第7話  お礼と弟子と




 非常事態警報が鳴り、狩人達が押し寄せるモンスターの迎撃に当たった日から3日が過ぎた。数の暴力と単純な強さにより、死者は多く出てしまった。1度に訪れたからか、街にモンスターはあまり近づかず、狩人には休息の日が与えられたようなもの。


 当然、戦闘で負った傷が深すぎて日常生活にすら支障を来したり、部位の欠損等の大きな傷を負った狩人は、狩人人生を終わらせるしかなかった。殉職した者の数より、居なくなってしまった数の方が多いのはきっとその所為なのだろう。


 診療所は多くの狩人の処置に追われた。でもそれは仕方ないことだろうし、数が多すぎるから見きれないとは口が裂けても言えない。彼等は自分達のために傷を負っているのだから。治療費も街が税金を使っていくらかの補償をしてくれるという話だ。全額とは流石にいかないが、大部分は払ってくれる。


 一方で、全くの無傷で戦いを終えた黒い死神は、街の領主に感謝の言葉とお礼の気持ちとして多大な金銭を受け取った。要らないからという理由で無視していたが、どうしてもと言ってしつこかったので行って早々に話を終えて帰った。褒められたくてやっている訳ではないので、彼からしてみれば面倒なだけだ。


 あっという間に3日の期間が過ぎ去り、黒い死神は夜に行きつけの店である『BLACK LACK黒い幸運を』へ向かった。時間は指定した22時。歩いて行けば時間通りとなる。全身をフード付きのローブで覆い、トレードマークでもある大口径狙撃銃も背中に背負っている。格好で黒い死神だと判るので、道行く人は彼を避けるように横へずれていった。


 いつも繰り返される光景を見ていれば慣れる。黒い死神は開けられた道の真ん中を堂々と歩いて店に向かう。酒を飲むBarなので夜は開いている『BLACK LACK』だったが、彼が店の前に着くと……諸事情により21時以降は臨時閉店したという貼り紙がされていた。別に閉店までしなくても良かったのだがと思いつつ、取っ手に手を掛けて入口の扉を開いた。




「──────あ、やっぱり時間通りだね。1分の狂いも無いよ」


「く、黒い死神っ!こっちに座ってくれ!今色々用意すっから!」


「…………………。」




 店の中を覗き込まなくても、中に2人が居ることは気配で判っていた。カランコロン……と、慣れ親しんだ客の来訪を報せるベルが鳴る。音に反応して巌斎と天切が振り向き、笑みを浮かべた。天切はいつもの優しく美しい微笑みを。巌斎は緊張しているのか、強張りながらも精一杯の笑みを浮かべる。


 ギクシャクとしながらテーブルへ案内する巌斎に付いていく。基本的にカウンター席にしか座らないので、久し振りのテーブル席だろう。話をしたいということだったので、対面して話せるテーブルの方に案内したという訳だ。


 背中に背負った大口径狙撃銃を降ろして邪魔にならない場所に立て掛ける。椅子に座っていれば、巌斎は晩飯を食べたか聞いてきた。身を乗り出して聞いてくるので、小さく首を傾げながら用事があったのでまだ食べていないことを伝えた。すると、巌斎はヨシッ……とガッツポーズをして、嬉しそうにしながらちょっと待っててくれと言ってカウンターの裏へ行った。


 忙しなく動いているのを、他にやることが無いので眺めていると、巌斎と天切がそれぞれお盆を両手で持ってこちらに向かってくる。上に乗せてあるのは料理だった。メニューは、山盛りの唐揚げ、親子丼、カツ丼、焼き肉丼、これまた山盛りのサラダと、それに添えられた大きなハンバーグだった。前にそれらを並べられると凄まじい威圧感を醸し出す。




「…………………っ」


「これ全部巌斎さんが作ったんだよ。お礼をしたいって言って、3日前からバイト終わったら料理の練習をして……ずっと頑張ってたんだ」


「そ、そのさ……黒い死神は私の命の恩人だろ?でも、私は金が無くて返せるものが無いんだ。だからせめて何かやりたいと思って料理にした!不味かったら残しても別にいーからさ!」


「…………………。」




 やけに胃に対してダイレクトアタックかましてくるメニューだと思ったが、どうやら巌斎は料理に不慣れなようだった。フードを被っていて判別できないことを使い、目線を彼女の手へ向けた。右手は包丁を持っていたから傷は少ないが、材料を支える左手はいくつも絆創膏が貼られていた。この3日努力していたのだろう。


