第33話  暗闇の中から






『いつの間にか仲間が死んでた』


『意味が分からない』


『何に襲われたのか見当がつかない』


『何があったのか説明できない』


『迫り来る恐ろしい何か』




 生き残った者達は口々にそう説明した。いや、説明しようとした。実際は何の説明にもなっていない。だが、彼等にとってはそれが事実であり全てだった。いつものように契約通りの仕事をするため山の中へ入った。懐中電灯などといった機材のみの明かりを頼りに仕事をしなければならないという特殊な内容が含まれていたりしたが、給料は良いので文句は無かった。


 これまでも上手くいっていた。守秘義務が発生する、モンスターの死骸から黒爆粉と呼ばれる爆薬の原料を採取して運ぶ。肉体労働だけにキツいものがあれど、休憩時間などはしっかりしていて他の仕事より良い印象がある。しかし今回ばかりは酷すぎた。


 何があったかと問われれば、いつの間にか襲われて仲間達が死んでいた。これに尽きる。何せ仲間の悲鳴が聞こえてきたかと思えば、仲間だった肉塊は2つに両断されて転がっていたのだ。頭が吹き飛ばされたり、足を断たれて倒れたところを潰された。腹を裂かれて内臓がまろび出る。様々な死に方で1人、また1人と命が散る。


 犯人が何か特定しようとはした。逃げながら明かりを向けて、その姿を目に焼き付けようとしたのだ。だが何も居ない。何もそこには居ないのに、明かりが無い場所でまた誰かが死ぬ。今度はそっちに明かりを向けても、映るのは死体で犯人は見当たらない。それを繰り返していくだけ。


 恐ろしくなり、男は懐中電灯を手から落としながら逃げた。真っ暗で何も目に映らないところを走って、壁に顔から激突して鼻血を出しても、手探りで別の場所への未知を探して、見つけたら走って、息を潜めてただ縮こまっていた。仲間は何人逃げられただろう。何人死んだだろう。何も分からない見えない状態で、男はただジッとその場に居た。




「──────チッ!爆発はしたのに何も見えねェッ!」


「あ、あんた……狩人か……ッ!?」


「あぁっ!?狩人……まあ狩人だよ!」


「た、助けてくれ!何が居るのか全く判らないんだ!何処にも居ないようでそこに居るっ!そいつの所為で俺達は……っ!」


「分かってンだよ……っ!何処に居るのか判らねェことくらい……っ!だから集中してんだ喋り掛けんな黙ってろっ!」




 震えて縮こまる男を背に、妃伽は左手で懐中電灯を持って前方を扇状に何度も動かして照らしながら、煙を上げる右手のメリケンを構える。爆発がした。振り向き様に突き出した拳に何かが触れた。打面に衝撃が入った事で起爆したのだから、何かには触れている筈なのだ。しかし妃伽はその姿を目にしていない。


 視界が悪すぎる。懐中電灯だけが頼りの綱なだけに、見えなかったの一言で済ませられる状態だが、それはほぼ無いと確信している。龍已に任されて、戦う意志を決め、相手がデータに無いモンスターであること前提として動いている以上、現在警戒態勢を取っており、集中状態にある。見逃したなんて初歩的なミスを犯す筈がない。そんな生温いことをするような柔な修業はしていない。


 チッ……と、舌打ちをしながら考える。何に触れたのか。モンスターなのは間違いない。人ならば当たるほどの距離に居て次の瞬間には姿を隠すなど、マジック染みたことはできないだろうから。なので考えられるのは、恐ろしいほど脚が速いのか、隠れるのが上手いかの2つ。妃伽はそのどちらかだと範囲を絞った。


 左腕の肘に向かって生温かいものが落ちていく。それは血だ。妃伽が拳を突き出して、何かに掠って爆発を起こすと同時に、相手からの攻撃を左腕の肩付近に受けてしまった。恐らく切り傷だろう。そこから血が流れて肘の方に来ている。幸いなことに傷は浅い。大した血の量ではない。が、負傷は負傷だ。もし毒を持っている相手ならばこれで詰みだ。


 毒に犯されているかも知れない。その事を頭の片隅に入れておいて、早く片づけないとこちらが不利になることを悟る。恐らく、相手のモンスターは暗闇での戦いに慣れているか、それが土俵の生き方をしている。でなければ態々こんなところには来ない。動きは速く、姿を捉えられない何かがある。大きさは最高でも全高3メートル程度。穴の道の高さが大凡3メートル程度のことを考慮してだ。


