第53話  軌跡の舞




 女の身で狩人をやるというのは過酷なことだ。男は肉体の構造から筋肉が付きやすく、重量級の武器を軽々と扱うことができる。しかし女の体はどうしても男よりも筋肉が付きづらく、重量級の武器を扱えないことが多い。


 中には肉体に恵まれ大剣を振り回す女狩人も居るが、そういった例は稀と言っていい。そこまで多い訳でもないのだから。


 狩猟に行けば風呂に入れない日が何日も続き、用を足すのはそこらの茂み……なんてことは当たり前。時には不衛生なことを強いられる。男よりも女を狙う傾向にあるモンスターも居る。男と女は平等……とは言い難い界隈だ。


 しかし、それでも狩人を続け、今では狩人の頂点に位置する稀有な存在が居る。同じ女狩人からは羨望と尊敬の眼差しを受け、それに見合う強さ美しさを持った最強の女狩人が。


 身に纏うのはシミなど知らぬと言わんばかりの真っ白なバトルドレス。モンスターと狩人の血が飛び散る戦場で、彼女が身に纏うそれが汚れたのを見た者は居ない。常に綺麗で清楚で美しく、そして何よりも誰よりも強く気高く。


 迷彩柄の服を身につけて隠れる……なんてことはしない。己の好きな色を全面的に押し出して、正面から堂々とモンスターと対峙し、圧倒的力によって捻じ伏せる。やるなら正面から堂々と。絶対的力で美しく。どんな時にも余裕を見せる。それが彼女だった。




「エルさんの武器って、やっぱあの鞭なのか?それしか持ってねぇけど」


「そうだぜ。恐らく、全狩人の中で最もモンスターをぶっ殺した武器がアレだろうな」


「マジかっ!?師匠のじゃねーのか!?」


「そう思うだろ?だけど違ーんだよ。黒い死神は確かに全ての狩人の中で最も強い、まさしく最強の狩人だ。だけどな、やっぱり特上位狩人にはそれぞれ特出した部分があんのさ」


「エルさんの場合は……なんだ?」


「あの人のヤベェところは──────殲滅力だ」


「はぁ?鞭で?そもそも1番モンスター殺した武器って言われてもピンとこねーよ。だって鞭だろ。確かに何かしらのカラクリはあるって思ったけどよ。ぶっ叩いたら地面が抉れてんだもんな」


「なんだ、エルグリットさんが戦ってんの見たのか?」


「んや、決闘したんだよ。ちょっと前にな」


「決闘……決闘ッ!?エルグリットさんに挑んだのかッ!?」


「おう。腹立ってよ、あのお綺麗な顔にメリケンぶち込んでやろうと思ったんだがダメだった」




 男狩人が驚きを露わにしているのを余所に、妃伽はエルグリットの姿を目に焼き付けている。師匠である龍已に決闘で勝てると信じてもらえなかったことを思い出しているのか、眉間に皺が寄っている。


 狩人は金を払えば特別な学が無くても狩人として登録できる。なので時には血気盛んな若者などが登録することがあり、ちょっとしたすれ違いなどで喧嘩になることがある。そうなると決闘などをして腕を競い合い、上下をはっきりさせることがあるが、まさか特上位狩人に挑む者が居るとは思わなかった。


 いや、案外普通のことなのかも知れないと男狩人は心の中で思った。こうして『人器』について教えている少女は、歴とした黒い死神の弟子だ。最強の狩人の弟子なのである。特上位狩人の強さの尤もたる例が傍に居るのだから、エルグリットが高すぎる壁として存在しておらず、すぐ傍の存在と刷り込まれてもおかしくない。


 もしかしたら、その認識によって妃伽は著しい成長を遂げるかも知れない。男狩人は隣に居る妃伽の可能性の未来を想像してごくりと喉を鳴らした。そうしている間に戦況は進んでいる。




「クロ様?『大侵攻』が終わりましたら一緒にお茶をしませんか?お酒を嗜まれるのでしたら是非夜のお店でも……」


「最上位モンスターが居るところでその会話か」


「あら、わたくし達が今更特上位モンスターに遅れを取るとお思いで?クロ様のお弟子の妃伽さんに見せるため、撹乱を続けているだけですわ。本来ならもうわたくしが終わらせておりますもの」


