第20話  素顔が見たい






「──────うおおおおおおおおおおッ!!!!」


「目線で狙いが判りやすい。頭の良いモンスターはそれだけで察してくるぞ」


「いでっ!?クッソォ……ッ!もう1回頼むッ!」


「……今日はやけにやる気があるな」




 妃伽が虎徹から掃討作戦の録画ビデオを見せてもらった次の日。彼女は修業をつけてもらっていた。昨日の内には帰ってきていた黒い死神だったが、街に着いたのは夜だったのでこんな時間からやるのもな……ということで自習に任せたのだ。そして次の日には虎徹の店へやって来て、いつも通りの修業を開始する。


 今日はトレーニング場である程度体を動かしたら、妃伽の武器のカートリッジを補充して、街の外に出る予定になっている。今やっているのは黒い死神を相手とした戦闘訓練だが、全力ではやっていない。外に出て修業するための準備運動に近い。


 体が温まったら行く予定なのだが、黒い死神はやる気に満ち溢れた妃伽に内心首を傾げている。というのも、何故か張り切っているのだ。別にいつも怠けているとか、本気でやっていないと言いたい訳ではないが、何だか気迫が違うのだ。


 姿勢を低く取りながら接近して脚を狙ってくる。目線は解らない。こちらが上から攻撃したらどう対処するのか気になったので拳を振り下ろした。すると、妃伽は頭に向けて振られた拳を首を動かすだけで避けた。そして黒い死神の腕を掴もうとする。なるほど、見ないで攻撃を察知できるようになったらしい。


 気配察知のレベルが上がっている事に感心しながら、腕を掴まれる前に引いた。空振りに終わった腕の巻き込み。しかし妃伽は捕まえられない事くらい解っていた。だから腕を取ろうとする事自体がフェイントである。本気で捕まえる気は無かったのですぐさま次の行動へ出る。


 左手が上に向けて何かを投げた。黒い死神の動体視力が見たそれは、メリケンのカートリッジだった。何故それを投げるのかと一瞬疑問に思ったが、下から掬い上げるが如く繰り出されるアッパー攻撃。なるほどと思った。妃伽の右拳が宙にあるカートリッジに叩き込まれた。瞬間、打面に衝撃が与えられ、MAX8回分の爆発と、外されたカートリッジが誘爆した。


 トレーニング場の壁が震えるほどの大爆発が起きる。部屋に取り付けられたセンサーが発生した爆煙を感知し、自動で換気扇が回された。少しずつ晴れていく黒い煙。小型モンスターでも耐えきれるとは到底思えない強力な爆発だった。それを目の前でやられた黒い死神が無事なのだろうか。




「ひゅっ……げほッ……げほッ……」


「……すまん。少し強く蹴りすぎたようだ」


「べ、別に……へっちゃらだぜ……こんなもん……ッ!げほッ……それより、どうやってアレ避けたんだよ。完璧に決めたと思ったのに」


「実際良い手だった。気づくのが遅れれば受けていたやも知れん」




 カートリッジを殴りつけて誘爆させる。右のメリケンはMAXの8回分の爆発で、投げたカートリッジは1度も使っていないので8回分。要するに虚を突いて16回分の爆発を見舞ったことになる。ではそれだけの爆発を至近距離でやられ、無傷の黒い死神はどうやって凌いだのか。


 妃伽は吹き飛ばされて左の脇腹を押さえている。これは黒い死神に蹴られたからだ。その蹴りを放った瞬間は爆発が起きるとほぼ同時だった。目的を察した黒い死神が、床に付くくらい上体を反らした。向けられた拳はアッパーだったので下から上。つまり爆発の衝撃は大凡上に向かう。


 爆発の範囲内から抜け出し、床に手を付いて体を捻り込んで無防備になった妃伽の脇腹へ蹴りを入れたのだ。一瞬の早業で妃伽は反応出来ず、蹴りを真面に食らって吹き飛ばされて嘔吐いていた。それを説明された時、妃伽が呆れた目を向けてしまうのは仕方ない。普通そんな芸当を咄嗟にできない。そこは流石と言うべきだろうか。