 丼ものに加えて油ものの唐揚げとハンバーグときたので、夜22時に食べるものではないなと思いつつ、箸を手に取った。対面に座ってソワソワしながら見てくる巌斎を傍目に、黒い死神は唐揚げに箸を伸ばした。少し揚げすぎな感じはあるものの、美味しそうな匂いを出している。


 大きさは程良くて口の中へ1度に入れられた。揚げたてではないので熱々ではないが、温かさはあるので美味しさは損なわれていない。作り方を教わりながらやったのだろう、天切の作るものと似たような味がした。だが、これは彼女の味だ。肉汁も噛めば溢れてくるので、少し揚げすぎただけで十分な成功だろう。


 咀嚼して嚥下した黒い死神は、焼き肉丼や親子丼、カツ丼とハンバーグを一口ずつ食べていく。不味いなんてことはなく、それどころかしっかりと味が出て美味い。今日の気分だった濃い味のものなので満足はできる。量的には満足を通り越している訳なのだが。

 ふと、視線が強くなっていることに気がつく。チラリと見ると、巌斎が手を合わせて強く握りながらこちらを見ている。どうやら味の感想が欲しいようだ。




「唐揚げは30秒揚げすぎ。親子丼の卵に生の部分がある。カツ丼のカツは逆にもう少し揚げて良かった。焼き肉丼は焦げがある。ハンバーグは空気を抜き切れていない」


「ゔっ……そ、そうだよな……悪い」


「だが、初めて人前に出すならば上出来だろう。十分美味い」


「……ッ!そ、そうか!へへっ!食えるなら良かった!」




 ──────美味いは美味いが……何分量が多い……。




 まさかこんなに料理を出されるとは思っていなかった黒い死神は、全部食えるかどうかを頭の中で考えながら箸を動かした。1度箸を止めると満腹中枢を刺激されて腹がいっぱいに感じてしまいそうなので、あまり褒められたものではないが適度に味わいつつ早く食べていった。


 次々と消えていく料理に巌斎は嬉しそうだ。眺めている天切は、ここ最近今黒い死神が食べているものと同じものしか食べていないので、体が重くなったように感じる。最早見ているだけでも満腹になっていく。全部食べられるかな……と少し心配しているが、それは黒い死神が食べ物を粗末にしないタイプの人間だからだ。


 出された以上は全部食べる。恐らく意地になっても平らげることだろう。だがその心配も杞憂に終わりそうだ。自覚的に暴力の塊である唐揚げを片付けて、ハンバーグを完食し、野菜を食べながら丼ものを流し込むように食べていった。黒い死神は、出された山のような料理を食べきったのだ。完食である。




「っ……はぁ……」


「おぉ……っ!まさかあれ全部食えるとは思わなかったぜ!黒い死神は大食いなんだな!」


「…………………。」


「ぷふっ……ふふ。……巌斎さんの料理を全部食べてくれてありがとね、黒い死神」


「……あぁ」




 食べ終えた食器が片されていく。何も上に乗っていない、綺麗に食べられた食器達が下げられていくのを見ていると、自分でもよく食べられたなと、変な感心を自分に抱いた。腹が重い感覚を久し振りに味わっている黒い死神はしかし、次にやることがある。


 天切が食器を下げてテーブルを拭いてから、黒い死神は改めて巌斎と対面する。彼女は彼が食事をしている間に少しずつ慣れてきていたのか、緊張している様子は無い。だが、緊張はしていないだけで顔は強張っていた。改めて見ると、黒い死神からは強者の風格を感じる。


 意図的ではないのだろうが、対面というよりも対峙しているように錯覚を起こす。ふーっ……と、息を吐いて深呼吸をすると、巌斎はテーブルに額が付きかねないところまで頭を下げた。




「黒い死神……──────あの時、私を助けてくれてありがとう。アンタのお陰で、今の私がある。こうやってしっかりとした礼を言うのが遅れて悪い」


「……気にする必要はない。あの時は偶然居合わせただけのこと。もしモンスターに襲われていたのがあの場ではなく、別の場所だったならばあの時と違いそのまま死んでいた。単なる偶然によるものだ」


