第三十一話 やさぐれ半吸血鬼の宝石秘術
ゆっくりと倒れていくのを無理やり受け止める。勢いを止めきることができす、一緒に倒れ込む形になったがそれも気にせず騎士の胸元を覗き込んだ。
「おい、しっかりしろ! おいっ!」
鎧を突き破った透明の槍。それは深々中央に突き刺さっていた。銀の鎧を突き破ったそれは、憎たらしいほど透明で美しい。その刃先を飾るように赤いラインがたらたらとまとわりついていた。
出血量が多すぎる。手から溢れるほどの赤い血がぼたぼたと零れ落ちていた。騎士の肌はみるみるうちに青白く変わっていく。失血が体内で生まれる血液量を上回ったのだろう、手が冷たくなっていくのがすぐに分かった。
「……不出来な息子よ」
ガレナは自身の手で倒れ伏した騎士に言い放つ。表情も変わらないその様は、生きているくせにまるで死人のようだった。同じく死人のような銀の盾に囲まれたガレナは続けて言う。
「お前も貴様も、素直に従っておれば辛い思いをせず済んだものを」
男が何を言おうが、今の私はどうでもよかった。ただ、目の前から滑り落ちていく命を留めようと必死になっていた。
今はかろうじて槍が出血の量を阻んではいるが、これは氷だ。いずれ溶けてなくなってしまう。手で押さえようと布を巻こうと、無慈悲にその赤色は滲み命を地面にまき散らす。
それ以前に槍が突き刺さったのは胸の真ん中だ。とてもじゃないが位置では。悪い考えを振り払って血を止めようとした時だった。
「…………る、ね」
酷くか細い声が私を呼んだ。驚いて見れば騎士が薄く口を開いている。そこからも流れていく血の色を見て、思わず私は叫んだ。
「喋るな!」
「自分、は……いい。はやく………」
そんな私の言葉も無視して騎士は自分を置いて行けと言う。騎士は視線だけで教会の向こう側を示していた。「逃げろ」そう言いたいのだろう。
意志の強さを示す様な黒い瞳の視線は虚ろで、焦点もあっていない。一言話すたびに、ごぽりと逆流した血が口からあふれ出て赤く染めていく。
「……いい、んだ。……自分は、ここで――――」
「いいわけあるか! こんな、こんなの―――」
冷たくなっていく体に昔の記憶がフラッシュバックする。襲われる吸血鬼。そして私を逃がすため、犠牲となった両親。体温は抜け出るように冷たくなり、動かなくなった。それにもかかわらず最後まで私の身を案じ続けた両親。
「早くここから逃げなさい」。そう言った二人の顔。
騎士は言う。
「…………罪を、償う、だけだから……」
罪? 罪だって? 自らの両親を殺めた種族を前にして、それでも理性を保っていた君に。自分自身に言い聞かせるように「死んでいい者などいない」と律していた君に?
ずっと耐えてきたであろう君に、罪があるだって?
「――――そんな、そんなのあるわけないだろう」
そんなもの、命を捨ててまで償う必要のある罪なんてあるわけがない。あっていいはずがない。もしそれが教団の信じる神の所業だとするのなら、それはあまりにも勝手すぎる。
「自分の、ことは、いいから……」
それなのに、騎士は笑うのだ。早く逃げろと私に言うのだ。
「酷い騎士だ。もう一度私に見捨てろと、そう言うのか君は」
自分の命のために生きろと、前を向けと。身勝手なことを。屍の上で笑えなどと無理難題を!
