第3章

第30話  爆薬




 コツリ。コツリ。カウンターの表面を指で叩く音が鳴る。Clause閉店中の看板が出ているBar『BLACK LACK黒い幸運を』の店長である天切虎徹は、カウンターで片肘をついて掌の上に顎をつき、視線を落として溜め息を吐く。


 視線の先には複数枚の紙がある。それらの紙に綴られている文章をもう一度読んで、また溜め息を吐く。その繰り返し。昼間故に店はまだ開店しておらず、夜に開店した時の仕込みは既に終わらせた。むしろ、今眺めている紙の案件のために何時もより早くから始めて終わらせたと言って良い。


 明らかに何かに悩んでいる様子。彼の他に人は居らず、ただカウンターを指で叩く音と、溜め息を吐く声だけが室内に流れていた。無益に時間が経つだけ。それを分かっていても、虎徹も溜め息を止められなかった。やがて、何度目かの溜め息を吐こうとしたと同時に隠し扉が開く。


 カウンターの裏側にある床が開く。外からでは虎徹以外の者は開けないので、必然的に中側から開けられたことになる。虎徹はゆっくりと顔を横に向けつつ、カウンターの上に広げていた紙を裏返しながら横に移した。隠し扉の向こうからは、住み込みでバイトしながら黒い死神の弟子として、日々修業している巌斎妃伽と、最強の狩人として君臨する黒い死神その人である黒圓龍已が出て来た。




「うへぇ……汗びっしょりで気持ち悪ぃ。天切さん、早速風呂借りるわー」


「虎徹。すまんが巌斎のメリケンが壊れた。修理を頼む。アタッチメントを変える部分に異常が出たのか、上手く嵌まらん。それとスイッチを押しても不発になる」


「あ、うん。分かった。後でやっておくね。それとお風呂ならもう出来てるから入っていいよ」


「やっりぃ!流石天切さん!ンじゃ、ちょっくら入ってくるぜ!」


「ゆっくり温まってね」


「うーい」




 汗拭きタオルを首に掛けながら、額に掻いた大量の汗を拭うジャージ姿の妃伽は、修業が終わればすぐに風呂に入るだろうと思い、予め風呂の用意をしてくれていた虎徹にお礼を言って、足取り軽く風呂場へ向かった。汗だくの妃伽とは対照的に汗を掻いた様子も無く、疲れた様子すら見せない龍已は虎徹と対面するようにカウンター席へ座った。


 修業お疲れさまと言って、虎徹がコップ一杯の水を差し出すと、お礼を言って受け取り口をつける彼。いつも通りのピクリともしない無表情な龍已に、虎徹はどういたしましてと返す。今日この後は修業の予定は入っていない。休むことも肝心なのでフリーにしているのだ。


 水を飲む龍已を少し眺めていた虎徹の視線に気がつき、コップを置いて龍已が問い掛ける。そんなに見つめてどうしたのかと、何か顔に付いているだろうかと。その問い掛けに、虎徹はハッとした様子で何でもないと否定するが、長い付き合いで親友の龍已にそんな誤魔化しが効くはずもなく、ジッと目を見つめられる。


 暫く何もしない両者が見つめ合っていると、虎徹が気まずそうに視線を逸らした。そしてはぁ……と、溜め息を吐き、両手を挙げて降参の意を示す。目線で言うまで話は終わらせないぞと言っていたので、これは本当に追求してくるだろうなと確信し、虎徹が折れた。




