第45話 危機感の欠如
「──────ンぁあ~~……遠いなぁ」
「そりゃあ、村や街に行くのと違って都市間の移動だからね。一日中走ってもまだ着かないよ」
「つっても、もう1週間経ってるんだぞ。龍已1週間ぐらいって言ってなかったか?」
「正確には1週間以上を掛けて……だね」
「あと何日だよ……」
エルメストを経ってから1週間が経過した。その間ではひたすらに移動をしている。北を目指して倉持のトラックと妃伽と虎徹が乗るバイクが走る。森や林があれば迂回し、隆起している岩が多くあればそれも迂回する。あくまで走りやすいルートを選びながらなので多少の時間のロスはあるのだろうが、それにしても着く気配がない。
走っていればその内着くのだろうが、妃伽は流石にバイクでの移動に飽きてきた。このバイクの運転は楽しい。風を切る感覚が快感だ。走っている……というのを肌で実感できる。しかしこうも数日間続けて体感していると飽きるのだ。
フルフェイスのヘルメットの中で溜め息を溢し、チラリと並走する倉持のトラックの方を見る。左側を走行しているので助手席が見えるのだが、窓が開いて中から黒く長い銃身が出て来た。この移動中で何度も見たものなので慣れている。
反対方向を見れば、ダチョウのように脚の長いドードーに似た姿をしたモンスターが10体以上の集団でやって来ていた。ランク的には下位のモンスターではあるが、数が多いので狩猟する際には複数人での行動が絶対とされている。それだけ数の暴力というのは恐ろしいのだが、黒い死神には数など大した要素ではない。
爆発音のような銃声が響き渡り、丁度重なり合って疾走していたモンスター3体の体が粉々に吹き飛ばされた。揺れる頭ではなく、胴体を狙った狙撃は寸分の狂いも無く中心に撃ち込まれ、貫いた後の衝撃だけで肉を四方八方へ吹き飛ばしたのだ。
その後も次々と撃ち殺されていき、結局モンスター達は妃伽達に到達する前に全滅した。トラックに乗っていて多少なりとも揺れ、モンスターも疾走していて狙いがズレるというのに、龍已は1発も外すことなく、一撃必殺にて仕留めきったのだ。
「なー、虎徹さん」
「どうしたの?」
「龍已が使ってる狙撃銃の弾もしこたま持ってきてるんだよな?」
「そりゃもちろん。倉持さんのトラックの荷台の方に積んであるよ」
「だよな。けどさ、あんなにバカスカ撃ってたらいつかは弾切れになるだろ?そしたらどうすんだ?」
「どうするって?」
「いや、狙撃銃の弾が無くなったら、あの脚に付けてる拳銃使うんだろ?けど、私が言いたいのは遠距離の手段無くなったら、龍已ならどうすんのか……って話だ」
「そういうことね。確かに、龍已が狙撃か銃撃でモンスターを狩猟したところしか見たことないよね。というか、それだけで足りちゃうから仕方ないんだろうけども」
「他にも武器があるってことか?」
虎徹は妃伽が疑問に思ったことを、確かに知らないよね……と納得する。龍已のメインの武器は、背中に背負っている大口径狙撃銃か、脚に巻きつけたレッグホルスターに差した2挺拳銃だ。主にこれを使ってモンスターを狩猟する。他の狩人が大剣や弓、槍などを使うように、龍已はそれらを使った戦い方が戦闘スタイルとなっている。
だが今回妃伽の疑問に触れたのは、出し惜しみなく狙撃を続ける龍已を見てのことだった。モンスターが近づけば狙撃して狩猟しているが、使っているのが銃の時点で弾が必要であり、それが有限であるのは当然。つまり、撃ち続ければいつかは弾切れになるのだ。その場合、龍已はどうやって戦うのだろうか?という疑問だった。
その疑問に対して、虎徹は答えを知っている。しかし今それを教えてしまうとつまらない。できるならば驚く妃伽が見てみたいと思うのは意地悪に当たるだろうか。妃伽の後ろに乗っている虎徹は、通話で繋がっているヘルメットに声を拾われないように忍び笑いをしながら、もちろん他にも武器はあるよとだけ答えた。
「それってどんなヤツなんだ?」
「えー、それ教えちゃうとつまらなくない?」
「つまらないとかの話か!?」
「まあ、滅多に使わないからタイミングが悪いと当分は見られないよね」
「じゃあ教えてくれよ」
「でも、『大侵攻』の時に高確率で見られるだろうから、今は教えてあげなーい♪」
「ちぇっ。もったいぶりやがってよぉ……」
「ふふふ」
持っている武器が無くなったら戦えない。あとはモンスターに狩られるのを待つのみ……なんて状況に陥る可能性を黒い死神が克服していないわけもなく、当然2挺拳銃と大口径狙撃銃の他にも武器はある。しかしそれはまだ教えない。
