第40話 弟子の一端
「──────死ねオラァッ!!!!テメェ等意外と数多いンだよッ!!外に出て会うの大体テメェ等じゃねーかッ!!見飽きたンだよッ!!」
「あれが黒い死神の弟子っすか……」
「何ていうか……こう、派手だな」
「らしいっちゃらしいよね。けど……」
「えぇ、見ていて分かるわ。あれは間違いなく──────強いわね」
ラプノスの頭をメリケンで殴りつけ、爆発により一撃で絶命させた妃伽のことを見て話す4人の女達。彼女達は今、エルメストを出て少しした廃れた場所にて、モンスターの狩猟を行っていた。そして、黒い死神の弟子である巌斎妃伽の腕前に、感嘆とした声を漏らした。
妃伽は虎徹に初めて龍已以外の狩人と初依頼を行ってくることを告げて店を出た。レッグポーチの中には替えのアタッチメントとメリケンをしっかり入れて意気揚々としている。難易度は下位で、下位のモンスター自体は何度も狩猟して問題ないが、龍已以外と行くのは初めてなので楽しみでもあった。
待ち合わせの時間よりも早めに狩人の集会場へ赴き、昨日行った狩人協会支部の部屋へ行った。中に入ると、受付をしてくれたヒニアが居て、狩人カードはもう届いて出来上がっていると教えてくれた。椎名の言う通り早いカードの到着に嬉しさを隠しきれず、ニヤニヤしながら受け取る手続きを行った。
名前が登録された、正規の狩人であることを証明するための狩人カードを、集会場の広場の椅子に座りながら眺めたり、どんな風に使うのか試してみたりしながら約束の時間まで暇潰しをしていた。やがて時間は進み、約束の朝9時。妃伽の元へ椎名を先頭に、3人の女達がやって来た。
「妃伽ちゃん。お待たせー」
「おう。先にカード貰ってきたぜ。椎名の言う通り届いてたわ」
「でっしょ~?あ、そうそう。私のチームの仲間を紹介するね。1番大柄で大剣使いのバーバラ・モリス。凛としているのがヘレン・パイルで槍使い。1番背が小さい子が
「そうなんか。ま、別に私はこれからも普通に椎名って呼ぶけどな。それと、私は巌斎妃伽だ。今日は頼む」
「椎名から聞いてるぜ。黒い死神の弟子ってな。リーダーと仲良くしてくれてサンキューな。紹介された通り、アタシはバーバラ・モリスだ。バーバラでいいぜ。敬語も無しだ。妃伽って呼ばせてもらうぞ」
「私はヘレン・パイルよ。好きなように呼んでもらって構わないわ。私の方こそ今日はよろしくお願いするわ、巌斎さん」
「はいはーい!わたしは澁谷夏奈っす!片手剣と盾使ってバーバラと一緒に前衛やってるっす!よろしくっす妃さん!」
バーバラというのが、身長170センチある妃伽が少し見上げるほどの大きさをした身長186センチある大柄で全体的に筋肉質な、背中に大剣を背負った女性だ。男っぽい口調ではあるが、妃伽的には取っつきやすさがある。敬語は要らないようで椎名と同じように喋ってくれと言ってくれたので遠慮はしないで普通に話すことにした。
ヘレンは黒髪が肩甲骨辺りまで伸びていて、背筋が真っ直ぐ伸びた凛とした雰囲気と美人な顔立ちをした女性で、槍を好んで使うため背中に背負っている。続いて今居る5人の中で1番背が小さいがハキハキと喋る活発系の女が
皆の手は日頃武器を握っているため、掌の皮膚が硬かった。狩人らしい手の硬さに、女だけのチームだけれどしっかりとモンスターを狩猟する日常を送っていることが分かる。もっとも、椎名が上位狩人な時点でそれなりに実力があるチームなのは分かりきっていたが。
「それで、椎名から聞いた話だと下位の狩猟に行く予定らしいけれど、依頼は決まっているのかしら」
「いやまだだ。揃ったらどれが良いか教えてもらおうと思ってよ。椎名、どれがいい?」