「脇腹を見せてみろ。肋を折った感触が無かったから大丈夫だとは思うが、確認しておこう」


「見……っ!?だ、大丈夫だって見るほどのモンでもねーよ!ふおぉッ!?」


「では少し触れるぞ。痛みを伴うならば言え」


「い、痛みってか……っ……」




 尻餅をついた状態で壁に背を預けている妃伽の傍により、黒い死神は黒い手袋を嵌めた右手で彼女の左脇腹に服の上から触れてくる。痛みがあるか確認しながら、時々押し込んだりして優しく触れてくる。蹴られたばかりなので押し込まれると少し痛いが、骨に異常があるとかの痛みではない。


 それよりも、黒い死神が近い。彼が正面から脇腹に触れてくるので自然と近づくのは仕方ない。仕方ないのだが、触れられているところが熱を持つようだ。恥ずかしいし、意外と優しい手つきなので変な声が漏れそうになる。手で口を押さえることでそれを防ぐが、何だか変なことをしている気分になる。


 心臓が早鐘を打つ。怪我をしていないから確認してくれているのに、邪なことを考えているようで申し訳なさと、こんな風に男に触れられたことが無いので変な緊張がごちゃ混ぜになる。汗を掻いていて臭くないかなと思ってしまうのは、彼女がしっかりと女の子をしているからだろうか。




「ここはどうだ?痛みはあるか?」


「んんっ……い、痛くないっ」


「そうか」




 ──────バッカやろおぉおおおおおおッ!!近い近い近い近い近いッ!優しく触れてくんなッ!何で良い匂いすんだよムカつくッ!つか無駄な脂肪ねーよな?プニプニしてねーよな!?スタイルには自信があんだよ……ってか何でこんな事考えてんだ違う!待てよ、汗掻いたから私今汗臭いかも……違う!あーもう黒い死神コノヤロウッ!あ、今ならフード取れそう。




 心の中の妃伽の方が余程うるさい。心臓なんてまだ大人しいだろう。喧嘩に明け暮れた妃伽にとって、プライベートで接する男なんて皆無に近かった。今のように至近距離で話をしたりすることなんて殆ど無い。なので免疫がついていないのだ。


 大荒れの心を静めるために、何かに気をやって紛らわそうとした時、妃伽は目の前にある黒い死神の被るフードが目に入る。そういえば、彼の素顔を見たことが無い。バイクに乗っている時も、正面からの風で後ろに飛ばないよう頭を少し下げるなり工夫していた。


 会うときは必ず今の黒い死神のスタイルなので、顔を見ることが無い。醜い顔をしているだとか、逆に整っているという噂が流れている彼の素顔。気になったら確かめたくなってしまう妃伽は、口を覆っていた手を外してフードに手を掛けた。そのまま後ろへ外そうとすると、彼女の手首を彼の手が掴んで止めた。




「なんだ」


「えっ、あ、やーその……アンタの顔見たことねーから気になってさ?見せてほしいなーと」


「俺の顔を知らなくても修業に影響は無い」


「いやそうなんだけど……あ、待て違う。影響ある。ちょーある。ほら、気になって修業に身が入らないんだよ私っ!実はずーっと気になってたんだ!な、見せてくれよ!」


「……そんなに気になるのか。俺の顔が」


「なるなる!だって他の狩人達でさえ知らねーんだぜ!?弟子ならそれを知っててもいいじゃねーか!修業頑張るからさ!見せてくれ!」


「ふむ……」




 触診を終えて異常がないことを確認した黒い死神は立ち上がった。ほんのりと熱い頬を気づかないフリをして、差し出される手を取って妃伽も立ち上がった。彼は顎に手を当てて何か考え込んでいる。見せようか見せまいか悩んでいるのだろう。妃伽としては是非とも見せて欲しいのが本音。


 尊敬する人であり、師匠の顔だ。知りたくないわけがない。ついでに言うならば本名も知りたい。何だかんだ彼のことは黒い死神としか呼んでいないのだ。名前を知ることが出来れば、名前で呼ぶのも良いだろう。人が居るところでは呼べないかも知れないが。何せ、誰も彼のことを名前で呼んでいないから。


 少しだけ悩んでいる様子の黒い死神は、分かったと口にした。どうやら顔を見せてくれるらしい。おぉ……っ!とテンションが上がる妃伽だが、条件があるが……と付け加えた。まあ普通に見せてくれるとは思っていない。ちょっと期待した部分があるが、条件を満たせば見せてくれるというのなら、頑張らせてもらうだけだ。




