第4章

第35話  携帯端末






「──────待たせたな、椎名しいな!」


「私もさっき着いたところよ」




 短めの赤茶色の髪をした女狩人である椎名。狩人歴は5年になる妃伽の先輩にあたる彼女は、エルメストの大通りにある噴水に腰掛けて待ち合わせをしていた妃伽を待っていた。合流できると立ち上がり、手を上げて挨拶を交わす。今日は2人で出掛ける約束をした日であり、妃伽の羽休めの日でもある。


 毎日毎日修業ばかりやっていると気が滅入るのと、ストレスが溜まってしまうということで、定期的に丸一日自由の休みが設けられる。先日トウコロウを狩猟したことで大金を手に入れた妃伽が悩んでいると、散歩中に椎名にばったり会った。久し振りに会うので一緒に買い物でもしようという話になり、今に至るという訳だ。


 片手で数えられるくらいしか街に面識のある者が居ない妃伽にとって、友人のように接することができる椎名。合流できたので早速行こうとなり、並んで歩き出した。綺麗に舗装された大通りを歩いていく。通り沿いには店が並び、朝から呼び寄せの声が聞こえてくる。


 平和な景色がある。悲しみなんて感じない。皆が幸せそうだ。これを狩人が文字通り体を張って作っている。そしてそんな狩人は隣に居る。だが、本人に優越感など無く、安堵感も無い。救い、守っているという認識はなく、あるのは守られている事実と、守る度に減っていく狩人の数だけだった。




「そういえば、妃伽ちゃんは携帯端末タブレット持ってないの?持ってるなら連絡先交換しようよ。そうすればこういう遊びにも誘いやすいし、妃伽ちゃんが狩人になって現場が一緒になった時には連携が取れるよ」


「あー、実は街に来る時にモンスターに襲われてさ。そん時になくしたかぶっ壊したからしいンだわ。だから今は持ってねェ」


「あちゃー。じゃあそれ買いに行く?」


「……だな。りゅ……黒い死神の連絡先とかも登録しておきてーし」


「じゃあこっちだね。行こう行こう!」


「お、おい!」




 手を取り、道案内を率先して妃伽を連れて行ってくれる椎名。自分も見たいものがあれば優先してくれても良いのに、妃伽がタブレットを持っていないと分かるとすぐに予定を決めてくれた。まだ細かい場所が判らない妃伽にとって道案内は助かる。


 繋がれた手は同じ女とは思えないくらい硬い。大人の男よりも硬くて、固まってしまったマメなどができている。それに加えて大小様々な傷跡。狩人の、激しい命の奪い合いの果てに作られた強さの証。妃伽は胸に熱い何かが込み上げてくるのを隠すように繋いだ手を強く握り返した。


 椎名は握り返してくれたことに少し目を丸くしたが、すぐにニッコリと笑みを浮かべるだけで何も言わなかった。年上のお姉さんのような、包み込む優しさがある。妃伽はそれを手から受けて胸の内に秘める。椎名も手を引きながら、妹が居るならこんな感じなのかなと思い、人知れずクスリと笑った。




「さて、着きました!私の知る中で結構、種類を豊富にタブレットを揃えてる店だよ」


「へー」


「良いのがあったら買っちゃおうよ。お金はある?」


「まあ、ちょっとあって金はあるんだよ。今日は念のため多めに持ってきたから大丈夫だとは思う」


「ほほう?まあ詮索はしないけど、ある程度高くて良いならそれだけタブレットも良いものが買えるよ。まあ、まずは見ていこっか」


「おう」




 大通りを歩いて少ししたら見えてきた2階建ての建物で、1回はタブレットを専門で扱う店になっていて、2階部分は店主の自宅となっているようだ。黒板のような逆Vの字にして立てる看板には、豊富に端末を揃えていますとチョークで書かれている。誇張している訳ではなさそうだ。


 両開きのドアを開けて中に入ると、タブレットが手に取りやすいような棚が並び、タブレットが機種ごとに鎮座していた。棚は横に4列。奥に向かって5列はあり、かなりの数が置かれている。買いに来たお客のために解りやすいような説明文等も設置されていて良心的と言える。椎名は中に入って少し見ていると、ある棚からタブレットを手に取り妃伽に見せた。




