第8話 鍛える為に
狩人が多く集まる
非常事態警報が鳴る程のモンスターが1度にやって来ることは、他の場所ならそうそう無い。しかしこの街は数ヶ月に1度という頻度で鳴り、訪れる。その度に狩人が駆り出されていき、何十人と死んでいくのだ。今生きているのは新しく来た狩人か、戦い抜いた歴戦の狩人のどちらかだろう。
そんな歴戦の狩人にあることを聞いてみるとする。狩人の中で最強の強さを持っているのは誰かと。普通は誰が強い、いや誰が強いとなるだろう。だが事この街に於いてはそうならない。最強の狩人というのは既に決まっていて、不動だからだ。ではその名は?狩人は口を揃えて答える。
──────黒い死神。彼以外にありえない。
これは、その最強の狩人である黒い死神に弟子入りをし、彼を師と扇ぐ少女、そしてモンスターの物語。
朝。鳥の囀りが聞こえる晴れやかな朝日を浴びて、巌斎妃伽は『BLACK LUCK』から出て来た。動きやすいようにジャージを着ている。傍には必要だろう物が入ってパンパンのリュック。晴れで良い日だと上を見上げ、目元に影ができるように手で庇を作る。
1度深呼吸をして朝の空気を吸うと、前を向く。そこには先程まで居なかった黒い死神が居た。近づいていることすら気がつかず、目を丸くして驚くが、本当に来てくれたことに笑みを浮かべた。早速次の日から鍛えてくれるらしいと、天切から教えてもらったから急いで今朝に準備をしたのだ。
「オッス黒い死神!おはよう!あ、師匠の方が良いか?てか敬語の方がいいよな?私は学とかあんま無いから敬語とか苦手だけど、やれってなら敬語にすんぜ」
「……俺のことは好きに呼べ。敬語も使う使わないはお前が決めろ」
「そっか。じゃあこのままで!呼び方はァ……あれ、アンタ名前は何なんだ?」
「……
「……?他の奴等みんな黒い死神としか呼ばないからよー。意外とみんな知ってンのか?」
「……はぁ。まぁいい。黒い死神でも師匠でも何でも良い。行くぞ」
「おう!」
何処に行くのかは、向かうのかは全く解らない。しかし戦い方を教えてくれる黒い死神に付いていけばいいので、巌斎妃伽改め妃伽は隣に置いてあるリュックを手にして背中に背負った。と、その時だった。黒い死神から待ったの声が掛けられた。
出発しようとしていた妃伽は待ったを掛けられた事により、微妙な体勢だったので蹈鞴を踏んだ。顔を上げて何なんだと疑問を口にすると、そのリュックは置いていけと言われた。食料やら着替えやらを入れてあるので必需品だと答えたのだが、むしろ要らないと言われてしまった。
「これからお前は狩人となるために力をつけに行く。ピクニックに行くわけではない。勘違いするな」
「うっ……そうだよな。ちょっと舞い上がってた」
「部屋に戻してこい。早く行くぞ」
「りょーかい」
持っていくなと言われてしまえば、持っていくわけにもいかないだろう。少し残念な気持ちになりながら、店の中に戻って階段を上がり、貸し与えられている部屋に戻した。部屋を出ると、ちょうど天切改め虎徹が起きてきた。顔を合わせたので行ってくると言うと、美しい貌で微笑みながらいってらっしゃいと言ってくれた。
元気よく、おう!と返事を返して急いで外に出る。黒い死神は先に行かず待っていてくれたので、背中を追うように後を付いて歩き出した。
街の中を歩いて行ると、朝早くなことが幸いしてか、人はそんなに居なかった。人が多い時間帯だと車やバイクが走っていながら人も居るため、まさに人混み状態になってしまう。妃伽は空いている道を歩きながら、早起きして良かったと率直な感想を抱いた。
暫く歩いていると、少ないながらも同じく早起きをして仕事に向かっていたりランニングをしている人達と擦れ違う。だが、そういう人達は黒い死神を見てあからさまに避けるのだ。その顔は強張り、まるで恐れているかの如く脇に逸れていく。それを見て、妃伽はやっぱり黒い死神が皆から恐れられているのだと感じた。
この恐れられ具合だと、人が多くても勝手に避けていって道は歩きやすいんじゃないのか?と、ある意味便利ではと思った。ついでに、自分にも視線が集められていることも気がついた。まあ当然だろう。黒い死神の後ろを付いて歩く者が居れば、何者かと思って見ることだろう。
好機の視線を浴びて何となく居心地が悪い状況を感じ取りながら歩くこと十数分。2人は街の正面出入口に着いた。兵士が門番をして、両開きの大きな門は開かれている。黒い死神の姿を見ると、すかさず敬礼をしてきた。
門を通って外に出ると、1人の男が居た。その男は傍らに黒いバイクを置いている。タブレットを弄っているが黒い死神と妃伽に気がつくと手を上げて振ってくる。男は若い。20代後半から30代前半くらいだろうか。顔は人の良さそうな表情が似合う、可もなく不可もなくという感じだろうか。
