第19話  畏怖される死神






 ──────非常事態警報による掃討作戦決行日。




 モンスターの大群を、強さという点だけで従わせていた焰狼狐えんろうこウルキラム。その子供。全高は4メートル程度ながら感じる迫力は桁違いだろう。場所によっては神の使いであるとされ、崇められていたりもする。


 体格差にも怯まず、基本的に後退することが無い。威嚇をしたところで退く相手ではないので、出会ってしまえば戦闘になるのは必定となってしまう相手。頭が良く、学習能力も高いので普通のモンスターを相手にするように戦えば、いつの間にか追い詰められていた……なんてこともあるくらいだ。


 戦うにあたっては用心に用心を重ね、数人の狩人と連携してパーティーを組んで挑んで初めて近いと呼べるものに発展するだろう。罠に掛けるという手段だって取れるはずだ。しかし今回はそんなものは用意していなかった。だが大丈夫だ。黒い死神ならばそんなものは必要ない。


 ウルキラムの子供は黒い死神と睨み合っている。初撃の弾丸はウルキラムの目前を通って傍にある岩を粉砕した。敵と認識したらしく、唸り声を上げて武器である9本の尻尾の毛を逆立てている。剥き出しの強い敵意を感じながら、黒い死神はスコープを覗き込み、大口径狙撃銃の引き金を引いた。




「………………。子供でありながら、大した危機察知能力だ」


「■■■■■■■■…………ッ!!!!」




 爆発音のような銃声が戦場に鳴り響く。モンスターの硬い頭蓋を貫通して内側から粉々に吹き飛ばす、爆発する特殊弾が放たれる。しかしそれを、ウルキラムは間一髪避けた。狙った頭を体ごと反らしたのだ。完全に避けることは出来ず、尻尾の端を掠らせて毛を数本舞わせる。


 ウルキラムに当たらなかった特殊弾は奥に居る小型モンスターに直撃し、内側から爆発して木っ端微塵の肉塊に変えた。それをチラリと見たウルキラムは、黒い死神の撃つ弾に当たるとどうなるかを察した。狩人との戦いを経験しているこの個体は、銃に撃たれたこともあった。つまり、銃の脅威は知っているのだ。


 銃口を向けられているので狙いは解る。後はタイミングだけなのだ。モンスターとしての高い視力を使って、黒い死神が大口径狙撃銃の引き金を引く指を観察している。動いて引いた瞬間、銃口が向いている射線上から退避するのだ。至近距離故に少しでもズレれば直撃するのだが、ウルキラムは鋭い野生の勘でそれを可能としていた。


 試しにもう1発大口径狙撃銃で狙撃してみたところ、今度は弾に掠ることなく避けた。素早い動きを得意とする焰狼狐の俊敏性と、鋭い野生の勘。そして狩人との命を賭けた戦いの経験が弾除けを現実のものと化した。普通に撃っても当たらないと理解した黒い死神は……


 武器をむざむざ捨てる行為に、ウルキラムが目を細める。明らかな武器を手放すということを、モンスターであっても異質だと理解しているのだろう。そんなウルキラムと、彼のことを戦いながら見ていた狩人達の困惑した視線を受けながら、黒い死神は脚に巻かれたレッグホルスターから黒い姉妹銃を抜いた。




「頭を撃ち抜かれていれば、無駄な痛みを感じずに死ねたものを。精々後悔して死ね。死して悔い改めろ」


「■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」




 自動装填式拳銃なので、撃ち始める為には銃の上部にあるスライドを1度引く必要がある。黒い死神が2丁をそれぞれの手に持つ2挺拳銃スタイルなので普通には引けない。そこで、フードの中で左手の銃のスライドを口で噛み、無理矢理引いた。スプリングの力により薬室チャンバーに初弾が送り込まれる。


 残る右手の銃も同じようにスライドを引こうとしたが、ウルキラムがそんな悠長に待っていてくれる筈も無く、俊敏性を生かした速度で駆け出して黒い死神に接近した。両者の間はいとも簡単に詰められた。狙うならば今で、撃てば当たるかも知れない。しかし彼は撃たなかった。スライドを引いていない右手の銃の持ち方を変える。


 銃身を握り、グリップで相手を殴れるように持ち変えたのだ。ウルキラムが炎を纏わせた尻尾3本を揃えて叩き付けに来る。それを軽いステップで右に避けると、追撃で噛み付きの攻撃が来た。全高4メートルの体で大口を開ければ、人の頭など簡単に入ってしまう。