 攻撃は刃物のようなものを使っている。切られて血を出している腕が証拠だ。毒は今のところ無いと考えていい。遅効性ならば話が別だが、毒の症状が出ていないので違うと考える。解っていることを頭の中で並べて状況を把握。龍已に教えられた狩人の心得。情報は歴とした武器になる。




「つっても、何処に居ンのか全く判らねェ。師匠みたいな音波がどうのなヤツできたらな……そうだ、音……ッ!」




 音波を使い物の位置を探る反響定位エコーロケーション。妃伽にはそんな芸当できない。それを自覚しているので無いもの強請りをしたが、そこからヒントを得た。見えないことに固執していて、それ以外の方法を考えていなかった。かなり危ない橋を渡ることになるが、やらないで負けてもどうせ死ぬだけだ。ならばできることをやってみても罰は当たらないだろう。


 思いついたからやってみよう。その思い切りの良さと、切り替えの早さを龍已は認めている。色々と考えるよりも直感に従って動くタイプの妃伽には合った方法。妃伽はブラフとして懐中電灯で周りを照らして起きながら、目を閉じる。自身の呼吸を浅くして音を立てないようにして精神をより集中させる。


 音だけで緻密な地図を作り出せる龍已とは違って、妃伽の頭の中には暗闇が広がり、その中で発せられる音が光となって現れる。自身の浅い息づかい。背後の男の呼吸、震える手脚、擦れる服。聞こえる全てに意識を割いて、自身に向かってくる音を拾い上げようとしている。


 時間にして僅か5秒。妃伽はその場で動かず音を聞くことに徹した。そして、頭の中で想像される音が光となり、自身の方に向かってきた。高速で移動することで聞こえてきた風切り音。間違いなく自身の方へ向かってきている。距離とタイミングを計り、妃伽はメリケンのスイッチを3度押して振りかぶり、勢い良く突き出した。


 爆発は起こった。最初の爆発よりも高い爆発力と余波、熱を感じさせる爆発を引き起こした。爆発が起こったということは、それ即ち相手に殴打が当たった事を意味する。しかし、妃伽の右脇腹からブシュッ……と血が噴き出た。




「ッてェな。痛み分けかァ……?この野郎、爆発受けながら私に攻撃してきやがって……だけどまァ──────お前の方が重傷だろ」




「■■■■■■■■■……………ッ!!!!」




「やっと姿見せたな、恥ずかしがり屋のチキン野郎が」




 カチカチ。カチカチと音が鳴る。威嚇音だ。姿を現したモンスターが昆虫のような顎を鳴らしている。体はカメムシのような形をしており、脚が2本で腕も2本の計4本が生えている。腕には手は無く、歪曲した鎌状のものが前後に2枚並んでいる。脚は自身の体重を支えるためか大腿部にあたる部分がバッタの脚のように発達している。


 頭はカマキリのような形状をしているが、眼球部分が小さく退化しているように感じる。体全体がニジイロクワガタのような不可思議な色をしている。これが、龍已でも知らないと言わしめたモンスターの姿だった。そして、そんなモンスターの右腕にあたる鎌状の腕は千切れて地面に落ちている。妃伽の攻撃を受けた箇所のようだ。


 失った腕の断面からは、紫色の血を地面に垂れ流している。全身の不可思議な色から他の色と溶け込むような透明色になったりを繰り返している。姿が見えなかったのはこれかと納得した。どういう原理かは知らないが、色を他と同化できるようだ。謂わば擬態の一種。これ程の暗闇ならば見つけられない筈だ。


 そこに加えてバッタの脚のように発達した脚から考えるに、動きも速いと見て良い。考えていた2つの内のどちらも持っていたことに、妃伽は欲深いヤツだなと吐き捨てた。

 彼女は左手の懐中電灯はそのままに、右手で脇腹を押さえる。温かい血が流れ出ている。少し深い。


 手当をしないと少しマズいかも知れないと、自分の体のことだけに察した。鎌状の腕で切られた事で、逆に傷が深くなって血が流れ出ている。まだ戦闘は続いている以上、戦いが終わるまで傷が塞がることはない。ならば血は流れ出たまま。そうなると一刻も早く決着をつけないと出血多量で意識が朦朧となり、隙を見せることになる。


