第31話  個人資産





 黒い大型バイクが疾走する。走っている荒野は昔に存在した街や住家の残骸などがあり、時には白骨化したモンスターなどが散らばっている。世紀末を彷彿とさせる光景とも言えるだろう。旅の途中でモンスターに襲われ、横転した車など珍しくない。


 そんな荒野を、遠くからでも目に映る山に向かって走る。目的は特殊な爆薬を死後でも生成し続けるモンスターが居る山に、新たに現れ採取を妨害するモンスターを狩猟すること。仕事でもなく、虎徹が困っているからという理由だけの善意だ。


 というより、そもそもな話で黒い死神である龍已や妃伽が使っている武器の爆薬は、モンスターから採れる爆発物を元に造られたものであるので、何時までも採れない状況が続くと弾やアタッチメントが底を突いてしまう。どちらにせよ、早く事態を収拾するためには龍已が行った方が良い。


 龍已の後ろに乗って彼の背中へ抱きつき、現地までボーッとしている妃伽は、何で私まで行くことになってんだ?と冷静に考えた。爆発物を生成するモンスターの狩猟難易度ランクは最上位であり、それだけ高いランクが居るということは周りにも強いモンスターが居る可能性を示唆する。


 狩人ですらない自身が行っても大丈夫なものなのか。一応これでもかとレッグポーチの中にメリケンのアタッチメントは詰め込んできた。戦闘になってもそれなりに節約すれば長く戦えるだろう量。だが本当に自身が戦うことになるかは微妙なところ。何せ傍には最強の狩人である黒い死神が居るのだから。




「なー師匠!私が行っても良かったのか!?邪魔になっかも知んねーぞ!?」


「構わん。それに、お前は実力を付けつつある。山に居るモンスター程度ならば自力でどうにかできる筈だ。今お前に必要なのは実戦経験。それに伴う命を奪う行為。危険時に於ける冷静な判断能力だ。今回は実戦経験を積んでもらう。俺も襲ってきたモンスターを狩猟はするが、メインはお前がやれ」


「マジで?良いのかよ!」


「爆薬は有限だ。もしこの件が片づいた時にアタッチメントを全て使い切っていたら、いつもの修業の数倍キツいものを用意してやる」


「うげぇ……罰ゲームかよ。気をつけよ……」




 10倍の距離を走るとか言われた日には胃袋を吐き出しそうな予感がするので、ヘルメットの中でゲンナリする。詰め込めるだけ詰め込んだので、無茶な使い方をしなければ余裕であるとは思いたいが、山には初めて行くのでどれだけの頻度で襲われるか基準が判らないので何とも言えないが、まあ大丈夫だろうと考えた。


 ちなみに、妃伽は今龍已の背中に抱きついていると説明したが、少し語弊がある。彼は今回大口径狙撃銃を持っているので背中に背負っている。つまり、妃伽は大口径狙撃銃を間に挟んで彼に抱き付いていた。もはや手でローブに掴まっている状態でしかない。少し心許ない状態なので、この銃をどうにかできないか提案したところ、ブレーキを掛けて速度を落とし停まった。




「お前が運転しろ。俺が後ろに乗る」


「えっ、いいのか?てか、私バイク運転したことねーぞ?」


「自転車に乗ったことはあるか」


「そりゃあ……あっけど」


「ならば問題ない」


「そんな簡単な話じゃねーだろ!?」


「乗り方は教えてやる。そこまで難しくはない」




 前と後ろを交代する2人。アクセルやブレーキ、クラッチの切り替え方を教えると、後はやって慣れた方が良いという理由で乗せられた。歩くより走れだと言われて、そんな簡単にやらせて良いものなのかと不安になるが、もう完全に妃伽の運転に任せるつもりらしいので説明された通りに走らせる。


 最初はゆっくり、そこから加速していく。ヘルメットを被っているので顔には来ないが、風が気持ちいい。後ろに乗っていると分からない開放感がある。この大型バイクは自分が運転して走らせているんだと実感すると、得意気な気持ちになる。


 すると、ある程度速度を出してから、妃伽の腹部に龍已の腕が回された。温かい人肌が服越しに感じる。がっしりとした感触と、後ろから軽く抱き締められている状態に肩が跳ね、ヘルメットの中で頬が赤く染まっていく。抱きつくことはあっても、抱きつかれることはなかったので反応に困る。




「ちょっ、変なとこ触わンじゃねーぞっ!変態!スケベ!」


「意味が分からん」


「は、恥ずかしいだろーがッ!」


「我慢しろ」


「うぐっ……」




 たかだか腹に腕を回されているだけだ。狼狽えるな。それよりも運転に集中しろと言われ、運転を間違えると横転することになるので、腹部に回された腕の方に意識が行きそうになるのを堪えて運転に集中する。それから十数分運転をして、バイクの運転に慣れてきた頃、回された腕が外された。


