第57話 肩の力を抜いて
──────クソッ……ッ!!わかっちゃいたよ、わかっちゃいたんだよッ!だけどよ、強すぎンだろ……ッ!!
「うっふふ。妃伽さんはお好きに動いてもらって構いませんわ。もし手に余るようなモンスターが現れたら教えてくださいね。わたくしが戦いますわ」
「はーーーぁ?頼らなくてもヤれるっつーの!舐めんなッ!」
3日目。妃伽が配属されたのはエルグリット・ディ・アクセルロッドの居る場所だった。決闘を行った妃伽はエルグリットの強さの一端くらいは知っている。人器を操っているところも見ている。だがいざモンスターを狩猟しているところを見ると、やはり鳥肌が立つ。純粋に強いのだ。
白いバトルドレスに身を包んだ、狩人にふさわしいと思えないヒラヒラとした格好。手に持つのは対モンスターに有効とは思えない鞭。しかしそれらが全て通用し、モンスターを殺しうるという矛盾。ましてやエルグリットは返り血一つ浴びることもない。
エルグリットが退治しているのはおびただしい数のモンスター。全方位無差別ランダムなタイミングからやって来る。その命に牙や爪を突き立てんとして襲いかかる。だがその魔の手が届くことはない。妃伽にも見えない鞭のバリアが形成され、それに触れた瞬間斬り刻まれるのである。
硬い甲殻を持つ昆虫系モンスターでも関係ない。亀のような甲羅も空気を裂くように斬り裂いてしまうのだ。彼女はまるで舞って踊るようにふわり、ふわりと移動しながら鞭を振っているだけ。なのにその先端は凄まじい速度で目に見えず、モンスターを片っ端から殺す。
細かな刃が回転することで空気を裂きながら加速するため、実際にするよりも尋常じゃない速度が出る。それが踊って鞭を軽くっているのに不可侵領域が形成されているカラクリ。わかっていてもどうしようもない御業に、そしてその御業によって積み上がるモンスターのおびただしい数の死体にゴクリと喉を鳴らす。
「モンスターが来てからまだ30分やそこらだぞ……もう300は殺してんじゃねーか……?エルさんからなに盗めってんだよ……武器も違いすぎて参考にならねーよ……」
「あら、わたくしは妃伽さんにアドバイスが1つできますわ」
「聞こえてンのかよ。で、それってなんだよ?」
「あらあら。わたくしの狩猟を見てもわからないんですの?」
「……(怒)」
手にはめたメリケンをギリギリと、手の甲に血管が浮かび上がるほど強く握りしめ、プルプルと震えている妃伽はぶん殴りに前進しそうになるのをどうにか堪える。よし大丈夫。コイツはこう言う喋り方なだけ。甘々になるのは師匠と話してるときだけ。……それはそれでムカつく。……と、心の中で落ち着きを取り戻す。
一つ深呼吸をして頭を冷やす。直情的ですぐにカッとなるのは自分の分性格上仕方ないこととはいえ、焦ってもモンスターに足元をすぐ掬われて命を落としかねないと龍已に言われている。だからカッとなっても深呼吸をして自分を落ち着かせることを心がけろとアドバイスをもらい、それを実行している。
「……ふーッ……んで、アドバイスってなんだ?言ってもらわねーとわからねーよ。私は考えるのが苦手なんだ」
「……まあいいですわ。わたくしと妃伽さんの戦場での違い。それは『余裕』です」
「おいおーい。強いから余裕とか言わねーよなァ?」
「まったくもう。違いますわ。簡単に言うと、妃伽さんは肩に力が入りすぎですわ。もっと気持ちを楽に、リラックスして狩猟すればいいと言っているだけですのよ」
「リラックスぅ……っと。話してる最中だろうが死ねェッ!」
後ろから襲いかかる小型モンスターの攻撃を避け、勘によって拳を振るい、急所を爆発でえぐり飛ばして絶命させる。流れるような動きはスレッドのところで学んだことをオーガスのところでモンスターに対して実践する。体に覚え込ませる時間と相手には困らず、完璧に自分のものとした。
それをチラリと見ていたエルグリットは、目を細めた。明らかに決闘した時と動きのキレが違うからだ。たった2日しか間が空いていないにもかかわらず、この上達ぶりには驚くしかない。流石は最強の狩人を師匠としているだけのことはある。ポテンシャルと環境が整っての伸び代だ。
妃伽は妃伽でエルグリットから言われたことに内心首を傾げる。リラックスって、この全方位どこからモンスターが来てもおかしくない死地ど真ん中でか?と。気を抜いて好きを晒せば命を落としかねない状況でリラックスってどうやれと?と疑問符が頭の上に湧いている。
「緊張するのはわかりますわ。命を奪う以上、命を奪われるリスクは常にある。それが奪い合いですもの。けれど、緊張は筋肉を硬直させ、いざというときにふさわしい動きができなくなる。心に余裕を持つこと。激化した戦場であればあるほど難しいですけれど、クロ様も大事だから落ち着かせるよう言いつけているのではなくて?」