「だけど、私を襲おうとしてたモンスターを斃してくれただろ?だからアンタに助けられたってのは間違いじゃない。だからありがとう」


「……分かった。お前の礼は受け取ろう。……話は終わりか」


「いや、あと1つだけある」




 立ち上がって帰ろうとする黒い死神を引き留めて止める。巌斎は、お礼の言葉を言うのは簡単だと思ったが、次に言いたいことが中々出て来ない。恐らく、他の狩人達に頼み込んであっさりと断られたことが頭に過っているのだろう。今回も断られるかもと思うと一歩退いてしまいそうになる。


 対面する黒い死神は巌斎が何かを言うのを待っている。それを見て、後のことを考えるなと自分を叱責し、頬を両手で叩いた。目覚ましのつもりでやった叩きが効いたのか、スッキリした気分になる。強張った表情も取れて、いつも通りの巌斎の顔になった。


 勢いを付けるため、巌斎はテーブルに手を付いて立ち上がり、黒い死神に詰め寄るように身を乗り出した。それでも全く動じない黒い死神は、巌斎の口から出て来た言葉に首を傾げるのだ。




「黒い死神!──────アンタ、私の師匠にならないか!?」




「……師匠?」




 巌斎が言い出した、師匠にならないかという問いに、首を傾げる。今までで初めて言われた言葉だ。別に狩人に対して師事を扇ぐのは珍しい事ではない。狩人になりたい者達は、戦い方を知らないので、戦い方を知っている現役の狩人のところへ行き、弟子として師匠の元につき、学んでいって狩人となるのだ。


 中には独学で狩人になる者も居るので、全員が全員誰かの弟子になっていたという話ではない。ただ、弟子入りした方が独学よりも早く必要な知識を得ることができるし、実戦での戦い方を教えてもらえる。


 命を簡単に落とす仕事なので、一人前となって自律するまでには、やはりそれなりの年月や鍛練等が必要になってくるが、それは誰だって同じことだ。最初から全てができるなんて人間は存在しないし、そんなことができる者が居たんだとしたら、恐らくそれは人の域を越えた天才だけだろう。


 よって、巌斎は黒い死神を師匠になってくれと頼んだ。最強の狩人である彼に。彼は他の狩人が認める最強の狩人だ。故にその力を学びたいという者が居てもおかしくないのだが、如何せん彼の放つ覇気と、日頃のモンスターに対する戦い方や取っ付きにくさで師事を扇ぐ者は現れなかった。単純に恐ろしい存在としてしか認識されていなかったのだ。


 なので弟子入りの志願は初めてだ。身を乗り出す巌斎は、黒い死神が弟子入りの話に応えるか否かを聞きたそうにしている。そして身を乗り出していた事に気がついて、おほん……と咳払いをして静かに椅子に座り直した。黒い死神は考える。彼女を弟子とするかどうかを。固唾を呑んで見守られる中、彼の懐が振動した。タブレット機器にメッセージだった。




「…………………──────分かった。良いだろう」


「……へ?」


「お前はこれから俺の弟子だと言っている」


「……マジか。……………マジかマジかマジかッ!黒い死神が師匠かよッ!やっべ、私今最高に興奮してるぜッ!」


「…………………。」




 懐からタブレットを取り出して内容を読んだ黒い死神は、巌斎の申し出を受け入れた。タブレットを懐に戻して、改めて師匠をすると口にすると、巌斎は大きくガッツポーズをして喜びを噛み締めた。あの、最強と謳われる黒い死神に弟子入りできたという事実が堪らなく嬉しかった。


 彼女の喜ぶ姿を少し眺めてから、黒い死神は視線を移してカウンターの方を見る。視線の先には天切がカウンターの裏で食器を洗いながら微笑ましそうにこちらを見ていた。そして、彼の視線に気がつくと、ニッコリとした笑みを浮かべたのだった。



















「──────どういうつもりだ?」


「うん?何がかな?」


「『巌斎さんを弟子にして取ってあげなよ。後悔はしないと思うよ?』……そう言ったのはお前だろう、


「まあまあ、弟子の1人くらい良いじゃないか。黒い死神に弟子ができても別に良いと思うよ?」


「そういう意味ではない」




 時刻は次の日になって少しのこと。天切と黒い死神は、人気の無いところで会話をしていた。店には巌斎が居るのでできない。恐らくもう寝ているだろうが、黒い死神に弟子入りすることができたという実感の興奮から、すぐに起きてくる事になるだろう。それなら場所を移した方がいい。


