第17話 彼の正体
「──────ここまで良く走り込みの修業を重ねた。約1ヶ月とはいえお前の体力は劇的に上がった。そこで、今日からまた違う修業を取り入れる」
「おっ。今度はどんなヤツやんだ?」
たった1ヶ月で次のステップへ進む事ができた妃伽。実に快進撃である。休むときはしっかり休み、やるときはしっかりやった。見た目や言動からは想像もつかない真面目さで黒い死神から与えられる修業を積んだ。黙々とやった。走った後のマッサージも忘れず行うようにし、虎徹が作る精のつくスタミナ料理を完食した。
よく食べてしっかり休み、修業をやり遂げる。元より運動神経は良い妃伽である。体力がつくのも早いのに、そのためにも食べるものに気をつけたり私生活に気を遣えば、黒い死神から及第点を出されるくらいのものは身につけられる。
ただ、体力をつけないとこれからの修業についていけないと考えると、どんなことをするのか気になってくるものだ。基礎体力作りだけで吐くくらい走った。ならば次は?どんなことをするのだろう。妃伽はまだ武器を使わせてもらえないと考えている。知識を与えられてから触らせるだろうと、黒い死神の動きを予想しているのだ。
黒いローブについているフードを被っていて顔が見えないが、今から修業内容を口にしようとしているのは分かる。なので妃伽は手を前に出して待ってくれと言った。どんな修業をするのかと聞いた癖に待ってを掛けたことに思うことはあれど、今はそんなことよりも気になることがあるのだ。
「──────なんだこの場所ッ!?つかなんで天切さんこんな場所持ってんだよッ!?」
「ふふふ。実は天切虎徹に秘密がありましたーってね。隠してるつもりは無いんだよ?いや、本当は隠してるんだけど。黒い死神の弟子になった巌斎さんにはもう打ち明けても良いかなってなったんだ」
「アンタ何者だよ……」
広大な訓練場。壁は分厚いコンクリートによって作られた閉鎖的な空間に、妃伽と虎徹、そして黒い死神が居た。ここは何処かと言われると、虎徹の店である『BLACK LACK』の地下である。いつも虎徹が居る店のカウンターには隠し扉がついており、虎徹の指紋で番号を打ち込み、虹彩認証をする事で開く仕掛けになっている。
木製の床に見せて機械仕掛けになっている隠し扉が開くと階段が出現する。それを降りていくと、今度もまた重厚な鋼鉄製の扉が設けられていて、虎徹の指紋と虹彩、そして声帯認証によって開くことが出来る仕掛けだ。扉を開くと、今彼等が居る場所に来ることができる。
壁は全て分厚いコンクリートであり、天井も全てコンクリートでできている。全体は明るい照明を使っていて、この部屋は別の部屋に隣接して作られている。隣接しているその部屋は、虎徹専用であり仕事部屋である。この部屋はさしずめ実験部屋でありトレーニング場である。
こんな場所を店の地下に持っている虎徹が何者なのか問いたくなるのは仕方ないだろう。この事を知っているのは黒い死神しか居ないのだから。問われた虎徹と言えば、ニッコリと笑って嘘偽り無く、自分の素性を明かした。
「じゃあ改めまして……僕は天切虎徹。黒い死神が使ってる武器を造ってメンテナンスも担当してる武器屋だよ♪」
「は……はァッ!?黒い死神の……武器造ったのって天切さんなのか!?」
「そうだよ?Barのマスター兼黒い死神の専属武器屋なの。あ、もちろんメインはBarだよ?お客なんて黒い死神しか居ないし」
「……狩人の奴等が言ってた気がする。黒い死神の武器はハンパじゃねぇ強さを持つけど、人間が扱える代物でもねぇって。それを造った奴の気が知れねぇし、誰かも謎だって」
「ヒドい謂われようだなぁ。黒い死神が普通の武器使うとすぐ壊しちゃうから、僕が彼に合うものを造ってるのに」
天切虎徹の正体。それは黒い死神が扱う武器の実の製作者である。噂として広がっているが、黒い死神の扱う武器は普通の人間には扱えない。加えて他の狩人にも扱えない。その理由は実に単純。黒い死神が強すぎるからだ。強すぎるが故に、彼に扱われて壊れない武器が無かった。
