第二十八話 一皿の思い
さて、どうするか。うってかわって通されたのは牢獄の中、転がりながら考える。
※※※
「ふん、殺さずともやりようはある」
私を取り囲んだ騎士がガレナの手に合わせて剣を一斉に下げる。ここまで揃っているともう壮観とすら思えてくる。
「お前たち、こいつを地下牢に連れていけ」
「了解しました。教祖様」
相変わらず顔色の変わらない騎士たちが私の腕を掴んで持ち上げる。
「地下牢まであるのか。とんでもない徹底ぶりだな」
「……そこまで拒むのであれば己から首を縦に振らせるまでのこと」
引きずるように連れていかれる私に冷ややかな声でガレナは告げる。私を見る瞳はこちらを生き物とすら考えていないような、光をたたえた姿は男の周囲に侍る騎士たちと何ら変わらないように私の目には映った。
「適当に転がしておけ。愚かな娘だがそのうち頷きたくもなるだろう。そのうちな」
多分無理やりあのスープを流し込みでもする気だろう。野蛮な奴。かといって屈強な騎士に素手で叶うわけもなく、私は担がれたまま手足をぶらぶらさせることしかできなかった。
「せっかくだ、南の浄化を進めよう。貴様の居場所などもうないのだと、徹底して分からせねばな」
「……浄化?」
「ああそうだ、人工宝石だったか」
あの騎士に渡したはずの小さな欠片を見せて男は言った。
「これも、貴様が従った暁には我が教団の兵力増強に役立てるとしようか」
※※※
ひんやりするし転がされたままだから肩や腕が痛い。マントもここに来るまでに引っぺがされてしまったし。自決をしないように拘束具を噛まされているから顎も疲れるし。縛り方も乱暴だ。
何が女神様だ。お世辞にも言い待遇とは言えない。
地下に作られた狭い部屋からは湿った土の匂いがした。どこからか水でも漏れているのだろう、ぴちょんという水滴が滴り落ちる音が反響して聞こえる。入り口には木の柵がぎっちりとはめ込まれ、そこにできた真四角の隙間からしか地下の様子をうかがうことはできそうになかった。
ごろり、と体の位置を動かすついでにこの地下牢がどんなものか確認する。地下に作られた一本の道の両側に、等間隔で牢獄の扉が並んでいる。丁度真向いの牢同士が通路を挟んで向き合うような感じだ。
どこまでそれが続いているか分からないが、その調子で牢屋が点々と続いていた。
見張りの騎士にばれない程度に首を動かして向かいの牢をちらりと見る。暗くてよくは見えないが使われた痕跡があった。小さく細かく細いすじのような傷が格子の下の方にいくつも見える。正直あそこで何があったかなんて考えたくもない。
お手本のような地下牢獄だった。多分教団の意志にそぐわない不穏分子にはここでの考え改善が待ち受けているのだろう。女神を据える教団が聞いて呆れる。やってることが蛮族と変わらないじゃないか。ああ嫌だ嫌だ。すぐ暴力に訴える奴らは。
騎士が身じろぎをしたのが見えて目を閉じ、縛られ転がされながらも次のことを考える。これからどうすべきか。南の浄化、穏やかじゃない言葉だ。憶測ではあるが南の人間を追い出すことで国を統一化し、さらに宗教の権威を広げる気なのかもしれない。
となれば南の住民も無事では済まないだろう。数が数だし、何より武器を持つ統率の取れた集団と言うのは恐ろしいものだ。
スパイラやレイジャのような単体で強いものがいたとしても、点と面での攻撃では面が有利に違いない。というか南に統率なんて縁遠いものができる訳もないし。
だが、知らせるくらいはしたいところだ。その話を聞いて逃げる奴らがいれば被害は多少でも抑えられるだろう。とりあえずここから抜けだすことを考えたいところだ。今こそこうして放置されているが、力ずくであの薬を飲ませるなんてことは簡単だろう。
私はただのダンピールなのであって戦うための種族ではないのだから。
しかしどうするべきか。縄を抜けるのは簡単ではあるがここから抜けだすことは難しそうだ。入り口には騎士が見張っているし、怪しい動きをしたら取り押さえられて終わりだろう。
さて、と考え始めた時。こちらに近づいてくる新しい足音に気づく。
「交代だ。持ち場に戻れ」
「……そのような命令は受けていないが」
「当たり前だ。ついさっき下った命なのだからな。いいから戻れ。ここは私が受け持つ」
交代の当番が来たのだろうか。一人の足音が立ち去る音と共にしんとした静けさが戻ってくる。しかしその静寂を破るように何かを擦るような音が耳元で聞こえてきた。
首を動かしてそちらを見れば木の皿が格子の隙間から通すようにして差し入れられていた。兜の隙間から騎士の顔は見えない。スープか、と一瞬思ったが匂いが違う。甘い、果物のような。
「食え」
餓死されては困る、と言う意味だろうか。少し体を起こして皿の中身を見る。中には乾燥した果物を煮詰めたようなものが暗がりの中、少ない光を受けて砂糖の照りを艶やかに見せていた。
拘束具が緩められ、口を開ける。
「縛られているんだ。生憎スプーンも握れなくてね」
それだけ言えば新たにやってきた騎士は黙ったままスプーンで甘煮をすくうと目の前に突き出してくる。それを口の中で受け止めるように迎え入れた。喉を焼くような濃い甘さが胃の中へ落ちていく。
「ここは、冷えるからな。これでもかけておけ」
「それはどーも」
ばさりとかけられたものには覚えがある。紺色の布に緑の石をはめ込んだブローチ。
「またすぐ、来る。今夜にかけて忙しくなるからな、体を整えておけ」
騎士はそれだけ言うとこちらに背を向けた。私はそれに言葉少なく返す。
「ああ、分かったよ。騎士様」
残らず甘煮を平らげてから、私は続けた。
「安心しろよ。拷問も尋問も受けてない。至って健康だ」
騎士は黙って聞いている。
「―――怒っても憎んでもいないから、馬鹿なことを考えるなよ」
「……………」
騎士はそれを最後まで聞いた後、口を閉ざしたまま地下から立ち去った。その後、ばたばたと騒がしさが増してきたのは少し時間がたった頃。
外は恐らく夜になっている頃合いの時だった。
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