第41話 特殊な個体
昆虫系モンスターのガノックが4、50体集まり妃伽達を獲物と認識したようだ。背中を向ければ、速度ある刺突の突進が繰り出されるので下手に背後を取らせてはダメだ。まあ、速度と頭の尖端にさえ気をつければ勝てないモンスターでもないので、妃伽達は相手をすることにした。
椎名は爆発した後、発生する爆煙に殺虫効果がある矢を弓に番えて狙いを定め、ヘレンはそんな彼女を守る態勢に入っている。妃伽とバーバラ、夏奈は前に出て襲い掛かってくるガノックを各々の武器で相手にしていた。バーバラは大剣で振りが他と違って遅いのでタイミングをあわせる必要があり、今は大剣の腹の部分を使って盾代わりにしていた。
夏奈は左腕前腕部に装着した小さめの盾でガノックの刺突突進を受け止め、上から片手剣を振り下ろして斬り裂く。妃伽は腕のリーチが攻撃の範囲内なので突進を紙一重で避け、すれ違う前に拳を打ち込み爆破する。回数はそれなりに多く、妃伽は左のメリケンの火薬が尽きたのをアタッチメントが勝手に外れた事で把握し、口に咥えていた替えのアタッチメントをそのまま装着させながら、右の殴打でまたガノックを吹き飛ばした。
「数はちと多いけど、まあこの調子で潰してりゃすぐ終わるわ」
「妃さん避けるの上手いっすねぇ。格闘戦なら相当イケるっすよ」
「伊達に黒い死神に鍛えられてねーんだよ。ッラァッ!吹き飛べッ!」
「アタシの大剣じゃ相性悪いからな、壁役になるから疲れたらアタシの背後に来な!」
「っと……じゃあちと休憩」
「ははッ!いいぜ、守ってやるよ」
メリケンを1度外して手を握り込み、開いてを繰り返して動作の確認をしている妃伽はバーバラの背後に居る。ガノックは彼女を狙って突進してくるが、盾に使われている大剣に弾かれる。落ちたところをすかさず夏奈がトドメを刺す。妃伽はメリケンの左右のアタッチメントの残弾数を数えると、バーバラの背後から出ようとした。
その時、集団から外れている、緑の体色に朱いラインの入ったガノックが目に入る。この個体だけは攻撃に出ようとせず、ただ飛んでいるだけ。まるで戦場を見ているようだ。訝しげに首を傾げる妃伽に、背後から椎名が声を掛ける。狙いが定まったので矢を撃ち込むための合図だった。
「吸いすぎると体に毒だから風下は避けてね!」
「頼むっすよ椎名さん!」
「任せて!」
椎名の弓はモンスターから造られた、鎧や甲殻などといった部位を加工して造られたものではなく、人の手によって金属を加工して造られたものだ。左手で持ち右手で矢を番えて引く。狙いを定めて、必中を心掛ける。何故金属製にしたのか、それは使う矢に仕掛けがあるからだ。
番われた矢がガノックの集まった箇所に放たれる。普通の鏃よりも大きく、円柱状になっているそれは弦が固いこともあってガノックの刺突突進より速く飛んでいった。そして、矢が目標に到達する寸前で椎名が弓に取りつけられているボタンを左手で押した。途端、矢は何も触れていないのに独りでに爆発した。
朦々とした白煙を発生させてガノックの集団を呑み込んだ。妃伽達が居る場所はちょうど風上だったので煙が届くことはなかった。なので眺める暇があり、妃伽はその煙の効力を知る。殺虫効果がある白い煙はガノックに効果覿面で、体の末端にある発光する部分を点滅させて奇声を上げながら苦しみ落ちていく。
1度に20数匹は巻き込んで落としただろう。それだけで斃すことはできずとも、地面に落ちてからは悶えて満足に飛び上がることすらできていない。煙が風に流れて行ったのを見計らい、夏奈とバーバラは自身の武器を使って隙だらけとなった弱りきったガノック達にトドメを刺した。
全体的にガノックが半数以下になった。目に見えて減り、あと数分も戦えば全滅させることが可能だろう。妃伽は回数制限がある大事な武器なのだから、落ちた奴等にトドメは刺さなくて良いとバーバラに言われたので武器を構えながらその場に待機している。仲間が居ると数の多いモンスターとの戦闘も楽だなと実感する。
あと数匹で落ちたガノックの処理が完了するという時に、妃伽はやはり気になった赤のラインが入ったガノックを見た。1体だけ集団から離れて戦場を眺めている個体。攻撃にも入らないそいつは謂わば不気味だった。上空数メートルの位置を飛んでいるので、妃伽は振り返って椎名に撃ち落としてもらえるように頼んだ。
「椎名!あの赤い線が入ったヤツ落としてくれ!さっきから居て気になってンだ!」
「はいはーい。任せて──────ねっ!」
