第5話  非常事態警報






「──────新しい従業員だな。俺は黒圓龍已こくえんりゅうやだ。よろしく頼む」




 夜に訪れた男は、そう名乗った。巌斎の血の気を引かせるレベルの尋常ではない気配……強さを醸し出す男。見ただけで強いと、集会所で見てきたどの狩人よりも強いということを頭に刻み込まれた。


 見た目は屈強そうというよりも、引き締まった肉体という意味で服の下からでも解る体格をしており、顔は常に無表情だった。出会ってほんの数分だが、それでもピクリとも表情が動かないのだ。仲が良いのだろう天切と話していてもそうだった。


 強すぎる強者の雰囲気に、巌斎は固まってしまう。どういう奴なのか聞くためにカウンターの裏に入って天切と一緒に離れたのに、天切は既に黒圓の前まで戻って和やかに話している。それに、彼が強いということを知っているとも言っていたし、古くからの友人であり親友であるとも言っていた。


 つまり天切と黒圓は、昔から知り合いであったということだ。親友だと言い放つくらいなのだから、それもかなり親密だ。見た目では男と女だが、天切は実際男なのでそれ故の親しさもあるのだろう。何となくだが間には入れない巌斎は、ごくりと生唾を呑み込みながら、布巾を持ってその場を離れた。




「……アイツは絶対に強ェ。雰囲気だけでも他の奴等とじゃ比較にならねェ。天切さんの親友だっつーことだけど、ホントに何モンだ?普通の奴じゃねーだろ。狩人か?でもあんな奴集会所に居なかったけどな……そういう奴の話も聞かなかったし……」




 布巾でテーブル席を拭いて磨きながら、チラチラと黒圓の方を見て観察する。座っていても姿勢が良く、隙が無い。真後ろに立っても、攻撃すれば即座にやられるというのが在り在りと頭の中に浮かぶ。


 自己紹介は名前だけだったので、何をやっている者なのか判らないが、巌斎は狩人で間違いないと考えている。狩人はモンスターと命の奪い合いをする仕事柄、肉体的に屈強な者が多い。モンスターを狩れるだけの武器を使うには、それに見合った力が必要だからだ。故に狩人は体が資本。それが無ければ戦場で何も出来ない。


 体力も筋力も速度も、そして技術力も要求される狩人に於いては、強い気配を持つ者が殆どだ。それだけの修羅場を潜り抜けてきたということもあるが、単純にその狩人が強いのだ。そして巌斎は、黒圓が狩人であれば、最上級の力を持っているだろうと睨んでいる。




「それで、今回はどうだったの?」


「外れだ」


「そうだよねぇ。まあ、いきなり見つかっても、それはそれで驚きだけどさ」




「……?」




 2人で行われる会話が耳に入ってきた。しかしその内容は判らない。彼等の共通の話題だからこそ、主語が無くても会話が通じてしまうのだろう。蚊帳の外になってしまうのは仕方ない。むしろ無理矢理入っても話にはついていけないだろうから。


 今は兎に角、店の仕事をしていれば良い。そして、黒い死神が来たのなら、今度こそ話をするのだ。それまでは働いて、後の生活費などを稼いでいくしかない。流石にずっと天切のお世話になるというわけにもいかないので、焦らずに頑張っていこうと巌斎は決心した。


 すると、そんな時である。街全体に響き渡るサイレンの音が鳴り響いた。聴けば非常事態を報せるものであると瞬時に判断できるような音。巌斎はこの街に来て数日なので何が起きようとしているのかは解らないが、何かマズいことが起きようとしていることは解った。


 テーブル拭きと食器の片付けを中断させていた巌斎は、酒を飲んで天切と話していた黒圓が立ち上がるのを見た。ズボンのポケットから端末を手に取り、どこかにメールを飛ばしている様子。その彼の姿を、天切は苦笑いしながら見ていた。




