第56話  彼女は強くなる




 スレッドのところで勘による攻撃を覚え、それを磨くように1日モンスターを狩猟し続けた。勘でモンスターの弱点を突くという荒業は、感覚派の妃伽に良くマッチした。


 銃を使って戦闘するスレッドから学べるものは多くはなかったが、その学んだものは妃伽の中で生きていくだろう。それだけの武器を手に入れたのだ。


 日が暮れて夜に差し掛かろうという時に、モンスターからの侵攻が止まった。しかし安心してはいけない。動物にもいるようにモンスターの中には夜行性のものもいる。妃伽は初参加なので休むように言われて宛てがわれた宿に戻ってきていた。




「おかえりなさい、妃伽ちゃん。1日目お疲れ様」


「虎徹さん……さすがに疲れたわ」


「ふふ。お風呂入って着替えてきなよ。そしたらご飯にしようか」


「ヘヘ……おう」




 ふんわりとした優しい笑みを絶世の美貌で浮かべる虎徹に、妃伽は安心感を抱いてホッとした。相変わらず美人すぎる人だ。男だけど……と思いながら、モンスターの血やら砂、メリケンの爆発によりついた火薬の匂いに顔を顰め、風呂場へ直行した。


 他の客は居らず、ほぼ貸し切り状態の大浴場でゆったりと風呂に入ると部屋に戻ってきた。一緒にご飯を食べようと思って待っていてくれていた虎徹と並んで食堂に来て、ブュッフェスタイルの料理に目を輝かせた。




「ずっとモンスターとやり合ってて腹減ってたんだ!虎徹さん早くよそって食おうぜ!」


「ふふふ。はいはい。無くなっても追加してくれるから焦らないでね」


「わーかってるって!……うおなんだこれ美味そう!」


「いっぱい食べるなぁ」




 皿の上に盛りつけられていく料理の数々に虎徹は若さってすごいなと思いながら微笑み、サラダを中心とした料理の選択を行っていく。対照的に妃伽は肉料理が多く、1日の大半を動いて過ごしていることもあってそのくらいないとダメなのだろう。


 空いている席に座り、早速と言わんばかりに食べ始める妃伽に倣いゆっくり食べる虎徹。女なのに男のようにガッツリ食べる妃伽と、男なのに女の見た目で女が食べるようなチョイスをする虎徹。なんとも逆なコンビネーションに、此処に龍已が居たら溜息を吐いていることだろう。




「メリケンの方はどう?不調とかないかな?」


「おう!全然無問題モーマンタイだぜ。それに万が一おかしくなっても予備があるしな!」


「よかった。アタッチメントがなくなったらすぐに戻ってきてね。黒い死神みたいに素手で倒すなんて芸当は流石に妃伽ちゃんでも無理だからさ」


「あ、そのことなんだけどよ」




 申し訳程度に盛りつけられた野菜をむしゃむしゃ食べていた妃伽が、此処には居ない龍已のことで虎徹に聞こうと思っていたことを質問した。


 内容は、龍已の人間離れした身体能力について。特上位狩人である龍已達4人が持つ人器について教えてくれた男性狩人と話していて流石に気になってきたことを話した。まあ、流石に人間離れしすぎていると度々思っていはいたのだが。




「──────そっか。まあ僕に聞くのが妥当だよね。龍已に言っても多分まだ教えてもらえないかもしれないし」


「あー、結構重要だったりする?それならいいんだけどよ……」


「んー……そうだね。龍已の過去に触れることになるかな。まあ僕が言えるのは1つ。龍已のあの人間離れした超人的な肉体は、鍛えて手に入るものではないよ」


「だっよなァ。あれで鍛えたって言われたら完全に人間以外のナニカだろ」


「ふふ。妃伽ちゃんになら龍已も語ってくれるかもね。この『大侵攻』が終わったら聞いてみたら?」


「そうだな!私も今は『大侵攻』に集中してェし……っと。早く食ってモンスターに備えねーとな」


「今日は誰のところに行くの?」


「ん?今日はな──────」

















「──────今日は頼むぜ、オーガスさん!」


「ガッハッハッハッ!任せておけ!攻撃は全部俺が受けてやる!危なくなったら俺の背後に来な!気前よく守ってやるからな!」




 オーガスの居る場所では死人が出ない。広大な戦場で本当にそれを実現できるのだろうか。初めて聞いた時に妃伽が思ったことだ。今日はそれを見ることができるわけだ。さてどうなのかと、砂煙を上げながら巨体が多いモンスターが点に見えるほどの距離に確認できた頃、狩人は地上設置型のバリスタや大砲の最終準備に取り掛かった。