大多数を斃したので、椎名も普通に弓矢で射ることにした。矢筒から1本普通のものを取り出して番え、妃伽に言われた赤いラインが入ったガノックを狙う。これまでにも飛んでいる個体を狙い撃ち落としたことは何度もある。上位狩人は伊達ではなく、戦闘経験も豊富なのだ。長年弓を使ってきたので、軌道的にも確実に当たると確信している。
番えた矢から手を離し、赤のラインが入ったガノックに向かっていく1本の矢。速度は申し分なく、当たると察せられる軌道に入っている。撃ち手の椎名ですら当たると予感した。しかし、その矢はいとも容易く避けられた。
真横への平行移動。必要最低限の移動のみで、飛来する矢を避けた。赤線のガノックはさも当然のように避けて、変わらず戦場を眺めている。椎名はまぐれかと思いもう一度弓に矢を番え、よく狙ってから射る。だが、矢はやはり避けられた。2度目なので注意深く見ることができたので気づく。赤線のガノックは、動きが他と比べて速い。
赤線の入ったガノックが回避行動をする瞬間を見ていた椎名。ヘレン。妃伽は嫌な予感を正確に感じ取った。前者2人は蓄積された狩人としての経験からで、後者は直感だった。あの個体はただハブられていると思い込んでいた妃伽はすぐに意識を引き締めた。そして、落ちたガノックの処理をしているバーバラと夏奈へ報せるために口を開いた。
「──────ッ!おいッ!バーバラッ!夏奈ッ!なんかヤバそうなのが1体──────」
「──────ッ!!……かッ!?」
「……ッ!!夏奈ッ!!」
「夏奈ッ!!」
今まで動かなかった赤線のガノックが、初めて自分から動き出した。矢を避ける際の動きから、この個体だけ速度が他とは違うことなど、なんとなく察しはついていたものの実際に見ると明らかに違っていた。
ガノックは刺突突進が主な攻撃方法なため、突進する際の速度は速い。しかしこの赤い線が入った個体の動きは、飛んだ場所に緑の軌跡と赤の軌跡を描くだけの速度を出していた。体色の緑と、ラインとして入っている赤が線を残している。相当な速度だ。動体視力が良くても体は殆ど捉えられていない。
そして、飛ぶときの機動もおかしかった。真っ直ぐ進んで突っ込んでくるだけならいざ知らず、軌跡を描きながら5人の周囲を不規則に飛んでいる。まるで誰から狙おうか吟味しているようだった。凄まじい速度なだけに一瞬報せるための声が固まって出てこなかった。その数瞬の間に、ガノックは夏奈を狙い刺突突進した。
妃伽の大声に気がついて変わり身早く周囲を警戒した夏奈は、自身としても奇跡としか言えないタイミングと場所に左腕に付いた盾を構え、ガノックの突進を受けた。しかし速度が速度なだけに突進の威力は凄まじく、受けた盾は粉々に砕け、夏奈の小さな体を後方数メートルに渡って吹き飛ばした。
「大丈夫っ!?夏奈っ!!」
「ぅ……あ……う、腕が……っ」
「クソ……ッ!折れてやがる……ッ!」
「夏奈はバーバラの近くへ!妃伽ちゃんも!」
「椎名、あのガノックは一体なに?あんな速度で飛ぶ個体なんて見たこともないわ」
「私もない。初めて見た。私の矢は簡単に避けられたし、普通に狙うのは悪手ね。殺虫の爆煙を使うわ。ヘレン、ちょっとお願い」
「えぇ。分かったわ」
数十体のガノックを1度に落とした殺虫効果のある爆煙を出せる矢を番えて弦を引き構える。赤線のガノックは夏奈を襲ってからまた動かなくなりこちらを眺めているだけ。早くしないとまた襲ってくるかも知れないという考えがあるものの、冷静になって狙いを定める。これは当てなくていい。近くに放てば爆発して煙が勝手に風に流れてガノックを包む。
この殺虫効果のある爆煙では斃しきれない。モンスターの生命力が高いからだ。しかしあの速度の動きを封じることさえできれば、あとは武器でトドメを刺すだけだ。体の大きさや、赤い線が入っていること以外に外見で他のガノックと違いは見られない。特別硬いということもないだろう。
直接当てなくていい点と、範囲が広い点から有効打の期待は大きい。椎名は大きく息を吐いてから矢を離してガノックに向けて射る。狙いは完璧だった。避けられる可能性を消すために、1本目よりも遠めで遠隔で爆発させて白煙を生み出す。風に流れてガノックの方へ流れていくのでそのまま当たれば勝ったようなもの。そう、当たればだ。
赤い線の入ったガノックの、体の末端部分が光を放ち点滅する。すると残っていた他のガノックが3体赤い線の個体の前に躍り出て白煙を受けた。すると殺虫効果で苦しみ、奇声を上げながら地面へ落ちていく。それを見たからか、赤い線の入ったガノックはその場から軌跡を残して飛び去り、白煙の範囲から脱してしまった。
仲間を盾に使うような行為と、放っていた光から赤い線の入ったガノックは、他のものよりも偉い立場にあるようだ。妃伽はハブられて1体寂しく飛んでいるものと思い込んでいたが、その実大群のリーダーでありながら戦場をしっかりと観察し、あまつさえ学習していることに驚いた。