 噛み砕かんと開かれたウルキラムの口が黒い死神の頭を狙い、噛み締める。と、本来はなるところを、彼は上体を後ろへ反らす事で回避した。がちんと鋭い歯が噛み合う音が聞こえた。噛まれれば、頭は潰れた柘榴のように噛み砕かれたことだろう。だが回避した。そして、黒い死神は上体を後ろへ倒していきながら捻り込み、速度の乗った右手をウルキラムの左顔面に叩き込んだ。


 銃身を持ってグリップの頭部分で、顔左側面を思い切り打った。攻撃と言えば攻撃。しかし体格差と人間の腕力ではそう大したダメージにはならない。……というのが一般人の考えだ。そんなが、普通ではない黒い死神に当てはまるだろうか?答えは否だ。




「────────────ッ!?」


「──────甘く見るなよ、獣風情が」




 ばきりと、不快で重い音が響いた。人間が殴った音とは思えない、大鎚を地面に叩き付けたような音が鳴った。銃のグリップで殴られたウルキラムは3メートル程吹き飛ばされた。重く強い打撃で顔が歪んでいる。着地したウルキラムは歪む視界と激しい鈍痛の中、理解不能の混乱に陥っていた。


 見るからに自分より小さい奴の攻撃が、いとも簡単に自分の事を吹き飛ばした。普通に考えてありえないことはモンスターでも解る。だから解らない。何がどうなっているのか。口からぼたりと大量の血が流れ、一緒に折れてしまった牙が何本も地面に落ちた。左側に生えている牙の殆どが根元からへし折られた。


 痛みで変な声が漏れそうになるのを堪え、歪みから解放された視界で黒い死神を捉えようとした。しかしその瞬間、ウルキラムの視界は黒一色となった。次いで感じたのは激痛だった。それも目があった場所と、3本の尻尾からである。


 目と尻尾を撃たれた。眼球が潰されて視界が消える。そして黒い死神を狙って最初に使った尻尾が千切れ、地面に落ちていた。残る尻尾は6本。何が起きているのかは全く見えない。目を潰されたから。激痛で藻掻き苦しみ、見当違いな方向へ尻尾の炎を飛ばして岩を砕き、他のモンスターを焼いた。そうしている間に、黒い死神はそこらに落ちていた殉職した狩人の片手用の直剣を右手に持って疾走していた。


 右手に持っていた銃は口に咥えている。直剣の柄を握り締め、左手の銃を構えながらウルキラムに接近しながら跳躍した。数メートルの高さへ脚の筋肉のみで跳び、落下しながら6本の尻尾の根元へ銃を撃った。片手銃とは思えない大きな銃声は、その威力を物語っている。根元に着弾して数瞬後、弾に内蔵された小型爆弾が起動して爆発した。


 絶叫が上がる。焰狼狐ウルキラムの最大の武器である尻尾が、根元から千切れそうになるくらいの負傷を負った。最早辛うじて付いているだけとしか言えない尻尾に、上から落ちてきた黒い死神が右手の直剣で追撃を入れた。落下速度の乗った振り下ろしで2本。地面に付く寸前から強靱な筋肉で止められ、上にかち上げる振り上げで2本。残る2本は直剣を投擲し、斬り落としてしまった。


 投擲された直剣は尻尾を斬り落としても止まらず、進行方向に居たモンスターを3匹真っ二つにしてから岩に突き刺さって止まった。最も重要な武器である尻尾が、一瞬にして全て千切られてしまった。1本1本の重さもあったので平衡感覚が崩れて蹌踉めく。晒してしまった明らかな隙を見逃さず、黒い死神はウルキラムの後ろ脚の膝裏に2発ずつ特殊弾を撃ち込んだ。


 途端に爆発する特殊弾。関節を爆破の威力で破壊し、周りの筋繊維をも破壊する。自重すらも耐えることが出来なくなった後ろ脚によって俊敏性はかなり落ちる。殆ど動けなくなったと言ってもいい。それでも戦意は残っているようで、痛みに耐えながら唸り声を上げている。




「無駄だ。唸ろうが吠えようが、お前が死ぬことに変わりは無い」


「──────ッ!!■■■■■■■■ッ!!!!」




 前脚だけで体を起こしているウルキラムの周りを走りながら回り、両手の銃で撃った。大きな銃声が何度も響く。動けない体に特殊弾が入り込み、体の内側で連続した爆発音が鳴り、腹部辺りは肉が破けて内蔵が地面にぶちまけた。それでも黒い死神は止まらず撃ち続け、跳躍して上からも撃った。