「そうねぇ……やっぱりラプノスとかでいいんじゃない?最初から飛ばす必要なんてないんだし、今日はあくまで一緒に狩猟すること自体が目的だもの」
「親の顔より見たかも知れねェな、アイツ。ま、椎名が言うならラプノスの狩猟にするわ。受付って依頼の紙持って行けばいいんだったよな?」
「私が横に付き添ってあげるわ。行きましょう巌斎さん」
「サンキュー、ヘレン」
「いいのよ」
掲示板から依頼書を剥がした妃伽は、ヘレンと共に受付をしに行った。受付嬢に持ってきた依頼書を渡して狩人カードも一緒に提示する。ヘレンも椎名達から預かった狩人カードを渡した。受け取った受付嬢が手続きを行い完了すると、カードを返される。依頼内容に間違いがないことを確認されて、正式に受注完了である。
依頼内容はラプノス4体の狩猟。エルメストの外の、街への通り道で見かけたらしく、通る者達を襲おうとするらしいので実際に襲われる前に狩猟して欲しいとのことだった。狩人カードを使えば依頼内容を確認出来るので使い方をヘレンに教えてもらいながら集会場を出ていった。
大通りを歩いて街の入口へ向かう。その間に妃伽は椎名のチームのバーバラや夏奈、ヘレンから質問を受ける。黒い死神を師匠に持って辛くないか、どんな修業をしているのか、話した感じはどんなのか……などだ。親交を深める為にはやはり会話からだろう。妃伽は1人1人の質問に答えて会話を成り立たせる。
時には妃伽の方からも質問する。どうやって出会ってチームを組んだのか。基本どのくらいの頻度で依頼を受けているのか。モンスターとの戦いでチームとして気をつけているのは何かなどといったことだ。そうやって話していると、街の外に出て通り道を進んでいた。そして、瓦礫の上から足音が聞こえてそちらを向くと、ラプノスが涎を垂らしながら見下ろしていたのだ。
「お手並み拝見だな。夏奈と一緒に向かってみろよ。アタシは後ろをついて行くから、危なくなったらアタシの後ろに隠れていいぞ。大剣は盾にもなるからな」
「私は椎名と一緒に居るわ。弓は1人にしておけないもの」
「ありがとうヘレン。じゃあ妃伽ちゃん、やってみて。夏奈はフォローお願いね」
「了解っす!ついて行くんで本気で走っていいっすよ妃さん!」
「ラプノス相手だからな……じゃあまァ、取り敢えずいつも通り──────死ねやゴラァッ!!!!」
「■■■■■■■■■■─────────ッ!?」
姿勢を低く取り、一気に駆け出した。黒い死神の鬼畜ランニングによって培われた体力と、ダッシュして満足する速度が出なければ尻を蹴り上げられるので必死に走ったことでついた瞬発力により、一緒に行く筈だった夏奈を置き去りにして瓦礫の山を一瞬で駆け上がり、驚いて怯んだラプノスの顔面に1回分の爆発の左ストレートを打ち込んだ。
筋力が前より強化されたので黒爆粉の混合比を弄ってもらい、1回分の爆発力は上がっている。今では一撃でラプノス程度の頭なら吹き飛ばせるだけの威力を実現させた。身軽で、相手の攻撃を避けるのが得意であり、足の速さにも自信があった夏奈は、置いてけぼりにされてしまったことに驚いている。慌てて追いついた時には既に、妃伽はラプノスの2体目の頭を吹き飛ばしていた。
集団で行動する習性があるラプノスは1体居れば他にも数体居ると思えと言われるくらい複数で動く。2体斃したところで他にも居ないか周囲を見渡していると、物陰からラプノスが現れて妃伽の背後より飛び掛かった。
反応した夏奈が左腕についた盾で防御しようとしたが、それより早く妃伽は動き、ラプノスの攻撃に使われた脚を掴むと背負い投げの要領で地面に叩きつけた。
