第5章

第44話  狩人になる理由




 毎日が濃密で過酷な修業とバイトに彩られている妃伽にとって、エルメストを経つまでの1週間というのは実に早いものだった。あっという間だったなという感想しか浮かんでこないくらいだ。


 着替えや食料、水などといった生活に必要な物を持参し、リュックに詰めて虎徹の店を出た。彼も、龍已が使う虎徹の造った武器のメンテナンスなどをするために一緒に行くことになっているので、同じタイミングで店を出た。


 集合場所になっているエルメストの入口にやって来ると、車やバイク等が数多く集まり、武器を持つ狩人もまた多く集まっていた。彼等も『大侵攻』に参加してほしいと狩人協会から招集を受けた者達だ。彼等も同じくらいの時間で出発するんだなと思っていると、見慣れた大型トラックと黒いバイクを見つけた。傍には龍已と倉持が居り、2人で話をしている。




「師匠。来たぞ!」


「あぁ。虎徹はどっちで移動する」


「んー。久しぶりにバイクに乗ろうかなぁ」


「なら、俺は倉持のトラックに乗る。巌斎は虎徹と共にバイクに乗れ」


「うーい。どんくらい走ることになるか分かんねーけど、よろしくな虎徹さん」


「うん。よろしくね。僕が運転してもいいけど、どうする?」


「私がやる!」


「ふふ。はーい。お任せしまーす」




 中央大都市メディウムへ向かう者達は、全員一緒に出発するわけではないので、龍已達は周りから視線を浴びながらエルメストを出発する。妃伽と虎徹は龍已のバイクに乗って移動する。運転は彼女が行い、後ろに虎徹が乗ることになった。バイクが欲しくなると話していただけに、運転するのにハマっている様子。


 2人ともフルフェイスのヘルメットを被り、妃伽がエンジンを掛けて吹かす。虎徹は後ろに乗り込んで彼女の腹部に腕軽く回した。触っちゃってごめんねと後ろから言われるが、妃伽的には気にしていない。それどころかか華奢すぎて女の子のようなしなやかな手に、本当に男なのかとすら疑問を抱く。


 出発の準備が整うと、先導するように龍已が乗っている倉持のトラックが走り始めた。妃伽もアクセルを回して走り始める。視界の端に友人になった椎名達が映り、退院できていないバーバラを除いたチームの皆が妃伽に向かって手を振り、見送りをしてくれていた。


 チームの1人が入院して欠けており、もう1人は腕が折れているので椎名達はエルメストで留守番となっている。狩人協会からの招集の通達が来なかったのだ。死ぬ危険が濃厚なだけに、喜んで良いのか狩人として悔やめば良いのか判らない。が、妃伽がそれに参加すると聞いたので居ても立ってもいられなくなり、全員で見送りに来たのだった。


 妃伽は手を振りながら、頑張ってや生きて帰ってきてと、周りの視線を気にせず叫んでエールを飛ばしてくれる椎名達に胸を温かくしながら、強く握り込んだ右拳を上げてエルメストの門を出て行った。




「彼女達が妃伽ちゃんの言ってた椎名っていう人とそのチームの人達?」


「あと1人バーバラっつーのが居ンだけどな、入院してるからさ。でも、あんな風に見送ってくれるんだ。良い奴等だよな」


「そうだね。親しい友達は大事にするんだよ?……狩人だけど」


「わり、最後なんて言ったんだ?」


「何でもないよ。あ、知ってる?このバイクも僕が造ったの。このヘルメットもね?特注だから便利な機能があるんだよ。ちょっと妃伽ちゃんのヘルメット触るね」


「虎徹さん何でも造れるのか……?って、何か携帯端末タブレットの呼び出し音みたいなのが聞こえるんだけど……」


『──────何だ』


「師匠の声がする!?」


「なんと、ヘルメットをしたまま通話ができちゃいまーす」


「すげぇええええっ!?」


『……用も無いのに掛けてくるな』




 龍已が使う武器の他に、移動手段として使っているバイクも虎徹が造った代物であり、2人が被っているヘルメットに関しても彼が造ったものだった。実は便利な機能があるということで、妃伽が被るヘルメットの横部分を触って何かした虎徹に疑問符を浮かべていると、タブレットの呼び出し音が鳴り、龍已の声が聞こえてきた。


 走行音などがうるさくて一緒に乗っていても声が届かない時用に使う電話機能だった。こんな便利な機能があったのかと驚いていると、自分を使って遊ぶなと龍已に怒られた。タブレットで話しているからか運転している倉持にも聞こえていたようで、龍已の声とは別に笑っている声が聞こえた。


 もちろんヘルメット同士を繋ぐ事もできるので、今はそれも活用している。程良い音量で声が聴き取りやすく、本当に便利な機能だと思った。何の用も無しに掛けられたので龍已が通話を切ろうとするのを察して、妃伽は待ったを掛けた。こうして出発したはいいが、いつ頃休憩を挟むのか知りたかったのだ。




