第二十七話 吸血鬼の呪い

 こちらを静かに睨みつけてくるガレナ。その目には確かに怒りが燃えている。随分と悪の親玉らしい顔つきになったじゃないか。


 猫を被ることをやめた教祖様は冷たく私を見て言う。その目は私を切りつけてきたあの騎士を思い起こさせた。

「小娘が、素直に応じていればいいものを」

「仮面がはがれたな教祖様」

 そう言ってやればガレナは吐き捨てるように言う。


「何も知らずに従っておれば私の手間も省けたというのに」

「痛いところを突かないほど、私はお人好しじゃないんでね。お前の息子と違って」

 第一、私が滞在した部屋を見ればもてなす気なんて皆無だと分かる。窓にははめ殺しの柵、扉は開けなくてもいい細工。


 恐らく倒れた時に取ったのだろう。護身用の宝石も根こそぎ奪われていた。ブローチだけは固定の魔術をがっつりかけておいたから、外せなかったのだろう。


 スープだけになったのだって私に無理にでもあの液体を口にさせたかったからだろう。これは私の推測だが、否定的な教徒や民にはこれで言うことを聞かせていたと考えられる。


「さあ、ここまで来たら喋ってもらおうか。どうして吸血鬼を狙った」

「……お前は種の罪を知らぬからそのようなことが言えるのだ」

「罪? 種っていっても私もお前も違わないだろう」

「違う。私はあのような悪辣な種族では断じてない」

 貴様のように色濃く吸血鬼が残ったものとは違ってな、そう言いながら苦々しく私を見る。


 ダンピールと言っても割合がある。人間の血が強く出る者。吸血鬼の血が強く出る者。それに力を左右されるのだと、人間のように年老いたダンピールは言った。

「なるほど? それでお前は探知できなかったわけだ」

「あの娘には感謝してもしきれんな。憎き吸血鬼どもを根絶やしにできたのだから」

 そこで初めてガレナは笑った。種族が滅びたのが可笑しくてたまらない、そう言いたげな笑みだった。


「あのような種族、滅びて当然だ」

「……そんなに言うなら教えろよ。私たちがお前に何をした? 母さんが、父さんがお前に何かしたっていうのか」

 叫び出したい気持ちを押し殺して静かに問う。それに対し、うっすらと口の端を吊り上げながら教祖は言った。


「何をしたというわけではない。吸血鬼と言うだけで、悪だ。その吸血鬼に傾倒した。それだけで裁くには十分すぎる」

「吸血鬼と、いうだけで?」

 愕然とした。呆れた、と言ってもいい。こいつは私たちが何かをした、と言うわけではなく。「その種に属しているから」という理由だけで滅ぼしたのだ。


「貴様はあの者らの罪を知らんのだ」

「罪? 存在しているだけで罪だって?」

 何を言いたいのか、こいつが何を考えているのかさっぱり分からない。こいつがあの騎士を育てたなんて。今度は私が憎らし気な顔を浮かべる番だった。


「どうかしてるよ。お前」

「どんな非道なことをしてきたか知らぬお前には決してわかるまいよ。命の危険も知らず、のうのうと育ったダンピールにはな」

「なんだって?」

 ダンピールであることと、奴が言う罪になんの関係があるというのか。

 

 困惑する私を前に、男はたっぷりと時間を使って口を開く。何をするにしても、もったいぶった奴だった。


「吸血鬼という種族は何より純血に固執する種族。滑稽よな、それが本当に滅びる原因になるとは」

「………何が言いたい」

 私の声を無視して奴は続けた。

「だから奴らは混血を忌み嫌う。特に人間などの血が混じったやつは、特に」

 人間のようにダンピールは言った。


んだ。罪のない私たちを、人間の穢れた血の混じった異物として殺す道を選んだ」


 因果応報、とでもいうべきではないかね。そうダンピールは笑った。


※※※ 


「吸血鬼が、ダンピールを?」

「最も、貴様の頃にはなくて当然だ。そんな悪しきものに縛られる連中は罰された」

 殺した、という意味だろうか。純血派でありダンピールを殺そうと手を上げた彼らを全員。ガレナは言う。


「奴らは『ダンピールが生まれたなら吸血鬼をいずれ殺す』なんて古の妄言に縛られていた。だから私を殺しに来た」

 父も母も。皆殺しに。そして男だけが生き残った。


「身内を殺されたお前が怒りに燃えるように、私だって復讐をして当然だろう」

 だから殺した。己を追い詰め追い出した彼らを。だから殺した。それに連なる私たちも同等に。


 当然だ、そう言いたげだった。この男の中では吸血鬼と言うだけで悪なのだ。

「……つくづく信じられなくなるよ。お前があいつの親代わりなんてな」

「――――そうか。ならおしゃべりはもう終わりだ」

 男はゆっくりと立ち上がる。


「貴様の動向は見させてもらった。大方宝石が無ければ何もできないのだろう?」

 ぱちん、と男が手を鳴らせば部屋に大勢の聖堂騎士がなだれ込んでくる。どいつもこいつも表情のない奴ばかりだ。

「お前の親衛隊か。趣味の悪いことで」

「生きていないのは残念だが。何、貴様の血だけにも価値がある」

 ぎらりと銀が一斉に向けられた。串刺しにされればひとたまりもない。


 その前に私は言う。

「おっと、やめとけよ。こんな時もあろうと心臓に術を埋め込んである」

「……戯言を」

「絶対なんて保証はない。心臓が止まったらお前の可愛い下僕もお前もまとめてドカンだ。ここまで積み上げてきたもの、ここで吹き飛ばしていいのかい?」

 もちろん嘘だ。誰がそんな物騒なもんいれるか。けれどここで殺すという選択肢は無くなったはず。時間さえ稼げれば考えられることは何個だってある。

 

「何故そこまで生き残りたがる」

 心底不思議だ、とでも言いたげに男は言った。理解ができないのだろう。

「逃げおおせたとしてもお前の立場は変わらない。分かっただろう、あの男だってお前が化け物だと分かっている」

 あの騎士のことだ。こちらを傷つけようとする純粋な悪意がそこにある。


「いやあ、ほら。絶対はないし、本音は自分の手で確かめたいもんでね」

「……ふん、理解しがたいようだな。あの男の殺意は本物だ。本性をむき出しにさせる呪いなのだから、お前があの時向けられた憎しみは本物だ。お前を受け入れる場所などどこにもない」

「ああやっぱり術の類か。ネタばらしどーも」


 どうせそんなこったろうと思ったよ。展開が唐突すぎるんだから。どうせ剣の柄の宝石にでも術を仕込んでおいたんだろう。こそこそするのが得意な奴。


「まあ、大方あの男を使って、私を懐柔するのが目的だったんだろうが」

 柔らかな泥に足跡をつけるように、傷ついて弱ったところを利用する。あのお人よしで頑固で心にするりと入り込む、その上親を殺されたあの男なら適任だったのだろう。


 だが、人選を間違えたとしか言いようがない。あんな鋼のような意志の男を

選ぶなんて、ミスチョイスにもほどがある。


 だから言ってやるのだ。お前が侮ったのは私だけでなく自分の子どもでもあるってことを。


「あいつはな、最後まで


 憎しみに苛まれてなお、あの騎士は殺されようとした私を引き離すように自分の意志で剣を引いたのだから。

「あの騎士をどこへやった。まだやってほしいことが山とあるんだがね」

 

 にへらりと、私は笑った。

 

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