ばきりと嫌な音が鳴り、ラプノスが苦しげに肺を損傷した時の独特な呼吸音をさせた。内臓にいくらかのダメージを与えて動きが遅くなった隙に、妃伽は3発目となる左拳を、右手で押さえ込んだ頭に向かって振り下ろして砂塵を巻き上げながら絶命させた。
同じく物陰に隠れていた最後のラプノスは、仲間が3体もやられてしまったことに怖じ気づいてしまい後退した。その時に太めの枝を踏んでばきりと折る。それなりに大きな体をしているラプノスの重みだからこそ折れた枝で、その音は大きかった。砂塵の中で何かが動いた気がする。
いや、それよりも今は逃げるべきだと判断して背を向けて走り出そうとした最後のラプノスへ向けて、妃伽は砂塵を振り払ってから瓦礫の中にあった棒状の鉄を地面と平行になるように宙へ放り、ちょうど良い高さになったところで端の部分を右のメリケンで殴打した。
爆発が起こり、鉄の棒が一部焦げながら勢い良く射出される。鋭く尖った先端がラプノスの腹部を突き刺さったと思えば易々と貫通し、向こうの瓦礫の山に半ばまで深々と突き刺さった。
「おォっし4体終わりィッ!逃がさねェよバーカ!」
「妃さん脚速い……ッ!」
「あのメリケンすげぇ威力だな」
「鉄の棒が弾丸になった。妃伽ちゃん、そんなのいつ思いついたの?」
「あ?今だよ。脚に引っかかって邪魔だったからさァ、引っこ抜くついでにぶち込んでやろうと思って。いやー、上手くいったわ」
「そ、そう……」
思いつきで行動して、完璧に決めたらしい。何でもないように言っているが、実際やるとかなり難しいだろう。爆発を使って真っ直ぐ、ラプノスに向けて放たないといけないのだから。
師匠ならぶん投げた方が速いだろうなァ……と、ぼやいている妃伽に、いや黒い死神と比べたらダメだろと思いながら、十分すごい事していると心の中でツッコんだ。
依頼内容であるラプノスの目標狩猟数は到達した。後は回収してもらうだけ。下位になったばかりの狩人ならば、仲間と連携しながら安全を取りつつ時間を掛けて狩猟する筈のラプノス。狩猟難易度は下位に設定されているからと言っても、決して弱いわけではない。気を抜けば上位狩人だって足元を掬われる相手だ。それがいとも容易く狩られてしまった。
連携も何もなかったなーと思いながら、帰りの準備しようかと言おうとした椎名だが、何かを感じ取って黙り込み周囲に気を配る。彼女の雰囲気に気がついてヘレンがより近くに寄って警戒し、妃伽のところにバーバラと夏奈が集まった。何だ?と思いながら同じように周囲を警戒すると、変な音が聞こえてきた。虫が飛んでいる時に聞こえる音……羽音である。
「──────『ガノック』ね」
「おー、よく羽の音で分かったな」
「ガノック知ってんだな妃伽」
「情報では知ってっけど、実際に見たことはねーんだよな。運が良いのか悪いのか遭遇しなくてよ」
「速くてすばしっこいから気をつけてね巌斎さん」
「おう!──────っと!あぶね」
上空から何かが飛来してきたのを、妃伽は顔を横に背けることで回避した。顔の横数センチを通り過ぎた物体を傍に居たバーバラが掴み取った。良い反射神経で、妃伽はやるなという意味を込めて口笛を吹く。
ニヤリと笑ったバーバラは手の中で藻掻いている体長20センチ程の緑色の虫を見下ろした。頭にあたる部分は前方に向かって突出していて先端は鋭い。
素早い動きで飛行し、尖った頭を使って刺突攻撃をしてくる。この虫はかなりの数で集団で行動するため、出会った時は注意が必要だ。ちなみに下位のモンスターである。龍已が描いた絵があったので形は知っているが、実際に見るのは初めてなので頭の部分などを突いて観察する妃伽に、夏奈はクスクス笑った。
「おーおー。すんげー居るじゃねぇか。4、50体ってとこか?」
「バーバラ大丈夫?穴だらけにならない?」