 こんな場所で隙を晒すなんて自殺行為も良いところだ。絶対に阻止しなければならない。つまり、次の一手で決めなければ、妃伽が不利になる。大きく息を吸って、吐き出す。深呼吸をして、次に備える。右手のメリケンの親指付近にあるボタンを1秒以上長押しして残る全弾を装填する。カチッと音が鳴ったのを確認して、腰を落とした。




「行くぜモンスターッ!最後の勝負といこうぜッ!!」


「■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」




 腕を吹き飛ばされたことに怒っているモンスターは、威嚇音であった顎を鳴らす行為をやめて体の色を透明色にした。血は既に止まっているので一瞬何処に居るのか判らない。そこで妃伽は脚を振り上げて地面を蹴り上げた。拳大程の石が宙に浮かぶ。その石に向かって全力で右手の殴打を繰り出した。


 ぱきりと石が砕け、殴打の衝撃で内蔵された爆薬の残り4発分が起爆した。爆煙と爆音が発生する。大爆発で広場の空気が揺れる。暗闇の中で爆煙までも発生した所為で懐中電灯の灯りが煙を照らす。モンスターはその灯りを目印に妃伽の元へ向かう。激しく動いた灯りは距離を取った証。その灯りが止まった瞬間を狙って、残る左腕の鎌を薙ぎ払った。


 確実に当たった。これまでの人間と同じように真っ二つだ。だがそれにしては感触が硬すぎる。まるで岩壁を切り裂いたかのような……。モンスターは即座に人間に攻撃したのではないと察する。鎌で攻撃したのは本物の岩壁だった。懐中電灯は壁の隙間に入れられて前方を照らしていただけに過ぎない。


 激しく動いていたのは壁の傍へ移動するため。止まったのは懐中電灯を壁にセットしたからだ。誘い込まれた。灯りを頼りに近づいたのが仇となった。退化した眼では姿が輪郭を捉えるだけだ。光となれば別。明るい方に行けば良いだけの話。これまで、そうやって人間を殺してきた。


 あとは音によって判断している。そんなモンスターの背後から、地面を踏み締める音が聞こえた。咄嗟に振り返り、左腕の鎌を振り上げる。しかしそれが振り下ろされる前に、モンスターの胸部分に殴打の衝撃が来た。




「隙見せたお前の負けだッ!くたばれェッ!!」


「────────────ッ!!!!!」




 未だ1発分も使っていない左のメリケン。勘で3発分の爆発を起こした。またもや広場が震えるほどの爆発が起こり、爆発の威力は直接叩き込まれたモンスターに流れた。胸の位置に打ち込まれたことで、背中へと爆発が突き抜けて貫通した。胸に大きな風穴を作り、紫色の体液を溢しながら倒れる。起き上がる様子は見られない。


 妃伽は近づくことなく、拳を構えたまま5分程その場で待機してモンスターを眺めた。死んだと思っても油断するな。モンスターは悪足掻きで易々と人を殺す。時には死を偽装して襲ってくる奴も居る。そう教えられたためだ。


 足元の小石を拾い、モンスターに投げつける。胴体、腕、頭に石を投げつけても、ピクリとも動かない。完全に死んだことを確信して、妃伽はどさりと座り込んだ。緊張で溜まっていた息を全部吐き出して溜め息を溢す。あ゙ー……と暗くて見えない天井を見上げた。モンスターの狩猟完了である。




「おーい、無事かー?」


「た、助かりましたっ!ありがとうございます狩人様っ!」


「本当は狩人じゃねェけど……そいつァ良かった。さっさと此処から移動すんぞ。死体とは言えモンスターの近くじゃ休めねェ」


「はい……っ!」


「あー、ちなみになんだが、アンタ自力で帰れるか?もう他にはモンスター居ねェんだけど、道分かんねーってなら連れてく」


「いえ!道ならば何度も通っているので分かります……っ!ただ、灯りが無いと……」


「それならこれ使えよ。アンタの仲間からちょっと借りたヤツだけどな」


「ありがとう……ございますっ!」




 モンスターによってバラバラ殺人のようにされた生存者である男の仲間達の死体。その中から1つだけ懐中電灯を借りていた妃伽は、それを男に渡した。もしかしたらに備えて借りた物が役に立った。男はその仲間達がほぼ全員死んでしまっていることを思い出して、涙ながら受け取った。


 その後、男はよろよろとした足取りながら妃伽が居る広場から出ていき、先に地上を目指して脱出した。生存者の確保と、モンスターの狩猟をやり遂げた妃伽はその場で一息ついてから立ち上がり、少し深い脇腹の傷を押さえながら歩き出す。入ってきた時の穴を通って龍已と別れた広場に戻り、右隣の穴へと入って先へ進む。


