第51話  眩き陽光




 人類はモンスターの力の脅威によって存在を脅かされていた。長年、狩られ、奪われ、殺され、喰われてきた。兵器は通用すれど駆逐には至らず、圧倒的数と繁殖力により、いつしか人間に代わって地球の支配者となるとまで言われていた。


 そんな人類は憤慨した。このまま殺されてなるものか。喰われてなるものか。モンスターへの怨念が人類を修羅の道へ突き動かした。

 今ではない。今ではないこれから先、未来に於いてモンスターを残らず絶滅させるため、人類は全兵器を以て強大な力を持つモンスターを狩り、その一部を使用することで新たな兵器へと転じた。


 現在確認されている兵器の数は4。世界広しと言えど、世界にたった4つしか確認されていない人類の叡智の結晶。最強の武器。人はそれらを、人によって創り出した宝器にちなんで『人器じんぎ』と呼んだ。


 は破格。しかし狩猟され、加工されてなお生き続けるモンスターの素材により、これら4つの武器は使用者を選ぶ。そして武器には癖があり、使い熟せる者が少ない。そのため使える者はかなり限られるという。それに加え、選ばれ、使い熟せたからと言ってモンスターを確実に狩れるかと言われると、そうとも言えない。


 選ばれた人間にのみ使える特殊な武器。それら4つが見上げるほど大きな体躯を持つモンスター『イシハバミ』に牙を見せた。




「スレッド。チャージは済んでいるのか」


「モチロンですよ。この日のためにしこたま充させましたからね」


「はーっはっはっはっはっはっ!この『イシハバミ』は随分とデカいな!余程良い鉱石を食ってたんだろう!感心感心!やはり体を大きくするには飯を食ってこそよ!モリモリ食べて思いっきり動く!これで誰もが健康よ!」


「お喋りもよろしいけれど、そろそろ行きましょう?わたくし、モンスターの大群が到着する前に自身の持ち場についておきたいですわ」


「おおそうだな!それなら──────行ってこい!エル!クロ!」




 強大なモンスターを前に呑気な会話をしていた特上位狩人達が動き出した。足元を砕きながら疾走を開始した龍已とエルグリット。2人の足の速さは凄まじく、あっという間に『イシハバミ』に接近した。


『イシハバミ』からしてみれば小さな存在。しかし接近する2人から異様な気配を感じ取っていた。よって近づかせて好きにさせるべきではないと判断し、迎撃することにした。大きく重厚なハサミを持ち上げて振り下ろそうとする。だがその瞬間、長く伸びた先にある目が……瞬きをするよりも早く消失した。


 突然だった。視界が消えた。何も見えない。どうなっている。そう思った次の瞬間には、焼けるような痛みが走った。『イシハバミ』は絶叫を上げながら、龍已達に振り下ろすつもりだった巨大なハサミを無雑作に振り下ろし、彼等の数メートル横に叩きつけた。


 砂塵を巻き上げ、離れているのにもかかわらず地震のような震動を起こす一撃に妃伽は驚く暇も無く、『イシハバミ』の目が突如消失したことの方が驚きだった。一瞬何かが通ったような気がしたのだが、正体が判らない。妃伽は少し視線をずらしてみると、そこには懐から取り出した黄色い銃を『イシハバミ』に向けているスレッドが居た。




「もしかして……」


「スレッド・カルパネラ。持っているのはの『人器』だ」


……?」


「『人器』は色で分けられているのさ。あの銃は普通の銃と違って弾丸を必要としない。使うのは光だ」


「どういう意味だ?」


「文字通りさ。あの銃は事前に


「……は?光を弾にしてんのか?つか溜め込む?溜め込んで、撃つ?どうなってんだそれ!?」


「解らん。どうやってそんな風に造ったのか、造れたのか、今でも誰にも解らないんだよ。昔に造られた筈なのにな。噂では、光を無限に溜め込み、攻撃に転用する特上位モンスターの素材を使ってるって話だ」


「な、何だそりゃ」


「あの銃の難しいのは、撃ち出す光の調整だ。溜め込んだ太陽の光を撃つには、同じく光が必要だ。だから撃ちたい光の強さは、影から持ってきて光に当てた時間と強さによって比例する。どのくらいの時間と強さで、どのくらいの光が出てくるのか、基準があまりに曖昧だから解らねーんだ。だがスレッドは違う。特上位狩人の中で最年少だが、勘の良さは4人の中でも最高峰だ。天性の勘の良さ。それを使って黈の銃から撃ち出す光の強さを細かく調整する」


「……めちゃくちゃ感覚派ってことか」


「そうとも言えるな!」




 光を光線にして、弾として撃ち出す黄色を司る銃。事前に溜め込んだ太陽の光を放つことができるこの銃の速度は、光の速度と全く同じ。故に一度狙いを定められて撃たれた場合、避けることは不可能。