「……ならば下からまた出てくる『イシハバミ』はお前に任せる」


「あらまぁ……またですか。二番煎じ……と言えばよろしくて?」




「──────■■■■■■■■■■■ッ!!!!」




「今度はもっと小せぇ『イシハバミ』出てきたぞ!」


「ありゃ子供だな」


「でもうじゃうじゃ出てきやがった」




『イシハバミ』が次に呼び寄せたのは、大人の『イシハバミ』ではなく自身の子供達だった。まだ小さいそれらは、それでも体長が3メートルはある。地面から現れたのは数にして100にもなるだろうか。相当の数の子供が居たことになる。


 恐らく巨大な『イシハバミ』が外敵から守り、鉱石を与えて数が減らないようにしていたのだろう。これだけ生き残っているのは稀と言える。そんな子供とはいえ『イシハバミ』の大群を前にしても、エルグリットは余裕を持った微笑みを浮かべていた。




「では、わたくしの出番ですわね。いつもの調子でやるとすぐに終わってしまいますから、今回はゆっくりとやりますわ」


「任せた」


「はい!このエルグリットにお任せを!」




「エルグリット・ディ・アクセルロッド。持ってるのはしろの『人器』だ」


「あの鞭だな」


「エルグリットさんの鞭はな、見た目以上に伸縮すんだよ。モンスターの伸び縮みする部位を使ってるみたいでな、精々2、3メートルくらいの範囲に見えて、10メートル以上の範囲が有効範囲だ。もちろんそれだけがスゲーんじゃねぇぜ?あの皓の鞭はエグい特徴があんだ。何か判るか?」


「考えたけど、結局なんだったか判らなかった。教えてくれよ」


「あの鞭はな──────斬れるんだよ。ぶっ叩いたら」


「は?」


「硬い甲羅だろうが甲殻だろうが、岩も鉱石も何もかもぜーんぶ斬っちまうんだよ」


「どういう原理だそれ……」


「鞭にはめちゃくちゃ細かい刃が付いててよ、超高速で回転すんだ。柄の握る強さで回転する刃の列を変える。刃が回転すれば空気を切り裂きながら突き進んで鞭が加速する。それを繊細な操作で操って鞭の不可侵領域を作り出すんだ。入ったら……いや、触れたら真っ二つだぜ」


「あ……」




 妃伽は不可侵領域で思い出す。決闘の時にやっていたやつだと。それを超えるためにタイミングを見計らい、突っ込んだら龍已に止められたのだ。何故使っている?そう口にしていた。恐らくそれは、男狩人が言っていた回転する刃のことなのだろう。


 万が一触れていたとしたら、その部分が斬り落とされていたことになる。耐えられる……とは思えない。何故なら、視線の先で子供の『イシハバミ』の大群を文字通り細切れにしているエルグリットの姿があるからだ。


 その戦う姿は舞いであった。くるりくるりと回り、鞭を振るう。振っている腕の速さと振るわれる鞭の速度が比例していない。ゆっくりでも音速を超えた速度でモンスターを叩き、斬り捨てる。目では追えない鞭の結界が形成され、その中心でエルグリットは舞っている。


 美しい光景だった。ただの舞いのようにしか見えないのに、不可侵領域の外側では殺戮による殲滅が行われているのだから。アレでもきっと本気ではないのだろう。全力ではないのだろう。自身との決闘は赤ん坊をあやしていたようなものだと、嫌でも察してしまった。手に嵌めたメリケンを強く握ってしまう。認めるのは癪だ。本人を前には言いたくないが、エルグリットはどこまでも強い美しい




「わたくしは舞うのですわ。鞭と共にどこまでも。強く、故に美しく。命が惜しければお逃げなさい。もちろんそれは、わたくしの鞭が届く範囲から逃げ果せたら……の、話ですが」




 その狩人はそれまでに出会う機会がなかった苛烈さを求めた。内に秘めた残虐性を正当化させるために。


 その狩人は自身こそが他者を引いていくべきなのだと確信した。故に貴族の一人娘という身でありながら、個人的に身寄りのなくなった者達を無償で保護し、仕事を与え、導いてきた。


 清楚な見た目とは裏腹に残虐性を隠し持った心を両親に見抜かれた彼女は放置された。触れるべきではないと放棄された。しかしそれでも構わないと気丈に振る舞った。やることは既に決めていたから。