『昼までは走り続ける予定だ。トイレ休憩を挟みたくなったら言え。それ以外は常に北に向かって走り続ける。昼頃には村に着く。そこで昼休憩だ』


「おぉ……ずっと走るのかよ。燃料とか大丈夫なのか?」


「このバイクは燃費が良いからね。それでも大丈夫なように倉持さんのトラックに燃料は積んでるから安心して」


「モンスターに襲われたらどうするんだ?虎徹さん戦えないだろ?」


『襲われれば俺が狩猟する。トラックの後ろにでも隠れろ』


「なら安心だな!」


「そうだね。黒い死神が護衛みたいなものだもん」




 心強いと言ってケラケラ笑う妃伽に虎徹もクスリと笑う。別に馬鹿にしている訳でもないと分かっているので、龍已から叱責の言葉は飛んでこなかった。ずっと繋げておくと充電が無くなるので、龍已は通話を切った。今繋がっているのは妃伽と虎徹のヘルメットのみで、この際だから聞いてみようかなと虎徹が話を切り出した。




「黒い死神の弟子になってから、どう?」


「どうってどういう意味だ?」


「どういう意味でもあるよ。どう?って聞かれて、どう思った?」


「……そうだな。厳しいって思った。マジでクソみたいに走らされるし、モンスター相手なのに師匠相手に組み手めっちゃやるし。それでボコボコにされるし。勉強なんて頭割れるかと思った」


「そっかそっか」


「……でもさ。ホント、龍已って良い奴なんだよな。周りがさ、恐いとか、畏れ多いとか、遠巻きに陰口言ってても何も言わねぇんだ。普通なら言い返せとか言うのかも知んないけどさ、ただ狩人を続けてモンスター狩猟して……街を守り続けてる。淡々とやってるのがすげーって思った。カッコイイって感じた。まだまだ半人前だし、この前のガノック狩猟した時だって、放って置いたら死んでるとか言われたけどさ、こうやって狩人にしてくれて、本来参加できない『大侵攻』にも連れて行ってくれる。修業は厳しいし、時には冷たくて冷酷だけど、やっぱり優しさがある。……と、思う」


「そうだね。龍已は優しいよ。それを知っている人は少ないけれど、居るだけでも違う。特に弟子である妃伽ちゃんに慕われて、龍已も満更でもなさそうだし」


「えー?ホントかよ~?」




 疑わしそうに言う妃伽に、虎徹はクスクスとヘルメットの中で笑った。嘘な訳がない。これまで弟子なんて取ることはなかった。アドバイスくらいなら与えることはあれど、技を伝授するなんてことはしなかった。狩る上での注意や、教えを説くなんてことはなかったのだ。


 つまり教えるという経験がなかった。何でもできる器用な親友。頭も良く、運動神経は人並み外れている。最強と呼ばれるだけのスペックを持つ。そんな彼でも、弟子と教えに関しては素人だった。だから聞いた。虎徹に。必要なことは自身で判断し、ストイックに熟す彼が分からないから教えてくれと聞いてきたのだ。


 少しイタズラで頭を撫でてあげればいいとか、目を見て褒めてあげるといいとか言ったが、相手は何も知らないんだから、本当に1から教えればいいという基本的なことを教えた。人付き合いが苦手。周りに合わせるだけ。陽気な者とは波長が上手く合わない。そんな彼は、彼なりに努力していた。


 店兼自宅で住み込みでバイトをしてもらっているから、虎徹に龍已は頼んでいた。妃伽が何か不満を抱いているようならそれを聞き出し、教えてくれと。他人に興味を持たない彼が、そんな陰ながらの努力をすることに虎徹は満足している。最近は過剰に依頼を受けていたから心配していたのだ。


 それに、教えれば努力して吸収する妃伽を見る龍已は、無表情だが楽しそうだった。昼は師として厳しく修業をつけ、夜は店に来て穏やかに話す。2人の関係を眺めているのが好きになった虎徹は、妃伽という存在が龍已にもいい影響を与えていると確信していた。




「妃伽ちゃんはさ、どうして狩人になろうと思ったの?」


「……まあ、そんな大した理由じゃねーよ?別に親殺されたとかじゃねーし。地元モンスターに壊されたワケでもねーし。そうだな……モンスターと命懸けで戦ってる狩人を見て、羨ましいと思ったんだ」


「羨ましい……?」


「そっ。なんつーかさ。私の親って超放任でさ。親らしいことなんて一切……いーっさい!やらないでさ、不倫はして離婚するわ、夜な夜な遊びに行って金使うわでクソみたいな奴等だったんだよ。それが嫌で私も家から出てそこら辺ほっつき歩ってさ、私の見た目とかで不良と間違えて突っかかって来る奴らボコしてたんだよ。目的も、夢も、なーんもない私は毎日喧嘩、喧嘩、喧嘩……ホントクソつまんない人生だと思った。この先も何もないまま人生終わんのかと思った」