 溜め込んだ光を撃つにも光が必要であり、その光は浴びた瞬間からの時間と強さによって撃ち出す強さを変える。放つ光の太さ等も変えることができ、それは銃の側面についた摘まみを弄ることで調整が可能だが、それによって撃ち出すのに必要な光の量も変化する。快晴と曇りでも量は変わるため、細かな調整が非常に難しい武器である。




「──────こんな銃、所詮は慣れだよ。何だったら普通の銃の方が全然使いやすいし、曇りとか雨の日とか、悪天候続きだとぶっちゃけオレ、全狩人の中でも1番役立たずだからね。だけどこういう晴れの日はオレの独壇場。オレからは逃げられない」




 その狩人は光の下を求めた。影にて生まれ、影の中で生きていたから。


 その狩人は影の中の孤独と虚しさを知り、誰もそこに行かないよう、照らし、ね除ける強い光を求めた。


 暗殺者になるために生まれ、モンスターのように人を殺すことを強要された若き影の者は、手にした光で道を示し、照らし、導く光の者となった。


 彼の下に影はない。何故なら彼が光そのものだから。眩い光で味方を照らし、モンスターを焼き殺す……強すぎる狩人の光。




まばゆ陽光ようこう』。スレッド・カルパネラ




 4人の特上位狩人が1人。世界で唯一、光を以てモンスターを撃ち滅ぼす狩人である。




「さぁ、本番前にピカッと光っていきましょうや」

















 そのモンスターは気紛れだった。特にそこに居る理由は無くても、そこに居た。居る必要が無いところに行ったりもした。そこで何をするでもなく、ただ光を全身に浴びて生きていた。


 他のモンスターは無視していた。居ても居なくても変わらない、光を浴びているだけのモンスターに用は無かった。だが知らなかったのだ。光を浴びているだけのモンスターが、光無きところへは決して行こうとしなかったのを。


 光は生だ。光こそ呼吸だ。光が自身を自身たらしめる。光あってこその私。だから私は光の下ここに居る。光が無ければ、存在できない。光の下で生きることを強制された光の奴隷だ。でもそれでも構わない。自身は気紛れだから。


 何もしないから、何もされない。起きては光を浴びて、浴びて、浴び続けて、光が無くなろうとすると動き、眠り、また光を浴びる。それだけしかしないモンスターはしかし、体内に莫大な光を蓄積し続けた。ありえない熱量を溜め込み続けた。


 そのモンスターは気紛れだった。だから、ふとした思いつきで数百キロメートル離れた先に居た最上位モンスターを睨みつけ、それだけで消し飛ばした。光は自分にとって命だ。でも武器でもある。


 光は不変だ。でも無限ではない。しかしそのモンスターの光の蓄積限界は無限だった。だから光の下から出なかった。ずっと欲した。ずっと求めた。気紛れな性格でも、それだけは欠かさなかった。




 ──────気紛れな性格は怠惰にも思え、しかし思いつきで人類を滅ぼしかけた。




 なんとなく思っただけだった。目先にある人間が居る街に行ってみよう。見るだけ。行くだけ。なんとなくそう思ったから。でもモンスターである以上、拒まれた。大砲を使われた。槍を投げられた。鈍器で叩かれた。どれも痛かった。けどなんとなく反撃はしなかった。


 その時人類はモンスターを捕獲して調べようとした。そのため網を掛けようと試みた。その時の影が、モンスターの恐怖を煽った。


 光の下にしか居なかったから、光が無い場所の恐怖が顕著に現れた。純粋に怖いと思った。だから消した。何もかも。


 モンスターが光で包み込んだ。全方位無差別の光の放出。それだけで、物も、人も、動物も、街も、何もかもが消えた。空に掛かろうとしていた雲も跡形もなく消え去り、光の下に居るのはそのモンスターだけだった。


 気紛れだった。だから思いつきで人類を攻める事にした。数百キロメートル離れたところから睨みつけてあらゆるもの、悉くを消し飛ばした。光を全身から発して更地にした。光のありがたみを知るから、その他全てに光の恐ろしさを刻みつけた。


 たった3日で大凡50万人の人間を光で呑み込み、消し去ったとされる超危険生物でありモンスター。





『クフルグラフ』。無限の光を求めた、世界でたった1体しか存在しなかった特上位モンスターである。


















「──────今日のコイツは随分と機嫌がいいなぁ。いつもは気紛れで腹立つぐらい威力の誤差が出るのに」




 特上位モンスターは人間が多大な犠牲を払うことで討たれた。死した後、武器に組み込まれていても気紛れなのは変わらない。この武器にはモンスターの性格が継承されている。これの所為で難しい武器の制御が、更に難しくなる。それをスレッドは完璧に制御する。


 天性の勘。このくらいかな……という曖昧な思いが、完璧を捉えた。視界を奪われ、痛みによって形振り構わず暴れ回る『イシハバミ』に狙いを定める。自身の影から陽の光の下へ出して数秒待ち、引き金を引く。溜め込んだ光を光の力で撃ち出す。