「どうも黒の旦那。持って来ましたぜ」
「あぁ」
「ん?そっちのお嬢ちゃんはどなた?黒の旦那の隠し子?」
「黙れ。……此奴は巌斎妃伽。俺の弟子だ」
「弟子ィッ!?黒の旦那にッ!?はぇぇ……まさかねぇ。それはそれは」
「あー、師匠。誰だこの人?」
「自己紹介しますぜ!俺は
「専属回収屋?サポーター?」
「覚えておけ。サポーターというのは──────」
サポーター。狩人のことを裏から支援する者達のことを指す。例えば武器屋。狩人が使う武器を生産して強化を行ったり、修繕をする。防具屋も然り。倉持の言う回収屋というのは、狩人が狩ったモンスターを回収して持ち帰る者達のことだ。大体は大型トラックで狩人の後を追い、離れたところで待機する。
戦闘が始まり、狩人が狩猟したモンスターを回収して街へ持って帰るのだ。必要な素材は狩人に優先的に渡される。それを使って武器や防具を強化したりするのだ。当然、モンスターの肉などを求める店や骨を欲しがる収集家が居るので、持ち帰ったモンスターは毒などを含むもの以外は余さず使われる。
モンスターの部位などを買ってもらって得た金の幾らかを、回収屋が貰うことで商売をしている。その%は狩人達と予め決めておき、倉持は売れた時の金の2割を貰うことになっている。高い方でもあるが、黒い死神の狩るモンスターは高位のものが多いので、売られるときの金額は凄まじく、それだけ倉持が受け取る金は多くなる。
流石に倉持も、持って帰って解体するだけでそんなに貰うのは悪いからと、黒い死神が乗っているバイクや、その他諸々の武器等を、彼専用として建てた倉庫に保管し、連絡があった時に指定されたものを持ってきて、帰ってきたときに回収する事もしている。ついでにバイクの整備も行っている。
「へぇ……確かに、狩ったモンスターをどーすんのかと思ったけど、アンタ達が持ち帰ってたのか」
「そういうことです!黒の旦那のお弟子さんなら、是非とも我等倉持組をご贔屓に♪敬語も要らないでっす!どうぞよろしく!」
「あ、マジで?じゃあよろしく頼むわ」
「帰ってくる時には連絡する」
「了解でっす!いってらっしゃい!」
倉持は笑顔で挨拶をすると、他にも仕事があるので街の中へ入っていった。置かれているバイクは全部が黒かった。まさしく黒い死神が使うと分かる黒さだ。大型バイクなので馬力も強い。妃伽はおぉ……と、完璧に磨かれて綺麗なバイクを間近で見て、その仕事ぶりに感嘆とした声を漏らした。
ハンドルを握ってバイクに乗り込む黒い死神。エンジンを掛けて吹かす。けたたましい音に妃伽が目を丸くする。バイクに乗った事が無いので珍しいのだろう。早く後ろに乗れと言われたので急いで跨がり乗った。そこで、掴まるところが無いことに気がつく。どうしたものかと悩めば、黒い死神が自身に掴まれと言った。
「え、アンタにか?」
「それ以外のどこに掴まるつもりだ」
「いや、でもよ……あれ?もしかして私が居るから、今日はあのデケー銃持ってないのか?」
「お前が乗る時に邪魔だろう。それより早く掴まれ。あぁ、忘れていたが、お前はヘルメットを被っておけ」
「お、おう……」
気を遣って、メインで使っている武器を持ってこなかったと言われて変に照れる。妃伽は抱き付くのもな……と思って、申し訳程度に黒い死神のローブを掴んだ。それだけでは振り落とされるぞと言おうと思ったが、まあ良いかと思って前を向く彼。自身はゴーグルだけを付けているので忘れていたヘルメットを妃伽に渡し、今度こそ出発する。
急いでヘルメットを被った妃伽は、何処へ行くのかと少し楽しみだった。楽しみだったのだが、黒い死神の発進と同時の急加速により、その楽しみな思いは真っ白になった。加速によって体が後ろに持っていかれる。ローブの部分を掴んでいなかったら、今頃後ろから地面に落ちていたことだろう。
必死に掴んで落ちまいとしている妃伽に、はぁ……と溜め息を溢した黒い死神は一瞬ブレーキを掛ける。そうすれば後ろに持っていかれそうになっていた妃伽の体が前に進み、黒い死神の背中にベッタリと張り付いた。落ちそうになっていたことから、無意識に腕を前まで持ってきて強く抱き締めていた。
「はッ……はッ……あっ……ぶねぇ!?落ちるとこだった!?」
「だからしっかり掴まれと言っただろう」
「だ、抱き付くのは……ッ!ほら、ちょっと照れるっていうか……男とこんなに近づいたこともねーし……?私、こう見えて手を繋いだことだって……」
「速度を上げるぞ。そのまま掴まっていろ」
「ふおぉっ!?」
