第54話  黒い死神




 モンスターは人間と違い、鋭い鋭利な爪や牙を持ち、人間には出せない速度で長距離を移動することが出来る。心肺機能は動物のそれを大きく上回り、大半が雑食のため肉であれば何でも喰らう。


 人を食べれば栄養価や容易に狩ることができ、数も膨大であることから、モンスターの専門家は人を襲ったモンスターはそれ以降人を襲い続けると言う。


 図体が大きく、俊敏で特殊な特性を持つモンスター。人間には持ち合わせていないものだ。ならばどうするか。モンスターに対抗できる武器を手にするしかない。特出した身体能力を持とうが、動物やモンスターに比べれば塵に同じだ。


 大剣。弓。機関銃。火炎放射器。モンスターを害する武器は多岐に渡れど、それでも人間が劣勢なのは長年変わらない。しかしそれを1人でひっくり返せるだけの力を持った、稀有な存在が居る。最強レベルの狩人は居ても、『最強』と謳われるのは、称しても良いのはたった1人。『最強の狩人』という言葉が彼のためにあることを誰も否定しない。




「次は師匠の『人器』だろ?けどよ、それらしいの使ってるところ見たことねェんだよな」


「あー、何気なく付けてるからな。つか、他と混じって初見じゃわからねーよな」


「……?その言い方だと、割とわかりやすいのか?」


「そりゃあ……な?」




 妃伽は首を捻る。龍已が持っているものの中で『人器』と謳われる程の強力なものがあっただろうかと。いや、龍已が持つ武器はどれもが虎徹が手掛けたもので、龍已専用にカスタマイズされていて破格の性能をしているものが多い。


 大口径狙撃銃はその性能の高さから、反動が凄まじすぎて常人はおろか鍛えられている狩人が使用しても腕が吹き飛ぶような代物。だがそれはやはり虎徹が作ったものであり、『人器』ではない。2挺の拳銃もそうだろう。黒い外套はそもそも武器とは言えないだろう。


 では龍已が持つ『人器』とは一体何なのか。それは簡単だ。ネタばらしのようになってしまうが、彼の持つ『人器』は手に付けている黒い手套しゅとうである。




「オレ等狩人の黒い希望……黒い死神。持っているのはくろの『人器』だ」


「やっぱり黒なんだな……」


「そりゃあトレードマークだしな。まあそんなことはどうでもいいんだ。話を戻すと、オレが知る中で黒い死神の『人器』が1番おっかねぇよ。ちなみに『人器』は手套しゅとうな」


「手袋かよッ!」


「おう。けど見くびっちゃならねぇ。アレは……凄まじい代物だぜ」




 スレッドに目を吹き飛ばされたイシハバミが激昂して、見えない視界を補うようにめちゃくちゃに動いて手当たり次第に攻撃している大暴れ状態。そこへ龍已が大口径狙撃銃を背中に回したまま駆け出して接近した。振り回される大きなハサミを跳躍して躱し、腕を伝って行きながら外殻に所々触れていく。


 その瞬間、触れた箇所に黒い点ができており、その点は凄まじい速度で範囲を広げていく。痛みがあるのか、イシハバミは絶叫を上げながら腕を振り回そうとして……広がった黒い部分から腕が千切れてしまった。


 何をやったのかわからなかった妃伽は呆然としている。見たことかないなら、それは当然の反応だ。触れた箇所が黒く侵食し、蝕み、動かしただけで腕がもげてしまったのだから。まさかこれが龍已の、黒い死神が持つ『人器』の力なのかと問うように男狩人の方を振り返った。それに頷いた男は、静かにその『人器』の解説を入れた。




「黎の手套は直接的な攻撃力を持たない。その代わり、触れた部分から侵食性のウイルスを流し込んで防御力や生命力を根刮ぎ奪うんだ」


「ウイルス……?」


「謂わば、一度触れたらアウトなやべぇ毒だ。今イシハバミの腕がもげたのは、触れた場所が侵食されて脆くなって、腕の重さに耐えられなくなったからなんだよ」


「ンなヤバいモンだったのかよ……。ん?待てよ、私アレに触ったことあるぞッ!?」


「心配ねぇよ。あの『人器』はなんだ。要するに、モンスター特攻なのさ」


「なっ……ッ!?それってよ……」


「あぁ──────




 特上位モンスターの素材から作られている以上、そんな都合のいい能力をモンスターが持っているわけがない。聞いた瞬間に気づいた妃伽は正しい。人間には無害でモンスターに有害など、普通ならばありえない。そう……


 何気なく付けている手套は人類の、モンスターに対する怨念、殺意の結晶体。多くの犠牲を生み出してでも完成させた、呪われた遺物。到底理解できない力に指向性を与えるのに、人々は奇跡をその手で生み出した。




