死神の銃声に喝采を。その御手から撲滅を

キャラメル太郎

第1章

第1話  狩人




 世には人外である『モンスター』という存在が蔓延っている。人を襲い、街を呑み込み、甚大な被害を生み出すモンスターは、昔から天災そのものだった。生活を脅かされ、満足に暮らしていくことも出来ない。そんな者達の為に、奴等へ立ち向かおうと名乗り上げる者達が現れた。人はそれを『狩人かりゅうど』と呼んだ。


 狩人は常に危険が付き纏う仕事だ。依頼の要請を受けて現場に行き、発生したモンスターを討伐する。その際には報酬も支払われる。狩人はそうやってモンスターを倒すことにより、生計を立てている。1度に稼ぐことはできるが、油断をすれば訪れるのは死だけだ。


 危険極まりない仕事を行う狩人。人々は護ってくれている存在として狩人を褒め讃え、時には崇める。だがそんな褒めの言葉も賞讃も何も受けとらない人物が居る。多くの狩人に、最も強い狩人は誰かと問えば口を同じくして答えるだろう。それは黒い死神であると。


 黒い死神。パーティーを組んで複数人で討伐するモンスターを、常にたった1人で相手にして狩り続ける生ける伝説。曰く、黒い死神に傷を負わせた者は居ない。曰く、モンスターを憎み、恨みきっている。曰く、死を運びに来る本物の死神。






 そんな黒い死神は、多くの者に畏怖されながらモンスターを狩り続ける。の元へとある少女が訪れるまで。




























「──────黒い死神様ッ!今回は誠にありがとうございましたっ。お陰でこの村はモンスター共に怯えずに済みますっ」


「食べられた娘の仇を打っていただき……なんとお礼を申したら良いかっ」


「これはお約束していた報酬です!お納めくださいっ!」


「…………………………。」




 金が入った大袋を差し出される。深々と頭を下げている村長の男と、モンスターの犠牲となった子供の母親。その後ろには村の住人が集まって同じく頭を下げていた。黒い死神と呼ばれた者は、全身を黒色で統一している。フードの付いた足元までのローブで体を覆っているのだ。


 フードを被っていて顔が見えない。手ですら黒い手袋を嵌めていて素肌を晒していない。は村人が差し出す袋を掴み、受け取った。それだけで何の言葉も掛けない。黙して背を向けた黒い死神に恐る恐る顔を上げる者達。


 少し離れた場所に駐めてある黒い大型バイクのサイドバッグに、金の入った袋を詰めてから跨がった。エンジンを掛けてハンドルを捻り吹かす。けたたましい音を響かせて発進し、村人を置いてその場から走り去ってしまった。


 何も言わず消えていく黒い死神。数十秒前まで多大な感謝をして頭まで深々と下げていた村人達は、点のように小さくなった彼のことを確認してから顔を顰めた。




「無愛想な狩人だな」


「雰囲気も殺伐として気が気じゃないったらありゃしない」


「碌に会話もしようとしないとはね」


「良いのはモンスターを始末するのが早いということか」


「……陰口はそこまでにしておきなさい。黒い死神様は我々を助けてくださったお方だ。それに、何処で誰が聞いているか分からんぞ?」


「『悪い子にしていると黒い死神様がやってくる』……ですものね」




 言うことを聞かない子供を怖がらせて大人しくさせることわざに、黒い死神が出て来る程、彼は恐れられている。無愛想で、現地に着くなり狩りを開始し、終わると報酬を受け取ってさっさと帰ってしまうのだ。村の者達は助けてもらった事には感謝しているが、黒い死神の取っ付きにくさに眉を顰めるばかりだった。


 対して村を出た黒い死神の彼は、バイクに乗って移動しながら胸元からタブレットを取り出し、他に何か依頼が無かったか確認していた。今日の依頼はこれで3件目だった。1人で戦っている彼は、1日に何件もの依頼を消化するのは日常茶飯事だ。普通は複数件も受けはしない。