「……深呼吸でもして落ち着けは、ある意味そういうことでもあんのか。確かに……」
「焦っては見えてくるものも見逃しますわ。だからどんな状況でも心に余裕を持って、落ち着いていることが肝心なのですわ。妃伽さんはその点が疎か。肩に力が入りすぎて獰猛な気配を常に発しています。それでは肉体に余裕があっても精神が先に参ってしまいましてよ」
「オーガスさんのところでも体力的に余裕でも後半キツかったな……そういうことか」
──────私はモンスターが来ると身構える。勘で急所狙えるようになったと言っても、いつどこからモンスターが来るか考えてるし、やっぱり常に身構えてる。なら、急所を狙う勘をモンスターがいつ来るか察知する方に回したらどうだ?んで、回避なり迎撃なりしたら切り替えて急所を狙う。それならずっと気を配ってる必要もねぇ。所詮は勘だし、間違えたら死ぬ以上、スレッドさんみたいに完璧には無理だから少しは警戒しちまうが、いきなりエルさんみたいになるのはそれこそ無理だ。それなら、私らしく少しずつやっていってやる。
大きく息を吸って、吐く。精神を落ち着かせて自然体になる。周りにいるモンスターは最初妃伽を少し眺めているだけだったが、動く様子を見せないことに好機と思い、襲いかかった。が、攻撃が当たる寸前で半身になり躱す。そして拳のメリケンをねじ込んだ。
躱すことと急所を狙うことを別々に、しかし刹那の内に切り替えるという高等技術。この一連の動きが可能となったのは、ひとえに故郷で喧嘩慣れしていたからだろう。モンスターではなく人が相手だったが、それでも相手は生物であり、独自の考えがあって攻撃してくる。その攻撃を避けのにも受け止めるにも勘は使っていた。いわば喧嘩で鍛えられた喧嘩技だった。
そこに加えられることの黒い死神との修行。同じ特上位狩人の勘を使った戦闘。200を超える実戦経験。そしてリラックスがあった。よって、妃伽は自然体のまま勘を働かせて瞬時に迎撃できるようになったのだ。
すぐにモノにする吸収力。それを目の当たりにしたエルグリットは口角を上げた。まだまだ粗削りだし実戦経験ももっと積んだほうがいいのは事実。特上位狩人からしてみれば、まだ弱い故に美しくない。が、ファーストコンタクトの時よりも美しくなった。そしてエルグリットは妃伽に磨けば誰よりも光る原石を見た。
このままならば自身が常に付いていなくても問題ないだろう。幸い、近くには数で攻めてくるとはいえ下位の小型モンスターばかりが集まっている状態。エルグリットは特上位狩人としてもっと高ランクで人の手に余るモンスターを始末しなければならない。
「妃伽さん。わたくしは少しここを離れて、他の狩人の方が手に余らせているモンスターを狩猟してきますが、ここを任せてもよろしくて?」
「よろしいですよォ。私は死なない程度にモンスター狩猟すっから、エルさんはもっと強ェモンスターやってきてくれ」
「でしたら任せますわね。もしダメだと思ったら大きな声でわたくしを呼んでくださいませ。すぐに駆けつけますわ」
「へっ。そりゃありがてェこって」
本当に追いつめられた時だけ呼ぼうと心に決めた。意地でも呼ばねぇ……という反骨的な思いを察してもエルグリットは微笑みを浮かべるだけ。妃伽が危ないと思ったときは素直に頼るという、戦闘スタイルと口調からはあまり想像ができないくらい協力的なことはスレッド達からあらかじめ聞いている。
他にも狩人は居る。ランク上では妃伽よりも高いランクの狩人もだ。1人でここら一帯のモンスターの相手をするわけではない。だから任せても問題ないと思われる。故にエルグリットは別の場所に移動することにしたのである。
妃伽としても、自分の性格を鑑みてエルグリットがモンスターを狩猟している場面を見ていると、負けん気で変に力が入ってしまうだろう。肩の力を抜くというアドバイスを貰った以上、それを実践して自身のものにしたい。そのためには近くにエルグリットが居るのはリラックスできないのだ。
「へへっ。さーて、動く
口端を持ち上げながら肩をぐるりと回す。迫ってくるモンスターを前にして、妃伽は掛かってこいと言わんばかりに挑戦的な笑みを浮かべてかかってこいというジェスチャーを行い、激しい戦闘が再開された。
「──────すぅ……はぁ…………」
「■■■■■■■■■ッ!!!!」
「…………──────ッ……シッ!!」
妃伽は極限の集中状態に入っていた。エルグリットが妃伽の居る現場から離れて3時間。ひたすらモンスターを相手にリラックスした状態からのトップギア攻撃の練習を重ねた。結果、妃伽は集中状態に入りながら肉体は極限までリラックスさせて頭をクリアにし、モンスターの攻撃を必要最小限の動きで躱しながら、急所目掛けて勘を取り入れた最高効率の攻撃を打ち込むことができるようになった。