 まだ走っているのに何をしているのかと思えば、チラリと横を見ると、荒野を駆けて自分達の方へ向かってくるモンスターが居た。それはエルメストに来るために車に乗せてもらった妃伽を襲った、鼠のような姿をしたモンスターだった。それがバイクの走行音とエンジン音を聞きつけてやって来たのだ。


 後ろに乗っている龍已はいち早く襲わんとしているモンスターに気がつき、背中に背負う大口径狙撃銃を手に取り、横方向に構えた。小石を踏んだり段差で照準がズレる。乗り物に乗りながら狙った場所を狙撃するなど容易ではない難易度だ。だが、こと黒い死神にとってその難易度なんぞ有って無いようなものだ。


 スコープを一瞬覗き込んだかと思えば、龍已は引き金を引いた。爆発に間違う狙撃行われ、100メートル強離れたところに居たモンスターの頭を吹き飛ばした。ヘルメット越しでも凄まじい音に顔を顰めつつ、チラリと横を見て倒れ伏すモンスターに同情する妃伽。自分達を狙ってきたがために、こうもあっさりと死ぬことになった。


 大口径狙撃銃を背負い直した龍已が再び妃伽の腹部に腕を回した。軽くではあるが、しっかりと回された手の感触に少し身動ぎする。やはり後ろから抱きつかれるのは慣れない。背後から進む方角を教えてもらいながら走ること数時間。前方に木々が見えてきた。鬱蒼と生えた森ではなく、広範囲に広がる林だった。だが木々は背が高く入れば陽の光などまだらになることだろう。




「なあ師匠。あの林の中に入んのか?」


「そうだ。不安がらずとも山まで道がある。元々『黒爆粉』を採取するために山まで何度も業者が行くことになる。自然と辿り着くまでの道ができるというものだ」


「お、ホントだ。あそこが入口だな」




 一カ所、林の中に通路のようになっている場所がある。自然にできたとは思えないトンネルのようになったそれに向かって進んで行く。業者がトラックを利用して通るからか幅はあり、コンクリートで地面は舗装されてないものの、何度も上を通っていることで凹凸は少なく走りやすい。


 真っ直ぐ進んで山を目指す。ここら辺はモンスターが少なくなっていて襲われる心配は殆どない。それは何故か。昔に龍已が依頼で良く訪れ、モンスターを狩猟しまくっていたからだ。何度も何度もモンスターを殺していく内に、この場所が危険な場所だと判断され棲み着かなくなった。謂わばモンスターにとっての警戒地域。


 詳しくは説明されていないが、何となく龍已が関係していてモンスターの出現が少なくなっているんだろうなと察する妃伽は、ヘルメットの中で呆れた表情をする。

 林の中に入ってから1時間半が経過した。時にはカーブをしたりしながら向かえば、真っ直ぐな道と左側に逸れる道の2本がある。初めての分岐点に立ち合った。




「これ、左には何があんだ?」


「業者が虎徹に許可を得て作ったキャンプ場だ。日を跨いで作業をするときに使う」


「へー。……なんで天切さんに許可求めんだ?」


「山は虎徹の個人的な所有物だ。あの山で採れる全てのものは虎徹の資産。勝手に持ち出すことは許されない」


「……山1つ持ってんの?」


「黒爆粉が採れるモンスターの図体が大きいからその場から動かせん。山ごと買った方が早いということで買った」


「もし勝手に入って色々と盗んだらどーなんだ?」


黒い死神の方に捕獲依頼が出るようになっている」


「逃げられねーじゃん……」




 標高2000メートルはある山が1つ個人の所有物となっている。黒爆粉を生成するモンスターのためにそこまでするのかと思われるが、意外とこの山には自然の恵みが豊富だ。隣のキャンプ場には透明度の高い湖が広がり、土に栄養が行き届いていて作物も育つ。やろうと思えばサバイバルができるのだ。当然普通の動物も住んでいる。


 個人資産の1つであるこの山は、正当な手順に則り購入したもので、何人たりとも無許可で入ることは許されていない。もし仮に勝手に侵入し、無許可で自然を破壊する行為に及んだ場合には、契約した黒い死神に捕縛してもらい、然るべき対処をすると公言している。もちろん、天切虎徹の名前は出していない。


 昔に、単なる脅し文句だろと高を括った若者の集団が無断で侵入し、動物を無意味に殺して花火などで遊び、草花を焼いたという事があった。その報せはすぐに虎徹の元へ回され、公言通り黒い死神が動くことになった。そして数時間後、現場で取り押さえられた若者の集中は、全員手脚を粉砕骨折させられながら街の中を縄で結ばれて引き摺られて見せしめにされた後、憲兵に突き出された。


 それからというもの、無許可で山に入る者達は居なくなった。入って自然の破壊行為をしたら最後、黒い死神を嗾けられ、八つ裂きにされて晒し者にされるのだ。見せしめに街中を引き摺り回すのが実に効果的だったと、後に龍已は語った。そこまでして欲しいとは言っていない虎徹は苦笑いだった。