 モンスターを討伐するのは疲労が溜まる。命のやりとりをしているからだ。それに使っている武器の整備もあるし、無理に使えば破損してしまう。なので狩人は無理の無いように戦い、休息も取るのだ。黒い死神のように、何件も熟すのは滅多に無い。相当な実力者であり、武器の消耗を必要最低限にしているような者でない限りは。


 タブレットで他に依頼が無いことを確認した彼は、アクセルを更に回してバイクの速度を上げた。風を切って進みながら、活動拠点にしている街へと帰っていった。


















 ──────狩戦街しゅうせんがいエルメスト。




 多くの狩人が住んでいる大きな街。そして同時に、頻繁にモンスターが襲ってくる危険な街でもある。1番外側の壁は高く厚く造られ、バリケードの役目を果たしている。出入口は東西南北の4箇所に設置されており、壁の上には対モンスターを想定したバリスタや大砲が設置されて、街に常駐している兵士が目を光らせる。


 モンスターが周囲に住み着いていて多くの危険があるが、その分依頼に困ることはそうそうない。故に狩人はこの街に1度訪れて依頼を熟し、仲間を集めていくと言われるほどの集束率がある。そのため、必然的に武器の整備を行う技師も多く在住していた。


 近くの街や村、時には王都からも依頼が舞い込んでくるエルメスト。此処へ観光客なんてものは来ない。道中モンスターに襲われて流れ着くことはあれど、態々危険の多いこの街に自分からやって来るのは、討伐の依頼者か、物好きな奴か、狩人の力を信じている移住者等だろう。いや、もしくは狩人になりに来た者だろうか。




「──────お嬢ちゃん。狩人が多く居る街、エルメストにもうすぐ着くよ」


「おう!ありがとよオッサン!」


「はは。ちょうど俺も向かってる途中だったからな、構わないさ。こういうのは助け合いだろ?」


「いやー、マジで助かったぜ」




 建物だった跡地。崩れて瓦礫の山となっていたり、倒れていたりする凄惨な光景が広がる場所。そこに出来た人為的に作られた道を走るトラックに、50代くらいの男と、若い女が乗っていた。男は人の良い笑みを浮かべて運転をしている。女は長い金髪につり目の気が強そうな印象を与えながら、非常に整った顔立ちをしている美人だった。


 服の下から持ち上げられる豊かな胸に、細くしなやかな腰と括れ。脚も長く組んでいると魅惑的だろう。窓を開けて肘を置き、周りを興味深そうに眺めながら、ケラケラと上機嫌に笑う。実はこの女は道が分からずに迷っていた。そこを通り掛かった運転手の男に拾われ、目的地が同じということで狩戦街エルメストまで乗せてもらっていた。


 歩いていたら2、3週間は掛かっていただろう場所に居た女は、乗り合いをさせてくれたことに感謝した。車を捕まえられなかったら足が棒のようになっていたかも知れない。荷台に積んであるリュックには残り少ない食糧しか入っていないことも考慮して、割と詰んでいたかも知れない。


 まあ、結果オーライだろ。そうポジティブに考えることにしておき、もう少しで着くという狩人が多く滞在する狩戦街エルメストのことを思って胸を躍らせた。狩人になりたいと、強くなりたいと思っていた彼女にはもってこいの場所。そこで強い者に弟子入りをして、立派で強い狩人になると心に決めていた。


 どんな奴が居るのだろうと思いながら鼻歌を歌って上機嫌になる。運転手の男と女。道を走っているのは彼等だけ。……そう、彼等以外に誰も居ない。本当ならもっと居るはずなのだ。誰か?決まっている。


 廃墟と化したこの場所はエルメストまでの道のりで通る場所の1つ。しかし他の場所でも、モンスターを警戒して狩人を護衛として雇うのだ。何故なら、何度も言うが狩戦街エルメストの周辺にはモンスターが多く住み着いているから。




