第50話 『大侵攻』が始まる
『大侵攻』とは、2年に1度訪れるモンスターの大群が中央大都市メディウムに攻め込んでくること。何故、数百以上の夥しい数のモンスターが一挙に押し寄せるのかは、今のところわかっていない。ただ、2年周期であることだけ。
本来、中央大都市メディウムは最もモンスターの被害が少なく、最も栄えた都市だ。狩人はそこまで必要ではないと言えるぐらいモンスターの出現率が低い。しかし、2年に1度だけ、最もモンスターが集まる場所でもある。
あまりに数が多く、下位はもちろんとして、上位に加え、更には最上位に至るまで極めて強力な力を持つモンスターが押し寄せる。そこで狩人教会は対抗策として、
1人につき千人力どころか万人力と謳われる4人を招集して、対『大侵攻』対策として守ってもらってから、メディウムにモンスター1体の侵入を許したことはない。人類最強の4人。人類の守護者達はその力を見せつけた。4人で何が変わると言った者達を、夥しいモンスターの死骸と返り血で黙らせた。
謂わば、『大侵攻』に特上位狩人4名は必要不可欠な存在。各々で東西南北を担当する。東は龍已。西はスレッド。南はオーガス。北はエルグリット。この陣形は最初から変わっていない。いつもの陣形と言われていて、心なしか東に集う狩人が少ないのはご愛嬌だろう。誰にとっても黒い死神は恐ろしいらしい。
『大侵攻』が始まる予兆として、メディウム周辺に居たモンスターが姿を見せなくなった。動物は居れど、モンスターの姿は一切ない。普通なら喜ぶところを、狩人達にはぴりついた空気を齎した。近い内に夥しい数のモンスターがやって来る。狩人はすぐに現場に駆けつけられるように正門近くで待機していた。
「メリケンよし。カートリッジの補充よし。体調よし。ふーッ。気合いよし!」
「巌斎。お前はオーガス達の傍へ順々に回って狩猟してもらう」
「え、龍已のところじゃなくていいのか?」
「俺の動きを見ていても今更だろう。折角の機会だ、俺以外の特上位狩人の戦いを観察しておけ。手本になるかは微妙だがな」
「お、おう。人間辞めた龍已と同じ特上位狩人だもんな。わかった!盗めるモンは盗んでくるぜ!」
「危険になったらオーガス達を盾にして構わん。そのくらいでは死にはしない」
「マジかよ」
龍已達はホテルに1度戻り、自分達の装備の確認を行った。倉持に連絡は済ませてあり、正門近くで予備の装備を持って待機しているとのこと。次にいつホテルに戻ってくることができるかわからないので忘れ物がないように注意する。
龍已は妃伽に経験を積ませるつもりだ。そのため、傍に居れば安心だろう特上位狩人のオーガス。スレッド。エルグリットのところに行かせる。もちろん狩人としてモンスターはしっかりと狩猟してもらう。その合間に大先輩達から何かしらの技術を盗ませるのだ。
素人に武術の達人の演武を見せるようなもので、わからないけど兎に角すごい……という感想しか浮かばないだろうが、成長するためにはより良い題材が必要になる。今回は特上位狩人という、たった4人しか居ない最高の教科書がある。使わない手は無い。
今までとは比べものにならないモンスターの数と戦闘になる。妃伽は今武者震いをしていた。緊張もあるだろうが、エルグリットに負けたばかりだというのに、彼女の闘志にはやる気と気合いの炎が灯っていた。
そして、2人の準備が整って一息ついた時、メディウム全体に響き渡るようなサイレンが鳴った。緊急事態であると察する大音量に、妃伽は立ち上がったが、その腰に筋肉質な腕が巻きついた。えっ、と思うよりも先に抱き寄せられ、彼女の体は窓を抜けて空中に躍り出た。
「ふおぉあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
「急ぐぞ。予想より早かった」
「速い速い速い速いッ!!!!!!!!」
腰を掴んで屋根から屋根へ飛び移り、高速移動する龍已に必死に抱きついている妃伽。走って向かうものだとばかり思っていた。というか、普通はそうするのだが、やはり黒い死神に普通は通用しなかった。着地したかと思えば次の瞬間には空中に居る。
止まらない着地と浮遊感。それに加えて高速移動していることで吹く風に妃伽は単純に怖かった。できることと言ったら龍已に全力でしがみつくだけ。腰に腕が回っているというのに、落ちたくないという一心で胴に腕と脚を巻きつけて
混雑した状況などを一切気にすることなく、メディウムの正面門に直線距離で突き進み、あっという間に到着した。周りには狩人しか居らず、その中央に着地した龍已は外に出ようとしたが、いつまでも妃伽が張り付いている。もう着いたという意味を込めて肩を叩くと、恐る恐る腕と脚を離していった。
「こ、怖ェ……マジで……っ」