 戦闘音はしない。自身が終わったのに最強の狩人である龍已が終わらせてない筈もないかと苦笑いしながら歩く。傷口は塞がりつつあるが、じくじくとした痛みがあるので押さえる手は外せない。溜め息を溢すが、これは負傷したことに何て言われるか分からないからだ。未熟と言われればその通りだが、修業の量を増やされたら塞がりつつある傷が開きそうだ。




「おー痛てて……師匠ー!何処に居んだー!」




「──────こっちだ」




「おっ、居た!私の方は終わったぜ。生存者には落ちてた懐中電灯やって先に帰らせた」


「そうか。ご苦労」




 数分一本道を歩いているとまた広場に出た。妃伽は自身が同じ懐中電灯の光を使って明るさを確保している龍已を見つけて近寄る。見た感じ傷は無い。まあ当然かと思いながら、彼が傍に居ることにホッとする。それと状況を伝えた。新種らしきモンスターの狩猟は完全に完了し、生存者を先に逃がしたことを。


 違うモンスターが居る可能性も捨てきれないので、できれば生存者は連れてきて欲しかったが、モンスターとの戦いを終えてしっかりと帰ってきた今の妃伽に言うのは酷だろう。後でその事を教えてやれば良いだけの話だ。龍已は光で照らして妃伽の傷の具合を確認すると、命に別状は無いと判断した。


 正面に立った龍已は、妃伽の頭の上に手をやった。褒めてあげる時はこうした方が喜ばれるし、巌斎さんには効果的だよと教えられた虎徹仕込みの褒め方。金髪の頭をゆっくりと撫でると、妃伽はポカンとしたまま龍已を見上げた。




「良くやった。新種のモンスター、暗闇、狭い空間、初めての場所、生存者の確保。これだけの不利な状況でその程度の傷で済まし、尚且つモンスターを狩猟して生存者も生きて帰らせたたお前の今回の働きは目を見張るものがある。お前に任せて良かった」


「……っ。は、はー?べ、別にフツーだろこんなん!私にできることしたまでだ!そこまで褒められることでもねーし!?今回私は狩人として……つか、頭撫でんな!」


「帰ったら飯を奢ってやる。今回はそれだけの手柄がある」


「だ、だから頭撫でんなっつの……!ゼッテー天切さん何か言っただろ……後で引っ叩いてやる……っ!……けどまあ、今の私は疲れてるしィ?労いとして撫でさせてやらんことも……ない」




 素直じゃない言い方をしつつ、妃伽の口の端は持ち上がって嬉しそうにしていた。尊敬する師匠の龍已から褒められて嬉しくないわけがないのだ。頭を撫でると喜ぶと教えただろう、何故か頭の中でニヤニヤしている絶世の美少女のような見た目の虎徹にイラッとするが、優しく頭を撫でる手は振り払わなかった。







──────────────────



新種のモンスター


胴体はカメムシのような形をしており、脚が2本で腕も2本の計4本が生えている。腕に手は無く、歪曲した鎌状のものが前後に2枚並んでいる。脚は自身の体重を支えるためか大腿部にあたる部分がバッタの脚のように発達している。


頭はカマキリのような形状をしているが、眼球部分が小さく退化している。暗闇で光を捉えるくらいしか視力がない。なので音に頼っている。体全体がニジイロクワガタのような不可思議な色をしていて、他の色と同化して溶け込み、獲物を襲う。





巌斎妃伽


左腕肩付近と右脇腹を負傷した。どちらもモンスターの攻撃が掠ったことによるもの。脇腹の傷が少し深く、今は塞がっているものの、無理に動くと傷が開く可能性があるため安静にする必要がある。


モンスターの狩猟を達成し、生存者を逃がすことにも成功した。負傷した事で龍已に何か言われると身構えたが、褒められたことで呆けた。もちろん、褒められれば嬉しい。





黒圓龍已


妃伽のメリケンが爆発した音は聞こえていた。モンスターと交戦してどうなるかと思ったが、負傷しているものの無事狩猟してきたことを純粋に褒める。普通はこの状況で新種のモンスターの狩猟は難しいと分かっているから。


当然のように無傷でモンスターを狩猟し終えている。モンスターに毒が無いことは確認済みなので、妃伽の手当は少し遅れても問題ないと判断している。今は傷の手当てができる物が無いため。




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