 2本の足の付け根。関節部分に各5発ずつ撃ち込む。光線は光の速度で照射され、『イシハバミ』の脚を甲殻ごと消し飛ばした。自重に堪えきれず、光線で消し飛ばされた部分以外の肉がミチリと引き千切れながら倒れ込んだ。


 このくらいやれば、まあ自身の出番はもう無いかなと思い、黈の銃を懐に入れて仕舞った。背後に振り返り、眺めていたであろう妃伽に向かって笑みを浮かべながら手を振る。妃伽には普通に銃を撃っているようにしか見えないというのに、実際には凄まじいほどの集中力が必要な銃撃であると考えると、スレッドが途端に大きな存在に見えた。




「オレが撃ちすぎると『イシハバミ』消し飛ばしちゃうしなぁ。もうちょっと何か見せてあげたかったけど、それはまた後にしておこうかな。どうせ妃伽ちゃんオレ達のところ回るみたいだし?」


「ハッハッハッ!こりゃあ俺の出番は無いか!クロとエルだけで片づけられてしまうからな!相手が最上位ぐらいで俺達が一同に集まると手持ち無沙汰になってしまう!妃伽に良いところを見せてやれんな!もっとも、俺は仲間が居ないと置物に等しいがな!ぶわっはっはっはっはっはっはっ!!」


「ダメージ通せない置物とか、それ置物じゃないですよ。てか、天気悪いとオレの方が邪魔な置物ですからね。しかもめっちゃ打たれ弱い」


「なーに!その時は俺のところへ来い!守ってやるから一緒に置物をやろうではないか!モンスターの邪魔くらいはできるだろうよ!ハッハッハッハッハッハッ!」


「特上位狩人の半分が置物なのは笑えないですねぇ。へへっ。まあ?クロさんとエルさんの戦闘力に比べればオレ達なんて……ねぇ?」


「何を言うか!俺は守るしかできんが、お前は特上位狩人1だろうに!」


「いやいや、やめてくださいよ。オレには荷が重いですって」




 黄色い髪を撫でつけながら、耳に付けられたピアスを指で弄って照れ臭そうに笑うスレッド。オーガスの言う通り、彼は自分の評価が低い割に、特上位狩人の中で瞬間火力ならば圧倒的に最強なのである。全員で1体のモンスターを狩猟しているので今は使えない手ではあるが、妃伽には見せてあげようかなぁと考えている。






 を司る『人器』を持つスレッド。彼は特上位を除いた最高ランクである最上位に君臨するモンスターを前に、あくびをしながら戦闘を眺めた。






 ──────────────────



 の銃


 現在確認されている『人器』の1つ。


 過去に1体しか存在しなかった特上位モンスターの素材を使い造られた銃型の武器。側面には摘まみがついており、それを弄ることで撃ち放つ光の太さを調節することができる。


 膨大な光を充填することができ、その光を当てられた光を使って撃ち放つことができる光線銃。撃つ時の光の強さは、影から出して当てた光の強さと時間により変化する。素材に使われたモンスターの気紛れの性格が反映されてしまい、尚更威力にはムラがある。


 ただし、使い熟せると光の速度で光線を放つため狙いそのものを外さない限り絶対当たる。また、光線が触れた部分は消し飛ぶため、モンスターの頭を捉えればどんなモンスターも一撃で屠る。


 持ち主はスレッド・カルパネラ。





 スレッド・カルパネラ


 特上位狩人が1人。『まばゆ陽光ようこう』のスレッド


 暗殺者として生まれ、育てられた。しかしモンスターに人が殺される世界で人を殺す仕事をしていることに嫌気が差し、暗殺者を辞めて狩人の世界に足を踏み入れた。


 黈の銃を手にしたのは偶然見つけたから。使ってみると非常に使いづらく、最初はその使いづらさに手放そうとしたものの、他の者は光を放つことすらできず、結局自身が使うことになった。


 天性の鋭い勘を武器に『人器』を使っており、『人器』を持たない自分は全く大したことはないと思っているものの、暗殺者として育てられたスキルがあるため身の熟しは抜群によく運動神経も高い。気配を消すのも得意。それでも、龍已を初めて見た時は恐怖で動くことができなかったという。


 見た目がチャラいが、これは暗殺者として真面な格好ばかりしていた反動。黄色い髪の毛は自毛。ピアスの穴を開けるときは緊張して手が震えた。





『クフルグラフ』


 たった1体しか居なかったモンスター。気紛れで行動していた。光を無限に吸収する力を持ち、蓄えた光を使って攻撃をする。攻撃されても反撃しないくらいの気紛れさだったが、一度攻撃が始まると甚大な被害を生み出す厄災。


 3日で50万人の人間を光で呑み込み消滅させている。大きさは一軒家程度の起きさをした蝶のようだったとされているらしい。


 睨みつけるだけで数百キロメートル離れたところの最上位モンスターを跡形もなく消し飛ばすことができた。




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