第21話  武器を使った戦闘




 昼間から酒を飲んで白昼堂々と黒い死神に絡むという、ある意味の快挙を為し遂げた狩人達と別れてから、妃伽は彼と共に街の大通りを歩いて街の入口である門のところまで行った。そこには連絡されていた倉持がバイクを持って待っていた。


 バイクを受け取り黒い死神の後ろに乗り、移動する。彼に抱き付くのにまだ慣れない妃伽だったが、強く抱きついていないと本気で振り落とされることを経験済みである。なので遠慮せずにぴったりとくっ付いた。


 バイクを走らせて数十分。妃伽は被っているヘルメットの中でボーッとしていると、少しずつ速度が落ちていくのが分かった。どうや目的の場所に到着したようだった。着いた場所は開けた場所だった。元は何処かの村だったのか、倒壊して砕けている家屋の残骸がいくつもあった。


 人は居らず、人が居た形跡も無いので相当前に放棄されたのだろう。凹凸の少ない場所までバイクを移動させて止めた黒い死神は、ついてこいとだけ言って歩き出した。徒歩で移動すること十数分。廃村から少し離れたところまで移動した2人は向き合った。




「今日は修業は実戦訓練だ。俺との模擬戦で準備運動はもう要らんだろう。必要ならば時間を取るが、どうする」


「要らねぇ。すぐに始めて良いぜ」


「そうか。では早速始めよう。ラプノスは覚えているか?」


「穴に落とされた時に私が狩ったやつだよな?」


「そうだ。今からそのラプノスを、今回は最初からお前1人で相手してもらう。武器は当然使って良い。此処にあるものを自由に利用して狩猟しろ」


「マジの実戦かよ……っ!!」


「安心しろ。ラプノス如きに今更負ける程、お前は弱くない」


「……良いぜ。やってやるよッ!」


「その意気だ」


「気合い入れてくぜッ!……ん?」




 ポーチに入れてあった武器を取り出して両手に嵌め、ガチンとぶつけ合わせて気合いを入れる妃伽。現地に連れてこられてやらされるのがモンスターの狩猟というのは中々にキツいものがあるが、今の彼女には虎徹が造った武器がある。長時間戦闘が出来るように体力もつけたし戦い方も学んだ。


 発展途上だとしても、下位のモンスターであるラプノスならば勝てると、自身を鼓舞する。バイクでの移動時間があったが、黒い死神との修業で体はしっかりと動く。やる気は十分だ。あとはモンスターが来るのを待つか、見つけて挑むだけだ。そう思っていた。


 向かい合う黒い死神が香水の瓶のようなものを懐から取り出して蓋を開けて差し出してくる。首を傾げながら手を差し出せば数滴垂らされた。それを首元や腕などに広げて塗っておけと言ったので、言われたとおり塗り広げた。これは何なのかと問う。透明で、匂いを嗅いでも特に匂いはしないからだ。




「昔に開発されてすぐ生産を禁止されたモンスターを呼ぶ匂いを放つ香水、『まねこう』だ」


「なんて??」


「モンスターを意図的に呼び、関係無い人間を襲わせるという汚い使い方をする輩が増えたことで製造も使用も禁止されている。それはオリジナルの『招き香』を真似て俺が調合したものだ。ラプノスだけが反応する」


「ちょっと待て??」


「ちなみにだが、頭がおかしくなるくらい寄ってくる。まあ此処らにはそれ程多くのラプノスは居ないから、思ったよりも集まりはしないだろう。それでも相当な量が来るから気をつけろ」


「あったまおかしいンかッ!?なんつーもん塗りたくらせてンだよッ!満遍なくやっちまっただろッ!つか造って使ってンじゃねーよッ!!」


「バレなければ良いんだ」


「アンタが1番言ったらダメな奴だろッ!?あ、ちょっ……」


「効果時間は大凡1時間だ。俺の素顔を見せよう」


「クソみてェな修業だなオイッ!!」




 妃伽を置いて人が出せる速度ではない速度で走って消えた黒い死神に叫ぶ。いやはやとんでもないものを体に塗らされてしまっていた。製造も使用も禁止されているモンスターを誘き寄せる香水、『招き香』なんてものがあるなんて、狩人を目指しているだけの妃伽が知るわけがない。


