第九話 人工宝石
「ああ本当に馬鹿だよ。君はそんな真正面ばかりが解決するわけじゃないだろう」
「だ、だが。自分はこれ以外、やり方が思いつかんのだ」
真面目で馬鹿正直でなんでもすぐに顔に出る。これがあいつらと同じ人間なのかと疑いたくなるほどだ。
あいつらが私にしたようにすればよかったのに。無理やり私を暴いてしまえばよかったのに。そうすれば遠慮せずに突き放してやった。殺されてやった。
遠慮なくお前を一番傷つける言葉を言ってやるのに。
それを、「知りたい」などとほざくから馬鹿なんだ。心の奥底を勝手に覗いていけしゃあしゃあと言ってのけるから。だから、しょうがない。
「人工宝石だよ」
「――――は」
「完全に一から宝石を作ろうとしているんだよ、私は」
あの日聞こえた人間の声。「やはり珍しい生き物は希少な宝石となる」という言葉。ああ、だから私たちは狩られたのかと思った。
「人工で質のいい宝石を増やせれば、全体に行きわたるし危険を冒してまで宝石を執拗にとらなくても良くなるだろう?」
もし宝石を作れたら、量産品の影響でただの宝石の価値が下がるなら狩られなくなるかもしれない。
これは私なりの復讐だ。
さてこいつは笑うかな。不可能だと嘲笑するか?
そう思いながら顔を伺う。しかしその表情はどちらの物でもなく、しばらく驚愕のまま固まっていたかと思えば思い出したかのように言葉をぽつぽつ話す。
「一から、宝石を? ……そんなことが本当に可能なのか?」
「もしかしたらな。まだ保証はできないが」
「………それは、そ、そんなこと」
さあどっちだ。その口角は上がっていた。だが、見下さない目がきらきらと光を含んで私を捕まえる。
「すごいじゃないか‼ もし本当にできるとしたらこの国の宝石事情が一変する!」
「お、おう?」
「そうすれば富にかかわらず宝石を使った魔術が誰でも使えるようになる! そんな素晴らしいことをしていたのか。すごいぞルネ!」
思っていたものと違う反応にしどろもどろになるのはこちらの方だった。なんでこうもまっすぐなんだこいつは。
「どうしてそこまで人工宝石を作りたいんだ?」との問いに「……みんなのため? とか」と答えればなおのこと感激したように肩を叩かれる。痛い痛い加減しろ。
カシテラは私が思っている以上に物事を真正面からしか見れない奴らしい。まあ、勝手に感動してくれれば助かる。
「すごいな。石に還すだけでなくそこまで考えているなんて」
「それほどでも」
「うん。ますます教団に入るべきだ!」
「あーそのことなんだが」
また教団勧誘モードに入り始めたカシテラを遮る。三か月ほど過ごしたがこいつは恐らく時間がたっただけじゃ諦めない性格だ。だから根本から断ってもらう必要がある。
こいつではなく、こいつの上から説得してもらうのだ。何もできないのに付きまとわれて困っていると。世間体も気にする必要がある教団だ。何もしないわけにもいかないだろう。
「一度見学だけさせてくれないか」
「! っ、ということは遂に」
「あ、強制加入とか見たからには教徒になれとかそんなことしたら二度と姿を現さないからな」
「………心得た! ミーネ様に誓ってそのようなことはしないと約束しよう」
もし捕まったとしても目くらましグッズは大量に持っているし、人の多い場所へ逃げ込めば恐らく撒ける。まあ捕まったらその時はその時で諦めればいい。
今はとにかくこいつを引きはがすのが最優先だ。今まではどうにか見つからなかったようだが、この先こんな目立つ男といたらどうなるか分かったもんじゃない。教団につかまることより、あの女に見つかるほうが問題なのだ。
北に近いと言うだけであまり行きたくはないが、今は手段を選んでいられない。
恐らく教団は王族連中が作った隠れ蓑秘術をより正当化し受け入れやすくするために。
王族は私たちの誰かを捕らえ秘術を使わせているのだろう。襲われた時、彼らが宝石に変えられていったのが良い証拠だ。
生き物の命を宝石へと変える。倫理的に受け入れがたくも質のいい宝石を手に入れやすくなる行為を「女神の教え」と広めるための宗教。それが王族だけに広まっているのか、それとも北全体にか。それは分からない。
―――姫、吸血鬼とやらはどこにいるのです。
―――あっち。あの子が欲しいの。
私をまっすぐ指さした彼女。幼い私が受け入れてしまった、あの惨劇の原因。私について回っていた王の娘。あいつにだけは見つかりたくない。
よぎった思い出を振り払い、何も知らずに浮かれた様子のカシテラに声をかける。
「ああ、だから近日中に―――」
そう口にしようとした時だった。
「その話、待った」
ぬうっと洞窟の隙間から滑るように出てきた影。身の毛がよだつような濃厚な死の気配。カシテラが体格に似合わない機敏な動きで入口へと剣を向ける。しかし騎士よりも小さな体躯の影は動じることもせず淡々と言うのだ。
「――――――共に来なさい。人ならざる者」
「お、前。まさか―――」
「まったくクソ忌々しいことに、あのお方は貴様しか待つ気がないようなので」
私の正体を知る者、私を待つ者。あまりにも会いたくなどない相手。
「アダム様がお待ちですよ。
まとわりつくような影に歯を噛みしめる。ああ、これが。この暴き方が久しく感じていなかった人間の悪意だ。
息をも飲み込むような静けさが洞窟の中に充満していた。
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