 壁の上に援護用で設置されているバリスタや大砲が地上にも設置されている。本来はこんなもの地上には置けない。使って脅威だと認識されればモンスターに破壊されてしまうからだ。それでも置く理由は、オーガスにある。


 頑強にして鉄壁の防御力を誇るオーガスの人器。翠の鎧はその硬さと、受けた衝撃を溜め込み一度に解放することができる特徴の他にもう1つ能力がある。それは、モンスターのヘイトを稼ぐことができるというもの。要は、オーガスが優先的に狙われるようにすることができるのだ。


 他にヘイトが向かないから、その他は安心して遠距離から攻撃ができる。バリスタや大砲はその時に使用するため設置された。そしてそれを妃伽は見た。大勢のモンスターに狙われながら、その大群にバリスタ、大砲の弾を撃ち込み、そちらに意識が向いたらすかさず鎧の力を使ってヘイトを無理矢理稼ぐ。


 モンスターの巨体から繰り出される攻撃は小さな人間にとって脅威だ。しかしその攻撃は両盾によって阻まれる。地面に打ち付けて吹き飛ばないように身構え、受け止める。受けた衝撃は溜め込み、一気に解放してモンスターを粉微塵に変える。




「──────オッラァッ!!!!」


「■■■■■■■■■ッ!?」


「私も狩ってくぜェッ!!」




「おぉ?ハッハッハッハッ!元気がいいな!これは負けていられん!」




 ヘイトがオーガスに向かっている間、妃伽は死角からモンスターに忍び寄り、先日スレッドに教えられた観察と勘による急所への攻撃を打ち込む。爆発がメリケンから発せられ、モンスターの硬い皮膚を突き破って内臓に致命的な一撃を入れて絶命させる。


 一撃必殺。そしてすぐさまその場から退避。8回爆破を使って残りがなくなったらオーガスの背後に隠れてアタッチメントを高速で変える。素直に頼られ、盾にされていることにオーガスは頼りがいがある大笑いを見せながら攻撃を受け止める。


 モンスターの大群に向けられる雨のようなバリスタと、一撃で大ダメージを入れることができる大砲。それらを駆使して早々にモンスターの数を減らしていく。そして弾が無くなってきたら狩人が前進するのだ。


 遠距離を主体とした狩人はそのまま遠距離から。近距離が主体の狩人も戦いに参加する。だがモンスターのヘイトの最優先はオーガスだ。必然的にモンスターに攻撃を見舞い、後退して遠距離主体の狩人に一旦任せ、仕留めきれなくてヘイトを買ってしまってもオーガスがヘイトを取り直す。それでまた前進して攻撃。その繰り返しとなる。


 壁上からバリスタと大砲の弾の補充がされたら再度遠距離射撃に移行。この戦法によって怪我人は少なく、死者が出ないのだ。惜しむらくは、この戦法だと誰がどのモンスターを狩ったのか判断がつかなくなる場合が多く、狩猟した際の報酬が少なくなる傾向にあることだろうか。金を取るか命を取るかという選択なわけだ。




「あ゛ー。マジでモンスター多いなっ!」


「疲れたか妃伽!休んでもいいんだぞ!」


「へっ。師匠の体力増強メニューに比べたらへでもねェ。こちとら今じゃ50キロ以上の重り背負いながらほぼトップスピード維持して走らされて、遅くなったらケツ蹴り上げられてンでな!死ねこのクソザコ共がァッ!!」