妃伽はもったいぶらずに教えてくれればいいのにと、フルフェイスのヘルメットの中で唇を尖らせる。でも、いざという時の楽しみとして取っておくのもまたありかも知れない。今はそう思うことにした。でないと、しつこく聞いてしまいそうになる。やはり、自身の尊敬する師匠のことを知りたいと思うのだ。
長距離の移動でできることは、バイクの運転と龍已が狙撃して死んでいくモンスターの姿を眺めることだけ。あとは休憩時の食事くらいしか楽しみがない。店を切り盛りしている虎徹が居るので、野性味溢れる食事よりも栄養バランスを考えられた、外で食べるには豪華な食事が出される。これが無ければ妃伽は思考を放棄していたに違いない。
「あーもう……早く着かねーかな」
「大丈夫。大分進んだし、あと少しだから」
「ホントかよぉ……」
うんざりしたように溜め息を吐く妃伽に、苦笑いの虎徹。この会話をしてから翌日のこと、昼過ぎ頃に目的地であった、中央大都市メディウムに到着した。
「妃伽ちゃん、見えてきたよ。あれが中央大都市メディウムだ」
「おぉ……エルメストよりもデケーんじゃねぇか?」
「そうだよ?メディウムが主要都市の中でも1番面積が広いんだ」
「へー」
草は生えていても木が殆ど生えていない荒野のような道を走っていると、遠くに目的の中央大都市メディウムが見えてきた。まだ距離があるというのに、既に大きい壁に囲まれて守られていることが分かる大都市。その大きさは目測でエルメストをも超えると直感できた。
実際、主要都市の1つであるエルメストと比べても、その面積は2倍近く違う。だがモンスターを狩るための狩人はエルメストの方が多い。メディウムには一般人が多く住み、平和な日常を謳歌している。
2年に1度『大侵攻』に見舞われてしまうものの、エルメストほどモンスターからの襲撃はない。そのため狩人が比較的少ないのだ。しかし『大侵攻』の時期になると膨大な数の狩人が求められるため、瞬間的な狩人数は最高レベルにもなる。
例え膨大な数の狩人を招集したとしても『大侵攻』の際に襲ってくるモンスターの数は悍ましい悪夢の如き数になる。そのため、どうしてもモンスターの壁を凌ぎきれずメディウムの方に行かせてしまうことがあり、そういった時のために外壁は主要都市の中でも特に頑丈に作られていた。
鋼鉄製の重厚な壁は、ところどころ錆があったりするものの防御面に関しては改めて説明するほどでもないくらいだ。特に頑丈にしているだけに、攻撃を受けても傷や凹みがつけられこそすれど、突破されることは無く、これまでに内部へモンスターの侵入を許したことはない。
壁上には対モンスター用のバリスタや大砲。双眼鏡を持った兵士などが全方位に目を光らせている。出入口も分厚い鋼鉄製の門によって開閉され、開くときには倒して架け橋とし、その下には深い溝が作り込まれている。モンスターがここに落ちた時には上から可燃性の油を注ぎ火を点ける。そのため、溝の底には取りきれていないモンスターの死骸や骨が落ちている。
バイクのアクセルを吹かして速度を上げ、倉持のトラックよりも先にメディウムへ一足先に到着した妃伽と虎徹は、警備をしている門番に止められて速度を落として停まった。
「見ない顔だな。身分を証明するものを提示してもらおうか」
「あー、狩人カードでもいいか?」
「あぁ、それで構わないぞ」
「──────その2人は俺の連れだ。さっさと中へ入れろ」
「──────ッ!?く、黒い死神様ッ!?し、失礼しましたッ!!どうぞお入りくださいッ!!」
「……顔パス、顔パス……?かよ」
あとから到着した倉持のトラックから龍已が降りてきて、身分証明を行ってもらおうとした門番に声を掛けると、顔を真っ青にしながら敬礼をして入っても良いと許可を出した。顔はフードで見えないので顔パスと言って良いのか判らないが、妃伽は流石は最強の狩人だなと呟きながら口笛を鳴らした。
促されるままに中へ入っていくと、まず目前に広がるのは広々とした大通り。その通り沿いにある店の数々。通りは人が多く、盛況している。妃伽は近々モンスターに襲われるというのに、悲観的な様子が一切見られない住人に目を丸くしていた。
『大侵攻』とまで言われているモンスターの大群の襲来だ。最近まで同じ一般人だった妃伽でも、相当にヤバいということが察せられるというのに、この楽観的とも思える様子に複雑な心情だった。何せ、戦うのは狩人であり、真っ先に傷つくのも死ぬのも全て狩人なのだから。