 効果時間は1時間と短めなのはいいが、効果は絶大らしい。此処らにはそもそもラプノスがそこまで居ないらしいので助かっているが、多く居るところなら頭がおかしくなるくらい呼び寄せてしまうらしいのだ。さっさと居なくなった黒い死神に絶句していたが、すぐに気持ちを入れ替える。


 拳を持ち上げてファイティングポーズを取ると、遠くから足音が聞こえてくる。その方向へ顔を向けると、土埃を上げながらラプノスが4体も全速力で向かってきていた。その後ろからも6体のラプノスが来ている。全部で10体のラプノスだ。ほんの数滴を塗り広げただけのに、何という効果だろうか。


 本物のモンスターである。大穴に落とされ、その中で戦ったラプノスのように負傷している訳でもない、空腹で血肉に飢えた、人間を襲うモンスターが相手だ。1体でも命を賭けて戦いどうにか狩ったのに、それが10体である。大丈夫だろうか。自身に出来るだろうか。そんな弱気な心が顔を覗かせようとするのに渇を入れて吹き飛ばし、ラプノスの大群を睨み付けた。




「■■■■■■■■ッ!!」


「■■■■ッ!■■■■■■■■ッ!」


「■■■■■■ッ!!■■■■■■■■ッ!!」




「お前らよりも、武器持った師匠と対峙する方が怖ェンだよッ!舐めてンじゃねーぞ!──────まずは1発ぶち込んでやっから死に腐れやボケがオラァッ!!!!」




「──────ッ!?」




 先頭を走り、真っ先に飛び掛かってきたラプノスに右拳を振り抜いた。親指で武器のメリケンにつけられたスイッチを1回押す。起爆スイッチが入ったことで打面に衝撃を与えれば爆発する。それを全力で殴りつけた。飛び掛かり、噛み付こうとしたラプノスの鼻っ面に打ち込んだ。瞬間、メリケンが爆発を起こした。


 改良を加えられ、妃伽がより強い爆発にも耐えられるということで火薬の爆発力を上げられている。爆煙が発生して、その中から殴られたラプノスが吹き飛ばされてきた。口先が爆発によって粉砕されている。白目を剥き、着地も出来ず地面に転がった。立ち上がる様子は見えない。一撃で即死したらしい。


 飛び掛かってきた先頭のラプノスだが、続くように3体のラプノスも飛び掛かっていた。仲間がやられたと気づいても手遅れで、空中に跳び上がって襲ってしまったので避けようもなかった。妃伽は使った右手ではなく、左手のメリケンのスイッチを4回押した。そして全力の殴打。4倍の爆発が起こり、3体のラプノスを吹き飛ばした。


 だが直接爆発を叩き込むのではなく、爆風に煽られただけの2体は立ち上がってしまった。1体は即死させられた。残るは2体。しかしその2体は爆発の衝撃と音で脳が揺らされ脳震盪を起こしていた。立ち上がってもふらりとしている。そこへ駆け出して速攻を掛けた。左右のメリケンのスイッチを1回ずつ押して構え、顔面を殴りつけた。




「オラ死ねェッ!!」




「──────ッ!?」


「■■■■■■っ!?」




「さァ次ィッ!次次次次次ィッ!どんどん来いやぶちのめしてやっからよォッ!どっからでもかかってこいやァッ!!」




 右のメリケンを打ち込む。爆発して即死させる。左のメリケンを打ち込む。爆発して即死させる。あっという間に4体のラプノスを殺して狩猟してしまった。少し前とは全く違う彼女の力。それは彼女自身も自覚している。握り込んだ拳が震えている。モンスターを前にし、その命を散らしたことへの恐怖か。怖じ気か。どれも違う。戦える事への歓喜だ。