何故こんなに他と違う個体が居るのかと思ったが、師匠である龍已から教えられたことを思い出した。
『モンスターは生物だ。捕食し、排出し、群れを成し、生きている。人間や動物とは違う独自の進化を行い、その数は人間を追い込みつつあるほどになっている。そして、生物である以上は個体差というものが生まれてくる』
『強い奴も居れば、弱い奴が居るってことか?』
『その通りだ。同じ種類のモンスターでも、AとBでは性格や身体能力、好みに大きさと違う部分がある。人間と同じだ。だが、忘れてはならないのは、人間にあることはモンスターにもあるということだ。例えば、両親がごく普通の者達だとしても、その子供が優れた頭脳を持っていたり、特出した身体能力を持つこともある。謂わば特殊個体だ。モンスターにもそういった個体が生まれる事がある。』
『そういうのって、やっぱ強ぇのか?』
『弱く生まれてくることも当然あるが、強い個体は他と比べても特別強い。それが特殊個体だ。意表を突かれて殺された狩人は数多い。特殊個体は大抵狩人との戦いで生き残りやすく、学習してより強くなる。戦い、生き残ったモンスターは以前よりも強くなる傾向にあるが、特殊個体は元の強さも加味して更に強くなる。遭った場合は要心しろ。俺でも特殊個体は特別注意している』
「オイオイ……強ェ方の特殊個体じゃねーかよ……ッ!」
「マズいな。不甲斐ねぇがアタシじゃヤツの動きに合わせて攻撃すんのは絶望的だ」
「矢は避けられるし、殺虫の爆煙はもう学習されて効かない。適当に撃って矢を無駄づかいはできない……」
「私の槍なら可能性があるかも知れないけれど、正確に当てられるか自信がないわ」
「夏奈は腕が折れて激しい動きはできないものね」
「め、面目ないっす……痛っ……」
「無理に動こうとすんなよ。腕折れてンだから。……さて、どうすっか」
初めて遭遇した特殊個体。通常のガノックよりも学習能力が高く、動きは目に見えて速く、捉えるのが困難。武器で狙おうにも矢は簡単に避けられ、接近戦を持ち込んだ場合は一か八かの賭けの要素が大きい。身軽な夏奈は突進で盾を壊され、左腕が折れている。激しい動きもできない状態だ。
バーバラならば一撃で狩猟できる力があるが、獲物が大剣のため鈍重な動きで特殊個体の速度に合わせるのは難しい。ヘレンの槍を持たせて振りの速度を上げたとしても、大剣と槍の重さの差異でしっかりと振れるかどうか怪しい。たかだか1体に苦戦を強いられている状況で、妃伽は自身にできることを考える。
頭は良い方ではなく、勉強もしてこなかったので学が無いことを自覚している。なのでシンプルに考える。特殊個体のガノックの素早い動きを捉えるには、どうしたらいいか。無理に一撃で仕留めようとは考えないで、有効打になる攻撃をどう当てるかだけ考える。
初めて遭遇しする特殊個体。周りには仲間の狩人。強いモンスターに、空を飛ぶ性質から相性の悪い自身の武器。経験がある上位狩人の椎名達でさえ、考え倦ねている様子。どう対処すれば良いのか。どんなことができるか。そう考えた時に、妃伽に1つだけ思い浮かんだ事がある。
学が無くても地頭は悪くなく、突発的な
「はは……ッ!来いよ虫ケラ。私と勝負だッ!命を賭けた……なァッ!!」
ガノックの特殊個体と対峙するのは拳を構えた妃伽。額には小さくない汗を掻いている彼女は、軌跡を描いて突進するガノックがいつ動き出すのか、ごくりと喉を慣らしながら待ったのだった。
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赤いラインの入ったガノック
特殊個体。自分より弱いガノックに命令することができる。指令塔的な立場にあり、最初に動かなかったのは狩人の動きや攻撃方々を見極めるため。
これまでに7人程の狩人を殺している。戦いで生き残り、学習能力で戦い方を学んでしまい強くなった。他のガノックと比べて一線を画す速度で飛行する。
澁谷夏奈
奇跡的にガノックの突進を盾で受けることが出来たものの、盾は粉々に破壊されて左腕が折れてしまっている。激しい動きが出来なくなってしまったため、前衛から外れている。
巌斎妃伽
思いつきや閃きの類には目を見張るとのがあると、黒い死神の龍已からお墨付き。学があまりないだけで地頭は悪くない。今回思いついたのは偶然のものだが、それでも上位狩人の椎名達に採用される案だった。
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