「もう……降参するよ。だからそんな目で見ないでよ」


「変に隠そうとするからだろう。それで、何があった」


「僕、最近忙しそうにしてたでしょ?臨時休業にしたり、朝から出かけたりとかさ?」


「あぁ」


「それに関する事なんだよね。具体的には……の」


「問題でも起きたのか?」


「……それが──────」


「──────ホッカホカの私が出たぜ!って……なんか話してたのか?」


「……巌斎さん、お風呂早かったね。5分くらいしか経ってないよ?」


「あー、軽めの運動またやろうと思っててさ。ベタベタにキショいからちょっと汗流しただけなんだわ。ンで、なんか重要な話の最中だったか?なんかそんな感じすっけど」




 仮にも年頃の女の子とは思えない早さで風呂から上がった妃伽。修業は終わったが、自主練の一環として筋力トレーニングをしようと思っていた。なので今掻いた大量の汗を1度流して気分をリフレッシュし、臨もうと思っていたらしい。なので5分やそこらで出て来た。


 カウンターのテーブルを挟んで話し合っているところにちょうど良く現れた妃伽は、いつもの感じではないので真剣な話でもしてたのか?と問うた。それならいきなり出てきて悪いことしたと謝るつもりだった。だがまだ話は始まるという段階だったので気にしなくていいと言われ、妃伽はそりゃ良かったと言って龍已の隣の席に腰を下ろした。


 虎徹からの真剣な話だというのに、妃伽が居ても問題ないのかと、アイコンタクトしてくる龍已に頷く。妃伽に聞かせたらマズいような内容でもないので、居るなら折角だし聞かせようと思って話を続けることにした。最近虎徹が良く出かけるようになった原因の話である。




「巌斎さんはメリケンを使ってる時に、何か疑問に思うことはなかった?」


「疑問……?………………いや、特には。あっ、めっちゃ使いやすくなったな!」


「それは……ありがとう。けど、そこじゃないかな」


「えーっと……あ゙ー」


「んーと、じゃあ龍已の武器とかで疑問に思ったのは?」


「威力がヤベェ」


「なんで龍已の事になると判るのかなぁ」


「……?……ハッ!?ばっ、ちげーよ!別に普通だろうがッ!何でもねーから私の方見んなスケベ師匠ッ!!」


「意味が分からん」




 ふんわりと頬が赤くなったのを自覚してそれを見せないように、龍已の目に手の平を当てて視界を遮ろうとする妃伽と、上体を反らして避ける龍已の2人。師弟の仲の良さに微笑んでいる虎徹は、可愛らしい声でコホンと咳払いをして空気を元に戻す。妃伽はハッとして椅子に座り直した。


 龍已も妃伽からの攻撃を止められたので反らした上体を戻して虎徹に向き直る。再び真剣な雰囲気になった。虎徹から質問されて答えた通り、龍已の武器は威力が見た目に反して高威力なものだ。到底同じ種類の武器でも、同じ威力は出せないだろう。それは初めて会った時にも疑問に思っていた。


 大口径の狙撃銃であるとはいえ、一発でモンスターの頭を粉々に吹き飛ばす威力というのは想像しづらい。どう考えても威力が高いのだ。その反面伝わる衝撃も半端ではないのだが、それは今は置いておこう。着目するべきは、その威力である。




「龍已の武器や巌斎さんの武器に使っている爆薬は特別なものなんだ。普通の爆薬よりも爆発力が桁違いでね。数十倍から数百倍の違いがある。僕は特殊な配合をすることで、君達の武器の爆発力を実現させてるんだ。メリケン1発分だって相当な威力があるでしょ?アタッチメントは小さいのに」


「確かに。1発でラプノスぶっ殺せるしなァ……。師匠の狙撃銃なんて音やべー上に威力もハンパじゃねェし」


「でしょ?その爆薬を作る上での原料に『黒爆粉こくばくこ』というのがあるんだ。主にこれのお陰でその爆発力が出てるんだけど、今この黒爆粉の在庫が少なくなってきててさ」


「もっと買えば良ンじゃねーの?」


「黒爆粉は市場に出回ることはない。特殊な爆薬だからな」


「ん?ならどうやって仕入れてんだ?つか、買ってんじゃねーのかよ」


「黒爆粉は──────モンスターから採れる爆薬だ」


「……へ?」




 爆薬に関する知識など皆無であるが、道具の一部である以上は購入するなりして手に入れていると思っていた。いや、妃伽のその考えは間違っていない。普通はそうだ。爆薬を取り扱っている店から購入する。時にはオリジナルに加工してもらうのだが、虎徹の言う黒爆粉というのは、簡単に購入できる代物ではない。