「これは頑丈に作られてるんだよね。狩人の中にも使ってる人が居るんだ。持っててぶつけても大丈夫なように。値段は6万くらいかな。ちょっとゴツいってのがあるけど」


「んー……なんか違うな。重いし、私の手にはデカい」


「だよねー。使ってるの男の狩人だもん」


「じゃあ何で勧めたんだよ……」


「それはほら、ジャブ的な?折角来たんだから、色々見ていこうよ。もしかしたらコレ!っていうの見つかるかもよ?」


「へーへー」


「適当だなぁ。じゃあ次に行って、コレは?コンパクトで軽いやつ!」


「確かに軽いけど、何かなァ──────」




 その後も椎名と共に動きながら棚に飾られている見本を見て、手に取って触り心地や手への馴染み具合などを確認しながら自分に合ったものを探した。前に持っていた普通のよりも少し安く型式も古いタイプでも、使い慣れているという面では選んでも良かったが、折角なら違う機種が欲しいと思うのは不自然ではないはずだ。


 これが良いなというものが特になく、椎名もオススメできる機種がなくなってきたことで、うんうんと顎に手をやりながら首を捻って考えている。ここまで真剣に考えてくれているのに、何となくしっくりこないからという理由で選べない自身に、妃伽はまた別の日にすると言おうとした。


 その時に、ある棚に目が行った。今まで見ていたのは比較的リーズナブルな値段の、所謂一般人が主に購入している代物だ。もちろん狩人も使っているが、今妃伽が見ているのは一般人では中々手が出せないだろう値段をしたタブレットが置かれた棚だった。普通のものよりも更に頑丈に作られていて、バッテリーの容量も大きいものだ。


 街の中で使う一般人とは違い、街の外の広大な地で使う狩人のタブレットは、拾える電波の距離が普通のタブレットより段違いに優れている。しかしその分中の機械に拘っているので値段が跳ね上がるのだ。妃伽がほぼ狩人用と言っても過言ではないタブレットが置かれた棚を見ていくと、見慣れたものが目に映った。妃伽の後を追い掛けていた椎名も同じくそれを見て、あぁ……と声を漏らした。




「それね。めっちゃ高いんだよ。けどその代わりに性能はすごいよ。他のタブレットで電波が届かないところでも余裕で連絡が取れるって言うし、1番頑丈でバッテリー容量も大きい」


「値段は……げっ、40万Gかよ」


「最新モデルだからね。1回で中々に稼げる狩人でも、はい購入とはいかないよ。結局色々な費用に回っちゃうし、タブレットに40万も払う余裕ないっていうか……」


「……これ、師匠が使ってるやつだ」


「あー……黒い死神なら余裕だろうね。だってソロだし、最上位クラスの依頼を受けてかなりの成功報酬貰ってるだろうし」


「これにすっかな……」


「え゙っ!?40万だよ!?お金大丈夫!?」


「まあ大丈夫だ。これくらいなら払える」


「詮索しないって言った手前聞かないけど、ポンと40万払えるなんて何があったの……」




 並んでいるタブレットの中でも1番高いが1番高性能のものが目についた。どこかで見たことあると思っていたら、身近に居る人物が持っていたのを思い出したのだ。龍已が使っているタブレットが今妃伽が手に持っているものだった。5メートル級のモンスターに踏まれても割れないという謳い文句がある。相当頑丈に作られているようだ。


 カメラ機能にも力を入れていて、写真や動画がかなり綺麗に撮れるようだ。そこら辺は電源が入っている実際のものを使わないと判らないわけだが、1番高性能というからにはその辺のものよりも断然良いだろう。そして、電波が立ちづらい場所でも電波を拾えるというのはありがたい。はぐれたとき等にはもってこいだろう。


 お揃いがいいという気持ちもなくはないが、500万という莫大な金は使ってこそだと考えている妃伽にとっては、丁度良い使う機会だった。手に持ってみればしっくりくる大きさと重さだったので、コレでいいやと簡単に決める。その横で椎名は、妃伽の財布の厚さに驚いている様子だった。