「バイクで走った方が速度が出ているはずだが」
「バイクは空中を移動しねーわ!?同じ
「そんなことより行くぞ。オーガス達はもう着いている筈だ」
「……こンのバカ師匠がよォ……」
門のところまでやってくれば、後は門を通って外に出るだけ。最強の狩人が通るとなれば、自然と狩人でごった返しになっている場所でもモーゼの如く左右に分かれる。まっすぐと外へやって来た龍已と妃伽は、やはり先に到着していたエルグリット、スレッド、オーガスの隣へ並んだ。視線の向こう、恐らく数キロ先の地点には、砂煙が広範囲に広がっている。
前方だけではない。4人がそれぞれ東西南北を担当することから、メディウム全方位からモンスターが襲来している最中だ。他の狩人達は既に正面から出て左右と後方へ移動を開始している。
後十数分もすれば、モンスターの大群と戦闘になる。妃伽は立ち上る砂煙を眺めながら、深く息を吸ってゆっくりと吐き出した。そんな時のことである。足裏から地震特有の初期微動のような縦揺れが発生したのを感じ取った。次第にその揺れは大きくなり、妃伽は何が起きているのだと目を白黒させた。
200メートル程先。地面が大きく盛り上がる。巨大な岩も砕きながら地面を隆起させ、現れたのは巨体を持つモンスターであった。目測、20メートル程であろうか。見上げねばならない大きさをしたそのモンスターは、外殻が岩のようである甲殻類。何らかの巨大な鉱石を背負ったヤドカリのようだった。
「うっわ。いきなりスゴいのが来たな。あれは最上位モンスターの『イシハバミ』っていうんだよ。本当はもうちょっと小さいんだけど、稀に見る大きさだ」
「スレッドさん……あんな奴とどう戦えばいいんだよ……?」
「んー、まあ普通に戦えば大丈夫大丈夫。ここはオレ達に任せて、妃伽ちゃんは危ないから少し下がっててね」
「いやいやいや、あれは流石にやべーだろ!?めちゃくちゃデカいじゃねーか!?ありゃ本来何人で掛かればいいんだ!?」
「推奨だと7パーティーくらいだから約30人かな?けど大丈夫。この場には幸い
「なっ……!?まさかたった4人でやるつもりか!?」
約30人居ればある程度の余裕を持ってモンスターに挑めるという『イシハバミ』だが、合流した近くに居るスレッドが言うには今この場には特上位狩人の4人が居るのだからオレ達に任せればいいと言う。見上げるほど大きなモンスター。それを4人で……と。
狩人の中でも最強と謳われる特上位狩人。そのメンバーが勢揃いしている。対するは本来よりも大きく成長している『イシハバミ』であり、ランクは最上位。妃伽は初っ端からこんなモンスターと戦って大丈夫なのか?と不安になるが、後ろを見ると他の狩人達の顔には不安など一切無かった。
そうしている内に『イシハバミ』が前進してくる。巨体を持つだけあって1歩が大きく、龍已達の開いた距離をあっという間に縮めそうだ。対して特上位狩人4人もゆっくりと1歩を踏み出して前進した。残された妃伽は本当に大丈夫なのかと思ったが、背後に控えていた狩人達の内、ベテランらしき男狩人が話し掛けた。
「嬢ちゃん、黒い死神の弟子なんだってな。悪い、話してる内容が聞こえちまった。だから言わせてもらうが、黒い死神達なら何の心配も要らねーよ。むしろあんなモンスターを態々狩ってくれるってことは、士気上げと嬢ちゃんに見せるためなんじゃねーかね」
「……まあ確かに師匠の負ける姿が想像できねーけど、普通の武器とかじゃ通用しねーんじゃねェのか?」
「普通の武器……?嬢ちゃんまさか……知らねぇのか?」
「何がだよ」
「……こりゃあ驚いた。黒い死神の弟子なのに知らねぇとは」
「だから何がだっつーの!」
何だか馬鹿にされているような気がしてイラつき、話し掛けてきた男狩人に食って掛かる妃伽に、おー怖い怖いと
「嬢ちゃんの武器はそのメリケン?だろ?オレの武器は大剣だ。んでここで聞くが、これは普通の武器だよな?」
「あ?まあ、私のはちょっと特別だろーけどよ。まあ普通の武器なんじゃねーの?」
「おう。普通だ。鉄や鋼を鍛えて造る。モンスターを狩猟して、いい素材や使える素材があれば、それを練り込んで……より強力な武器を造る。それらを使ってまた更に強いモンスターを狩猟する。それがオレ達狩人だ。ならよ、そういった武器の中でも、めちゃくちゃ強い武器ってどんなのだと思うよ」
「めちゃくちゃ強い武器ぃ?……剣とかなら、硬い鱗を豆腐みてーに斬る……とか?」
「そうだな。そう思うよな。いや間違ってはいないんだ。だけど、そういう想像した中でのめちゃくちゃ強い武器って、実際にあると思うか?」
「……想像は想像だろ。あったら全員使ってるだろ」
「そうだ。夢物語に出てくるような武器。それがめちゃくちゃ強い武器だ」
「なァ、オッサン。オッサンが何が言いてーのかわかんねーんだけど」