「────ッ!?お嬢ちゃんっ!掴ま──────」


「がっ……ッ!?」




 運転手の男の焦ったような声。それが最後まで吐かれることはなく、女は突然の衝撃を受けて意識を暗転させた。





























「──────…………っ………ぁ………あ?」



 頭がぐわんぐわんする。体が軽いようで重く、顔に液体を被っていて不快感がする。自分はどういう体勢を取っている?いや、そもそも何があったのだろうか。ぐにゃりと混濁する思考を纏めようとして、額を手で押さえた。と、その時にぬるりとした感触を感じる。疑問に思いながら額にやった手を見た。見てしまった。


 血だった。ぬるりとした感触は自身の頭から流れていた血だったのだ。なら、液体を被っていたと思っていたものも、頭から流している血だったのだろう。つまり、顔の左側は殆ど血に塗れていることになる。粘度が水よりも高いから、不快感がしたのかと、ぼんやりとした頭が理解した。


 遅れてハッとする。ぼんやりとしている暇なんて無い。思い出したのだ。こんな状態になっていた前に起きたことを。

 乗り合いを申し出てくれた男の焦ったような声。次の瞬間には訪れていた強い衝撃。恐らく横から何かがぶつかってきたのだろう。それでトラックが横転して、自身の体は外に投げ出されたに違いない。


 うつ伏せで倒れていた自分の体を起こそうとして、力が全く入らないことに舌打ちをする。下の地面を見れば、頭から流す血が顎から滴って小さな池のようになっていた。どうやら出血も相当なもののようだ。何となく、これは非常にマズいと直感した女は、一緒に乗っていた男の姿を探した。




「オッサン……っ!どこ……に………?」




「■■■■■………■■■■■■■■」


「■■■■■■っ!■■■■■■■■■■■」




 男は居た。横転して横向きに倒れ、炎を上げて燃えているトラックから数メートル離れたところだ。そこで、2体のモンスターに襲われていた。いや、襲われているというよりも既に食われていた。下半身は千切られて何処にも見当たらなく、残る上半身の腕をそれぞれから噛まれて引っ張られていた。


 光を宿さぬ瞳が見える。剥き出しの腸が風に揺れる紐のようだ。血は流しきっているのか出血は殆ど無い。数十秒か、数分前かまで隣で話していた人当たりの良い男は、全高3メートルはある鼠のようなモンスターに貪り食われていた。


 腕を噛まれて左右に引っ張られる。耳を塞ぎたくなるようなミチミチという音を出し、肩辺りから千切れた。モンスターは上半身が付いている方を取り合って喧嘩をしている。それだけで地面を踏み鳴らし、野生のモンスターの恐ろしさを撒き散らした。散乱する肉片に、出し切って地面を変色させた大量の血。それに伴い香ってくる血の生臭い臭い。全てが不快だった。


 女は兎に角此処から逃げないとと思った。でも体が動かない。上から押さえ付けられている訳でもないのに、立ち上がることすら出来ないのだ。呻き声を上げながら上体を起こそうとして失敗し、力無くうつ伏せに戻る。やがて、男を食い終えたモンスターは、振り向いて女の方を見た。


 あぁ……今度は私か。そう直感する。体の大きさからして男1人では満足していないのだろう。血の混じった涎を口から垂らしながら躙り寄ってくる。こんな動けない状況ではどうしようもないし、そもそも起き上がれたとしても戦うことは厳しいだろう。これでも地元では男を殴り倒していた負けん気と強さを持っていたが、こうなればとことん無力だと実感した。


 ここで終わりか。強くなるという想いの元、狩人になろうとしていたのに、狩人になるどころか弟子入りすら出来ずにこんなところで死ぬらしい。いっそバカバカしくて乾いた笑いが漏れた。あーあ。最悪の日だ。そう最後に思って静かに目を閉じた。






 廃墟。街だった跡地に、爆発音と間違う1発の銃声が響いた。






 驚いて閉じていた目を開ける女。彼女の目に映ったのは、こちらに向かっていた鼠のようなモンスターの片方1体が、白目を剥いて地面に倒れる瞬間だった。どさりと倒れ込む体。バタバタと足を痙攣させて、暫くすると活動を停止した。もう1体は倒れた仲間に驚愕しつつ臨戦態勢に入った。