「ブワッハッハッハッハッ!クロにしごかれているようだな!しかしその成果は出ているようだぞ!全く息切れしていない!大したもんだ!」


「まあ……なッ!!」




 小型のモンスターには最早手こずりすらしない妃伽。それもスレッドから的確に急所を狙うコツを教えてもらい、ほぼ自身のものにしてからは効率が上がっている。それを見ていたオーガスは内心舌を巻いている。


 基本防御に徹して攻撃による衝撃が溜まったらカウンターとして衝撃を放っているオーガスは、何だかんだ言って狩猟する時のコツを教えられたスレッドと違って誠に残念なことに教えてあげられるコツというものがない。精々が他者を頼ることの重要性くらいだ。


 しかし妃伽は猪突猛進に思えるような言動や戦闘スタイルのものの、その実しっかりと他人を頼っている。アタッチメントを変えるときはオーガスの背後に隠れ、自身にキツそうな図体のモンスターが居たら近くの狩人と一緒になって狩猟に当たる。基本的なことはできていた。


 だからオーガスが着目したのは妃伽の高い身体能力だった。戦闘が始まって数時間、殆ど休憩を挟んでいないというのに疲れた様子を見せない心肺機能。アスリートにも勝るほどの俊敏性。小型モンスターならばメリケンの爆破があるとはいえ殴り飛ばすパワー。そして先日開花した観察と勘による適切な急所への攻撃。既に上位狩人としてやっていけるだけの実力があると確信していた。




 ──────いや、エルとの決闘を見た時には既に確信していたんだがな。クロがしごいているとはいえ弟子になってからは1年も経っていないのにこの実力。凄まじいポテンシャルを持っているようだ。これはスレッドも驚いたろうな。俺も現に驚いているくらいだ。いいぞ、これはこれから先が楽しみになってきた。




「妃伽!デカいのが行くぞ!任せられるか!?」


「おーよ!全員で四方八方から叩きまくって袋叩きにしてやんぜ!」


「若いやつに任せてばかりでいいのか!?俺達もいいとこ見せるぞォ!」


「ッたりめーだ!」


「援護は任せろ!」


「今日も死人0で切り抜けてやるぜェッ!!」




 妃伽の頑張りが他の狩人のやる気に火を灯していく。伝播していくテンションにオーガスも目を丸くしたあと大口を開けて笑い、負けていられないなと言って両盾を構えた。その後、申し訳程度の食事休憩を取ったとき以外の時間を、妃伽はモンスターの狩猟に費やしたのだった。























「──────まだ……やれるぜ……こいや……モンスターども…………んぅ」


「──────寝るならばホテルに戻ってからにしろ」


「んぐぅ……ふへ」


「はぁ……まったく」




 その日の大侵攻が収まった夜のこと、妃伽は暗い夜をほんのり明るくする街灯の光を浴びながら、大通りを店の壁伝いにどうにか歩いていた。しかしさすがに疲労が蓄積していったのか、壁によりかかるように眠りそうになり、膝を折ってしまった。


 腋の下に腕を通して支える黒い影。妃伽の師匠である黒い死神こと龍已だった。彼はフードを被って夜の闇に紛れそうな存在感のまま妃伽に肩を貸してやり歩き出した。今回は弾薬が尽きそうだったため、ホテルに戻って補充するつもりだったのだ。そこでフラフラした妃伽を見つけた。


 妃伽はメリケンが発する硝煙の香りと砂。モンスターの返り血と汗の匂いで凄まじい匂いを放っている。お世辞にも臭くないとは言えないのだが、龍已はそんなこと気にも留めずしっかりと抱えてやった。




「クロ!お前も今帰るところか!」


「……すまないが、巌斎が起きる。声量を下げてくれ」


「おっと、すまんすまん。はっはっは、お前の弟子は凄まじいな。結局今日一日動きっぱなしでモンスターを狩猟していた。とんでもない体力だ」


「そうするために走らせたんだ。そうでなくては困る」




 後ろから帰る途中だったオーガスに声をかけられ、龍已は身長差もあって肩を貸すのではなく横抱きにして抱えることにして妃伽を運んでいる状態のまま振り返った。


 本当ならば無理矢理起こして自分で歩かせようと思っていたのだが、流石に疲れただろうからこのままホテルまで送り届けてやろうと思って、基本声が大きいオーガスに声量を下げるように頼んだ。オーガスはすまんと言って声量を下げ、それでも楽しそうな声色で会話を続けた。