「ここでの修業は終わりだ。次は街の外へ出て修業をする。そこで出す条件を満たせたら、俺の素顔を見せよう」


「やっぱり無しは無しだかんな!条件満たせたらちゃんと見せろよな!」


「そんなつまらん嘘はつかん。では、移動するぞ。格好はそのままで構わん」


「うっす!」




 妃伽は気合いを入れた。黒い死神の素顔ともなればかなりのレアだ。人の前には全身を覆うようなローブを身につけ、フードを深く被っているので見えない。誰もその顔を見たことが無いから、臆測から来る噂が飛び交っているのだ。


 トレーニング場から出た2人は、店の用意をしている虎徹に街の外へ行ってくることを伝えて店も出た。街の大通りに出て歩いていると、全身黒で統一されて目立つ黒い死神の存在に気がついて、道行く人達が勝手に道を開けた。昼を少し過ぎたくらいの時間帯なので人は居るのだが、彼に掛かれば人混みなど有ってないようなものだ。


 懐から端末を取り出して弄っている黒い死神を見ると、どうやら回収係をやっている倉持に連絡してバイクを持ってくるように言っているようだ。バイクで移動するほどの距離があるのかと心の中で呟いていると、これのために開けられた道の真ん中に千鳥足の男が出てきた。顔が赤く、目の焦点が合っていない。どうやら酔っているようだ。仲間らしき男達が2人止めようとしているのが目の端に映った。




「よォ、黒い死神サマよぉ!モンスター片っ端からぶっ殺して金余ってんだろー?潤ってる懐を少しは分けてもらえませんかねー?俺は酒が飲み足りねーんだ!」


「おいバカやめろ!」


「なんでよりによって黒い死神に絡んでんだよっ!死にてーのかお前!?」


「うるせぇ!俺に任せとけばいいんだよバカ共がよぉ!……あ?おい聞いてんのか黒い死神ぃ?無視してんじゃねーぞ!」




「…………………。」


「あー、師匠。こういう時って」


「偶にだがある。こういう輩は解らせてやるに限る」


「うわ……アイツご愁傷様じゃん」




 悪酔いしてしまった男は狩人だった。いつもならこんな下らないことはしないのだが、先日に向かった依頼でモンスターに手こずってしまい、結局狩猟は諦めるしかないと判断して帰ってきたのだ。所謂依頼失敗だ。仲間との連携は申し分ないが、モンスターが少し強かったのだ。


 嫌なことがあれば酒を飲んで忘れるに限ると、仲間の制止を振り切って昼間から大量の酒を飲んでしまった。アルコールが思考力を奪っていく。正常な判断ができなくなってしまい、今のように普段なら絶対しない黒い死神に絡むということをしてしまっているのだ。


 黒い死神は時々だがこうして絡まれる事がある。特に酒を飲んだ者達が多い。中には若くて自信に満ち溢れ、自分を中心に世界が回っていると勘違いしている者が、最強の2文字を背負う彼に挑戦してくることがあるのだ。今回は前者である。これからやることがあるので面倒ではあるが、2度と同じ事をしないようにお灸を据えてやろうとした。




「知ってるぜー?最近後ろのガキと一緒に行動してんだろー?弟子か?それとも黒い死神も性欲には勝てなかったかー?だっはははははははははははは!」


「おまっ、本当にもうやめろッ!!」


「流石に失礼だろうがッ!今すぐ謝れッ!」


「うっせーつっただろーがッ!お前らも気になんだろ!?最近連れてるガキが何なのかよー?買った女なら俺にも使わせてくれよぉ。中々イイもん持ってるよ゙ごッ!?」




 一般人には見えなかった。かと言って傍に居る狩人にも見えなかった。そして傍に居た妃伽にすら、彼の動きは見えなかった。瞬きをする程一瞬の間に、彼は酔っ払って失礼なことを吐き続ける男の目前まで移動していて、頭を黒い手袋を嵌めた手で掴み、地面に叩き付けていた。


 ばきりと音がして、舗装された地面が砕けている。叩き付けられた頭は半分ほど埋まっている。男は何が起きたのか解らずに叩き伏せられ、脚をビクリと痙攣させて沈黙した。男の仲間との思わしき男達は、一瞬にして現れ、仲間を戦闘不能にした目の前の黒い死神に瞠目しながら、サッと蒼白い顔色となった。