「タイミング良いね。というか、非常事態警報が鳴るの久し振りだよね。前回は半年くらい前だったかな」


「そのくらいになる」


「今回はどのくらいのモンスター達がやって来てるんだろうね?まあ君なら心配要らないかもだけど、気をつけてね。いってらっしゃい」


「あぁ、いってくる」




 黒圓は店を出て行ってしまった。端末からメールを送り終えた後にはすぐに。巌斎はその背中を眺めて終わってしまう。天切と彼の会話を聞いていて解ったのは、やはり先程から鳴っているサイレンの音は非常事態を報せる為のものであるということだ。そして、この街で非常事態と言えば……モンスター絡みのことで間違いない。


 巌斎は天切のところに食器を持って近寄った。非常事態ならば何処かへ避難するべきだろうと考え、一緒に行こうと思ったのだ。しかし天切は巌斎から食器を受け取ってありがとうと言うと、そのまま流しで洗い始めた。あれ?と思っていると手早く洗い物を終わらせ、今度はグラス磨きに入る。


 逃げようとする者の動きではない。それどころか、サイレンが鳴る前と一切変わらないのだ。非常事態警報だ、早く避難するべきだろう?と、巌斎が聞くと、グラスを磨きながら首を傾げ、あぁ……と、納得がいったように微笑んだ。




「避難所は確かにあるけど、大丈夫だよ。壁の上には対モンスター用の武器が設置されているし、この非常事態警報が鳴った時は、街に居る狩人達が全員出動するからね」


「いや、だがよ!?万が一って事があるだろ!?」


「まああるよね。狩人が殆どやられちゃったとか、包囲網を突破されて閉めた入口を破られたとか」


「じゃあ念の為に避難すべきだろーが!?」


「けど考えてご覧よ。狩人に止められなかったものを、避難所に居るだけで凌げると思う?この街は堅牢な砦と同じさ。それでも破ったなら、一般人にはどうしようもない。精々早く死ぬか遅く死ぬかの違いだよ」


「……まぁ、そーかも知んねーけどよォ……」


「ふふっ。大丈夫だってば。なんたって──────」




 狩人になりたいという願望はあるが、無闇にモンスターのところへ行けば何も出来ずに死んでしまうことを、身を以て経験している巌斎は逃げようとしたが、梃子でも天切は動こうとしなかった。彼が言うには、狩人が全員負けるだけのモンスターは、一般人には何も出来ないのだから諦めるしかないとのこと。


 そんなマイナス思考で良いのかと思われるが、この街に住んでいる者達はそれを承知で住んでいる。他と比べてもモンスターに襲われやすいこの街では、非常事態警報というのは意外と鳴る。この警報が鳴った時は、モンスターの数が最低30以上となって、街に向かってきているという証拠だ。


 故に街の安否は狩人達の尽力によって決まる。だが、それが1番モンスターが街の中に入れない理由にもなっている。最強の狩人。モンスターにとってのモンスター。そんな彼が居るのだ。






「なんたって──────黒い死神が居るからね」

























 狩戦街しゅうせんがいエルメスト。その外。最後の狩人が街の出入口から出て来ると、兵士達の手により両開きの重厚な門が閉められた。大きな音を立てて閉められた門に、はぁ……と溜め息を溢す狩人達。最近は無いなと、集会所で話していたところだったのだ。


 だがこれは稼ぎ時でもあるので、溜め息ばかりついてもいられない。それぞれが己の武器を手に取る。大きく弦の固い弓。人よりも大きいのではと思える大きさの大剣。二振りで1つの双剣。長い柄が特徴の槍。両手で持つほどの重量を持った機関銃。それらを皆が構える。


 狩人としてやってきていて、今も生き残っているのは、皆が歴戦の戦士達だからだ。モンスターに比べれば、人間なんて少し強く叩けば潰れて死ぬ弱い生き物だ。それを何かしらで埋めることで拮抗させ、命の奪い合いで勝利するのだ。


 先程の溜め息はなんだったのかと問いたくなる、真剣な表情と眼差しでこちらに向かってくるモンスターの大群を見据えた。人と同じ程度の大きさのモンスターも居れば、明らかに大きさが違うモンスターも居る。それらは皆で協力して倒すのだ。


