第55話 勘を働かせる
光。それは、生物が生存する上で絶対に目にし、恩恵を預かっている最も身近なものの一つ。地球という星は太陽によって今の気温や季節を得ており、光が無くなれば極寒の死んだ星と化す。
人類には扱いきれない光だが、それを最も上手く利用してモンスターを狩猟する者が、スレッドという特上位狩人だ。
たった4人しか居ない特上位狩人の内の1人というだけあり、その戦闘能力は他の狩人達とは比べるべくもない。彼1人で危機的状況を打破できるだけのものを持っている。ある意味、妃伽にとっては師匠である龍已と同じ領域に居る人物。
盗めるものは盗んでいきたい。強くなるために妃伽はやる気が満ちる。妃伽専用のメリケンを手につけてスレッドに視線を送る。準備はできてる。いつでも大丈夫だと。アイコンタクトを受け取り、微笑んだスレッドは人器の銃を構えた。
「オレってめちゃくちゃ感覚派だから、変に教えると妃伽ちゃんの戦闘スタイルを壊す可能性があるんだよね。だからオレがやってあげられるのはこの状況下での伸び伸びとした戦闘。つまり大勢対1って状況ね。妃伽ちゃんは好きに動いていいよ。けどあんまりオレから離れないようにね。それさえ守ってくれればあとは自由!危なくなったら手を入れるから安心して」
「本当に適当に動いていいのか?」
「どうぞどうぞ。そもそも、オレ銃使って遠距離だから妃伽ちゃんに教えられることないんだよね」
「まあ、確かに。……んじゃ、行ってくるわ!」
「はいはーい」
モンスターとの戦闘は既に始まっている。周りでは小型のモンスターを狩人達が狩猟している。数メートルサイズの大きさになる中型ともなれば何人かで手を組んで狩猟に当たっている。もちろん人間がモンスターを狩猟して、戦況がが有利とは限らない。
小型は体が小さく狩猟し易いという利点があるが、数が多く動きが素早い。変に囲まれると袋叩きにされてしまい負傷、あるいは死亡する。周りに居る別の狩人が必ず助けてくれるとは言えない。何せその狩人もモンスターと命の削り合いをしているのだから。
「あ、脚がァ……ッ!?ぅ、あ、た、助け……っ!」
「──────ッしゃオラァッ!!」
「■■■■■■■■■■■ッ!?」
拳による打撃。それに伴う爆発。空気を叩き爆風が頬を撫でる。脚を裂かれて尻餅をついていた狩人は呆然とした様子で金色に輝き、爆風で踊る長髪を眺めていた。その背中はなんだか頼もしくて、ついホッとしてしまう。
小型モンスターを一撃で葬った妃伽はフーッと鋭く息を吐くと振り返り、尻餅をついている狩人を見下ろす。勝気なニヒルな笑み。戦いを楽しんでいる節があり、どうだと自慢気にすら感じてしまう笑みは、その実助けられて良かったと言っているように感じた。
「ほらほら!戦えねェなら退いとけよ!無茶したらモンスターの餌食だぞ!」
「あ、あぁ……ありがとな。アンタはもしかして……」
「私はただの狩人だ!ちょっと強い師匠が居るだけの……なッ!」
近づいてくる他の小型モンスターの攻撃を躱し、下から捩じ込むようなアッパーを腹に打ち込んで爆発させ、内臓を引きずり出しながら狩猟する。無駄がなく、力強い。そしてモンスターにも劣らぬ獰猛さがある。
起き上がった狩人は、素直に強いと感じた。妃伽は他の狩人と比べれば軽装だ。剣や槍、大剣や機関銃といった重量のある武器ではなく、拳につけられるメリケン。それと足に巻きつけて固定している黒いポーチのみ。だがそれを加味しても、縦横無尽に動き回って無茶せず、確実に狩猟できるモンスターを狙っている。
よくそれだけ動いて息をあげないなと思う。だがその裏には、黒い死神から受けているゲロを吐き散らかすような体力増強修行があったりする。それを本人である妃伽も実感している。走っても、足場の悪い場所を通っても全然疲れないのだ。
「モンスターやべーくらい居っけど、戦えてる……よしッ!このまま押し通ってやるぜェッ!」
「──────『プラントータス』だ!」
「クソっ!デケェなコイツはよぉッ!」
「……でっけ」
狩人が声を上げた。『プラントータス』というモンスターが居ると。その声に反応してそちらに目を向けると、全高10メートルにはなろうかという巨大な亀が居た。甲羅には林のように生い茂る草木があり、見る者を大きさで圧倒する。
亀は動きが遅い生き物だ。それを大きくしただけのようなモンスターならば囲んで攻撃すれば大丈夫かと思いきや、プラントータスは口を開けて口の周りの空気を歪ませた。やがて熱を感じると思ったその瞬間、豪炎を吐き出した。
火炎放射と思えるその豪炎に、プラントータス前方の範囲内に居た狩人達を焼いた。装備から手を離して転げ回り、必死に灯った炎を消そうと足掻くのに消せず、最後は炎により酸素が奪われて息ができず、窒息によって倒れて燃え死ぬ。プラントータスは次と言わんばかりに甲羅から伸びた頭をゆっくりと周囲に向ける。
