第十二話 毒石
「ああ、全く手間かけさせやがって」
流石にあの距離の炎を浴びたのだ。まず無傷ではいられるまい。久々に身を守るために出した全力だ。正直疲れた。
ただのダンピールに無理をさせないでほしいなと思いながらも、これからのことに考えを巡らせる。
もうあの騎士は駄目だろう。小競り合いの中でも微動だにせず立ち尽くす男を見て思う。もうあいつは私のことなど信じられないはずだ。こちらに背を向けているせいで顔は見えないが、失望と侮蔑の表情が浮かんでいるはずだ。
人間というのは人間と似たような形をした違う種族に敏感だ。「同じ形であるのにどうして人間ではないのか」と、そのことに強い違和感を感じるのだろう。
少なくとも、南には似たような理由で追いやられてきた存在が多数いる。
この女の口ぶりからしてもあいつは私に気づいているみたいだし、あまりやりたくはなかったが海でも超えて他の国に移ろうか。吸血鬼という種族は強いんだか弱いんだかよく分からない種族で、弱点も多く存在する。銀に杭、聖水など。その中に流れる水というのも含まれる。つまり海に落ちたらアウトということだ。
ダンピールにも影響はある。だから私は泳げないのだ。
ラル王国は鉱山を含む山々に囲まれた天然の要塞だ。山を越えるにしても骨が折れるし、国境警備だって存在する。だから仕方がない。船が嵐や海賊に遭ってひっくり返らないことでも祈りながら輸送船にでも忍び込むか。
そうと決まればさっさと支度をしようと体を動かそうとした時、異変に気づく。
「…………あれ」
足が、動かない。
「おかしいな、そこまで激しく捻ったわけじゃ────っ⁈」
余程強く捻ってしまったのかと思い、足首に触れるとその瞬間に何百という針に刺されているような痛みに呻く。弾かれたように手を引いた瞬間痛みに脳髄が引っ掻き回されるような気持ち悪さが通り過ぎる。
確信する。これはただの捻挫なんかじゃない。これは────!
「あ、やっと気づいたんですか」
がらりと音を立てながら、動く姿があった。激しく燃えた黒の中心地で女のいた場所だけが不自然に焦げが弱い。咄嗟に自身を守る術を展開したのだろうか。
胃の中のものがひっくり返るような気分だ。脂汗が流れ落ちる。
「痛いでしょう? 気持ち悪いでしょう? 一度気付いたらもう無視なんてできないでしょう」
「────お前、まさか」
「私はミメット。アダム様の影」
焦げ落ちた布を取り払いながら女は嬉しげな笑みを浮かべた。その姿はまさに、狂ってしまった三日月の如く。
「またの名を、毒石と。そう呼ぶ者もおります」
そう行った瞬間、隠すものがなくなった片目が強く輝きを増すのが見てとれた。あの目、左目だけが狂気を孕んで異様な光を放っている。
毒、毒だって?
「────っ、ぐっぁ‼︎」
痛い、痛い、痛い。見られた手が足が体が、刺すように内側から蝕まれるように痛む。だが痛みにかき混ぜられる思考の中、こいつが言ったことであの目にようやく合点がいった。あれはただの目ではない。
主人のためにそこまでするのか。気が狂っているにも程があるだろう。流れる汗を手の甲で拭いながら顔を上げる。見えない何かに陶酔したような顔に苦く笑った。
「………は、わざわざそこまでするかね」
ぎらつく目。あれは目ではない。宝石だ。 あろうことか、奴は本来目が収まるべき箇所に宝石を埋め込んでいるのだ。
「正直これを使うことになるとは想定外でした。化け物なりに足掻いたと誉めて差し上げましょう」
「っ、それはどーも」
守護型宝石、
美しく磨き上げられた黄色が黄金にも似た輝きを放つ。しかし内包されているのは、紛れもない毒。
強い毒性を孕んだ宝石は扱うことで強力な毒や呪いの術を使うことに適している。だが、文字通り毒石のそれは直接触れるだけでも人体に強い影響を及ぼすのだ。
確かに昔は宝石をレンズのように使うことで視線を利用し、視界に入ったものへ影響を及ぼすやり方なんてものもあった。だが本当にはめ込んでいる奴なんて、しかも有害な宝石を使うなんて見たことがない。
「さあ、遊びはお終いです」
左目の周囲だけが不自然に黒い。女は毒など自身を蝕む毒など気にもしていないようだった。ずっと目を通して術をかけ続けていたのだろう。足が動かないのはそのせいだ。宣言通り、足を狙って。
「安心なさい。苦痛は長くとも、飽きないように趣向を凝らしますので」
全然安心できないよ馬鹿。ニタリと歪んだ表情に、胃の底が冷たくなる様を感じていた。
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