 撃ち込まれた爆発する特殊弾は全部で32発。それにより体内で爆発が32回起こった。内臓は殆ど破壊されている。骨も砕けていないところが殆ど無いだろう。それでも辛うじて生きているのは生命力の強さだろうか。


 虫の息でか細い呼吸をするだけのウルキラムの前に黒い死神が立つ。両手の銃の銃口を頭に向けている。これで終わりだろう。万に一つも勝てる可能性は無くなった。圧倒的過ぎて恐れすら抱いてしまう。モンスターの大群を向かわせた大群の頭であるウルキラムが死にかけていることに、他のモンスターが混乱している。


 攻撃の手が緩んでいる隙に狩人達も態勢を立て直すのだが、黒い死神の方が気になってしまい、つい横目で見てしまう。死を待つだけの獣と、風前の灯火の命を刈り取ろうとする死神の図。だがウルキラムは未だ諦めてなどいなかった。子供とは言えるモンスターの大群の頭。一矢報いるために、死にかけの体を気力だけで動かし、口を限界まで開けて牙を覗かせ、噛み付きにかかった。




「……シィィ……──────ッ!!」


「──────………………………。」




 迫り来るウルキラムに最後の弾を撃つ……そう思われたが、皆が見守る中、黒い死神は右脚を振り抜いた。上から襲い掛かってくるウルキラムの顔に目掛けて上段蹴りを放った。足は顔を完璧に捉え、下顎に打ち込まれた。そして、何の変哲も無い蹴りだけで、ウルキラムの下顎を……根刮ぎ毟り取ってしまった。


 蹴り飛ばされた下顎は10数メートル先まで飛んで行き、べしゃりと嫌な音を立てて地面に落とされる。ウルキラムの口からは血が滝のように止め処なく流れ、ばしゃりと血の池に沈んだ。赤黒い血が広範囲に広がっていく。黒い死神は両手に持つ黒い姉妹銃をレッグホルスターに納め、大口径狙撃銃を取りに歩いて行く。


 置いてきた狙撃銃を回収すると、ボルトを引いて次弾を装填した。そして目についた適当なモンスターに目掛けて撃った。爆発音が響き、頭が粉々に吹き飛ぶ。それを見たモンスター達は、自分達のリーダーが完全に殺されてしまったことを悟り、来た道を戻って行った。撃退成功である。


 退いていくモンスターの大群の背を見て、疲労が重なっていた狩人達はその場で尻餅をついて座り込む。数時間は街がモンスターの再襲撃を恐れて門を開けない。なので暫くは待機することになる。死んだ仲間、動けない仲間、気絶した仲間を各々手当てしたりする。その中、黒い死神は何事も無かったように大口径狙撃銃を抱えたまま岩の上に座って周囲を眺めていた。




「焰狼狐があんな一方的になんてよ……」


「あぁ。子供とは言え焰狼狐だぞ。それも1人でだ」


「今回も無傷に返り血無し。強すぎて、俺は怖くて仕方ねーよ」


「最後の見たか?蹴りだけで下顎全部、根刮ぎ持っていきやがった」


「人間なんかじゃねーよ、アレは」


「バケモンだろ……ありゃ……狩人だからって一緒にされたくねーわな……俺達にはあんなの一生掛かっても無理だ」


「バケモン?違ーだろ──────あれは黒い死神。平等に命を刈る、立派な死神様よ」




 この戦いの功労者は間違いなく黒い死神だ。そんなことこの場で生きている者達は全員理解しているし異論はない。異論を挟める余地が有るわけがない。しかし、そんな彼を褒める者も、礼を言う者も皆無だった。


 皆は恐れているのだ。人並み外れた力を持ち、たった1人でどんなモンスターも狩ってしまう彼に。誰もが恐れるモンスターからも、人間からも恐れられて畏怖される最強の狩人、黒い死神。


 結局、門が開くまで誰からも労いの言葉を掛けられる事も無く、話し掛けられることすらも無かった。ずっと大口径狙撃銃を抱え、モンスターが来ないか見張っているだけで数時間が経過し、掃討作戦など無かったかのような足取りでエルメストへ帰還した黒い死神だった。



















「──────どうだった?君の師匠の戦いぶりは」


「……強ェ。どこまでも、純粋に強ェ。出来るだけ無駄を無くして効率良く、あのモンスターを追い詰めてンのが解る。それに倒れてても一切油断してなかった。最後の蹴りもヤバい。あんなの食らったら軽く死ねる」