「死ぬがいい。お前達モンスターは、生まれたことを死して悔い改めろ。例外は無い」




 その狩人は人を導く器ではない。先導することも、上に立つこともできない。できるのは人類の敵であるモンスターの鏖殺。それのみに特化し、人はその狩人を羨望すると共に恐怖し、おののいた。


 その狩人は平穏の中に生きていた。親しい者は少なくても、それだけで十分だった。だからこそ、モンスターを根絶やしにすることを運命づけられる。


 全身の黒は何者にも染まらず、絶対であるということ。他の色を呑み込む力を持つ、最も強いもの。黒の象徴とはつまり、最強であることを示す。いつしか全身を黒く染めることは彼のみに許されるという暗黙の了解が出来上がる。


 モンスターをこの世で最も殺している人物。本来ならば讃えられ、英雄と持て囃され、人々の願いや希望を背負って生きる者なれど、彼は独りで戦い、殺し、勝つ。その事実は永遠に覆す事などできず、ただ事実として君臨する。


 人類最後の大砦。故の最強の矛。モンスターに対する絶対の死。それ故に死神。





『黒い死神』──────黒圓龍已。





 4人の特上位狩人が1人。世界で唯一、その御手のみでモンスターを鏖殺することができる狩人である。




「お前達の死に理由は要らん。この世に生まれたからには、ただ死ねばいい。お前達が消え失せるならば、俺は死神にでもなろう」

















 そのモンスターはモンスター史上最も強力な毒を持って生まれた。侵蝕性の極めて強い毒で、触れれば最後、その部位を切り落とす以外に方法は無く、治療法は全く見つからない。同じモンスターにも、それこそ人間にだってそれは毒だ。生物ならば触れれば死ぬ。それだけの毒。


 だがそれ故に、モンスターは自身の毒に絶望した。永遠にすら思える苦痛が常に自身の内側にあるからだ。強すぎた毒は、宿主すらも殺そうとしているのだ。だがそのモンスターの体躯もまた最も強く、強靭だった。だからこそ、己を殺してくれる存在を探し続けた。


 希望した。羨望した。夢を見た。自身を殺す外敵を。凄まじい強さを持つ英雄を。頭が良く、自身がモンスターと呼ばれる存在であり、忌み嫌われていることを把握していた。それを使ってその他大勢に向かって挑発し、向かってくるように仕向けた。


 だがダメだった。同じ特上位に分類されるモンスターでも、英雄とされた人間にも無理だった。終ぞ、自身を殺してくれる存在は現れず、モンスターは苦痛の中で絶望して考えることをやめた。


 死ぬことができず、殺してもらえない。ならば死ぬまで何もしない。モンスターは殺してくれることを諦め、死ぬことを選んだ。独り悲しく、自身の強力無比な毒で生物が近づけない超危険地帯を作り出し、その中心で寿命により死んだ。


 文献は無い。どういう見た目をしていたのか。どんなモンスターだったのか、何も判らない。そんなことよりも、人類はそのモンスターが発する毒に目を向けた。毒を無限に精製し続ける器官をどうにか抽出し、人間にだけ害を与えないような改良を施し手套にした。


 殺せるなら殺して欲しい。そう願った哀しきモンスターは、3日で大凡2000人の人間を殺し、生涯に2万以上のモンスターを毒殺したとされ──────手套へ加工する過程で人間を2000万人以上殺したとされる神をも殺す毒と謳われた超危険生物である。






『█████』文献から抹消されてもなお、強すぎる神をも殺す毒は後世へ渡るある意味の伝説。自身の、全てを侵蝕し殺す毒に独り絶望した、世界でたった1体しか存在しなかった特上位モンスターである。

















「──────だが黒い死神にはもう1つ、人器があると噂されてるんだぜ」


「は?2つ持ってるってことか!?」


「あくまで可能性だ。現在確認されている人器は全部で4つ。黈。翠。皓。黎だけだ。けどよ、どう考えても他に考えようがねぇモンがある。弟子なら1度は思ったはずだぜ、黒い死神の身体能力の高さについてよ?跳躍力や腕力、脚力。凄まじい五感。人器じゃねぇと説明つかねぇモンがいくつもある」


「……確かに」




「もういいだろう。死ね」


「■■■■■■■■■■……………──────」




 男狩人に言われて目線を落として少し思案し、また龍已の方に視線を向けた妃伽が見たのは、苦し紛れの一撃で残る巨大なハサミを向けた『イシハバミ』に対して回し蹴りを打ち込んだ師匠の姿だった。


 人器は黎の手套。触れれば硬い甲殻を弱体化させることができる神毒の力。それを使わず、身の丈以上ある頑強な甲殻の塊である巨大なハサミを、回し蹴り1つで粉々に砕き割る姿。普通の人間にそんな芸当ができるはずがない。できるなら今頃、モンスターに追い詰められている人類という構図がおかしいのだ。