「おっこいしょっ……と。バイクはここでいいのか?」


「あぁ」


「ンで、次はどうすんだよ」


「徒歩で移動し、少し山を登る。少し行った先に山への入口がある」


「さっきそんな感じのこと言ってたから思ったけど、モンスターって山の中に居んだな」


「そうだ。だから中に入った後は俺から離れるな。経路を知らないお前が入ったら迷うことになる」


「迷路みてーな感じ?」


「入り組んでいる」


「うげぇ……」




 山があれば登ろうと思うのが普通だが、この山に関しては中に入ることができ、その中に黒爆粉を生成するモンスターの死体がある。しかしそこに辿り着くためには迷路のように入り組んでいる内部を進んで行く必要があり、迷うと面倒なことになる。標高2000メートル近いということから察せられるが、大きい山なのだ。迷ったら出てくるのはほぼ絶望的と思っていいだろう。


 ならば迷わないために目印でもつけていけばいいと考えるが、侵入者が絶対に来ないとは言い切れないので、他者が判りやすい目印は使わないようにしている。ちなみに、業者は絶対に他者へ見せない渡さないことを前提に地図を渡してある。


 妃伽はバイクのスタンドを起こしてその場に置くと、歩き出した龍已の背中を追い掛ける。地面が緩やかな傾斜になっていき登り始めた。どのくらい登ることになるのかと思っていると、数十分登った程度で穴が見えた。山の中腹辺りまで登らされると思っただけに肩透かしを食らった。一応言っておくと、普通の人なら疲労するぐらいには登っている。一切疲れを見せないのは修業の成果だろう。


 中からひんやりとした空気が漂う天井高さ3メートルくらいの穴の前。妃伽はごくりと喉を鳴らす。中は光が入らないこともあって真っ暗になっている。天井部分に明かりを付けたいが、モンスターまでの道順になってしまうので付けていない。それだけ警戒するだけの爆発物を死後に於いても生成し続けている。


 バイクの付けられたバッグから取り出しておいた小型の懐中電灯を点ける。もう1つを妃伽に渡した龍已は早速中へ入っていった。後に続いて懐中電灯を点けながら穴の中に足を踏み入れる。周りが開けた場所でしか戦ったことがない妃伽にとって、狭い場所というのは窮屈に感じる。ましてや武器が爆発物なだけに、本気で爆発させたら生き埋めになるかも知れないという恐れがあった。


 できれば此処での戦闘はしたくない。モンスターは出てくるなよと思うが、よくよく考えれば、作業途中でモンスターらしきものに襲われてしまい黒爆粉が採れないので、それを調べ、場合によっては狩猟するために来たのだ。高確率で戦闘になることは間違いないだろう。前を照らしながら歩いていくと、二手に道が別れる。上に向かう道と、下へ下がる道だ。妃伽は何となく上の道だと思ったが、龍已が進んだのは下への道だった。




「ちょ、師匠。下に行くのか?山なんだから上じゃねーの?」


「違う。大体の者がそう考え間違えるが、この山の地下に目的のモンスターの死体がある。上に行っても鉱石しか出てこない」


「鉱石採れんのかよ……」




 実は2000メートルほどの山の見た目に意識を取られて勘違いしてしまうが、目的のモンスターの死体は地下にある。なので進む方向としては下に向かえばいい。もちろんただ下に向かうだけでは迷路のようになっている道故に絶対に辿り着けるとは言えないが、方向としては間違っていない。


 2人は最近問題が生じていた山へと入った。業者を次々と殺していった存在はモンスターと決まった訳ではない。もしかしたら盗賊の類かも知れないのだ。しかし確実に言えることがある。それは……2人は何かしらと戦うことになるということだ。







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 山


 虎徹が買った個人資産。隣には湖があり、畔でキャンプができるようになっている。昔黒い死神がモンスターを狩猟し過ぎたことによりモンスターが棲み着かなくなった。なので安全面は割と強い。


 自然が豊かで果物も育つ。サバイバル生活をしようと思えば出来てしまうくらい食べ物にも困らない。普通の動物も生息している。山の内部では珍しい鉱石も採ることができる。


 無断で侵入し、動物を無意味に殺し、草花を焼いたという若者達が居たが、黒い死神によって八つ裂きにされ、街中を見せしめとして引き摺り回された。それからは山に無断で侵入する者は居ない。





 巌斎妃伽


 今回でバイクの乗り方を教わった。数時間乗って運転したのでコツは掴み、龍已が後ろで狙撃してもバランスを崩すことがない。風を感じるのが気持ちいいので、自分専用のバイクがあっても良いかも知れないと考えている。





 黒圓龍已


 妃伽にバイクの運転をさせたのは何となく。まあ覚えられるならば覚えさせて損はないだろうという考えの元教えた。呑み込みが早くてすぐに慣れ、自分が狙撃しても問題ないことから、これから一緒に移動する時は妃伽に運転させようかと考えている。そうすれば、狙撃に集中できるし、大口径狙撃銃も持っていける。




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