凄まじい成長速度。黒い死神に基礎を叩き込まれているとはいえ、教えられた技術をほんの数時間反復して使用しただけで自身のモノとした。
そしてこのとき、妃伽の人生の分水嶺だった。中央大都市メディウムの周囲は広大だ。そのため『大進行』が起きていて、多くの狩人が駆り出される。今、この瞬間に妃伽がその場に居ること。4人の特上位狩人がそばに居なかったこと。そのモンスターが偶然妃伽の方向に向かって直線で向かっていたこと。なにより、集中状態でありながらリラックスして脱力し、勘と気配察知でモンスターの攻撃に合わせられるようになっていたこと。
最後に……そのモンスターの速度に対して合わせられる反応速度と、適した武器をほかの狩人達が持っていなかったこと。これらが全て完璧に重なってしまったことにより、妃伽が対処することになっていた。
来る。そう直感した。何となく、勘のみでそう感じた。だから意識が迎撃に自動的に切り替わり、そのための体運びが始まる。回避よりも迎撃した方がいいと直感し、それに従った。結果、反射的にメリケンの爆発させるためのボタンを長押しし、全弾消費を狙っていた。
変えたばかりのアタッチメント。故に本当の片手による全火力。それを振り向きざまに放った。大きく踏み込み、腰を入れ、関節が真っ直ぐになるよう右腕を伸ばす。結果、メリケンの打面にモンスターが触れ、離れたところにいる狩人が何の音だと驚き振り返るほどの大爆発を起こした。
「っとと……さすがに反動が来るな……つか、なんだコイツ」
「■■……■■■■…………──────」
アタッチメントの8回分の爆発を一気に叩き込まれたのは亀の姿をしたモンスター。しかしその体は少し離れていても感じるほどの熱気を放っていた。その熱で周囲の空気が歪んで陽炎を生む。最大火力を顔面に受けた亀型のモンスターだが、顔の形が残っている。すごい硬さだと思いながら、妃伽は火を吹く亀型のモンスターを見たので正面には立たず、顔の横に回り込んで左手のメリケンで追撃を打ち込んだ。
再び起こる大爆発。今度は大爆発に耐えきれずモンスターの頭は砕けて絶命した。亀のようなモンスターにしては体全体から高温の熱を発していた。そしてなんと言っても、すぐさま迎撃しなければならないほどの速度で動いていた。全高は5メートル程。そんな素早い動きができるとは思えないなもかかわらずだ。
不思議なモンスターだなと思いながら、死骸を少し眺めていた妃伽は、砕いて脳髄が飛び散った傷口から、流動的な赤い物体が流れ出るのを見た。ヴェノムのようなものでもあるそれはべちゃりと地面に落ちた。しかし定まった形を持たないことからぐちぐちと音を立てながら奇妙にも動いている。
死んだモンスターから出てきて、地面に落ちても動いている。ロクなものではないことは確かなので、妃伽は距離を取るために後ろへ一歩下がった。その時に砂を踏んだのでジャリッと音を立てた。それに反応したのかヴェノム状の物体は一度動きが止まり……気づいたときには妃伽の目、鼻、口を覆い、無理やり中へ侵入しようとしてきていた。
「──────がッ!?ごぼェ……ぶッ……ンオェ゛……げェ……っ!!」
「──────ッ!?なんだありゃっ!?」
「黒い死神の弟子が襲われてんぞ!?助けろ!」
「クソっ!モンスターが邪魔で……っ!」
「待ってろ!踏ん張れっ!」
「ンぎゅッ……ごッォ……えぶッ……!!」
妃伽は嗚咽を上げながらヴェノム状の赤い物質を剥がそうとした。目、鼻、口の隙間から体内に侵入してくる物質。掴んで剥がそうとしても、流動的で掴もうとしても指の隙間から流れ出て防げない。どうしようもなく、ただ気持ち悪さを感じながら穴という穴から侵入を許してしまい……最後は腕をだらりと力なく垂らし、上を向いたまま謎の赤い物質を全て体内に入れてしまった。
妃伽は助けようと駆けつけた狩人達の視線の先で、糸が切られたマリオネット人形のようにその場で倒れたのだった。
──────────────────
巌斎妃伽
意識は集中しながら、体全体をリラックスさせて脱力することにより咄嗟の行動を可能。また、天性の戦闘に対する勘と、それに従える類まれなる身体能力、そして反応速度によりモンスターの急所を的確に攻撃できるようになった。
偶然倒したモンスターから出た赤いヴェノム状の物体が体内に入り込み、意識を失っている。
エルグリット・ディ・アクセルロッド
妃伽の戦闘の才能は決闘のときから感じており、自身よりも先に妃伽と一緒に戦っていたスレッド達から才能の塊だと聞いていたため、リラックス故の脱力をすぐにモノにしても特別驚きはなかった。むしろ、それくらいできないと狩人としてやっていけないと思っている。
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