「ならねぇよ。アタシの鎧はガノックの刺突でも貫通しねぇ頑丈さだ!金かけてっからな!」
「椎名、対虫用の爆煙出す矢って持ってきた?」
「大丈夫。念のため持ってきてるから。集まったところに撃ちたいから少し守ってもらってもいい?」
「良いわよ。任せてちょうだい」
「ありがと。妃伽ちゃーん!危ないと思ったらバーバラの後ろに隠れてね!」
「おー。ということで、危ねー時は頼むわ」
「へっ、任せな」
バーバラは手の中に居たガノックを地面に叩きつけて踏み潰した。体液がぶちまけられて絶命する。鎧の足部分に体液が付着しているのを気にした様子も無く、彼女は大剣を構えた。妃伽は念のためにレッグポーチからアタッチメントを1つ取り出して口に咥える。夏奈は盾を前面に出して、防御優先の姿勢に入った。
ヘレンは椎名を守るように前へ出て槍を構える。椎名は矢筒の中から先端が何らかの機構が施されている鏃に変えて番え、集まって空に浮かんでいるガノックに向けた。数は4、50体で、一カ所に集合していると黒緑の塊に見えてくる。さて、何体狩れるかなと腕をぐるりと回す妃伽は、視界の端に何か別のものを捉えた。
緑色の体色をしたガノック。どれもが個体差があれど緑色をしている中で、何故か緑色に赤の線が入ったガノックが1体寂しく集団に混ざらず、少し離れたところを飛んでいた。
──────────────────
ガノック
昆虫系モンスター。狩猟難易度は下位。
体長20センチ程の緑色の虫。頭にあたる部分は前方に向かって突出していて先端は鋭い。蛍のように体の末端の部分が光を発して光り、8本の脚を動かしている。羽があり外殻で覆う形で飛ばないときは隠している。
素早い動きで飛行し、尖った頭を使って刺突攻撃をしてくる。この虫もかなりの数で集団で行動するため、出会った時は注意が必要。体の末端が光るのは、仲間と信号のやりとりをするためとされている。
バーバラ・モリス
大柄で高身長の女性。男らしい口調で、そこらの男よりも筋肉質。顔を除いた全身に鎧を着ている。使う武器は大剣であり、無骨なものを好んで使用する。夏奈と共に前衛で戦う。
片手剣と腕に装着するタイプの盾を使う。運動神経が良く、盾を装着しているものの攻撃を避けるのが得意。溌剌の女で身長は1番小さい。新人だった頃に黒い死神に危ないところを助けられたという過去があり、実は妃伽と会うときに黒い死神居ないかなぁとちょっと期待していた。ただし、話したことはない。
ヘレン・パイル
椎名チームの中で1番美人で凛とした女性。常に姿勢が良く、槍を好んで使う。前衛も熟せるが、弓を使う椎名を1人にしないためにバーバラ達よりも後方に構えていることが多い。ただ、武器の扱いに関しては椎名の次に上手い。
椎名
チームのリーダーを務めている。女性のみのチームにしたのは、男を入れた場合チーム内で恋愛に発展してギスギスしたりする可能性があることを懸念したため。なのでこれからも男をチームに入れるつもりはない。
名字は奏。どちらも名前っぽいので、最初から椎名と名乗るようにしている。
巌斎妃伽
ラプノスはかなり狩猟したという自負がある。親の顔よりラプノスとは本人の談。慢心するつもりはないが、ラプノス程度狩猟しても自身の実力をちゃんと計ってもらえるのかと不満を抱いている。瞬殺してしまうため。
ガノックは初めて見る。龍已が描いたモンスター図鑑で姿形は知っていたし特徴も把握していたが、今まで遭遇したことがなかった。今回は運が良いと思っているが、赤色の線が入った奴が別に居るって図鑑に書いてあったか?と首を捻っている。
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