「『プラントータス』……亀みたいな見た目で観測された限りだと20メートル近いのが居たって話だよな。特徴は炎を広範囲に吐くこと。それと分厚くて硬い甲羅。身の危険を感じると甲羅に閉じこもる。狩人になり立ての奴は引っ込んだ頭の穴から攻撃しようとして近づいて炎の餌食になりやすい……だったよな。有効なのは高火力遠距離攻撃。アタッチメントいくつか投げ入れて起爆させっか……?」
黒い死神に叩き込まれたモンスター情報を頭の中から取り出す妃伽。彼女が言った通り、亀の見た目なので危険が迫ると防御体勢として甲羅の中に引っ込む。初心者は頭の穴から攻撃を入れようとするが、そんなことをすると炎の餌食になって焼死体となる。なのでやるのは炎の届かない場所から遠距離で、頭の穴めがけて攻撃すること。
妃伽はいそいそと脚に括り付けたポーチを漁っていくつかのアタッチメントを取り出し、投げ入れる数を確認している。すると、近くの狩人が避けていくのに気がついた。自然と何を避けているのか目で追う妃伽は、その先にスレッドが居るのを見た。彼は人器を向けていたのだ。
「──────はいはい。ソイツはオレがやるよ」
「……スゲェ。一撃かよ」
軽い口調なのに、撃ち放たれたのは光を凝縮した光線だ。しかも光なので人の目には見えない速度。撃ったと思った時には、プラントータスの甲羅に風穴ができていた。正面からではない。横合いからだ。今は見えないが、スレッドは1ミリの狂いもなくプラントータスの脳を撃ち抜いた。
見えないところの急所も一瞬で見つけてしまう凄まじい勘。そう、スレッドは別にこの位置に撃てばいいと知っていたわけではない。このくらいの位置に撃てばなんとなく急所があるという勘だけでプラントータスを狩猟した。
硬くて分厚い甲羅に対して簡単に風穴を開ける人器の強さもあるだろう。しかしそれは使い手がそれだけの強さを持っていてこそ。影から取り出した時間とその日によって撃てる光線の強さが決まるという、扱いが難しい人器を勘だけで操るスレッドは、最強の内の一人であることを見せつけた。
「いやー、急所にしっかり当たって良かった。外したら変に暴れて大変だからね」
「とか言ってっけど、あの人勘頼りなのに急所外したことねーよな」
「ばか。当たり前だろ。特上位狩人はそういう人達の集まりなんだよ」
「見ろ。危なくなった狩人のモンスターを撃ち抜いてるが、全部完璧な急所だ。すげーよな、やっぱ」
「しかもあの人器でよ。扱えた奴いねーし、これから先も現れないだろうってまで言われた
その狩人は直感のみで相手の急所を正確無比に暴く天才である。
どんな姿勢、どんな状態、どんな姿をしていようと必ず一目で相手の急所を見つけ出す。それは暗殺者として生まれた時より血反吐を吐くような鍛錬を強要され身につけ、持っていた才能と合わさって発現したもの。
妃伽は感嘆としながら、スレッドの元へと一旦戻る。遠距離攻撃専門だから近接攻撃専門の妃伽に教えられることは殆どないと言っていたがとんでもない。あるではないか。身につけられれば強くなれるものが。妃伽は強くなることに貪欲だ。だから直接聞く。どうやって、やっているのかと。
「あー、オレの勘で急所撃ってるやつ?流石にコレはなぁ……こうだからこうなんだよ……って教えられるものじゃないんだよね」
「そうだよな……勘だもんな」
「でもそうだなぁ……強いて言うなら、対峙するモンスターをよく見ることかな」
「……?ちゃんと見てんぞ?」
「あっはは!それはそうだよね。ごめんごめん。言い方が広い意味すぎた。えっとね、ただ見るんじゃなくて、そのモンスターを構成しているものはどんなものなのかをしっかりと見るんだ。どんなモンスターで、どんな姿でどんな攻撃をして、どんな動きをして、どんな特徴があるのか……構成するもの全てだよ。それをしっかりと見ていると、なんとなくここじゃね?っていうのが見えてくるんだよね。オレはそれに従って撃ってるだけ。だからオレからは、ちゃんとモンスターを見る!を教えようかな。より詳しく言うなら観察かな?」
「見る……観察……わかった。意識してやってみるわ」
「うんうん。頑張ってね。危なくなったら助けるから、思うようにね」
「おう!」
スレッドからアドバイスを貰った妃伽がモンスターの方へ走り出す。まだまだモンスターは居る。試せる相手は居る。時々やられそうになっている狩人を助けながらすれ違うモンスターのことをしっかりと見る。今までは対峙するモンスターとして見ていただけだが、スレッドに言われた通り全身をくまなく観察する。
すると、アルマジロのようなモンスターが凄まじい速度で転がって狩人を翻弄していた。背中には岩が張り付いていて、丸くなって転がると大きな岩の塊と化して攻撃と防御を両立させた。動きも速く、大剣などを使っている狩人はやりづらそうにしている。