 何故ならば、黒爆粉というのはモンスターから採取できる爆薬であるからだ。そのモンスターが自身の武器として使う黒い粉が爆発する。そこで虎徹はその特殊な爆薬を使って銃弾を弾き出す爆薬であったり、メリケンの打面に仕込む爆薬として使用している。モンスターにとっての武器である爆薬は、人間が作った爆薬よりも遥かに強力だ。だから配合を間違えれば、諸共吹っ飛ぶ超危険な物質でもある。


 黒爆粉の爆発力は人間が作った爆薬の爆発力の、実に数十倍から数百倍の威力を秘めている。だから少量の爆薬で龍已の大口径狙撃銃の一撃であったり、メリケンの爆発が実現している。だが今回、その爆薬の在庫が尽きかけているのだそうだ。もしかしてそのモンスターが居なくなってしまったのか?と疑問に思っている傍ら、龍已は無表情のまま手で顎を擦って考えていた。




「おい師匠。どうしたんだよ?」


「……モンスターから採取できるとは言ったが、狩猟して採取する訳ではない」


「は?ならどうすんだよ。分けてくれーって頼むのか?」


「そんな訳あるか。そのモンスターは既に死んでいる」


「死んでる……?けどモンスターから採取するって……」


「そうだ。つまり、モンスターは死んでいるが、爆薬を採取し続ける事ができる。死後も延々と生成し続けている訳だ」


「は、はァッ!?死んでんのにずっと爆発物作ってんのか!?そのモンスター意味分かんねーっ!?」


「ちなみに、そのモンスターの狩猟難易度は“最上位”だよ。しかもソロ狩猟」


「うっわ、誰だよソイツ」


「巌斎さんの隣に座ってるよ」


「……師匠かいッ!!」


「偶然見つけた。別件の依頼で行っていたから、ついでに狩猟した」


「最上位がついでかよ……」




 死後もなお爆発物である粉を生成し続けるという、驚異の生命力を持つモンスター。そんなモンスターのランクが低いわけもなく、当然のように“最上位”だった。妃伽はそのモンスターをソロで狩猟した人物にドン引きしたのだが、その相手は今隣に座っていた。黒い死神ならば可能だろう。聞いてすぐ納得した。


 話が少し脱線してしまっているが、龍已が考えていたのはその爆薬が採れなくなっていることについてだ。野生に居るモンスターを狩猟して採取しているのではなく、死体から採取しているため採り続けることができるのだ。虎徹はそれを業者に頼み、細心の注意を払って採ってきてもらっていた。


 大変危険なレベルの爆発力を持っているため、扱える者は限られる。しかし他にも扱える者は居るので、そういった者達へ特別に売っていた。狩猟したのは龍已だが、権利は虎徹にある。持っていても加工など出来ないので権利を譲渡していたのだ。今回問題になったのは、その爆薬の採取量が激減してしまっていること。


 貯めている分がまだ残っているので弾やメリケンのアタッチメントが造れないという非常事態ではないものの、このままではいずれ尽きてしまう。そこで虎徹は採取量が激減した事の報告を受けて、雇っている業者達と確認をして、話し合いをしていたのだった。




「原因は判っているのか?」


「まあね。どうやら別のモンスターが邪魔をしているみたい。爆薬はまだあのモンスターから採取できるんだけど、そもそも近づけないから無理ってことだね」


「何のモンスターだ」


「それが、よく解らないんだ。業者の人達に直接話を聞いてきたんだけど『いつの間にか仲間が死んでた』とか『意味が分からねぇよ!』とか言ってて、確かな情報が得られなかったんだ。意味が分からないって言われても、僕も分からないよってね」


