第八話 理解することされること
「本当にどうかしてる」
「どうしたルネ! 腹でも痛むか?」
「違う。君だよ君。どうかしてるって気づかないのか」
もう恒例となってしまった食事にありつきながらも私はあまりに疑う気のない騎士、カシテラへ苦言を呈していた。
「こんな得体のしれないやつの家に通って自分の金で食い物を買って……、自分でもおかしいと思うだろ」
「? 思わないが」
「おかしいんだよ! 利用されてるとか少しは考えないのか、君」
「他者に信じてもらうには根気が必要だとガレナ様に教わったからな!」
「……よくやるよ。君も、そのガレナってやつも」
潰して丁寧に味付けをされた芋を口に突っ込みながらぶつぶつと繰り返す。ああもううまいなこの芋。
「前に聞いたが、その教団とやらは北の街中心に活動をしているんだろう」
毎日のようにここに来ていたら、南に肩入れしてるなんて思われて心象が悪くなるんじゃないか。しかしそう聞けばカシテラは首を横に振った。
「前にも言っただろうが自分も元は南の出身だ。それにミーネ教団に南も北も関係ない」
「……ふーん」
そんなことを言いながらもこいつ以外の聖堂騎士や教徒が南に来ているのを見たことがない。多分そんなことを思っているのはこいつくらいなもので、大多数を占める北出身は南を忌み嫌っているのだろう。
王族と富裕者たちが占める北の街は鉱山と一体化した城を囲むように作られている。財を示す白の作りの家は南よりも一段上に君臨するように存在していた。豊かな流通に財、笑顔の絶えない良質な暮らし。それを守るように存在するミーネ教団とお抱えの聖堂騎士たち。
「ご立派なことで」
南の異民街とは大違いだ。宝石で一山当ててやろうと息巻く、故郷でうまくいかなかった奴らの掃き溜め。ここで異種族に待っているのは細くなっていくばかりの鉱脈と少なくなるばかりの硬貨だけなのに。
流れ者が嫌われるのは当たり前だ。他所から流れ着いてくる彼らは元からいた人間たちにとっての侵略者のようなものだろう。だがそれを強制的に追い出しもしない王族も王族だし、嫌いながらも利用しようと画策する富裕者の姿はなかなかに逞しいものだ。だから私はこうして隠れ住めるわけだが。
作るのが随分うまくなった甘煮を口に運びながら思う。こいつはいつになったら諦めてくれるのか。
「うん、その顔は美味しい時の表情だな。今日の甘煮はことさらうまくいったんだ」
作業に集中している中、こいつにフードの中を見られたのはひと月前だ。それ以来覗き込んでくるのが鬱陶しくて鬱陶しくて家の中でだけ外すようにした。
こいつときたらやれ「緑の美しい目をしているじゃないか。隠す必要がどこにある」だの「暗いのは目に悪いぞ」だの「銀と緑と言うのはいい色の取り合わせだな」だの。隠しているだけでめちゃくちゃうるさいのだ。
根気ではこいつに叶わない。私は早々にフードを脱ぐことになってしまった。
※※※
「なあ、ルネ。聞いていいか」
「答えられることなら」
「どうしてそこまで、宝石を調べるんだ」
食事を片付けながらカシテラは言う。私は結晶の観察を止めないまま続きを聞いた。この前の坑道から持ってきた屈折型、なかなか珍しい種類だ。光に透かして黄金に光るそれを少し削る。魔術を少し使って結晶の姿を拡大する。
「貴方に売る以上の目的があることは分かった。だが、その執着は」
「異常に見えるって?」
「そこまでは言っていない! だが、その……気になって」
南にとって宝石なんてものは莫大な富への引き換えチケットぐらいにしか思われていないだろう。それをどうしてか売りもせずにこねくり回す私が珍しい、そう言いたいのだろうか。
別に、答えなくてもいいことだ。
「………さあてね、何故だともいます? 騎士様」
「む、難しいことを聞くな」
ここで馬鹿真面目に考え込んでしまうのがカシテラの悪いところと言うか都合のいいところと言うか。
まだ幼さが残る顔に皺を寄せながら思い悩む男にため息を一つ吐く。
「あのね、難しい顔する前にやり方は色々あるだろう」
私は力じゃ君に叶わないんだから、いくらでもやりようはあるだろうに。そう助言すればカシテラは勢いよく首を横に振るのだ。
「っそ、そんなことはしない!」
「どうして? その方はが手っ取り早いだろう」
その気になれば私を引きずって教団に行くことだって簡単だったろう。力を思いのままに操る騎士はそれをせず、どうしてか世話を焼きながら根気よく待ち続ける。奴は口ごもりながら騎士は言う。
「……だとしても。無理強いをするのは貴方の尊厳を傷つけることだ」
馬鹿だ。近年稀に見る大馬鹿者だ。
今さらその程度で傷がつくものか。それ以上の仕打ちをずっと人間から受けてきたのに。
「へえええ。じゃあ今私の家に上がり込んでいることは無理強いじゃないと」
「そ、それは勧誘のためにだな……」
「良く言うよ。何度帰れと言っても帰らなかったくせに。だいたいね、なんで今になって私のしてることが気になるんだ。教団に誘いたいだけのくせに」
「…………考えれば自分のことばかり話してると思った。貴方の考えを、自分はまだ理解しきれていない」
「だから知ろうとしたって? 無理に決まっているだろ。人の考えなんて千差万別。理解しきるのが無理な話だ」
それが人でないのなら尚のこと。けれど騎士は私を焼くような目でこちらを見据えてくるのだ。
「理解しきろうなどと、おこがましいことは考えない。だが、知らなければ何も分からないままだ」
「高尚なお考えなことで。無理やりまとわりついたくせに」
「ぐっ………」
「大体君は図太いのが取り柄なんだ。それを余計なことをごちゃごちゃと」
しょぼくれたカシテラを見ながら甘煮をもう一つ口へと運ぶ。
喉を焼くような甘さと視線に内と外から焦がされてしまいそうだった。
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