「これまで内部にモンスターを入れたことがない、難攻不落の大都市。それが此処、メディウム。だからなのか、住人の危機感というものが欠如されている傾向にある。実際に『大侵攻』が始まれば悲観的になるし、不安になる。けど死ぬかもとは考えない。守りきれているのはいいことだけど、守れすぎてると逆効果なんだよ」
「……何とも言えねェ。私はもう戦うつもりで来てるってのに」
「まあまあ。仕方ないよ。それよりほら、泊まるホテルに行こうか。一般人の人達が龍已に気づき始めた」
「ん?……ここでもかい!」
「見ろ、黒い死神が来たぞ」
「今回も来るのは知っていたけど、相変わらず怖いな」
「知ってるか?モンスターを狩ってる時、ヤツはフードの中で嗤ってるって噂だぜ」
「醜い顔だって聞いたことあるぞ」
「強すぎてモンスターにすら恐れられているんだとさ」
「は、今に始まったことじゃないだろ?」
何処へ行こうと、ヒソヒソと陰口を叩かれる龍已。別に悪事を働いている訳でもないのに、良い印象を抱かれた例しがない。聞こえてきた会話と、常識的に考えて『大侵攻』には基本参加している黒い死神なのに、尊敬や憧憬といったものよりも、恐れられるとはなんなのだろうか。
確かに厳しいことが多々あるし、突き放すような言動をよくする。皆は顔を知らないが、常に無表情で感情が読み取れないし、それが無愛想にも繋がるだろう。しかし、その裏には確かな優しさがある。修業が厳しいのは狩人の辛さや命のやりとりの危険を教えるためであるし、無表情なだけで会話が成り立たないわけではない。冗談も口にすることがある。
ただ恐怖の象徴とされるのは、本人でもないのに誠に
──────どいつもこいつもよォ……大して知りもしねェで怖い怖い失礼だな。龍已は、師匠は、お前らのことをどれだけ守ってきてると思ってんだよ。ッたく!こうなりゃ……。
「そんじゃ黒の旦那。オレはトラックを置いてきますんで。宿は自分で探しますよ。
「あぁ。ここまで運転ご苦労だった。暫く休め。『大侵攻』の時は所定の位置に──────」
「なァ師匠ッ!宿探しに行こうぜ!?」
「……?今倉持と話しているから少し待──────」
「ンじゃあレッツゴー!ほれほれー!」
「待てと言って……はぁ……。倉持、また後で話すとしよう」
「ぷははっ。お弟子さん、良い子だなぁ。じゃっ、また後ほど会いましょう黒の旦那!」
話している最中なのもお構いなしに、妃伽は龍已の腕を抱えてグイグイ引っ張っていった。豊かな胸の間に腕が挟まるが、そんなことよりも話している途中で引っ張られたので
倉持は妃伽が周りから恐れられている黒い死神が我慢ならず、このように普通に接することができるのだと見せるために態と気安く接しているのだと気がついた。良い子が弟子になられましたね。そう小さく呟きながらニッコリと笑い、踵を返してトラックに乗り込み、駐車場を目指した。
「さーてと、どの宿屋使おっかねー!早く探さねーと部屋埋まっちまうぞ!」
「巌斎。俺には宿が用意されている。同伴のお前達も同じところに泊まることになっている。だから焦る必要はない」
「ふぐっ」
故に腕を抱え込まなくていいんだ。そう呟く龍已に、腕を抱き抱えるのはやり過ぎたと今になって気がついた妃伽は、耳を赤くしながらそっと腕を離したのだった。
──────────────────
中央大都市メディウム
これまでに1度たりともモンスターの侵入を許した事が無い主要都市の1つ。だがその弊害か、メディウムに住む一般人から危機感というものが欠如している。
2年に1度の『大侵攻』時には人類の守護者と呼ばれる者達が集まる。それを見たいが為にやって来る者も居るそう。
天切虎徹
龍已が弾切れを起こした際に使う武器の有無を知っている。妃伽に問われたときに教えてあげても良かったが、折角なら実際に使っているところを見せてあげたかったので教えなかった。
巌斎妃伽
やはり龍已のことで陰口を叩かれるのが我慢ならない。そのために気安く接することができるのだと教えるために体を張ったが、噛み合わず恥ずかしい羽目にあった。
黒圓龍已
黒い死神の名は伊達ではなく、何処へ行こうと恐れられる。根強い畏怖の感情に晒され続けてきたがために、そういった視線に何も感じなくなっている。
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