 モンスターと戦える力を漸く手に入れた。自身の力があのモンスターに通用している。その事実が、彼女の血潮を熱く滾らせた。息が荒くなって興奮しているのが解る。昂ぶってしまう。もっともっと、モンスターをこの手で殺し、壊したい。ずっと戦っていたい。命を賭けたやりとりを続けたい。


 自分を中心に世界が回っていると錯覚してしまう全能感が広がっていく。ケタケタと思わず笑いながら、左手のメリケンのスイッチを3回押した。向かってくる遅れてやって来たラプノス2匹に、噛み付きを躱して体側面に拳を打ち込んだ。3発分の大爆発を起こし、1体の横っ腹には大きな穴が開き、爆風で吹き飛ばしてもう1体を巻き込む。


 仲間に下敷きにされたラプノスが起き上がるために藻掻く。上に乗った死体に脚を掛けて見下ろす。8発全部打ち込んだ左手のメリケンが、自動的にアタッチメントを弾いて外した。改良されて、全部使い切ると勝手に外れるようになっている。右手のメリケンのスイッチを押し込んで1秒待った。かちりと小さい振動が伝わる。これはセットが完了した印だ。


 スイッチを1秒以上長押しすると、残っている爆薬を全て使うようにセットされる。5発残っているからといって、5回押し込む必要はない。押して1秒経てば、5発分がセットされる。拳を持ち上げて振り下ろす。大爆発を起こして爆煙と砂煙を巻き上げた。視界が悪くなる中で、煙の中からカチンと音が聞こえる。


 煙の中から出て来た妃伽は、中でアタッチメントを入れ替えていた。全弾使ったので右のメリケンのアタッチメントが外されたので、ポーチに手を入れて2つ取り出し、スライドして装填した。そして気配のする方へ真っ直ぐ走っていくのだ。残る4体の内、2体が距離を取りもう2体が接近してくる。




「──────オッラァッ!!」


「■■■■■……ッ!?」


「吹き飛べやァッ!!」




 2体向かってきた右側のラプノスが、退化して短くなった鋭い爪を生やす手で引っ掻きをしようとしながら、同時に妃伽の頭に齧り付こうとしている。その顔に向けて上段蹴りを放った。まるで黒い死神がやったように、最短距離で最大の威力を込めて蹴り込んだ。頭に入れられた蹴りにより体勢が崩れた。


 跳躍してフラつくラプノスの背を土台に更に跳ぶと、奥に居たラプノスに襲い掛かった。左右のスイッチを1回入れ、左で顔面を殴打する。目玉を吹き飛ばしながら致命傷を与える。フラついていたラプノスは頭を振ってグラついた視界を戻すと、怒りを露わにして体を回しながら尻尾を振り回した。


 体勢を低く取り、低姿勢のまま接近した。そして体を持ち上げながら右拳を右下から左上に目掛け、斜めに掬い上げるような拳を隙だらけの胴に打ち込んだ。衝撃で起爆して腹に穴を開けて内臓を引き摺り出す。次々とやられていく仲間に、残る2匹のラプノスが少しずつ後退していく。




「何逃げようとしてンだオイ。仕掛けてきたのはテメェ等だろーがよォ。さっさとかかってこいッ!ぶち殺してやるぜッ!!」




「■■■■■■■■■■ッ!!!!」


「■■■■■■■ッ!!■■■■■■ッ!!」




 10体も居たラプノスは、たったの2体だけになってしまった。妃伽の体力はまだまだ有り余っている。メリケンのアタッチメントも山と残っている。彼女は拳を構えながら、獰猛な笑みを浮かべて駆け出した。






















「──────好戦的過ぎるな」




 ラプノスと戦闘している妃伽に巻き込まれないよう、離れた場所から望遠鏡で観戦している黒い死神はぼそりと口にした。戦い始めてから、妃伽の動きはキレを増している。戦えば戦うほど強くなっている。戦闘訓練の際に何度か見せた自身の上段蹴りを使い、モンスターを怯ませるところなど他の狩人なら早々やらない。