アクセルを回して尚更速度を上げる。廃墟の瓦礫の山を抜けるのに、相当な速度を出している。右へ左へ方向を変える度に、このまま転倒して死ぬのではないかとすら思えてしまう。ヘルメットの中でギュッと目を瞑って、強く強く黒い死神に抱き付いていた。
やがて、廃墟を越えて真っ直ぐの道になった。その時に漸く目を開けて周囲を見る。100キロを軽く超える速度故に、景色が後ろに向かって流れていった。ぼんやりとそれを眺めていると、心の余裕が生まれてくる。それで、妃伽は自身が黒い死神……男にベッタリと抱き付いていることにハッとした。
離れようとして……やめる。離れたら空気の壁にやられて後ろに飛ばされ、今度こそ落ちる。だから恥ずかしくても抱き付いているしかない。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んだ、運動神経も良い完璧なプロポーション。その豊満な胸が、彼の背中に潰されて形を変えている。押し付けてしまっている。それが堪らなく恥ずかしい。
でも、黒い死神は何の反応もしていなかった。自分で言うのも何だが、自身の胸は大きいものだと思っている。視線だって集める。柔らかさだってある。それが押し付けられれば、男なら少しは反応するだろう。しかし、そろりと手を黒い死神の胸元に持っていっても、心臓は一定の鼓動を刻むだけ。毛ほども気にしていなかった。
──────……まァ、スケベじゃないだけイイけどよォ……全く反応が無いってのも、それはそれでなんか……ムカつくッ。
「ちぇっ。ちょっとは何か反応しろよっ。1人で恥ずかしがってる私がバカみてーじゃんか」
「何の反応だ」
「何でもねーよっ!……ばーか。……うおっ、腹筋バキバキじゃん。やっばぁ……」
「やめろ」
不貞腐れて大人しく抱き付きながら、後ろへ流れる景色を眺める。ついでに抱き付いている黒い死神の体前面に手を這わせていると、服の下の体が筋肉で覆われていることに驚く。筋骨隆々というわけではなく、引き締まっている肉体。その中に、最強の狩人と謳われるだけの筋肉が凝縮されている。
腹筋や胸筋を後ろから触って感嘆としていると、流石に怒られた。ハンドルを握ってる手を片方外して、筋肉を撫でている手を叩かれた。流石にダメかーと思いつつ、触れたときの感触を覚えた妃伽は、流石に黒い死神にこんなベタベタ触れられた女は私だけじゃね?と思い至って、誰が居るわけでもないのに優越感に浸った。
バイクに乗っている間は下手な危険運転はできないので、大人しくしていて欲しいと思いつつ、黒い死神は妃伽自身がこれからやろうとしていることを一切知らないからはしゃぐのも仕方ないかと大目に見ていた。
最強の狩人が誰かを狩人にするために鍛えようとした場合、その鍛練の濃さはきっと、現役の狩人が難色示す程だろう。つまり、妃伽は生半可な覚悟では
──────────────────
サポーター
狩人を裏から支援する者達のことを指す。武器屋、防具屋、道具屋等もこれに含まれる。回収屋というのもその内に含まれており、狩人ならば必ずお世話になる業者。
倉持
回収屋であり、倉持組の社長。社長自ら現場に行って仕事をしている。黒い死神とはそれなりの付き合いで、専属になる契約をしている。大型トラックを持っていて、黒い死神から狩猟に向かうと連絡が来ると用意して後を付いていく。
報酬をかなり貰っているので、他にも黒い死神のバイクや武器等を保管する為だけの倉庫を建てて、整備などをしている。中には特殊な弾薬などがあるので触れられない物もあるが、できる範囲のものは全てやっている。
巌斎妃伽
主要人物なので、2章からは名前表示となる。
昨日の夜にやはり眠れず起きてきたら、虎徹に明日から早速鍛えてくれるらしいよと聞かされ、急いで寝て早起きした。荷物も纏めたが、持っていけなくて少し残念。
故郷では男と殴り合いの喧嘩をしていたが、男の人に抱き付いたのは初めて。そう言う相手が居なかったため。あと、そこまで興味が無かったから。
黒い死神に鍛えてもらうという意味を、正しく理解していない。というか、できていない。
天切虎徹
主要人物なので、2章からは名前表示となる。
妃伽が黒い死神の弟子になれるように口添えした。そして、黒い死神がどんな感じの鍛え方をするか、ある程度予想ができているから、大丈夫かな……?と少し心配している。
黒い死神
妃伽をバイクの後ろに乗せる為に大口径狙撃銃は持ってこなかった。モンスターが現れた場合は、違う武器で対処するので、別に絶対狙撃銃じゃないとダメということはない。
背中に豊満な胸が押し付けられている。年頃の男なら動揺していただろうが、そんな年頃の年齢という訳でもないので反応は示さない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます