第24話 パーレクス
大型バイクを走らせること数十分。妃伽は龍已と目的の村らしき場所に辿り着いた。見る限りは普通の村だ。モンスターの侵入を警戒するためなのか、村の周囲を深く掘って溝にしている事ぐらいが特徴的と言えるだろうか。
家々が並び、降ろされた渡り通路の向こうには村人が普通に生活をしている。モンスターの狩猟依頼を出している村とは思えなかった。大体依頼を出す者達はモンスターに襲われた事後で、復讐や仇討ち等を頼む傾向にある。事実、黒い死神への依頼はそういったものが多い。なので必然的に村が壊滅状態にあるのだ。
だが今回の依頼差出人である村は、モンスターに襲われた後には見えない。まだ修業の身である妃伽はそこら辺がまだ分からないので特に疑問を抱いておらず気づいていない。仕方ないと言えば仕方ないのだが、それに関して龍已は逆に連れて来て良かったと思った。
「依頼を受けて来た。村長は何処に居る」
「あ、アンタが黒い死神様か!待ってたよ!今案内するから付いてきてくれ!」
「おぉ……っ!依頼を受けた狩人っぽい!」
「……………………。」
大型バイクで渡り通路を通って村の中に入るとスタンドを下ろして停める。近くに居た青年に声を掛けると、狩人の黒い死神が来るということを周知させていたのかすんなりと案内された。案内人の青年、黒い死神、妃伽の順に歩いて村の中を進んでいくと、やがて大きめの家に案内された。
青年がドアをノックすると中から返事が返ってきた。呼んでいた狩人の黒い死神様が来たと言えば、慌ただしい足音を響かせながらドアを開く。出てきたのは50代くらいの男性だった。お待ちしていましたと言って中に入るよう促すが、龍已は手を前に出してその必要は無いと示した。
モンスターが何処で出たのか。どれだけの数が居るのか。それを知ることが出来れば、後は興味ないし関係無い。誰がやられたとか、誰が死んだとか、そういった話は狩人に関係無いのだ。
「最近、村から行方不明者が出ているのです」
「行方不明者ァ?」
「そうです。1ヶ月前に1名出て、2週間前は3名。1週間前は5名。今週だと既に7名が消えています」
「……それ、人の仕業とかじゃねーのか?人攫いとか……」
「違います!行方不明者が出るのは夜が明けてから。それも誰かしらが唸り声のようなものを聞いたと話すんです!これは明らかにモンスターの仕業です!!」
「巌斎。勝手に話を進めるな」
「あ……わりぃ……」
「……行方不明者になっているのは
「……っ!何故それを……モンスターに心当たりがっ!?」
「狩人が知らないわけないだろう。依頼は今日の内に済ませる。村からは誰も出てくるな。巌斎、行くぞ」
「え、お、おう!」
「どうか……攫われた村の女達を救い出してください……ッ!!そしてモンスターの狩猟を……ッ!!」
話をさっさと終わらせ、踵を返して歩いて行く龍已の後を追い掛ける妃伽。夜に行動して人を攫うモンスター。人目につかない行動を取るので個体数は分からないまま。妃伽としては数人攫う理由が分からないが、最高ランクの狩人である黒い死神の龍已ならばもう判っていることだろう。
必死な叫びを上げる村長の男に最後振り返り、妃伽は任せろと心の中で思った。正式に受けたのは黒い死神であり、自身ではない。だが、最強の師匠が居るのだからこの依頼は確実に達成される。それだけは絶対だと、妃伽は確信していた。
村の入り口に置いたバイクは使わずに徒歩で移動する。エルメストを北に向かって辿り着いた村。そこから更に北へ向かう龍已に、その後をついて行く妃伽。手掛かりなども無く何処かへ向かっているのに首を傾げ、問い掛ける。すると、龍已は静かに答えた。
「この先に地層が段差になっているところがある。そこには洞穴がある筈だ。今回の目的であるモンスターの“パーレクス”が住処にしている洞穴がな」
「何でそんなことまで分かんだよ……」
