第37話  登録






「──────ッしゃァッ!!私の勝ちィッ!!」


「トドメは刺したのか」


「おう!一応見てくれ」


「……あぁ。問題ない。全て死んでいる」


「おっしッ!」




 街の外、廃家などが積み重なった跡地にて、ラプノスと戦闘を繰り広げていた妃伽。彼女は持ち前の高い身体能力と鋭い勘を存分に使い、愛用している爆発するメリケンでラプノスを次々と屠っていった。離れたところにはトレーラーが待機していて、モンスターの死骸の回収をするために待っている。


 問題なく下位のラプノスを1人で倒せるようになった妃伽を、龍已はただ観察していた。時には離れたところから双眼鏡を使って。時には瓦礫の上から戦いを見つめ、戦闘の際の動きや判断を見ている。モンスターとの戦いは慣れた様子で、命を奪うという行為に躊躇いもなくなった。


 彼女が龍已の元へ弟子入りをして、かれこれ4ヶ月が経過した。最初は体力作りをし、次第に武器を使った戦い方を学び、その中で自然に存在する植物の名前や特徴。モンスターの名前や生息地などを勉強して頭に入れさせた。目的には貪欲でありながら、龍已の指示には従う。そのため休みの日はしっかり休み、修業は全力で挑んだ。


 ラプノスがしっかりと死んでいるか、確認してくれと言われたので行い、問題ないことを告げるとガッツポーズをして喜ぶ。その様子を静かに眺めていた龍已は、頃合いだと独り言のように発した。その言葉は妃伽の耳に届いていない。次の獲物が近くに居ないか探していて気づいていない。




「ラプノス程度ならば問題なく狩猟できるようになったな」


「まー、私の中ではお手軽に狩れるモンスターみたいな感じだからな。集団だから何体も一気にぶっ飛ばせるし」


「新種の上位も、初見でありながら狩猟できた」


「あれは流石に肝が冷えたぜ。実際脇腹やられたし」


「勉学は疎かにしていないだろうな」


「毎日寝る前にやってンよ。やんねーと私すーぐ忘れっから。ま、今はタブレットにメモってあるから忘れてもすぐ見れるけどな!」


「……そうか。今日はこのまま帰る。寄るところができた」


「おっ、じゃあ帰ろうぜぇ。私が運転してもいいか?」


「構わん」


「やりぃ!」




 最近は龍已のバイクに乗って運転するのにハマっているのか、移動は任せてくれと言うようになった。龍已は別に構わないと言ってやらせている。モンスターとの戦闘に巻き込まないよう離れたところに置いてあるバイクの元まで行くと、跨がってからスタンドをあげてエンジンを掛ける。


 上機嫌にエンジンを吹かしている間に、妃伽の後ろに乗り込む。プレゼントされたゴーグルをフードの中で被り、妃伽の腰に腕を回すと用意ができたと捉えて走り出した。その場を後にしたので、離れたところで待機していたトレーラーが動き出す。慣れた手つきでモンスターを回収していき、すぐに後を追い掛けてきた。


 街から数キロしか離れていないので帰るのに時間はそれ程掛からない。しかしその間でもバイクの運転をするのが楽しいのか、妃伽はフルフェイスのヘルメットの中で鼻歌を歌っていた。




「師匠のバイク良いよなー。ゴツくてカッケー。めっちゃ速度出るし。これどんくらいしたんだよ?」


「ある程度の衝撃に耐えられるよう特殊な合金を使った特注品だからな……確か2000万Gだったか」


「はァッ!?高すぎだろッ!?ちぇっ。安かったら買ったのになー」


「そんなに気に入ったのか」


「まーな。乗りやすいし、フォルムが良い。あと移動すんの楽だ。車でも良いんだけどさー、モンスターに襲われた時にすぐ戦える状態じゃねぇだろ?バイクなら降りればすぐだ。だからバイクがいい」


「普通の狩人は車を使う。チームを組む以上複数人での乗り合いのためバイクでは効率が悪い。俺はソロだからバイクを使っているだけだ。お前はチームを組むつもりはないのか」


「流石に師匠みたいに1から全部1人ってのは無理だろうから考えてはいっけど、チームなァ……狩人ですらねーから想像がつかねぇ。てか、私の場合チーム組んで連携とかできるのかまだ分かんねぇ。師匠としかやったことねーし」


「……そうだったな。連携はこれから覚えていけばいい。その辺りは失念していた」




 狩人はチームを組んで狩猟に挑む。なので連携を取ることは何よりも重要な要素だ。長年1人でモンスターを狩猟してきたので、連携を取ることは大切だと言っておきながら体験させていなかった。その事を龍已は反省した。もっと早く他者との連携を図らせるべきだったと。彼とて間違いはする。なので他に教え切れていないものはないか思い返している。