 店員を呼んでタブレットを用意してもらう。何があっても良いように多めに金を持ってきていたことが幸いして一括で支払うことができた。前のタブレットに内蔵されていたカードがあればデータを引き継げると言われたが、残念ながら前に使っていたタブレットは丸々無くしたのでできず、真新しいデータとなった。


 1番高いタブレットを購入してもらったからか、店員の男性が店の入口までついてきて見送りをした。頭を下げて、またのご来店をお待ちしていますと言われ、店員に背を向けながら2人はその場を後にした。説明書を見ながら最初の設定を済ませた妃伽に、椎名は自身のタブレットを取り出して画面を見せてきた。




「んじゃ登録しようよ。何かあった時は気軽に連絡してね。依頼に行ってる時以外なら会えるからさ」


「おう。よろしく頼むわ」


「これで、登録完了っと……。うん、よろしく」




 新しくなったタブレットには椎名の連絡先が追加された。これで街中で偶然会わない限り話ができない……という状況は改善された。まだまだ先の話なのかも知れないが、戦場で連絡を取り合うことができる。それに、タブレットのメモ機能を使えば、持っていけないモンスターの情報などを書き込んで何時でも調べることができる。


 買わないととは思っても、金の問題もあるので中々買う機会が無かったタブレットを見下ろす。師匠である龍已と同じ機種であるのはアレかも知れないが、同じというだけで何だか嬉しくなる。ここまで弟子に想われているんだから果報者だな師匠……と、心の中で上から目線な事を考えている妃伽。


 画面が傷つかないためのフィルムは買ったがまだ貼っていないので帰ってから貼る予定だ。今はまた別で購入したカバーを付けている状態。黒いカバーなのはシンプルなのを選んだのかは本人のみぞ知る話。妃伽はタブレットで時間を確認していると、前に誰かが居るのが分かり止まった。


 通せんぼをするような形で前に2人。顔を上げて見てみると、耳にピアスを付けて髪を染めている男2人組が居た。見たことがない顔なので椎名の知り合いなのかと思い彼女の方を見ると、首を傾げていたので違うのだと分かった。ならばもう考えられることは限られる。




「ね、お姉さん達。暇?」


「あ?暇じゃねーよ。私は友達と過ごしてンだ。見てわかんねェのか?」


「おっ、なら俺達とも遊ぼうよ!ご飯とか奢るよ?」


「お呼びじゃねェ。違ェ女でも引っかけてろ」


「まま、そう言わずにさ!」


「明るい内だけ遊んでくれればいいよ!」


「ぶん殴ってゴミ箱に捨て腐ってやろうか?あ゙?」


「妃伽ちゃん。ここは私に任せてよ」


「あ、おい椎名……」




 椎名は特別美人というわけではないが、戦場で鍛えられた引き締まった肉体と、それなりに整った顔立ちがある。妃伽はつり目でキツい印象を与えやすく口が悪いが、容姿は非常に整っている。少女という歳でありながら美人であり、胸も豊満で高身長。脚も長いという我が儘なスタイルをしている。男から見ればナンパをしない理由が無い。


 無地の黒いTシャツを着ているが、服を胸が押し上げていて豊満な事が嫌でも分かってしまう。それに美人な容姿に釣られて声を掛けられたのだ。妃伽はめんどくさそうに舌打ちをして拳を握り込んだ。元より喧嘩っ早く男も女も関係無く殴り合いの喧嘩をして、地元では負け知らずだった彼女だ。言って聞かないなら拳で分からせた方が早いと考えるだろう。


 何となくそれを察して、椎名が前に出てきた。優しく妃伽の肩に手を置いて前に出た彼女に、妃伽が止めようと声を掛ける。どれだけ否定しても引き下がろうとしないチャラい男達だ。言っても無駄なだけ。手を出すにしても、狩人である椎名が出すと色々問題になってしまうだろう。だが、彼女は手を出すこともなく、穏便にナンパを撃退した。あるものを見せただけでだ。