 内に秘めた、他者をとにかく傷つけたいという残虐な欲求をぶつけながら、力無き者達を助ける手段として狩人となり、殺戮を撒き散らし殲滅を決行する、棘のある美しき白の薔薇と化した。彼女は止められない。彼女自身止める術を知らないから。




軌跡きせきまい』エルグリット・ディ・アクセルロッド




 4人の特上位狩人が1人。世界で唯一、鞭という武器を用いて舞うようにモンスターを斬り殺す狩人である。




「うふふ。うっふふふふ。アッハハハハハハハ!楽しいですわね。とっても楽しいですわ!やはりモンスターを狩猟弄ぶこの瞬間が、わたくしが最も輝き美しくなる!さぁさぁさぁ!もっと頑張って!もっと死力を尽くして!わたくしを楽しませてくださいませ!」




















 そのモンスターは危険な思考を持っていた。他と比べても特に強い特上位モンスターは強すぎるが故に他者へ興味を持たない。それ故に気紛れであったり無関心であることが多い。だがそのモンスターは違ったのだ。


 傷つけたい。殺したい。理由は無く、ただそうしていたい。自然の力で均衡を保っているそれを、悉く破壊したい。無機物を壊すのもいい。だがやはり壊すなら生きているものでなければ面白くない。楽しくない。生を実感できない。


 そのモンスターは危険な思考を持ち得ながら、あまりに強すぎた。捕食せんと向かってくる自身より大きなモンスターを斬殺した。すぐそこを通るモンスターの集団に襲い掛かり、1体も残すことなく殺した。


 血の海が広がり血生臭い臭いに囲まれながら、モンスターは無傷だった。圧倒的、一方的な殺しだった。ただ殺したかっただけのモンスターは捕食すらせず、斬り殺したモンスター達の死骸を更に刻み込んで弄んだあと、すぐに興味を失ってその場を立ち去る。後を追う者は居らず、行く手を阻む者も次第に居なくなっていった。


 血を浴びる事も無く、だがしかし殺しすぎたがために死者の臭いがこびり付いていた。対峙するモンスターは臭ってくる濃密な死の気配に怯えてしまう。まあ、それでも構わなかったのだが。何せ、殺し合いを望んでいるのではない。及び腰だろうが病気だろうが関係無く、ただ他者を殺したいだけなのだから。


 強さに関係無く、時には当時確認されていた特上位モンスターに襲い掛かって殺したりもした。その時は無傷とはいかなかったが、傷を癒したらまた同じ事を繰り返す。最早、そのモンスターにとって他者を傷つけ殺すことは日常となっていた。


 思い出したように食事をして、後は適当に殺す毎日。いつしかモンスターは、他のモンスターを殺すことに飽きてしまった。そこで目をつけたのが人間だった。蛆のような数が特徴の人間。今まで人間が居るところに行かず、モンスターが多く居るところを拠点としていたので手つかずだった。


 1度人間を襲った。彼等は狂ったように叫び、遅い足を動かして逃げ惑う。それを追い掛けて殺すのが楽しくなった。そこでそのモンスターは次々と人間を無差別に襲って殺すようになった。


 触れるもの全てを斬り裂く鋭利な動く鱗。高すぎる殺意。危険すぎる思考。凄まじい戦闘能力。殺すことに特化したモンスターは欲望のままに殺しを楽しんだという。


 殺せるだけ殺してみせよう。殺戮者に堕ちたモンスターは、3日で大凡300万人の人間を殺し、生涯に1000万以上のモンスターを斬り殺したとされる超危険生物である。





『イルオーラ』強すぎる欲望に抗うことができず、身を任せて殺戮の限りを尽くし軌跡を残した、世界でたった1体しか存在しなかった特上位モンスターである。















「──────数も強さも大したものではありませんでしたわ。これではわたくしの強さ美しさが伝わったかわかりませんわ」


「大丈夫ですよエルさん。伝わりますって。だって辺り一帯『イシハバミ』の子供の残骸しかありませんし。これ見て強いって分からない人居ますかね」


「ガッハッハッハッハッハッ!エルは相変わらず綺麗にモンスターを狩猟するな!いつ見ても惚れ惚れする!惜しいのは狩猟したモンスターの回収が大変なことくらいか!」


「素材が必要な時は、もっと違う狩り方をしますわ」


「どうせ頭を真っ二つでしょう?知ってますからねオレ」


「あら、おかしな事を言いますわ。スレッドさんも光線で頭を撃ち消すではありませんか。何かお違いが?」


「確かにそうだ。これは失礼しました。へへっ」




 特上位狩人が3人合流した。エルグリットは鞭を腰に括り付けていつもの背筋の伸びた良い姿勢のまま歩いて来た。背後には腕や脚と言わず、胴体や頭、背負っている鉱石などが細かく斬り刻まれて凄惨な斬殺死体が多く転がっていた。