虎徹が造る武器は性能が凄まじい。いくら大口径の狙撃銃だからと言っても、モンスターの硬い頭を撃って粉々に吹き飛ばすなんて芸当は出来ない。それを可能としている特殊な弾も全て虎徹が造っている。通常の弾から特殊弾まで全てだ。普通ではお目に掛かれない特殊な武器。製作者が不明の黒い死神の専属武器屋。それが天切虎徹だ。
「虎徹の素性を明かしたのは他でも無い。これからの修業には武器を取り入れるからだ」
「うっそだろ。もう使うのかよ。もっと先の話だと思ってた」
「お前は習うより慣れろの方が性に合っているだろう」
「流石は私の師匠。分かってんじゃん」
「………………。取り敢えず、お前の武器は虎徹が造ったものになる。体力を少しはつけたことで、これからは激しい行動が可能になったためだ。死ぬ危険もある。用心しろ」
「死ぬ危険もある修業って……まあ狩人になるためだ。かかってこいッ!……黒い死神が使ってる武器を造った天切さんが私の武器造ってくれてんのかッ!?マジッ!?」
「騒がしい奴だ」
目を爛々と輝かせている妃伽に、黒い死神が溜め息を溢している。そんなに騒ぐほどのものか?と思っているのだ。強すぎるという単純すぎる理由で普通の武器が扱えない彼には、虎徹の武器だけが唯一だ。しかし妃伽に黒い死神程の強さは無い。言うなれば他にも武器の選択肢はあるということだ。
気に入ったものが既にあるならそれを使っても良いと言うつもりだったが、彼女の喜びようから考えるとその必要は無さそうだ。何度もガッツポーズをして喜びを露わにする妃伽に、武器は虎徹が造ったもので構わないな?と確認を取る。肯定するだろうと確信しているが念の為だ。
問われた妃伽はキョトンとした表情をした後、当然!と答えた。それ以外に考えていないと言いたげな顔に、聞く必要はやはり無かったかと内心思っている黒い死神に、だってよ……と妃伽が言葉を続けた。
「誰かも大して知らねー奴の武器より、世話んなってる天切さんの方が安心するし、黒い死神である師匠とお揃いだろ?それだけで嬉しいんだ、私は!」
「……ふふ。良かったね。彼女にとても慕われてるじゃん。強い武器だろう云々の前に、お揃いで嬉しいんだってさ」
「……お前
「あ、はは……。年甲斐もなく照れちゃったよ。巌斎さんの言葉は真っ直ぐだからね。とても響くんだ。そう言う君だって『も』ってつける辺り嬉しいんでしょ?」
「……うるさいぞ」
「ふふふ」
「……んんッ。巌斎、これが今お前に与える武器だ。手に取って付けてみろ」
「これ……──────メリケンか?」
黒い死神に手ずから与えられたのは両手分で2つのメリケンだった。天井から照明の光を浴びて銀色に輝く見慣れたメリケンに、妃伽は目を丸くした。モンスターと戦う狩人は、それぞれそれに見合うだけの武器を使っている。叩き斬る大剣。潰す大鎚。防御もできる盾とセットの片手剣。リーチの長さがある槍などだ。
しかし妃伽の武器はメリケンだった。明らかに前述した武器よりも見劣りしてしまうように感じる。何せこんなのは人との喧嘩に使うような武器だろうからだ。実際、妃伽は故郷で喧嘩に明け暮れていた時、メリケンを嵌めて相手を殴っていた。なので到底モンスターに有効だとは思えないのだ。
折角貰ったので手に嵌めてみるが、嵌め心地は良い。使い慣れている分しっくりくる。しかしやはりモンスターに効くとは思えない。そんな妃伽の思いを察してか、虎徹が声を掛ける。嵌めた時に親指で触れる位置に小さなボタンがある。そこを1回だけ押して人形の的を殴ってみて……と。
言われてから確かにボタンがあると気づいて、言われるがままに親指で押した。黒い死神が用意した人間の上半身と頭を模した人間の的を見定めて腰を低くして、駆け出した。走り寄って左脚を前に出す。腰を捻り込んで右腕を引き絞り、メリケンを付けた右拳を振り抜いた。人間の顔面にメリケンが当たったインパクトの瞬間、爆発が起こった。