「私達、こう見えて色々やることあるんだよね。それでも遊びたい?それならどうにか時間作ってあげるけど。そんなに長い時間は無理だからね」


「え、あ……いや、大丈夫っす……」


「あの……いつもありがとうございます。すいませんでした……」


「誰彼構わず声かけるのはやめなね。人によっては迷惑なんだから」


「はい……気をつけます」


「失礼しました……」




「……あっさり引きやがった。何見せたんだ……?」




 妃伽がめんどくさそうな、うざったそうな表情を隠すことなく否定しても食い下がってきた男達が自分から引き下がった。その光景を目を丸くしながら眺めている妃伽。ナンパしてきた男達はさっさと逃げるように去っていった。椎名はポケットから取り出したカードをヒラヒラとさせて妃伽の方へ振り返った。


 こういう時にすごく便利なんだよね、これ。と言って妃伽にカードを手渡す。受け取って見てみると、画面はタブレットと同じタッチスクリーンになっていた。そして画面には情報が書かれている。椎名という名前。狩人ランク。直近で受けた依頼。これまでに受けた依頼の難易度別の総数などが記されていた。




「狩人になると狩人カードっていうのが狩人協会から支給されるの。依頼を手続きすると情報を残してもらえるんだ。まあ狩人であることを証明するためのカードだよ。ランクとかも確認できるし、狩人協会が発信してるニュースみたいなのも見れる」


「……それを見せて、何であのバカ共が引いたんだ?」


「この街エルメストって狩人が多いことで有名じゃない?それはただ多いんじゃなくて、それ相応にモンスターが出るからなんだよね。つまり街の危険は私達狩人の依頼遂行によって守られてる。だからなのかな、狩人に対して失礼なことはしない……っていうのが暗黙の了解みたいになってるらしいんだよね」


「なるほどな。それであんなにあっさりと引いたのか」


「そういうこと。やることがある……狩人としてやらないといけないことがあるから遊べないけど、どうしてもと言うなら時間を作ってあげるよ?ってね。これ聞いて引かない人は今までに居なかったかな。居るとしたら相当自分勝手な女好きだろうね」


「ぶはッ。違ェねぇな。あんがとな椎名。もう少しでボコボコにするところだった」


「そんな雰囲気だったからねー。割って入って良かったよ」




 狩人をしていて身につけた気配察知能力で、妃伽が苛ついているのが判った。そこで今までにやってきた方法でナンパを撃退したのだ。こんな簡単に引かせることができるなら、早く狩人になりたいという意味に加えて欲しくなる。返した狩人カードを受け取った椎名がポケットに仕舞い終わると、次は何処に行こうかと提案してくれる。


 自分は特に行きたいところとか決まってないから、妃伽ちゃんが決めて良いよと言われたので、何処に行って何をしようか悩む。暫く考えていた妃伽は、あることを思いついて椎名に相談した。彼女は妃伽からの提案を聞いて、ニッコリと笑って頷いたのだった。








 ──────────────────



 狩人カード


 狩人であることを証明するためのカード。タブレットと同じでタッチスクリーンになっている。自身の現段階のランク。手続きをした依頼内容や、これまでに受けた依頼を難易度別に見ることもできる。狩人になれば、狩人協会から支給される支給品。


 狩人協会が発信しているニュース等も見ることができる。街を救ってくれている狩人に迷惑は掛けられないという理由から、ナンパされた際に見せると簡単に撃退できる。





 椎名


 妃伽が大金を持っていることに驚いた。が、何でそんなに大金を持っているのかは詮索しない。人によっては知られたくなかったりするだろうからという配慮。けど気になるものは気になる。


 妃伽のことを妹のように思っている。口は悪いが悪い子ではないと分かっているし、一緒に居るとついつい世話を焼いてあげたくなってしまう。今回の遊びでは、本当に行きたい場所というのか特にないので、最後まで妃伽に付き合うつもりだった。





 巌斎妃伽


 街に来る途中でモンスターに襲われ、龍已に助けられた時にタブレットを壊したか無くしたかしてしまっていた。大金が手に入ったので新しく買うことにしたが、龍已が使っているものと同じものにした。最強の狩人が使っているなら間違いないとも思った。


 地元でも抜群なスタイルや容姿からナンパをされていたが相手にしなかった。しつこい相手は何人が相手でも殴り倒していた。何時しか喧嘩無敗が知れ渡ってナンパされることが無くなった。



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