 モンスターの体液が池のように広がっていて、生臭い匂いがする。そんな状況を作り出した張本人には体液の一滴すらついておらず、始まった時と終わった時の純白さは何一つ変わらなかった。美しいままに美しく狩猟し、美しく終わる。だが狩猟した現場はこれ以上ないほど汚れていた。


 相変わらずだなぁと言っているスレッド。回収が大変だなと笑っているオーガス。薄く微笑んでいるが不完全燃焼でつまらなそうなエルグリット。妃伽は彼女の強さを正確に測れていなかった。あんな数のモンスターを相手にして1分と掛かっていない。


 自身と決闘した時は全く本気ではなく、遊んでいたに過ぎなかったのだと気づかされ、悔しかった。でも心は折れない。失礼なもの言いをされてムカつくのは変わらない。なので自身も強くなって、絶対あの綺麗な顔に拳を入れてやると誓い、闘志を燃やした。







 特上位狩人3人の武器が明らかとなった。残るは1人。最強の狩人と謳われる自身の師匠である黒い死神。妃伽は目に焼きつけるべく、彼の背中を眺めるのだった。






 ──────────────────


 しろの鞭


 現在確認されている『人器』の1つ。


 過去に1体しか存在しなかった特上位モンスターの素材を使い造られた鞭。鞭を武器にモンスターを狩猟する者は皆無なので、実質世界に1つだけの対モンスター用武器。


 鞭の部分には目を凝らさないと見えないくらい細かく鋭利な刃が付いており、柄の部分を握る強さによって回転速度が変わる。刃が回転すると空気を切り裂きながら掻き分けるため鞭の速度が加速する。


 使い熟すには絶妙な力加減と巧みな鞭の操作技術が必要となる。だが使い熟せたあかつきには、どれだけ硬い甲殻を持つモンスターでも容易く斬ることができる。操作を間違えて自身に当ててしまうと触れた瞬間に両断されるので注意。


 持ち主はエルグリット・ディ・アクセルロッド





 エルグリット・ディ・アクセルロッド


 特上位狩人が1人。『軌跡の舞』のエルグリット




 貴族の一人娘として生まれた。蝶よ花よと育てられ、美しい美貌とお淑やかな性格から男からの人気が凄まじく、年端もいかぬ子供の内から是非ウチにと婚約の申し込みが殺到した。習い事も勉学もすこぶる優秀であり、そのままいけば順風満帆の生活を送ることができた。普通の人にとっては。


 内に秘めた残虐な性格を両親に見抜かれてしまった。きっかけは、ベランダに落ちてきた怪我をした小鳥を見て、助けるのではなく翼の骨を折り、脚の骨を折り、痛みで苦しませた後に首を折るという残虐な行為を微笑みながら行ったこと。


 それまでの人気もなりを潜め、可愛がってくれていた両親は化け物を見るような目で見てきては彼女を放置した。残虐な一面がある以外は至ってよくできた人間故に、異常とも言える残虐性を正当化できる狩人の道を見出し、同時に貧しい者達を助ける存在となった。


 女に狩人は難しいという風潮を踏み砕き、女でも狩人になれる。戦える。強くなれる。そして誰もが美しいということを示した人物。個人的な金を使って孤児院を複数所持しており、特上位狩人で唯一、経営者という顔を持つ。





『イルオーラ』


 たった1体しか存在しなかったモンスター。殺戮のことしか頭にない、非常に血生臭く最も好戦的。しかし戦うことが好きなのではなく、あくまで他者を殺すことそのものが好き。


 狼のような4足歩行の体躯をしており、毛皮ではなく鋭利な刃物のような鱗に覆われ、背中には翼の骨格に似たものが出ている。これは自由に動かすことができ、鞭と同じように細かな鋭い刃のような鱗があり、回転することで凄まじい切れ味を誇る。


 3日で大凡300万人の人間を斬り殺し、生涯に1000万以上のモンスターを斬り殺したとされ、更には同じ特上位モンスターにすら手にかけた。





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