 では、行こうと思った時、後方の狩人が左右に割れていった。道を開けているのだ。たった1人のために。作られた道を歩くのは、全身を黒で統一した存在。狩人達に、彼こそが最強の狩人であると言わしめる黒い死神。そんな彼が前まで歩いてくる。途中、背中に背負った大口径狙撃銃を手に取り、ボルトを引いて弾を装填する。




「……黒い死神だ」


「道を開けろ。無視したら何されるか判らねーぞ」


「生皮剥がされるかもよ」


「今回は参加するんだな」


「バッカ。前回の時は山みてぇにデケェモンスターぶっ殺してたって話だ。居るわけねーだろ」


「あの狙撃銃、俺達が使うと反動の衝撃だけで木っ端微塵に吹き飛ぶらしいぜ」




 一番先頭に居た狩人が目を泳がせながら脇にズレると、黒い死神は向かってくるモンスターの大群に向けて、大口径狙撃銃の銃身を向けた。スコープを覗き込み、狙いを定める。そして構えてから数秒後、爆音が鳴り響いた。察していた周囲の狩人は予めに耳を塞いでいた。武器を1度手から離してでもである。


 大口径狙撃銃から放たれるのは、これまた大口径の弾丸である。長い銃身を通って発射される。弾丸は先端が鋭くされていて、この1発ですら特殊な弾だ。弾丸の側面には敢えて螺旋を描く溝が作られており、撃ち出されると風に乗って高速に回転するよう設計されている。弾丸が目指すのはあるモンスターだ。一番体が大きい、亀の脚が長くなり、口に鋭い牙を持ったような個体だ。


 弾丸は亀のモンスターにとっては豆粒のように小さい。いや、豆粒よりも小さいだろう。そこらに転がっている手頃の石の方が大きいのだから。だがそれが齎すのは、確実な死だ。飛ばされた弾丸は頭の眉間部分に撃ち込まれ、回転によって貫通力を上げて体内に入り込んだ。脳を衝撃で破壊する。絶叫するモンスターは、口から炎を吐き出して暴れ回り、近くのモンスターすらも焼いた。


 しかし、黒い死神の攻撃はそれだけで終わらなかった。撃ち放った弾丸は特殊な弾だと言った。だがそれは、回転するようにされているからではない。弾丸そのものが特殊な弾だからだ。弾丸の内部には小型でありながら強力な爆発力を持った爆弾が内蔵されている。強烈な衝撃を受けるとカウントダウンが開始され、0になると爆発する。


 結果、全高10メートルはあるモンスターの頭部が、粉々に弾け飛んだ。頭蓋を内側から粉々にし、詰まっていた脳髄をぶちまけた。モンスターの血飛沫が霧状に散布され、上から振ってくる肉片に驚いた近くのモンスターが驚きで見上げる。亀のようなモンスターの下を通っていたモンスター達は、絶命して倒れることで下敷きとなり、不慮の死を遂げた。




「どんな特殊弾だよ……」


「大口径とはいえ、弾丸の大きさであのモンスターの頭を内側から吹き飛ばすとか!?」


「黒い死神の使う狙撃銃と弾丸は誰が造ったか知る者は居ないが、アレがあればモンスター殺すのは簡単だろーな」


「阿呆抜かせ。俺達が使ったら体が吹っ飛ぶって言ったばかりだろーが。使ったら死ぬわ」


「それよか、開幕の一撃目は取られちまったな。オラ野郎共ッ!稼ぎ時だぞッ!酒代稼ぐのに目につくモンスター片っ端からぶっ殺せェッ!!」




「「「──────おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」」」




「………………………。」




 黒い死神の脇を抜けて、多くの狩人が武器を掲げて前進した。誰がどのくらい倒したかというのは、壁の上で戦場を録画している者が居るので確認ができる。既に、最初の一撃で一番大きな図体をしているモンスターと、その周囲に居たモンスターが燃やされ、踏み潰されて死んだのは録画済みだ。


 モンスターの先頭を走って向かってくるのは、全体的にしなやかで細身の体に、長い脚と退化して小さくなった手を持つモンスターだ。体の身軽さと長い脚を使って人間の脚の速度では到底追い付けない速度で駆け回り、足の鋭い爪で引っ掻いて攻撃してくる厄介な奴だ。体長は2メートルはあり、下手をすれば爪で首を切られて絶命する。