 龍已が後ろで思案している間に、妃伽は上機嫌にバイクを運転して街に帰る。発進してから30分もしない内に街が見えてきた。大きな入り口まで来ると速度を緩めてから降りる。龍已が連絡しておいたのか、倉持が既に門のところに待機していた。専属サポーターなのでバイクは彼が預かり、整備をしてくれる。


 挨拶を交わしてバイクを押して持っていく倉持と別れた妃伽は、先を歩く龍已の後をついていく。行くところができたと言われたが、何処とは言われていない。ついて行ってダメならば、最初にそう言われている筈なので後を追って正解だろう。


 街に入ってそのまま真っ直ぐ進めば大きな通りになる。この道が大通りとなり、そのサイドに店舗などが並んでいる。車も走っているので通行人は大通りの端を歩いていく。相変わらず龍已は黒い死神として恐れられているので、歩いているとモーゼの海割りの如く人が左右に避けていく。


 何処に行くのかと不思議に思いつつ歩くこと少し、妃伽は久しぶりに見る建物の傍までやって来た。2階建ての木造建築物。普通の家の敷地の数十倍以上を使って建てられた大きな建物。此処は妃伽が1度来たことがある場所で、此処は狩人が集まる集会場であった。依頼が斡旋され、此処で受けるのだ。そのため街に居る狩人の殆どがやってくると言ってもいい。


 両開きの扉に龍已が手を掛ける。引いて開けると、外に居ても聞こえてくる中の騒ぎ声が更に大きくなった。しかし、その声はすぐさま小さくなって嫌な静寂が訪れる。龍已が1歩入った瞬間、集会場に居る狩人達が濃密な強者の気配を感じ取ったのだ。流石はモンスターと命の奪い合いをしている者達。気配察知はお手のものだった。




「見ろ……黒い死神だ」


「何でアイツがこんなとこに来たんだ……?」


「誰か黒い死神にやらかしたとか?」


「生皮剥がされるんじゃねーか……?」


「いや見ろ、後ろのは多分奴の弟子だ」


「弟子連れて集会場に……?」


「あぁ、をしに来たんだろ」


「だな。そうに違いねェ」




「あー、師匠……?」


「1階に用は無い。2階へ上がるぞ」


「え、お、おう……」




 静寂から、ざわめきに変わる。その話題の中心である龍已は一切興味を持っていない様子で、入って左右に設けられた階段の内、右側の階段を使って上っていった。集会場の中は2階部分が吹き抜けになっている。階段を上ると壁沿いに廊下が作られており、それぞれの部屋に繋がっている。ロビーにも、隣接してシャワー室やトイレ、談話室、ビリヤード等といった娯楽のためのものが揃えられた部屋がある。


 2階にも部屋があり、数は少ないが仮眠室なども設置されている。広大な敷地を使って建てられた大きな建物を隅々まで使った造りとなっており、龍已が用があるというのは、どうやら2階部分にあるらしい。さっさと上がる彼の後について行く途中、下から多くの視線が突き刺さる。黒い死神の弟子というのは、それだけ興味引かれる存在なのだ。


 視線に物理的な力があるのならば、今頃妃伽の体は穴だらけになっていたことだろう。それだけ多くの者達の視線を一人占めしていた。居心地の悪さを感じつつ2階へ到達し、廊下を進んでいく。まだ興味を持つ狩人は下から眺めてくる。それを気にしないフリして、2人はある部屋の前に止まった。


 扉の上部には、狩人協会支部と書かれていた。狩人協会は知っているが、支部というのはどういう意味だろうかと頭を捻るより先に龍已が取っ手を掴んで扉を開ける。中は少し広めの空間となっており、受付の窓口が横並びに4つ。それぞれには受付をする者達が就いていた。中には受付待ちの者達が数名居る。これは長く待つ必要あるのかと思ったが、受付の女性が立ち上がって手を上げ、龍已はその女性の元へ歩いて向かった。




「狩人協会支部へようこそ。黒い死神様、御足労いただきありがとうございます。本日の御用件を窺ってもよろしいでしょうか?」


「狩人登録を済ませたい。後ろの者がそうだ。推薦者は俺でいい」


「畏まりました。書類を用意しますので少々お待ちください」


「あぁ」


「……はッ!?りゅっ……じゃなくて、師匠ッ!?狩人登録って──────」


「お前を狩人として登録する。それだけの実力はついたと俺が判断した。それだけだ」


「は……ぁ……し、師匠ぉッ!!」


「暑苦しい」




 受付の女性に内容を伝えた龍已。何の脈絡も無い狩人登録に、話を聞いていた妃伽は反応が遅れた。それから話の内容を噛み砕いて理解すると、驚いて声を張り上げる。その時に何事かと視線を集めたが、それどころではない。念願の狩人登録を今から行うというのに、興奮しない方がおかしい。