「ここらは何度も通っている。それにパーレクスは洞穴や洞窟などといった場所を好んで住処にする傾向がある。俺の記憶によれば、違うモンスターが作った巣穴の洞穴があった。依頼でそのモンスターは俺が狩猟しそのままにしていたから、恐らくそれを使っているだろう」
「何でバイクで行かねーの?段差っぽいの見えてっけど、まだ遠いだろ」
「騒がしいエンジン音を聞きつけて逃げられる。だから徒歩で態々移動している。奴等は逃げ足がそれなりに速く、逃げられると後が面倒だ。被害が他にも及ぶ可能性もある」
「なーるほど」
ツラツラとモンスターの情報を話していく龍已に、流石は狩人だなと感嘆としている。経験をして覚えたのか、元からある情報を覚えたのか、それとも本などを読んで覚えながら実際に狩猟し、頭と体に染み込ませたのか。それは定かではないが、彼は下位だろうと上位だろうと、一体一体のモンスターのことが頭に入っている。
聞かれたらいくらでも答えることができる。そんな師匠の背中が本当に頼りに見える。いつになるかは未定だが、いつかは自分もこんな風になりたいと切に思う。強く逞しく、何でも知っているような狩人に。
偉大な背中を見て育つ弟子は早く強く成長するものだ。しかしそのためには、それ相応の試練を乗り越える必要がある。最近は龍已からしてみれば温い修業ばかりをやっていた。厳しいものではあるが、それは単なる肉体的なものばかり。狩人に必要な精神を鍛える修業を行っていない。
ならばまずは見せてやらねばなるまい。街の外に出て、見つけたモンスターと戦って狩猟して終わり……だけだと思っている狩人の全容、その一部でも見せてやらねば。肉体的に強くても狩人はやっていけないということを。
地層がズレて盛り上がった岩壁。横に数百メートル続いている岩の壁のある部分に穴が開いている。高さは4メートル。横幅は6メートル程だろうか。人にとってはかなり大きく見える。これを掘ったモンスターともなると、相当大きかったんじゃ?と思った。そっと師匠である龍已の事を見るが、彼は見られていることに首を傾げている。
師匠は本当に同じ人間なんだよな?と、割と失礼なことを考えている妃伽と共に目当ての洞穴に辿り着いた。此処にモンスターが居るのだと思うと自然と体が強張る。ラプノスとはまた違う、もっと強いだろうモンスターとの対面。妃伽は確かに緊張していた。
龍已は完全に気配を絶っている。が、まだ未熟の妃伽にそんな芸当は難しい。故に、モンスターは妃伽の気配を感じ取って住処から出てきた。全高は3メートルぐらいだろうか。頭はアリクイのように口元へいくごとに細くなっていく作りをしている。全体が灰色の短い毛皮を持つ。体は細身で4足歩行型に見えるが、2足歩行で移動も出来るようだ。その所為か少し前屈みになっているのが特徴だ。
2人の目当てであるそのモンスター、パーレクスは2足歩行の状態で洞穴から出てきた。それも2体。全く同じ容姿のもう1体のパーレクス。特徴的な口をしているからか威嚇のための唸り声は上げないが、頭頂部にある蛾の触角のような器官を小刻みに揺らして音を発している。
「アレが目的の狩猟するモンスター……」
「パーレクスという。あの特徴的な口では吠えることも唸ることもできなければ、獲物の肉も千切れない。歯も殆ど無く固形物を消化できるほど胃液が強くない」
「は?じゃあ何食ってんだ……?」
「肉が食えない代わりに、肉を液状に溶かす唾液で獲物の肉を少しずつ溶かし、
「うげぇ……」
「騒音によって逃げられる可能性があったが、足で近づくと襲ってくる。武器を構えろ巌斎。来るぞ」
「おう!──────なんて??」
言われた通りにメリケンを手に装着し、腰を落として臨戦態勢に入った妃伽が、構えた後に首を傾げた。後ろに居る龍已に振り返り何を言ったのか分からないと言いたげな顔をする。そんな彼女に対して彼は同じ事を繰り返した。来るぞ……と。あたかも自分も戦うかのようなもの言いに、普通に困惑した。