「クロ。妃伽をよく褒めてやってくれ。その子はよく戦ってくれた。俺のところにモンスターが来すぎないように一定の距離を保って近くに居て、デカいのが来れば他の狩人を呼んで狩猟に当たる。戦場をよく見ていた。戦いに関してはスレッドに良いコツを教えられたようでな。俺が教えられることは何もなかった。精々丸一日モンスターを狩猟する時間を設けたくらいか」


「実戦経験が1番身につく。オーガスがモンスターのヘイトを稼いでいるから思うように動けた。それだけでもよい経験値になったはずだ」


「そうか。それなら良かった。何も教えられんかったのが心残りで今日を終えてしまってな。クロからそう言われれば俺の肩の荷も降りるというものだ。じゃあ、また明日もあるから今日はこのくらいにしておこう」


「あぁ。……最後に1つ聞くが、巌斎は今日だけでどれだけモンスターを狩猟した?」


「そうだな……200確実に狩猟していたろうな」


「……そうか」


「おう。じゃあまた後でゆっくり話そう、クロ。おやすみ」


「おやすみ」




 翠の鎧を鳴らしながらオーガスは自身が取った宿に向かって歩き出した。龍已も踵を返して虎徹の待つ宿へと向かっていく。妃伽は疲労によりダウンし、全く起きる様子が見られない。それどころか日頃一緒にいる龍已の匂いや気配のせいでより深く眠ってしまった。


 夜の大通りを街灯に照らされながら歩き、龍已は光を浴びる妃伽を見下ろした。弟子になって1年も経たず、オーガスがモンスターのヘイトを稼いでいたといえど1日中命の奪い合いの死地で動き続け、挙げ句200を超えるモンスターを狩猟した。並の忍耐力では無理だろう。


 最強の狩人として君臨する龍已から見ても才能を持ち合わせていると言える妃伽は、日々強くなっていく。その速度は目を見張るものがあり、いつかは最上位狩人にすらなると思える。だがそれだけでは特上位にはなれないのだ。キッカケがなければ、ならないのだ。














「──────申し訳ありませんわ。わたくしが居ながらこんなことに……」


「──────巌斎。おい、聞こえるか巌斎。返事をしろ」


「──────妃伽ちゃん大丈夫なんですかコレ……オレ見たことないっすよ」


「──────うぅむ……俺も皆目見当がつかん」


「──────妃伽ちゃん……早く起きてね。また僕の料理食べて美味しいって笑ってよ……」






 そのキッカケは、すぐそこまで迫っているのかも知れない。巌斎妃伽はその日、生死の境を彷徨うことになる。









 ──────────────────


 巌斎妃伽


 オーガスより今教えられることはないとまで言われて認められる。猪突猛進するような言動や戦闘スタイルを持つものの、他人の力を借りる重要性を理解しているため1人で突っ走ることはしない。


 弟子入りして1年も経っていないにもかかわらず上位狩人の実力を既に身につけている。そのため4人の特上位狩人からの評価はかなり高い。ただそのことを本人は知らない。





 オーガス


 せっかくなので妃伽に何か教える事があればと思ったが、モンスターの気を引いて攻撃を受け続けるという、彼にしかできない戦闘スタイルが災いして戦闘について教えることができなかった。


 ただ、他者を頼る重要性を妃伽がしっかり理解していることを知ることができた。それを理解せず死んでいった狩人を何人も知っているので、ホッとしている。





 黒圓龍已


 妃伽が200以上のモンスターを1日が狩猟したことに少し驚いている。そんなに鬼神の如く狩猟したのかと。


 大侵攻が終わったらしっかりと労ってやろうと考えている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る