 絶対に怒らせてはいけない者を怒らせた。モンスターを素手で殺すような者が、最強と謳われる者が相手になれば、自分達程度がどうなるかなんて想像する必要が無いくらい解る。気配だけで殺されると震えている2人に、頭を鷲掴んだまま人一人を軽く持ち上げて投げつけた。


 飛んできたのは本当に人だろうか?速度をつけた車ではないのかと疑いたくなる衝撃が来て、2人で受け止めたにも拘わらず数メートル足が引き摺られて地面に倒れ込んだ。男を2人で抱えながら、離れたところに居る黒い死神を見上げる。体が震えてしまうのは、きっと恐怖だろう。絶対的力を持つ者への純粋な恐怖である。




「俺が連れているのは、正式に取った俺の弟子だ。それについてどう思おうと勝手だが、侮辱することは赦さん。それはつまり、俺への侮辱と同義と知れ」


「す、すみませんすみませんすみません!このクソ野郎には良く言って聞かせます!!」


「お弟子さんに失礼なことを言って申し訳ありませんでした!!」


「次は容赦せん。2度と狩人の仕事を受けられると思うなよ。目障りだ──────失せろ」


「すっ、すみ、すみませんでしたッ!!!!」




 フードで目線が解らないのに、睨み付けられているのがよく解る。鋭い気配に肩を跳ねさせ、男達は頭から血を流して白目を剥き気絶している男を抱え、その場を急いで後にした。頭を深々と下げて消えていく男達に同情を禁じ得ない。


 物見遊山を決め込んでいた一般人や通り掛かった狩人は、何度も見た光景なので別段驚きはない。酔っ払いが黒い死神に絡み、叩きのめされるところは。しかしあの、最強の狩人に弟子が出来たという話には食い付く。ざわつき、ヒソヒソと話し声が聞こえてくる。


 彼の口から放たれた言葉なので嘘は無い。それ故に困惑する。今まで誰も弟子に取らなかった男が、あまり見ない女を弟子に取っていることに。まるで弟子云々の話が異常であるかのように驚きを露わにし、皆が妃伽の事を見て観察していた。






 数多くの視線に晒されて若干の居心地の悪さを感じながら、歩き出した黒い死神の後を慌ててついていく。自分が侮辱された事へ怒った彼に、胸の温かみを感じながら。









 ──────────────────



 巌斎妃伽


 喧嘩上等で過ごしてきたため、男との接触が極端に無かった。なので黒い死神が近づいて軽く触れてくるだけで少しテンパる。でも、別に触られることに嫌な思いはしていない。これが他の知らない男なら殴り飛ばしている。


 戦い方を工夫して、早く認められたいと考えている。誘爆の戦法は夜寝る前に考えついて、忘れる前にメモして実戦した。上手くいかなかったと思っているが、彼でなければ当たっていた。





 黒い死神


 誘爆戦法に感心している。良く思いついたなと。思い切り避けないと被弾していたので危なかった。なのでつい蹴りの威力が上がってしまった。そこは反省している。ちなみに、本気で蹴ったら肋骨は全部粉砕骨折して内臓をいくつも潰してた。


 自習にした次の日にいきなりやる気を出してきた事に困惑したが、実力をつけてきたことに満足している。同時に、妃伽の成長速度に目を見張っている。少し飛ばし気味を自覚しているが、それに追いついてくるので良い才能だと認めている。


 良い手だったと誘爆戦法のことを褒めたつもりだが、悔しそうにしていたので言い方が悪かったかと思っている。もっと良い部分は褒めようと決心した。褒め方については、虎徹に教えてもらう予定。ていうか、端末で少し聞いてみた。





 天切虎徹


 夜の店の準備をしていたら端末に連絡が来たので見てみると、黒い死神から褒め方を教えてくれと来たので吹き出して笑った。でも教えてあげる。妃伽を思ってちょっとイタズラをしながら。




「うんうん。良いところは褒めてあげないとね。モチベーションにも繋がるし良いことだよ。相手はまだ子供なんだから、尚更ね。ということで、褒めるときは──────っと。ふふ。帰ってきたら巌斎さんに聞いてみよーっと」



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