黒い爆煙を出して強い爆発が起きる。腕から伝わる振動に妃伽は驚いたが、それよりも驚いたのは爆発の威力の割に手に掛かる負担が少ないのだ。的を殴った反動と少しの爆発の反動だけが伝わるだけで、爆発の熱は殆ど来ないし痛くないのだ。なのに殴った人形の頭は粉々に消し飛んでいた。妃伽はバッと虎徹の方へ振り返る。そこには変わらずニコリと笑う虎徹が手を振っていた。
「ちゃんと爆発したね。どう?手は痛くない?初回だから火薬の量は少なめにしたんだ」
「びっ……くりした。殴ったら爆発すっからよ……でも手は全然痛くねぇ。殆ど熱くもねぇし……」
「それはまだ火薬の量が少ないからだね。威力を上げようとすれば当然火薬の量は増えるし、反動も大きくなる。熱も強くなるね。そこは注意が必要になっちゃうかな。原理としては、さっき押してもらったボタンが爆発の起動スイッチだよ。ナックルダスター……メリケンの打面に衝撃が加えられると爆発するようにしてあるんだ。1つで8回爆発させられるようにしてあるよ。ボタンを2回押すと2回分1度に爆発する。8回押すと全部爆発するけど、その分反動も大きいから気をつけてね」
「おー!ボタン押さなきゃ爆発しねぇのはいいな!けどよ、8回やったらもう終わりだろ?その後はどうすんだ?」
「カートリッジ式になってて爆薬が入ってる打面部分が取り外しできるようになってるんだ。付け替えはスライドして引き抜いて、またスライドして入れるから簡単にできるよ。メリケンだから付けてても指先使えるから替えるのは簡単でしょ?」
「じゃあ替えのヤツ持ち運んでなきゃダメか……」
「そのためのバッグを造っておいたよ。ウエストポーチだからそんなに邪魔にならないと思うけど、どうかな?」
「おっ、軽くていいじゃん!けど……」
何やら言いづらそうにしている妃伽に、気に入らないところでもあったのかな?と思った虎徹だがそうは見えない。チラチラと黒い死神の方を見ている彼女に首を傾げる。彼に言えないような事なのかな?と思ったので彼女の傍に近寄って耳元で話してくれるか聞いてみた。すると少しだけ頬を赤くして言えずにいることをこっそりと話してくれる。
聞こえていないか確認するために、黒い死神の方をチラチラと見ているのを見ると微笑ましい。そして耳元で呟かれた内容にも微笑ましいものがあって、思わずクスリと笑ってしまった。見られていることは視線にも敏感な黒い死神には気づかれているが、話している内容は聞こえず首を傾げていた。
「……?」
「このポーチさ、ほら……なんつーかさ……物入れて走ると揺れるじゃんか?こう、上下に。それ嫌だからなんか……こう……固定する感じで……」
「ふふっ。黒い死神が脚に巻いてるレッグホルスターみたいなのがいい?」
「……っ!?べ、別にアレがいいってわけじゃねーよ!?ただ、あんくらい固定した方が変に揺れなくていいかもっつーか……ほら!メリケンの替えのヤツって爆薬入ってんだろ!?振って中で爆発したら困るじゃねーか!」
「うんうんそうだね。腰に付けてるのに爆発はダメだね。なら腰と脚で固定できるレッグポーチにしよっか」
「お、おう」
「色はどうする?黒いのがいい?」
「は……っ!?い、色に拘りなんかねーよ!天切さんが造ったやつの色でいーし……」
「クスクス。なら黒色にしちゃおっかなー?ふふふ」
「わ、笑うなよ!そのニヤニヤすんのもやめろ!」
「はいはい」
「何の話をしているんだ」
「な、何でもねーよ!スケベ!」
「意味が分からん」
チラチラ黒い死神を見ていたのは、彼が脚に巻いて付けているレッグホルスターを真似したいと思っていたからだ。黒い銃を2丁それぞれに入れている黒い死神と同じように、メリケンのカートリッジ部分を入れるポーチを脚に巻けるようにしたかったのだ。けど、そこまで言うとあからさまで恥ずかしさがあったようだ。
師匠として本当に慕われてるんだなーと、微笑ましい気持ちが溢れてついついイジワルしてしまった。ニヨニヨ笑いながら色を黒にしてあげると言うと、そこまでしろとは言ってないと反論しつつ、嬉しそうに少し笑っているのは指摘しないであげようと思った。尊敬してる人が付けてるのと同じものが欲しくなるのは当たり前なので、虎徹は後で造ってあげるねと言った。