あれ?と思った。今此処に居るのは、黒い死神である師匠の戦い振りを見学しに来たからであってモンスターと戦いに来た訳ではない。修業の時の格好のままで来たから武器は持っているものの、本当はモンスターと戦うために持っている訳じゃない。
メインは師匠の戦い振りの見学。その筈なのに何でこんな事になっているのだろうか。なんだか雲行きが怪しくなってきた雰囲気に、妃伽も何となく察してきた。龍已は最初から戦わせるつもりで連れて来たのではないかと。そしてふと、モンスターが2体とも自身の方を見ていることに気がついた。
『──────行方不明者になっているのは
「確信犯じゃねーかッ!私囮役にされてるしッ!」
「片方は請け負ってやる。もう片方はお前がやれ」
「ちょっ、これ結構つえーやつだろ!?しかも私、正規の狩人じゃねーんだぞッ!?依頼のモンスターとヤって大丈夫なのかよ!?」
「バレなければどうということはない」
「アウトだろ!!」
「仮にバレたとしても、
「黒い死神ェ……」
色々と問題発言があった龍已であるが、モンスターの相手をさせるという意思は変わらないらしい。庇おうともしないところを見れば明らかであった。妃伽は溜め息を吐いた。そういうことなら最初から言っておいて欲しいものだ。サプライズのように戦わせるのは心の準備がなくて少し怖い。
だが、同時に高揚感も感じている。ラプノスとの戦いでは感じられなくなっていた命の重いやりとりというのが生まれる。一歩間違えれば、もしかしたら死ぬかも知れないという状況が、妃伽の背筋を駆け登ってゾクゾクとした感覚を襲わせた。
いきなり戦えと言うのは無茶だし無茶苦茶だ。こんなとんでもないサプライズは欲しくもないが、この状況は願ったり叶ったりだ。普通の狩人志望の者達よりも早い段階でモンスターとの戦闘を経験できる。戦場を知ることは狩人になるにあたって良い経験にもなるはずだ。
「ンじゃ、片方任せたぜ師匠ッ!私は私でやるからよォッ!先手必勝だオラァッ!!」
「おい。どんな攻撃をしてくるかも把握していない癖に突っ込むな……はぁ」
ちょっと高揚し過ぎて大事なことを忘れている妃伽に、龍已は溜め息を溢した。どんな攻撃をしてくるのか判らないならば慎重にいくべきだ。もしかしたら近づけば近づくだけ不利になるような特徴を持つモンスターだって居るかも知れない。
まあ今回は龍已が居て、モンスターの事細かなことも知り尽くしていて、接近しても特に問題が無いことを把握しているため問題ないが、早計な行動はマイナスだ。が、龍已は気づいた。モンスターの事を知っている自身が居るからこそ、妃伽は真っ直ぐに突っ込んで行ったのだと。
ある意味、妃伽のあの行動は龍已に対する信頼と信用の証だった。彼なら、何も知らない自身が本当に危険な行動を取ったならば止めてくれるし、無意味に弟子が死ぬようなことはしないと確信しているのだろう。弟子に慕われていることに喜べばいいのか、それ故の無鉄砲さに呆れれば良いのか微妙な感情を抱く黒い死神。
まあ、今回は大目に見てやろう。モンスターとの戦闘が始まって意識を他に割かせるのも危険だからと。妃伽が突進した後に続いて龍已もモンスターに向かって駆け出した。2体は女である妃伽を狙っているが、龍已が来たことでそれぞれが相手をするようにしたらしい。
「正面から叩き込んでやるよッ!!」
「……ッ!!」
「──────って戦い方したら師匠に怒られたからなッ!テメェの後頭部寄越せやッ!!」
2体のパーレクスの体はどちらも同じくらいの大きさだった。片方は龍已の方へ向かい、もう片方は妃伽の方へ。両者駆けて接近していくので、どちらかが止まらなければ正面衝突してしまう。しかし妃伽は速度を緩めなかった。緩めないまま駆けていき、右腕を引いた。殴打の体勢に入ったのに対して、パーレクスも鋭く長い爪を振り上げた。