妃伽はそのアルマジロのようなモンスターのことを眺めて観察した。大きさは大人2人分。動きは速く、主な攻撃は丸まった際の突進。あとは爪での引っ掻き。牙はないのか噛みつきはなし。くっついている岩は普通の岩ではなく唾液か何かを混ぜたことで転がっても剥がれない。
重火器の攻撃を回転時はものともしない。狩人には基本背中側を見せている。横を向いて背後を確認してそのまま後ろへ倒れるように転がり始める。初速はそこまでではないが、転がり始めて10メートルくらいの位置からはトップスピードに乗る。
考えることは苦手と自称すると妃伽は、周囲からのモンスターの攻撃を警戒しながらアルマジロのようなモンスターのことを観察し続けた。やがて周りのモンスターをあらかた片づけると、本番と言わんばかりにそのモンスターの方へ向かった。
集中しているのか、ただまっすぐ歩いて向かう。正面からやって来た妃伽に反応して、アルマジロのようなモンスターは背中を見せて顔を横に向けて背後を確認する。距離や方向を確認すると、倒れるように転がり始めた。周囲の狩人は妃伽に避けるように叫ぶが、集中状態に入った妃伽には雑音にすらならない。
無意識にメリケンのボタンを3回ずつ押す。モンスターの転がる速度はトップスピードになり、轢き殺さんと迫ってくる。十数メートルから数メートルの距離までの距離に近づくと妃伽は駆け出した。前方に向かって正面衝突するつもりかと思わせる接近を見せる。
モンスターは減速なんてしない。妃伽もしない。だが向きは変えた。モンスターと衝突する寸前に左脇に抜けたのだ。しかしそれだけではない。左足で踏ん張り、抉り込むボディーブローを左手で打ち込んだ。3回分の起爆が起きて凄まじい爆発音を響かせながらモンスターを宙に打ち上げた。
モンスターの張り付ける岩の装甲にびしりと大きな亀裂を入れた。そしてそれを確認することなく妃伽は脚の筋肉を力ませて疾走。落下地点と思われるモンスターの元まで走ると、大きく振りかぶった右の殴打を全力で、着地する寸前の乱回転しているモンスターに叩き込んだ。
2度目の大爆発。爆煙から出てきたのは、粉々に砕かれた張り付いていた岩と頭を失ったモンスターだった。大きな体を何度かバウンドさせて着地させ、頭がないため絶命しており四肢を投げ出している。タイミングは計っていない。全部勘だ。このくらいならいけるだろうという勘で動いて、拳を叩きつけ、アルマジロのようなモンスターを一方的に狩猟した。
「フ────ッ……こんな感じか?わっかんねェけど」
「………………………。」
──────今さっき聞いたばっかりの観察と、それに伴う勘に従う急所の捉えを、こんな状況で成した?オレなんて生まれてからずっとその修行してようやくできるようになったのに。
それとあの身体能力だ。女の子なのに瞬発力が鍛えられた男にも勝る。吹っ飛ばしたモンスターに追いつくとか異常でしょ。しかも吹き飛ばした後から走り始めたのに追いついた。
ていうか、いくら身軽にしてもこんだけ乱戦してる中でこれだけ動き回って息もあがっていない。龍已さんは一体……どんな修行課してるんだ?いや、全部が全部龍已さんのお陰じゃない。妃伽ちゃんの持ち前の才能もあるんだ。
これはスゴイぞ。きっと彼女はオレ達の領域まですぐに来る。あの子は恐らく──────戦いの天才だ。
教えたこと、教えられたこと、閃いたことを実現させるだけの才能を持ってる。はは。すごいや。これは追いつくどころか追い抜かれるのも時間の問題なんじゃない?師匠はあの龍已さんなんだし。それにそう思わせるものを持ってる。大丈夫、彼女ならきっと
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巌斎妃伽
現役特上位狩人のスレッドから戦いの天才と思われている。
咄嗟の閃きには眼を見張るものがあると龍已からも言われており、暗闇で龍已の行うエコーロケーションに似たことを初見でやってみせるなど、その片鱗はあった。
身体能力に関しては元からとても良く、龍已の行う修行で更に伸びを見せた。
考えることはそんなに得意ではないので、勘に従って戦うやり方は割と性に合っている。
スレッド
一体どこでこんな子を見つけてきたんだろうと思っている。エルグリッドとの戦いではセンスあると思っていたが、まさかここまでの才能を持っているとは思わなかった。
いずれは誰かが自分達特上位狩人の代わりを務めるのだろうと思っているが、その1人は確実に妃伽だと勘に従い確信している。
それとは別に、せっかく頼ってくれているのに何もアドバイスできないのはちょっと……と思っていたので、勘という微妙なラインのものでもアドバイスできて良かったとホッとしている。
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