 倒れたモンスターの頭から血が流れ出る。女の位置からだと見えないが、側頭部が消し飛んでいた。脳髄がぶちまけられ、即死だったことが窺える。何をしたらそうなるのか、傷口が見えていたら女はきっとそう思ったに違いない。


 モンスターも、女も、どちらも何が起きているのか分かっていない。だが女は、これをやったのが狩人であるということだけは分かった。誰だろうか。どんな奴だろうか。それを確認したくて周囲に目を向けると、自身のすぐ傍で足音がした。地面を踏み締める音。気配も何も感じなかった事に驚いて音が聞こえた方を限界まで見上げた。


 見て思ったのは、黒だった。全身を黒で固めた……恐らく男だろう存在が自身の傍に居た。フードを被って顔は見えない。そしてそんな男の手には、黒い狙撃銃が握られていた。猟師等が使っている狙撃銃と比べものにならない、大きさの狙撃銃を、男は何の苦もなさそうに地面と平行になるよう構えた。


 対峙するモンスターは唸り声を上げて警戒しているようだったが、自分達の方へ向かって走り出した。だがその1歩目が出された瞬間、耳を劈く爆発音と間違う銃声が響き渡り、モンスターの頭を撃ち抜いて吹き飛ばしてしまった。頭を失ったモンスターは倒れて痙攣し、動きを完全に止めた。首から血を噴き出して絶命している。


 たったの一撃。それも撃っただけでモンスターの頭を粉々に吹き飛ばした。目の前の光景が異常だと察して男の方を見上げる。彼は、狙撃銃のボルトに手を掛けて引き、使った大口径の弾の薬莢を外に弾き出した。地面に落ちた薬莢からは、煙が上がる。爆薬の硝煙の香りが鼻腔を刺激した。




「ぉ…ま……え………だ…………れ…──────」




「……………………。」




 全身が黒い男は、大口径狙撃銃を右手に持ちながら肩に掛け、左手を自身に向けて伸ばした。しかし女の意識はそこまで保つのに限界で、血を失いすぎたのか頭を強く打った事によるものなのか、再び意識を暗闇へと追いやってしまった。






 女は血の臭いと硝煙の香り、黒色を最後に気絶した。男……黒い死神は女を肩に背負い上げ、バイクに跨がってエルメストを目指した。







 ──────────────────



 狩戦街エルメスト


 狩人が多く存在する街。周囲にはモンスターが多く住み着いているので、万が一襲われても大丈夫なように外壁は高く厚い壁に覆われている。





 狩人


 世に蔓延るモンスターを殺すことを生業としている者達の総称。武器を使ってモンスターに立ち向かう存在。常に死と隣り合わせな生活を送っている。仕事柄、常人よりも優れた身体能力を持っている事が多い。





 モンスター


 見るのも悍ましい姿のものから、動物に似た姿をしたものまで様々。体が大きいものは数十メートルにも達する。人間を食糧として見ていて、襲われてしまうと食い散らかされてしまう。世界に蔓延る害悪。





 黒い死神


 狩人の中で最強と謳われるソロの狩人。全身が黒で統一されており、無愛想。顔を見たものは居ないとも噂されており、たった1人にも拘わらず数多のモンスターを屠ってきた生ける伝説。背中に大口径狙撃銃を背負っている。


 常にフードで顔を隠しており、非常に整った顔立ちとも、見るも無惨で醜悪な顔をしているとも言われているが、本人は否定も肯定もしない。





 女


 長い金髪につり目が特徴的な、整った顔立ちの女。豊かな胸部を持っており、腰も細く括れていて完璧なプロポーションをしている。口調が荒々しく、男勝りな性格をしている。


 強くなりたいという思いの元、狩人になるためにエルメストを目指していた。途中で方角を見失い、迷っていたところを拾われて乗り合いをして向かっている途中をモンスターに襲われてしまい、偶然黒い死神に助けられた。正体については全く知らない。




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