 感動で喜色に塗れた笑顔のまま龍已に抱きついた。隙間が無いくらいギュウギュウに抱きついて顔を擦りつける。受付カウンターの奥の、事務をしている者達が唖然とした表情をしていることに気がついていない。何せ、あの黒い死神に馴れ馴れしく抱きついているのだから。普通はそんなこと畏れ多くてできやしない。


 一気に胸がいっぱいになって、龍已に抱きついてどうにか紛らわせているが、自分の心臓が恐ろしいほど鼓動を刻んでいるのがよく解る。いつになれば狩人になれるのかという不安も少しはあった。しかし修業の身で狩人になっても、すぐ死ぬだろうことは想像がつくので我慢していた。それが今、解放された。巌斎妃伽は、狩人の巌斎妃伽となるのだ。




「鬱陶しい。離れろ」


「ぅおっと……へへ。悪ぃ悪ぃ。ちょっと興奮してよ」


「──────お待たせしました。こちらに氏名。年齢。主に扱う武器の種類をご記入ください。その下にあるのは狩人になるために守ってもらう重要事項ですので、よくお読みになった上で同意の署名をお願いいたします」


「あー、私の武器ってコレなんだけど、メリケンって書けばいいか?」


「それならばナックルダスターと記入をお願いします。それと、狩人登録の申請費として1万Gになります」


「それは俺が出す」


「はい。ありがとうございます。確かに1万Gお預かりします」




 申請用の紙を渡され、ボールペンで記入していく妃伽の傍で、龍已は1万Gを支払った。このくらいは最初から出すつもりだったようで、手の中に入っていた金貨1枚を差し出されるトレイの上に置いた。妃伽は名前などを書き込み終えると、下に書かれている重要事項を読んでいく。


 狩人になる以上は、狩人としての守るべき条件がある。それは間接的に街を守る者になるからと言って偉くなったわけではないので、狩人になったからといって一般人に手を出さないこと。モンスターの狩猟で四肢の欠損などが起きた場合は自己責任になること。モンスターを引き連れて別の狩人に襲わせないこと。等といった、当たり前のことが書かれている。


 その中で妃伽の目に映ったのは、狩人同士の争い事に狩人協会は関与しないということだった。罰は与えられるものの、止めることは無いという。狩人というのは、言ってしまえば誰でもなれる。申請して1万Gを払えば良いのだ。それ故か、喧嘩っ早い者達が見られることがある。そういった者達の争い事に首を突っ込むと切りがないので、争いの果てに命に関わる傷を負おうが、狩人協会は責任を一切取らないのだ。


 それらが同意できるのみ署名をするように書かれている。妃伽も喧嘩っ早い者達の1人に含まれるが、理由なく喧嘩したりはしない。喧嘩するのはそれなりの理由がある時だけだ。なので妃伽は重要事項をよく読んだ後に署名をした。書き終えた申請書を受付の女性に渡すと目を落として抜けがないか確認した後、受理の判子が押された。


 受付の女性はカウンターの裏からカードを1枚取り出し、何かの操作をすると妃伽に渡した。それは椎名が持っていたものと同じ、タッチパネル式の狩人カードだった。そこには名前と等級が書かれている。受けたことがある依頼が0なのは当たり前として、狩人である証のカードを持って、妃伽は感慨深そうに感嘆とした声を上げる。




「本人を証明するための写真を撮る事ができますが、如何なさいますか?今すぐにでもできますが、後日でも構いません」


「あ、あー……後日でいいや。まさか写真撮ることになるとは思わなかったから髪とか気になるし……」


「畏まりました。用意ができた日に、また此処へお越しください」


「サンキュー」


「いえ。では次に、狩人のランクについて説明させていただきます──────」




 狩人になる上で絡んでくるランクについての説明に入った。横に龍已が居る状態で話を聞いている妃伽ではあるが、その胸中は喜びに満ち溢れていた。








 ──────────────────



 巌斎妃伽


 今回で狩人に登録することになった。これで誰が何と言おうと妃伽は狩人になる。思ったよりも早く、あっさりと狩人に登録されたことに驚いている。数年は修業して終わると思っていただけに、かなり早く感じている。





 黒圓龍已


 下位のモンスターを問題なく狩猟できるようになったので、取り敢えず狩人登録をしてしまおうと許可を出した。元々上位のモンスターを単独撃破できていたので問題ないことは分かっていた。最後まで黙っていたのはサプライズ的な気持ち1割。





 狩人協会支部


 狩人が集まる集会場に設置されている、狩人になるための登録、情報の変更などを行うための場所。此処で登録した情報は本部の方にも当然流れ、全て管理される。



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