「おっと、ややこしくなっちまったよな。つまりだ……特上位狩人が持つ武器ってのは、その夢物語に出てくるようなめちゃくちゃ強い武器だってことさ」
大剣を背中に背負った男狩人は、眩しいものを見るように目を細めて、横並びになって歩いて『イシハバミ』に向かう4人の背中を眺めている。妃伽も彼等の背中を眺めたいた。男狩人が言うには、彼等の武器は凄まじい力を持っているというのだが、イマイチピンとこなかった。
エルグリットが腰に括り付けた純白の鞭を手に取り、バシンと地面を叩く。スレッドが懐に手を入れて黄色い片手銃を持つ。オーガスは背中に背負っていた半分に分割されていた大楯を外して左右それぞれの手に持ち、ぶつけ合わせて気合いを入れた。龍已は手に持っている大口径狙撃銃のボルト部分に手を掛けて引き、弾を装填した。
「特上位狩人の奴等は、それぞれが人知を超えた特異な武器で武装してんだ。その武器の性能は破格だ。他の武器とは一線を画す強力な武器。だけどその代わり、武器が使用者を選ぶ」
「使用者を……選ぶ?武器がか……?」
「モンスターの素材を使って武器を造るって言っただろう?特上位狩人の武器はあまりに特異なモンスターの素材から造られててな。狩猟され、素材にされてなお、生きてやがる。武器は全員が使える訳じゃない。同時に、選ばれたからと言って使い熟せるとも限らない」
「な、何だそりゃ。じゃあマジで、限られた奴にしか使えないってことかよ!?」
「そうだ。そして、そういった武器は今のところ……世界に4つしか確認されていない」
「じゃあ、特上位狩人が持ってる武器だけ……ってことか」
「あぁ。特上位狩人だけが持つ特異な武器。人はその武器のことを『
「『人器』……」
「遥か昔、モンスターの脅威に対して、今のように対応する狩人が少なかった時代。絶滅の危機に瀕した人間が恐れ、恨み、憤慨し、怨念を以て造り上げた人類の叡智の結晶。モンスターへの殺意の塊。人類が持つ、最初にして最後の対モンスター用武器。いいか、特上位狩人は人類の最後の大砦であり、人類の守護者なんだ。そんな守護者達がさ、嬢ちゃんのために見せてくれるんだ。ありがたく、見させてもらおうぜ」
「……おう」
多大な犠牲を払いながら、
妃伽は目にした。特上位狩人が持つ、人類が所持する最強の武器の力を。最強の人類の力の一端を。
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『イシハバミ』
名前の通り石を食べるが、石は石でも鉱石を食べる。両手の大きく分厚いハサミの威力は非常に強力で、この手を使って硬い鉱石を砕いて口に運ぶ。
性格は温厚ながら、手を出すと怒って暴れ、襲い掛かってくる。手我出さなければ比較的無害だが、他のモンスターに手を出されて怒っていた場合、近くに居る狩人を襲うので危険。
全身に岩のような甲殻を持っており、鋭いだけの刀剣類ではダメージを与えられない。爆弾や大鎚の類で1度甲殻を砕き、中を攻撃するのがセオリーとなっている。
体の大きさ。戦闘になった場合の難易度から最上位ランクモンスターとして登録されている。
『
遥か昔。狩人が殆ど居らず、またその狩人がモンスターに対して有効打を持たない、ただモンスターに殺されるだけの時代。苦渋を舐めされられた人類が怒り、悲しみ、殺意を抱き造り上げた人類の叡智の結晶。殺意の塊。
多大な犠牲を払ってまで特異なモンスターを狩猟し、造り上げた最強の武器。世界に確認されている『人器』は全部で4つ。その武器達は特上位狩人の4人が各々持っており、武装している。
素材として使われたモンスターは生きており、使用者を選ぶ。また、選ばれたとしてもその武器を使い熟せるとは限らないため、現状、今の特上位狩人達にしか使えないのではと噂されている。
特上位狩人
『人器』に選ばれ、使い熟すことができながら、素の戦闘力が人類の最高峰であるという稀有な人間。その力は世界の宝であり、同時にモンスターから人類を守る守護者でもある。
各々、最上位モンスター程度ならば1人で簡単に相手をして狩猟することができるが、妃伽が居るので折角だからということで全員で相手をすることにした。『イシハバミ』は泣いていい。
巌斎妃伽
特上位狩人が持つ武器に関して、まさかそんなにスゴいものだったとは知らなかった。教えられていなかったのは悔しいが、龍已のことだからその内知れることなのだから、態々教える必要もないだろうとか思ってたんだろ……と察している。
いや、別に教えてくれてもいいじゃねーかと我に返り、『大侵攻』が終わったら文句言ってやろうと心に決めた。
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