「……………………。」


「そん時にさ、モンスターが町に来たんだよ。人間少し襲ったら消えたんだけど、町内会で早く対処した方がいいって話になって狩人に依頼してモンスターの狩猟が始まった。それを隠れて見ててさ、懸命に戦って、命懸けの狩猟をする狩人を見てたら光ってるように見えたんだよ。ンで思った。狩人なら、私も一生懸命になれるかも知れない。人間らしくなれるかもしんないってさ!それから思い立ったら~って感じで荷造りして町を出た。めっちゃ狩人が集まるって聞いたエルメスト目指して。その途中でモンスターに襲われて龍已に助けられたってワケ。……な?大した理由じゃないだろ?」


「理由なんて何でもいいんだよ。妃伽ちゃんは、自分を自分として確立できる理由としてやり甲斐とか懸命になれるものが欲しかったんでしょ?その為に今まで努力してきたよね。モンスターに現実を見せつけられても、それでも諦めなかった。すごいと思うよ。その意気や熱を汲み取って、龍已も真剣に教えてるんだから」


「……そっか。なら良かった!あ、なぁ?龍已って何で狩人になったんだ?才能とかあった感じか?」


「……龍已が狩人になった理由かぁ……」




 言い淀むように言葉が出てこなかった。妃伽的には、普通に狩人をやっていたらいつの間にか最強と呼ばれるだけの強さを手に入れたと思っていた。自身のことはあまり話さないからこそ、親友だという虎徹に聞いてみたのだ。プライベートの話になるので話してくれなくても仕方ないという程度の認識だが、虎徹から醸し出される雰囲気から、重いものを感じた。


 聞いてはいけない話だったのかと肝を冷やす。誰にだって聞かれたくない、詮索されたくない話はあるのだ。師匠と慕う理由の、聞かれたくないような話は聞きたいと思わない。やっぱりいいやと言おうと口を開いた時、妃伽の腹部に回された虎徹の腕に力が入った。半開きのまま唇は固まり、言葉を発する前に虎徹が話し始めた。




「……狩人になる人にはね、必ず理由があるんだ。復讐のため、生活のため、家族のため、金のため、女のため……小さな理由でもそれは歴とした理由だよ。龍已にだって、狩人になる理由があったんだ。僕はそれを知っている。けど、とてもではないけどそれを僕の口からは言えない」


「だっ、だよな!?わりぃ。悪気はなくてさ!」


「……誰に聞かれたとしても、きっと龍已は答えない。教えない。でも……君になら、妃伽ちゃんにならもしかしたら教えてくれるかも知れない。誰も聞いてはいけない話じゃない。んだ。その役目はきっと、妃伽ちゃんにしかできない。……時が来たら聞いてあげて。黒圓龍已の過去を」


「私でしか……聞けない話……」




 最強の狩人。黒い死神の黒圓龍已の過去。誰にも話さないが、誰かが聞いてあげないとならないという彼の過去。それを聞けるのは妃伽だけであると言う虎徹に、妃伽は本当にそうなのかと疑問になる。弟子であると言っても、1年すら経っていないのだ。それは親しくなったと思うが、親友の虎徹程とは思えない。


 自身が聞いて、答えてくれるだろうか。想像しても答えて教えてくれる未来が見えない。はぐらかされるか、お前に教えてやる程の過去は持っていないと、遠回しに拒否されてしまう気がする。だが、虎徹の言葉の節々から、頼み込むような感じがする。まるでそうしないといけないとでも言うようなものだ。


 隣を走るトラックの助手席部分をチラリと見る。龍已は妃伽と虎徹が自身のことを話しているとは知らず、モンスターが居ないか警戒をしていた。誰にも聞かれたくない過去がある。最強の存在なら、最強に至るまでの理由と過去がある。妃伽は果たして、それに触れる事ができるのだろうか。








 ──────────────────



 天切虎徹


 龍已と妃伽の武器のメンテナンスを行うために同行している。


 龍已の親しい友人であり、彼の過去を知り、何故狩人になったのかすらも知っている。が、それを自分から話すことはできない。なので、妃伽に聞いて欲しいと思っている。彼女にならきっと話してくれるはずと思っているから。





 巌斎妃伽


 もうバイクに乗るのは慣れて一人前の腕前を持つ。龍已の黒いバイクが乗りやすく、いつか貰おうかなと思っている。


 龍已にも辛い過去でもあったのかと考えてしまっている。自分なら聞けると言われているが、教えてもらえるとは思えない。そこまで深い絆があるとも思えない。


 だが、いつかは聞いてみようという意思は生まれた。





 黒圓龍已


 誰にでも辛い過去はある。ただ、それが彼にもあるのかはみんな知らない。


 最強に至るには、その過程に意味がある。



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