頭上から落とされる鋭い爪。長くて歪曲したそれに引き裂かれれば堪ったものではない。皮膚は大きく裂かれ、突き刺されば容易く穴が開くことだろう。しかし妃伽はそれを避けた。引いた拳を戻し、殴打の姿勢を急遽やめてスライディングした。
爪を振り下ろすために飛び掛かるような姿勢に入っていたパーレクスは、足も大きく広げていた。その中を妃伽はスライディングして通り抜け、背後に回り込むと強い踏み込みによって急な方向転換をし、跳び上がってパーレクスの後頭部に向かって拳を振った。メリケンは打面に衝撃を加えると爆発する仕組み。妃伽は既にスイッチを4回押している。
4回分の爆発力は相当なものだ。ラプノスでさえ1回分の爆発で即死させる事ができる。なので、いくら上位寄りの下位だとしても、それだけの爆発を食らえば無傷とはいくまい。完璧なタイミング。初見の不意打ち。理想的な殴打の姿勢。妃伽は確実に決めたと思った。
「──────はッ!?」
「……ッ!!」
パーレクスは避けた。背後からの妃伽の攻撃を。振り返って見ることもなく、首を傾げるくらいの最小限の形で妃伽の殴打を避けたのだ。空振りに終わった拳は虚空を殴り、衝撃が入らなかったので爆発は起きない。跳び上がったので体はまだ空中。そして落下中でもある。
完全な隙。どうぞ攻撃してくださいと言っているような状態に、妃伽はあっ……と小さな声を漏らした。パーレクスは地に足を付けている。それに動きもそれなりに速い。ならば、空中に居る妃伽に攻撃するのは容易だろう。
背筋から始まり、体全体にゾワリとした嫌な感覚が駆け巡った。この感覚は初めてではない。そう、これは黒い死神という狩人に初めて助けてもらった時の……鼠のようなモンスターに殺されかけた時に抱いた感覚だ。
死。生命活動を停止する瞬間。モンスターの手により与えられてしまう、万人が恐れるそれ。生きとし生けるものに平等に与えられる死は今……妃伽の元に舞い降りた。
振り下ろされる、2度目の長く歪曲した鋭い爪。狙いは正確。タイミングも完璧。攻撃の姿勢も理想的。惜しむらくは、それがモンスターの話であるということだ。
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パーレクス
全高は3メートル程。頭はアリクイのように口元へいくごとに細くなっていく作りをしている。全体が灰色の短い毛皮を持つ。体は細身で4足歩行型に見えるが、2足歩行で移動も出来る。その所為か少し前屈みになっているのが特徴。
口が細いので吠えることはできず、その代わりに頭の触角を小刻みに揺らすことで音を発して威嚇する。手には歪曲した長く鋭い爪を持ち、この爪を相手に突き刺して皮膚に穴を開け、細長い口先を突き入れて肉を溶かす唾液を送り込む。
巌斎妃伽
師匠との肉弾戦を通じて捻った戦い方も身につけた。戦闘スタイルと武器は真っ直ぐ一直線に突き進み、殴ってなんぼのものだが、それだけではモンスターに通じないので戦い方を増やす必要があると諭された。
モンスターから与えられる死の気配はこれで2度目。1度目は何も知らない持っていない状態で。今回は多少は知り得て武器を持った状態。これは、例え経験を積んでも死ぬときは死ぬことの歴とした証明となる。
黒圓龍已
弟子から信頼も信用もされていることに喜べばいいのか、それ故に無鉄砲な戦い方をすることに呆れればいいのか微妙な人。気配だけでパーレクスが2体居ることは察知していた。
最初からパーレクスの相手は妃伽にやらせるつもりだった。本来は狩人ですらない者が依頼の進行をしてはならないのだが、バレなければ良いだろ精神でやっている。バレても文句を言ってくる奴はそうそう居ないということも逆手に取っている。
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