 戦い方が写っているようだ。しかしそれよりも、黒い死神は妃伽が嬉々として戦っていることに着目している。命のやりとりなのだから冷静でいて欲しいものだが、興奮した様子で戦っている割には周りを良く見ているし、自身の立ち位置も常に把握している。


 後ろから突然狙われないように爆煙と砂煙を巻き上げて視界を奪ってから、全弾使い果たしたメリケンのアタッチメントを交換したりと、良い戦法を使っている。必要以上の爆発を使っている事くらいだろうか、直すべきだと思ったのは。


 モンスターに襲われて死にかけたのは、つい最近の出来事だというのに、10体のモンスターを前にして怯みすらしないのは強靱な精神力が為せる技なのだろうか。


 それにしてもと思う。大穴に落とした時にラプノスを斃させたが、殺すという行為に躊躇いが無かった。今回も同様に躊躇いが無い。元々一般人であり、生きた動物すら殺したこともない少女が、モンスターと1人で対峙し、臆せず戦って命を奪うことに抵抗が無い。改めてイカレていると思う。良い逸材だと黒い死神は、彼女のことを評価する。


 だがやはり、今の戦い方は少し褒められたものではない。激情に流されているようでその実冷静なのは、相手に思考を読まれづらいので良いかも知れないが、妃伽は今自分こそが世界の中心だと言わんばかりの戦い方だ。それではいつかボロが出て、モンスターはそこを突いてくる。




「はぁ……。まだまだ修業が必要だな」




 望遠鏡を覗き込みながら、20体目のラプノスを斃した妃伽を見ながら、精神的に未熟でまだまだだと呟く。肉体面では下位のモンスターに遅れを取ることは無いだろう。しかしこれが上位だったりすると狡猾な戦い方をしてくるモンスターも居るので簡単な戦いにはならない。


 黒い死神が見守っている中で、妃伽は縦横無尽に辺りを駆け回って襲い掛かってくるラプノスを手当たり次第に葬った。メリケンを嵌めた拳を振るい、爆発を引き起こし、一撃で頭を吹き飛ばして即死させる。


 その後の約1時間、妃伽はラプノスとの激闘を繰り広げた。戦っているとあっという間だったと感じた妃伽は、少し肩で息をしながら額に掻いた汗を拭い、合流した黒い死神を見やった。どうだ。生き残ったぞと言わんばかりの笑みを浮かべながら。






 約束は約束だ。そう言って黒い死神は、弟子である妃伽の目の前でフードに手を掛けた。彼の素顔を知る者は数える程しか知らないという、フードの中を晒け出した。








 ──────────────────



 妃伽専用爆薬内蔵型対モンスター用メリケン。


 最初の頃より強力な爆薬を使用し、量も増やした。妃伽の筋力で耐えきれるギリギリを攻めている。8発分はまだ少し腕が痺れる程度の反動がある。1秒以上長押しすると、残り全弾を使用するように切り替える。


 全部の爆薬を使うと、銃が薬莢を排出するように勝手にアタッチメントを外す仕組みになっている。これにより、まず外すという工程を省略している。





 巌斎妃伽


 武器を使ったモンスターとの戦闘は初めて。まさかここまで威力が高くて、一撃で即死させられるとは思わなかった。そのため、戦っていて昂ぶり、全能感に支配された。


 元々喧嘩に明け暮れる生活を送っていたので好戦的。命を賭けた戦いというのが滑車を掛けている。





 黒い死神


 妃伽の好戦的過ぎる性格と戦闘スタイルに不安要素を抱いている。狩人は必要最低限の戦いをして体力を温存させておかないといけないので、その場で全力を出して戦う妃伽の今の戦い方は褒められない。


 約束は守るので素顔を晒す。彼の素顔を知っている者は数えるくらいしか居ない。




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