第七話 頑固な騎士
ミーネ教団。この国の中心的宗教の一つで、騎士が言うにその教えは「命は皆平等に石へと還る」だそうだ。
女神ミーネは人に鉱石の素晴らしさと価値を教え、暮らしをより豊かなものへと変えた。人々はそれに感謝し女神を国の神として祀った。死した後も良いことをした魂は鉱石となることで女神の元へと導かれる。
それが二百年ほど前から始まった宗教らしい。私が知らない間におかしな宗教画始まったものだ。それをきらきらとした眼差しで話す騎士。ああ全く持って反吐が出る。その裏にある思惑も知らないとでもいうつもりなのか。
「お帰りください。何も知らぬ騎士様」
張り付けた笑みで私は拒絶の言葉を吐いた。
※※※
と言ったはずなのに、どうしてこんなことになっているのだろうか。少し、いやかなり生活環境が改善された住処を見て私は思う。
「食料を買ってきた。少し遅いが昼食にしよう」
何故か追い出したはずの騎士は入り口を潜り抜けにっこり笑う。いや本当になんでか確かに出ていけと告げたはずの騎士はどうしてかあれから毎日ここに来るのだ。
「ルネ、市場で根菜とパンを買ってきた。たまには喰わないと健康によくない」
「ルネ、次に掃除をしていいのはどこだ?」
「ルネ、………せめて寝台には藁をひこう。地面は流石に」
あの酒場で聞いていたのか私の名を呼ぶようになった騎士は、来るたびに我が家を掃除し、あげくにはベットのグレードまで上げてしまった。「食べ物にはあまり興味がないからそこら辺の食べれる実を適当に」と言ったら奴が悲鳴を上げて飛び出していき、両手いっぱいの食べ物をもってきたことは記憶に新しい。
私が一人だった頃よりも随分と改善された生活環境に呆れることしかできない。茹でて柔らかくした芋に塩を振ったものとパンと干し果物の甘煮。塩なんてどこから持ってきたんだと聞けば、買ってきたと言うので呆れて言葉も出なかった。
「甘煮はどうだ。あまり食べ物は受け付けないみたいなので、木の実に近いものを選んでみたんだが」
「いや美味しいけど、美味しいけどね。砂糖なんてどっから………」
「そうか! ではまた買ってくるとしよう」
「話聞いてー? ねえ」
おそらくこれも買ってきたのだろう。いつの間にやら鍋や皿が増えた家の中。最近の宗教と言うのは勧誘にここまで力を入れるものか。
騎士は根気強くここに通い続けた。何度やめろと言っても帰れと言っても次の日には笑顔でやってくる。
どうしてここまでやってくるのか聞けば「貴方にミーネ教団に入っていただけるまで」と言って聞かない。ほとほと頑固な奴。そして、哀れな奴。
教団と王族が繋がっているであろうことも、王族に利用されていることも知らないで。
怒りはいつのまにか呆れと憐みに変わった。あまりに純粋無垢でまっすぐな、私と比べれば幼子ほどの魂。まあ人間はいずれ飽きる生き物だ。そのうちに来なくなるに違いない。
騎士へ労力を割くことをやめ、私は本来の研究に没頭することにした。放っておいても勝手に掃除されていく部屋は都合がいい。いい使用人ができたものだと内心ほくそ笑む。食料を手に入れる手間も省けるし、勝手にいろいろ買ってきてくれるのでその分を研究に費やすことができる。なんとも素晴らしい生活じゃないか。
私がいずれ教団に入ってくれるだろうと信じて疑わない献身を利用するのに心が痛まないわけではない。だが、私たちがされてきたことを考えれば十分おつりがくる。それまでは精々利用してやろう。最終的にはそう結論付けた。
それからまた月日がたった。ひと月、ふた月。明日は来なくなるはずだろう。明後日はもう来ないだろう。
そう思いながら三か月があっという間に過ぎて、そして――――。
「ルネ! 今日の昼食は少し豪勢だぞ!」
奴は全っ然飽きなかった。
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