第二十九話 地下からの脱出

 騒がしい。


「どこに行った⁈」

「いいから、探せ! 無駄なことを考えるな」

 暗い中待つだけも飽きて牢に落ちる水滴の音を数え始めた頃。幾人もの足音がばたばたと騒がしく走り回る音が天井から聞こえてくる。騎士たちの慌てたような声や命令の声。挙句の果てには何か金属がぶつかり合うようなカチャカチャとした音も聞こえてくる。


「早く探せ! ――――ければ、―――してもかまわん!」

「ガレナ様が――――、とのご命令――――」

「逃がすな―――、あいつが暴れたら面倒――――――」

 聞こえてくる声の中にはどことなく物騒な言葉も聞こえてくる。言葉の端々から聞き取るに、何者かが逃げだしてそれを捕まえようと躍起になっているといったところだろうか。

 

 受け取ったマントを見つからないように体の下に隠してはあるものの、あの騎士以降誰も私を見張りに来ない。今はそれどころではないと言うことなんだろうか。ごろりと体を起こす。硬い床に転がっていたせいか節々にじんわりと痺れに似た痛みが残っていた。

「………さて」

 誰に聞かせるでもなく、自身に気合を入れるべく声を出す。緩められた口の拘束具は特に何もせずとも落ちていった。


 だってこれから脱獄するのだから。


※※※


 とりあえず縄抜けからだ。おあつらえ向きに雑な縛り方をしているのでこれは別段問題ではない。ちょーっと肩外してあれやこれやと体を曲げていけば縄は難なく外れた。ぱらりと体から落ちていく縄を確信してからマントを身にまとう。


 きっちりとブローチを首元で止めてから周囲を見渡した。地下をくりぬいて作った牢獄は硬い土壁で囲まれている。

「壊す、のは流石に無理そうだな」

 こつこつと叩いてみても手に帰ってくるのは頑強な反響音だ。空洞などもなく、みっしりと土と泥が固まっているであろうことが容易に想像できる。


 普段なら屈折型を使ってドカンとやっているところだが、生憎手持ちがない。諦め半分で殴ってもみたが手の骨がじーんと痺れるだけで何も変わらなかった。


 過去の脱獄に使われた穴や隙間がないか確認する。だがなんとまあ、私が放り込まれた牢は憎たらしいほどきちんとしていた。壁にはひび割れ一つないし、牢屋入り口の木の柵に至っては腐食した痕跡すら見当たらない。


 丁寧な修繕の跡ばかりで、押したらぐらつく箇所も腐食して一本外れやすくなった柵も何もない。ただ面白みのない頑強な牢獄があるのみだ。

 

 傷も何もなくただ閉じ込めるものとして完璧にあり続ける様は、ガレナに付き従っていた大勢の騎士を思い起こさせた。ただそこに使命をこなすためだけにあるもの。


 しかしだからと言ってここで立ち止まっているわけにもいかない。外がどうなっているかはまるで分からないが、混乱の渦中にいると言うことだけは事実なのだから。これに便乗しない手はないだろう。


 とりあえずダメもとで牢屋入り口に思いっきりぶつかってみる。見逃しているだけで根元が腐っているかもしれないし。


 だが結果は反動に私が呻くだけで終わった。痛い。めっちゃ痛い。骨に響く振動が背中の傷にも響いてびりびりする。半端に手当だけされた傷口が今の衝撃でちょっと開いてしまった。


 これはどうしたものか。尖った石を使って削り続けてみるか、それとも土壁を削る方向性に切り替えるべきか。しかしどちらもやるには時間がかかりすぎる。


 今必要なのは短時間でぱっと牢屋から脱出する方法なのだ。出てしまえば後はなんとでもなるだろう。騒動に紛れて逃げればいい。


 浄化の件もあるのだ。あまり魔力の消費はしたくないけど、無理やりにでもここを突破するのが先決―――――。


「おいっ! 何をしている!」

 やばいかもしれない。鋭く飛んできた怒号に体が固まった。見れば片手にスープと、流し込むのに使うのであろう先の細くなった管のようなものを抱えている。


「ガレナ様の言う通りだったな。この騒ぎに便乗し姿をくらまそうとするとは」


 見張りの騎士の一人だ。騒ぎを察知したガレナが私を逃がすまいと差し向けたのだろう。


 咄嗟に後ろに下がるも、柵の隙間から伸びてきた手に腕を掴まれる。

「大人しくしろ。ガレナ様のご命令だ」

「――――ッ!」

 がっしりと掴まれ身動きもできない。騎士は片手で器用に牢の錠を外すと、中に入ってきた。

「お前は逃げ出したら手が付けられんとのことだ。女神の魂を宿す者に乱暴するとは気がひけるが……。従わないお前に責があるのだ」

「責、責だって? 丸腰の女をとっ捕まえて、無理やり言うことを聞かせるのになんで私の責になるんだ」

「騒ぐな。いいから黙って飲み込んでしまえ」


 そちらの方がすぐ楽になれる。そう言いたげだった。騒ぐ暇もなく管の先が口に押し込まれ、逆円錐状の先からスープが流し込まれようとした時。


 騎士の後ろから耳を覆いたくなるような破裂音が聞こえた。酷く乱暴なやり方で、無理やり木をへし折ろうとするようなミシミシという音とそれに耐えかねたようにバキリと響く音。


「――――な、なんだ今の音………がっ⁈」

 その後に打撲音が聞こえたのは騎士が後ろを向いた時だった。重い殴打の音と共に手にしていたものを床へ散らかしながら騎士が前向きに倒れ込む。倒れた後に見えたのは、見るも無残にばきばきに折られた牢屋の入り口と。


「…………すまない」


 ぬうっとこちらを見下ろす、カシテラの姿があった。

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