女神の魂が」
まだ同じ言い方で言いくるめようとする教祖に私は言う。
「もう茶番は終わりにしようか、ガレナ」
「――――――は」
「こう言ったほうがいいか。私と同じ、ダンピール君」
そう言った途端、目からさっと温度が消えた。擬態がよほどうまいと見える。
「……いつから気づいていた」
「初めから、と言いたいが確信したのは丁度今だよ。カマをかけてみて正解だった」
全くもって忌々しいが、アダムの話が役に立った。命を石へと還す教え。それが本当にあることのように強行に走る者たち。
ここに吸血鬼はいないし、ひょっとしたらと思った。生憎あの術は吸血鬼でなくとも、吸血鬼の血を宿してさえいれば使えるのだから。
「その奇跡が本当にあると信じさせるには実演が一番だ。あんたが裏で秘術を使っているんだろう」
二百年前。教団の設立年と鉱石の価値が下がり始めたのは丁度一致する。
「私もダンピールだから知っている。この葬儀の術、ただの石ころになるなんてことは断じてない」
これはアダムの考えを組み込んだ新しい仮説だ。確かに奴は妙なところがあるが、あいつは私以外に興味がない。だから、城や教団のために嘘を吐く必要もない。そこだけは信用できる。
「これは私の考えだがね、ダンピール君」
鉱石掘りの価値は下がり、王族への宝石の量は増加した。これは何故か。信心深き者は宝石となり、良き行いをしない者は石ころになるなんて教義がある。そんな差別を、富を得るための殺害を生みかねないものがあるのは何故か。
「答えは簡単だ。女神ミーネなんてものも奇跡の力とされるものもここには存在しない」
ここにあるのはただ吸血鬼の秘術を利用した教祖がいるだけだ。秘術を使い、命を宝石へと変えた後。教団という組織を頑強なものに変えるべくそれを王城へと横に流す。民には信心深くない者だったと石を与え、宝石と言う甘い蜜だけを吸い上げる。
そして、吸血鬼を滅ぼしたのは「恒久的に宝石を渡す」と確約した人物だ。
「お前がどんな考えでこんなことをしているかは知らないがね。大方私を捕まえさせたのは秘術を使うための血液タンクにでもなってほしいってところかな」
よくて生きる偶像。悪く言えば生贄。生憎そんなものになる気はない。
「貴様、もしや薬を――――――」
「あの怪しげなスープなんて飲んでるわけないだろ。やるならもっとうまくやれ。下手くそ」
多分そういう薬だ。意識をもうろうとさせ、考える力を奪うタイプの。ここまで連れてきてくれたシスターの顔。投与され続ければああなるのだろう。
べえっと舌を出す。ガレナの表情が憎たらし気なものに変わっていった。
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