「ね。あれを初めて見る人は必ずドン引きするよ。力のコントロールはできる癖にリミッターはぶっ壊れてるからね」


「……私もあんな風に戦えなくちゃダメなのか?」


「……ぷっ。ふふふ。あははっ。そんなハードル高すぎることは彼も僕も望んでないよ。彼は特別だから。僕がこれを見せたのは、君に戦い方を教えてる人はこんなに強いから、修業で叩き伏せられても仕方ないことなんだよって言いたかったから。喧嘩で負けたこと無かったくらいで黒い死神に勝てるなら、この世の狩人は居る必要なくなっちゃうよ」


「あー……ちょっと凹んでんのバレてたか」


「何となくだけどね」




 修業の中で何度もボコボコにされた妃伽は自信に罅が入っていた。こんなにやられるような奴が、本当に狩人になれるのかと。しかしその考えは杞憂も良いところだ。彼女は初めの頃と比べて戦えるようになっているし、確実に強くなっている。思い悩む必要なんて無いのだ。


 それに修業なんてまだまだ始まったばかりだ。悲観するのは早すぎるというものだろう。それを虎徹は教えたくてビデオを見せた。その思いや言葉は妃伽に届いたようで、ありがとうと言って自分の頬をパチンと叩いた。気合いを入れ直す。こんなにスゴい人の弟子をしているのだから、ウジウジ悩んでいる暇なんて無い。


 これがバレたらウルキラムにやっていた蹴りを尻に食らうし、修業の内容を数倍に増やされてしまう。貴重な映像を見れたことにホクホクしながら、少しだけこのディスクを借りても良いか許可を求めた。何度も見返して、黒い死神の戦い方を目に焼き付けるのだそうだ。




「それは全然いいよ。けど満足したらディスクは焼いて破棄しておいてくれる?誰かに漏れたら面倒くさいことになっちゃうからね」


「りょーかい!じゃあ暫くかりてるわ!うっし、もっかい見よ」


「ふふ。じゃあ僕は地下の仕事部屋に居るから、何かあったら声かけてね」


「うっす」




 映像を巻き戻して最初から見始めた妃伽にクスリと笑う。とても真剣な横顔に邪魔してはいけないなと思って音を立てないように部屋を出た。元気づけは成功したようだ。それに加えてやる気も増大させることに成功したので、これからの修業効率も良くなるだろう。


 店は休みなので、妃伽の武器のメリケンを改良でもしようかなと考えながら地下に降りていく虎徹。今は依頼で居ない黒い死神に心の中で謝罪しておく。まさかあの時の戦いを録画したビデオが妃伽の手に渡り、何度も何度も見返しているとは露程も思っていないだろう。知りもしない人に見られても気にしない彼だが、近しい人に映像を見返されていると思うと思うことはあるだろう。


 怒ることは無いだろうが、何か言われたら弟子の育成のためだよとでも言って納得してもらおう。虎徹は仕事部屋に入りながらそう考えて、可笑しそうにクスクスと笑った。







 妃伽は師匠の戦いを見ることが出来た。モンスターを狩る狩人の最強に君臨する彼の戦いを。これから彼女は強くなるのだろう。尊敬する師匠に引っ張られて。








 ──────────────────



 巌斎妃伽


 狙撃だけで大抵終わってしまう黒い死神の、ちゃんとした戦いを見るのは初めて。ウルキラムを終始圧倒する彼の姿をキラキラした目で見ていた。死んでしまった狩人のことは残念に思っているが、それはそれ、これはこれとメリハリをつける事が出来るようになっている。


 今はまだ参考に出来るところは少ないだろうが、いつかは師匠の力に追いつきたいと考えている。





 黒い死神


 銃の腕前に加えて人間離れした身体能力を持っている。蹴りだけでモンスターの顎を毟り取ることが出来る異常な人。


 誰かを助けても、これまでの経歴が邪魔をしてお礼の言葉を言われる機会は少ない。掃討作戦で戦いが終わった後、見張りをしていたのだが、その礼も言われることはなかった。功労者であることは間違いないのに労いの言葉も無い。


 だが本人は別に要らないと思っている。感謝され、褒められたくて狩人をやっている訳ではないから。むしろ集って話し掛けられるより余程マシだと考えている節がある。


 妃伽が自分の戦っている姿を見ていることを全く知らない。





 天切虎徹


 ちょっとした裏ルートで掃討作戦のビデオを手に入れた。凹んでいると察したので見せたが、どちらにせよ見せてあげるつもりだった。蹴りでウルキラムの顎を毟り取ったところを見た時、相変わらずだなぁ……という感想しかなかった。



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