 体が大きくて範囲攻撃をしてくるモンスターも脅威ではあるが、他と比べて小さくても、鋭い爪などを使って素早い動きで狙ってくるモンスターも厄介で脅威だ。現に、先頭を走っていた狩人が鋭い爪の餌食となって深傷を負ってしまった。




「があぁあああッ!!クソッ!深くやられたッ!腕が全く動かねぇッ!」


「誰かこっち来てくれッ!モンスターが矢鱈と来やがるッ!」


「〇〇がガルザゴンに殺されたッ!チキショーッ!仇だクソ野郎がァッ!!」


「あぁッ!?マジかよ鳥類モンスターも来んのかよッ!」


「何だ何だァッ!?今日は何かのパーティーってかッ!?」




 ハゲワシのような姿をした、翼を広げれば横幅だけで10メートル以上はある巨大な鳥類のモンスターがやって来た。空を飛べるということは、街の中に易々と入れてしまうということになる。そのための壁上の武器の数々なのだが、ここには遠距離が使えて頼りになる黒い死神が居る。


 大口径狙撃銃を空に向ける。狩人とモンスター達が殺し合っている戦場を悠々と越えて、街の中に侵入しようとしているのだ。それ故に下を見ずに飛んでいる鳥類モンスター。そんなモンスターなど、どうぞ撃ってくださいと言っているものだ。


 高度が中々に高いが、彼の持つ狙撃銃ならば何の問題も無い。真上に向けて銃口を向けて、引き金を引いた。爆音が鳴り響き、弾丸が発射される。弾丸はやはりと言うべきか、モンスターの下から頭の内部に侵入して、後に特殊弾に仕込まれた爆弾で爆散した。落ちてくる巨大な鳥のモンスター。それを眺めながら、狩人達の後ろから次々とモンスターを撃ち殺していった。







 街の中からは、狩人達の雄叫びや叫び声、モンスターの咆哮などが聞こえてきたが、黒い死神の爆音の銃声が、やけに大きく聞こえていた。








 ──────────────────



 非常事態警報


 数ヶ月に1度鳴るくらいの頻度で放送される。これが鳴った時は、街に居る狩人がすぐさま街の外に出てモンスターの相手をする。出入口の門は全て閉じてしまい、壁の上の対モンスター用の武器が狩人達をサポートする。





 巌斎妃伽


 本当は狩人達の戦いを傍で見たいし、観察したいが、行けば何も出来ずに死んでしまうと解っているので街の中で留守番をしている。


 天切の言動から、黒い死神が戦場に居るということが分かり、今度こそは黒い死神に会ってやるッ!と気合いを入れて、空腹で倒れないように賄い料理を胃に入れている。準備は万端。





 天切虎徹


 黒圓龍已の長年の親友。彼が来ると穏やかに話し始める。普通の客には自分から話し掛けることはない。いつもの……と言えば何を欲しているのかが分かるし、彼の食べたいものをいつも追加で出してくれる。


 巌斎妃伽の働きぶりに、一生懸命で良い子だなと思っている。口調は荒いが、客が嫌な思いをしていると苦情を言ってこないので、まあ良いかと思っている。制服の胸部分は結構緩めのものを出したが、それでも窮屈そうにしていたので純粋に驚いた。


 黒い死神の弟子……弟子かぁ……続くのかな?と思っている。





 黒圓龍已


 巌斎が見ただけでヤバイと言われるくらいの強さを持った男。巌斎は狩人だろうと思っているが、本当のところはどうか分からない。もしかしたら普通に兵士をしているかも知れない。





 黒い死神


 大口径狙撃銃に、予め爆弾が仕込まれている特殊弾を装填しておいた。爆発力が凄まじいのに、衝撃でカウントダウンが開始されてしまうので扱いには気を遣う。間違えて起動させ、空に撃って爆発させたことがあるため。


 大型の亀のようなモンスターと、鳥類モンスターを斃し、ついでにその他のモンスターを何匹も狩っている。現状モンスター狩猟数1番であり、報酬額も1番。




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