 両腕を失い、光を失った『イシハバミ』は近づいてくる龍已に対抗する武器を持たず、ただその頭を殴打によって打ち砕かれた。黎の手套の能力により、侵蝕性の毒がたちまち全身へ広がり、地響きに思える重い音を立てながら倒れ込んだ。




 ──────確かに、師匠の怪力は割と異常だとは思ってた。録画で見たウルキラムとの戦いだって、蹴りだけで下顎蹴り抜いてやがった。バーバラの大剣を腕一本で軽々と持ち上げるし、パルバリーとの時も、踵落としで岩盤ぶち破って捲り上げた。蹴り入れられた時なんか山がぶつかってきたんじゃねェかって錯覚しちまう。けど、そんな身体能力に人器の可能性……あるな。後で聞いてみるか。




 特上位狩人が持つ最強の武器。『人器』の種類と強さ、そしてそれだけではない狩人としての強さを垣間見た妃伽はごくりと唾を飲み込んだ。師匠の龍已に追いつくぐらいの狩人になってやると息巻いたが、人類の最上位の強さを見ると、なんだか自分がちっぽけに思えてくる。


 しかし、彼女の硬く握られた拳は震えていた。自分の弱さに絶望して?まさか。妃伽はそんなに弱くない。むしろ負けん気が強いくらいだ。まさに今、彼女の中に渦巻いているのは競争思考だ。他の誰よりも、彼等特上位狩人の居る高みへ上ってみせるという意思。覚悟がある。


 その意気が気配となり、離れているはずの特上位狩人達に伝わっていた。お前達をすぐに追いついてやる。いや、超えてやる。それまで待ってろ。そう言われているようで、特上位狩人は龍已を除いて上等だと笑いあった。




「さて、じゃあ妃伽ちゃんを最初誰のところから行かせてあげますかね。オレからでも全然いいですけど」


「ではスレッドのところからにするとしようか!その次は俺が引き受ける!その次はエルで、最後にクロのところだな!」


「わたくしは構いませんわ」


「俺も構わん。巌斎には良い経験をさせるため、モンスターの狩猟を率先してやらせていい。死んだらそれまでだったということでな」


「おーおっかね。怖いお師匠サマだ。んじゃまぁ、クロさんの許可もいただいたことですし?最初からちょっと頑張ってもらいましょうかね」




 そう言って黈の人器を手の中でくるりと回したスレッド・カルパネラは手招きをして妃伽のことを呼び、それ以外の3人は各々担当する方角の方へ向かっていった。










『大侵攻』は異常なモンスターの大群が襲ってくる異常現象。全方角に最強の特上位狩人が配置され、迎撃態勢が整った。妃伽は彼等の1番近くでその戦いを見て、戦いを学ぶことができる。それを逃さないため、妃伽は自分の頬を叩いて気合いを入れた。







 ──────────────────



 くろの手套


 現在確認されている『人器』の1つ。


 過去に1体しか存在しなかった特上位モンスターの素材を使い造られた手套。理論上この手套のみでモンスターを殺すことができるので、使い熟せば世界で唯一武器を持たずモンスターを殺す狩人となる。


 触れるだけで侵蝕性の極めて強力な毒が全身に回り、切除しないと僅か十数秒で死に至る。どんな毒よりも毒性が強いのに、人間には一切無害という特出した能力を持つ。これは昔の人々が多くの犠牲を払いながら改良した結果であり、どんなモンスターも殺せる力を持つ。


 簡単に言うと、切除して対処しないと確実に殺し、同時に防御力を極限まで弱体化させるデバフを掛ける手袋。


 持ち主は黒圓龍已





 黒圓龍已


 特上位狩人が1人。『黒い死神』





 最強の狩人であり、巌斎妃伽の師にあたる。今まででも、モンスターの狩猟数がトップであり、その殺意には凄まじいものを感じさせる。


 時々人間とは思えない身体能力を見せつけ、それを見た者達は第5の『人器』を持っていて、その効果によりあの力を引き出しているのではと噂しているという。だが、それを本人に確認出来る者が皆無のため、誰も嘘か誠か判らない。





『█████』


 文献には詳細が載っていない、特上位モンスター。


 神をも殺す毒と恐れられた毒を精製し続ける器官を持っており、それ故に自身の肉体をも蝕み、常に苦痛を感じていた。自害したくても強靭すぎる体躯により死ねず、殺されることを望んでその他に挑んだものの、終ぞ殺されることがなく寿命により死んだ稀有な存在。


 生前で殺した人間の数やモンスターの数は特上位モンスターの中で最も少ないが、『人器』に加工される過程に殺した人間の数は史上最多。その犠牲により人間には害の無い毒を生み出す『人器』が生まれた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死神の銃声に喝采を。その御手から撲滅を キャラメル太郎 @kyaramerutarou777

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画