ポーチについての話し合いを終えた妃伽と虎徹。妃伽の頬がほんのりと赤くなっているのでどうしたのか聞いただけなのに、スケベ呼ばわりされた黒い死神は更に首を傾げる事となった。聞いただけなのに……と。まあそこまで気にする必要は無いかと勝手に判断し、気を取り直して修業の話に戻る。
これから妃伽は与えられた、対モンスター用武器の爆発仕込みのメリケンを使って戦闘訓練を開始するとのこと。同時に体力作りの修業も織り込んでいく。トレーニング場所は今居る地下空間で、武器に要望があればその都度虎徹と話し合って改良を加えていくそうだ。つまり武器の慣れと戦闘の経験。そして体力作りである。当然座学も行っていく。
「では早速修業を開始する。ここに的となる人形を100体並べる。お前はそれを武器による爆発で破壊していけ。全て壊すまでに爆発の反動に慣れろ。1つ分から8つ分まで全てだ。カートリッジは用意してある。遠慮なく使え」
「オッス!」
「その後は──────俺を相手とした戦闘訓練を繰り返す」
「オッス!……………………………え?」
「受け身の練習だと思って来ると良い。体力作りの修業も兼ねて5時間は継続する」
「おっと、私今日で死ぬんか??」
さっさと人形の的100体を用意して、妃伽用のメリケンのカートリッジも用意し終えた黒い死神は、手の関節をばきりと鳴らして修業内容を明かした。的にメリケンを打ち込み、爆発の反動に慣れるのはいい。確かに必要だと思うから。しかしその後の対黒い死神は何だろうか。特大の嫌がらせにしてももう少し優しい気がする。
殺されるんじゃないだろうな……?と訝しむ妃伽は、早く的にメリケンを打ち込んでいけと言われて修業を開始する。1体2体と爆発で破壊していくのは気持ちが良いし、カートリッジを替える練習もできていい。だが、それと同時に黒い死神との戦闘訓練が刻一刻と迫ってきていることに寒気がする。
妃伽はその日、黒い死神の手によってボコボコにされた。投げられただけなのに足腰が動かなくなるまで徹底的にやられ、次の日は筋肉痛で悲鳴を上げた。
──────────────────
天切虎徹
黒い死神の専属武器屋。メインはBarのマスター。黒い大口径狙撃銃と姉妹銃は彼の手によって造り出された特注品。モンスターの頭を吹き飛ばした特殊な弾丸も全て虎徹が造っている。
地下に広いトレーニング場を持っており、それに隣接して作業場がある。黒い死神の新しい武器であったり試作品は、トレーニング場で試される。厚いコンクリート製の壁だし、その奥は土なので思いきりやっても大丈夫な設計になっている。
黒い死神と妃伽の武器に使っている爆薬は、実のところ虎徹がオリジナルでブレンドした特殊火薬。少量で強い爆発力を生む。特許を取れるくらいの発明だが、特にそんな気は無い。
巌斎妃伽
師匠であり、命の恩人である黒い死神のことを尊敬している。ポーチは確かに良かったが、黒い死神が脚に巻いているレッグホルスターとお揃いが良かったので変えてもらうことにした。後にレッグポーチになる。
早くも武器を使った修業が取り入れられて驚いているが、狩人っぽくなってきたのでテンションが上がっている。喧嘩に使っていたメリケンが武器なので使いやすく、扱いには慣れている。殴るという行為に高いポテンシャルを秘めているので、爆発の反動にはすぐになれた。
受け身の練習と言われたが、そこはまだ下手なので何度も背中から落ちた。徹底的にボコボコにされ、黒い死神に触れることすらできなかったのが悔しい。
黒い死神
急遽、妃伽の修業に武器を取り入れることにした。まだ早いかも知れないという思いがあったが、やらせてみたら覚えも早く、すぐにものにしたので、まあ良いかと納得している。
見た感じ受け身の姿勢が出来ていないので、投げまくることにした。反撃しても良いと言ったが、最後まで触れられること無く一方的にボコボコにしてその日を終えた。
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