「――――――笑わせるなよ人間が」
だからそんな奴の思い通りになんてなってやらない。自分だけ犠牲になって、気分良く死んでいくやつなんか知るものか。誰かを看取るのも見捨てるのも、たった一人で生き残るのも。
もう、御免だ。
※※※
「愚かな。信じる者を間違えるとは……」
教団の頂点に立つ男は何も感じていないように言う。自らの前に立つなんて愚かなことをするものだ、これは当然の報いだとでも言いた
げに。
「もう茶番は終わりだ。騎士たちよ、あの女を――――――」
だから私は言ってやる。思い上がって復讐に囚われ、一番大事なものを自らの手で打ち捨てた愚か者に。
「………こいつは、自分を利用した奴をまだ愛しているなんて言ったんだ」
それを、愚かとこいつは言った。最後まで案じていたたった一人の騎士を、愚かと言ったのだ。
「一番の愚か者が、おかしなことを言うもんだ」
「………痴れ者が。ふざけたことを」
「それからお前もだ。勝手に満足しやがって」
ぐったりと動かない騎士に向かって私は言う。どいつもこいつも勝手ばかりだ。そんな勝手に付き合わされる身にもなれ。
ブローチをマントからちぎり取る。濃い緑の守護型宝石。先代吸血鬼の血肉と魂そのもの。
「貴様、何をするつもりだ」
「……どうせお前は知らないだろう」
吸血鬼の秘術には二つある。
一つは血肉魂を宝石と化す秘術。寿命の長い吸血鬼が、他者の死を悲しみ弔うために、死んだものと共にいるために作られた術。
そしてもう一つは――――宝石に生命を通わせる秘術。宝石を命の源とする、秘術。
必要な者は術者の魔力と媒体となる宝石と、術者が相手の血を吸うこと。
「宝石よ、石よ」
そして代償は、術者の命の半分。長く生きる吸血鬼におあつらえ向き対価じゃないか。どうせ私だってかなり生きるのだ。半分くらいがちょうどいい。
「常闇よりも暗き命よ、来たれ。目覚め、血を通わせ、戻れ」
首に牙を突き立てる。肌の厚みのせいで全然上手くいかないが、どうにか食い込ませた。無理やりだったせいか騎士の顔が少し痛そうに歪む。吸血なんて生まれてこの方やったことがないんだ。多少の痛みは我慢してもらうしかない。
無理をさせないようにほんの少し、ほんの少しだけすすり上げた。
口の中に嫌な塩味と、鉄と生臭さが鼻を突き抜ける。好き好んで飲むようなもんじゃない。だが術には必要なことだ。まだ滲む血も舐めとって、手の中の宝石に魔力を送る。
「生きよ、目覚めよ、ここに還れ――――――」
すべてが吸い込まれていくような感覚。血の気がさあっと引いていく。魔力が強制的に宝石に吸われ続けているのだ。それでも、倒れる訳にはいかない。
笑う膝を無理やり固めながら、ぐらつく視界を固定しながら、目の前の宝石へと集中する。
宝石自体が熱を持ったように熱く反応していた。ただの宝石は私の魔力と生命をたっぷり吸って蓄えていく。
犠牲になる奴っていうのは、いつだってそうだ。誰かを助けて、満足した顔しやがって。助けられた方がどんな気持ちになるかも知らないくせに。
亡骸の上で何も思わないことなんてどうしたってできる訳がないのに。自分のことは気にするな、前を向けなんてほざくのだ。
吸い付くし、命のタンクと化したそれを空洞と化した男の胸へと押し当てた。すると見る見るうちにそれは体へと吸い込まれていく。完全に肉体へと埋まったそれを見送ってから、私はぽつりとつぶやいた。
「帰ってこい。カシテラ」
少しだけ、顔色が戻って来た。呼吸も、規則正しい。ああ、だいじょうぶだ。これ、で、安心だ。
そう思った瞬間に気が抜けたのか、視界がふっと暗くなる。ごっそりと何かが抜け落ちていった感覚と喪失感。多分魔力が底をついたのだろう。
駄目だ、まだこいつを、安静にできる場所につれて、いかないと。だが、なけなしの力を振り絞っても足に上手く力が入らない。
その時、視界の端で何かが動くのを見て顔を上げた。見慣れた姿があった。恐らく、騒動を聞いて見に来たのだろう。
私と騎士を見た瞬間、赤い目が驚いたように見開かれる。
よかった。いいタイミングだ。こっそりとこちらに近づいてきた彼女にカシテラを託してから、私は意識を手放した。
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