 誰も居ないところで、2人は親しげに話している。だが黒い死神は、タブレットを取り出して画面を天切に見せつけながら問い掛けている。巌斎が弟子入りを志願してどうするか悩んでいる時、メッセージが入った。それを送ってきたのは他でもない天切だったのだ。


 天切から言われたことを無下にはできない。ダメだったならばダメで師匠と弟子という関係も終わらせてしまえばいい。その程度の考えで受け入れた。が、そう受け入れるように背中を押した天切に理由を聞きたいのだ。だから態々メッセージを送って、人気の無いところまで呼んだ。




「もちろん、僕達には共通の目的があるよ?でもさ、根を詰め過ぎるとダメだ。君が君でなくなってしまう。何もずっと師匠をやってよって言ってるんじゃない。少しで良いからガス抜きをして欲しいんだよ。巌斎さんを使うようでアレだけど、彼女は良い子だよ。暮らしていた場所が荒れてたのか、口調は荒いけど、仕事だって真面目にやってるし、自分の打ち立てた目標に一途で貪欲だ。後悔しないって言ったのはそういう訳」


「……………………。」


「最近は早く見つけたいって想いが先行して、1日に何件も依頼を熟してたでしょ?君は黒い死神だから大丈夫かも知れないけど、普通なら異常だ。君は優しいからこんな言葉、卑怯かも知れないけどさ……あの子を助けてあげて。事情とかは解らないけど、藻掻いてる」


「……………………。」




 天切からお願いされる。巌斎妃伽に戦う術を教えて欲しいと。何故狩人を目指し、強くなることを求めるのかは知らないが、そのためにならば何でもやる。そう……モンスターが出るかも知れないというのに、

 何でもやるのだろう。


 黒い死神は黙り込む。自分自身を優しい奴だとは思わない。むしろ冷酷で非道な方だと自負している。巌斎のことも、教えるにしても教える意味がない、つまり才能が一切無いと解れば向いていないという言葉を添えて師弟関係も切って終わらせるつもりだった。


 最近は急ぎすぎという天切の言葉は耳に痛い。確かにそうだという自覚はあった。どうにかしないととは思うけれど、それなら対処法は早く目的のものを見つけること以外に無いと思っていた。だからやっていたのだが、天切からしてみればそれは目に余ったらしい。そのための師匠だと言う。


 適度なガス抜きが、今の黒い死神に化せられたやるべき事。それを行いながら、少しずつ目的のことを遂行していけば良い。焦っても良いことがない事くらいは理解している。だから、今回は仕方ないのだろう。そう、仕方ない。




「……──────分かった。だが、才能が無いと判断すれば関係は終わらせる」


「それでも良いよ。じゃあ、よろしくね。黒い死神式の鍛えは狩人の中でも1番厳しいだろうけど、そこは巌斎さん次第だね」




 ──────才能が無ければ切り捨てる。けどそれは……才能が無いのに狩人をやってると早死にするから。だから切り捨てて違う人生を歩ませてあげるんでしょ?普通の人なら気がつかないだろうけど、僕には解る。……君は十分優しいよ、黒い死神。







 やるならばすぐに取り掛かる。明日から早速鍛えるから巌斎は借りていくぞ言って、黒い死神は背を向けて黒い暗闇の中に溶け込むように消えていった。その場に天切は残され、彼は上を見上げて星を眺めてから、店へと戻っていった。







 ──────────────────



 巌斎妃伽


 この度、黒い死神に弟子入りすることができた。料理は全然やったことがなかったので作れるものが丼ものに絞られた。量的に絶対残すと思っていたのに、まさかの完食に驚いた。





 天切虎徹


 巌斎の料理を教えてあげていた。最初何作るか聞いたときに丼ものと唐揚げとハンバーグと聞いて流石に顔が引き攣った。そしてその場に居ない黒い死神に合掌した。


 ずっと同じものを食べていたので胃もたれしている気がする……。





 黒い死神


 巌斎の師匠をする事になった。皆が恐れているので、弟子入りを志願する者は全くの皆無だった。なので彼女が初めての弟子。既にどういう風に教えていこうか考えている。


 まさか店に行ったらしこたま食わされるとは考えていなかった。普通にいつも以上に食べたし、満腹。帰るときは脚が重かった。




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