「何の情報も無しか」


「精神的に追いつめられていたのか、錯乱してるしで大変だったよ……真面な精神状態の人が生きていれば、相手のモンスターが何なのか判ったんだけどね」


「あー、お疲れさま。天切さん」


「あはは……ありがとう巌斎さん」




 同情するような目を向けてお疲れと言う妃伽に苦笑いの虎徹。採取するにはある程度の業者達が必要になり、謎のモンスターによって殺されてしまっていた。どうにか生きて帰ってきた業者の者達に、何があったのか直接聞きに出向いた。が、得られた情報は錯乱していて要領を得ない会話ばかりだったという。


 どんなモンスターなのかも判らず、方法を変えるだけで対処出来るならばそれに越したことは無かったので、色々と策を考えていたようだが、悉く失敗したようだ。どうもそのモンスターが邪魔をしてくるらしい。


 それを語る虎徹は申し訳なさそうであった。龍已が斃したモンスターなので、死骸をどうするかの権利は彼にあったのを貰い受けて譲渡してもらった。それからは管理などを全て虎徹が引き継いで行っていたのだが、それが今回こんな事態になってしまったことを申し訳なく思っているようだ。


 それは天切さんの所為じゃないだろ、と妃伽は思い、そう伝えた。ここ最近特に異常が無かったからあまり気に掛けていなかったと話し、虎徹は少し落ち込んでいた。出来れば打ち明ける前に自分でどうにかしたかったのだが、もうその域を超えてしまっているのだろう。つまり、狩人の力を借りなければならない状態であるということだ。




「──────行ってくる」


「師匠、どこに行くんだよ?」


「決まっている。虎徹の話のモンスターを狩猟してくる」


「龍已……でも……」


「虎徹。俺とお前の仲だろう。すぐに話せばその日の内に俺が対処していた。申し訳ないと思う暇があるなら、狩猟してくれと言え。迷惑なんぞ思わん」


「そうだぜ天切さん!水くせぇじゃねーか!言ってくれりゃ狩猟してくんぜ?なんたって世話になってるからな!……狩猟すんの師匠だけど」


「何を言っている。お前も今回は行くんだ。早く用意しろ」


「私もかよッ!?」


「2人とも……」




 さっさと必要だと思うものをリュックに入れてこいと言われ、妃伽は慌ててイソイソと用意を開始した。外に出かけて修業をするときに使っているリュックに水や念のための着替え、懐中電灯などを詰め込み、駆け足で戻ってきた。脚にはメリケンのアタッチメントを入れるレッグポーチを装着し、メリケンも忘れず2つ持ってきた。


 準備出来たぞ!と、胸を張る妃伽に頷き店を出ていこうとする龍已と、それに続く妃伽に虎徹は慌てて声を掛け、ありがとうと口にした。彼等は同じように振り返っていたが互いに顔を見合わせ、そして同時に頷いてみせた。




「俺達に任せておけ」


「すぐモンスターぶっ飛ばして帰ってくるから、美味い飯作って待っててくれよな!」




「ふふっ。頼りになる師弟だなぁ……本当にありがとう。龍已、巌斎さん。腕によりをかけてご飯を作って待ってるよ」




 龍已と妃伽は向かう。謎のモンスターが人の行く道を邪魔をするという問題の場所……山へ。1人の狩人と、その弟子が出会うのは、一体どんなモンスターなのだろうか。








 ──────────────────



 天切虎徹


 特殊な爆薬の原料である爆発する粉の採取量が激減していると報告を受けてから、色々と話し合いなどをして忙しかった。出来るなら自分達で解決したかったものの、策が悉く失敗してどうしようもなかったので龍已達に話した。


 管理も自分でやっていたのに、最近特に何も無かったからと安心していたため、今回の事態が起きたのは自分の所為であり、それを話して助けてもらおうとすることが恥ずかしくて上手く言い出せなかった。





 巌斎妃伽


 爆薬を生成するモンスターが“最上位”であり、そこへ採取に行く途中で業者が襲われていると言うので、周辺には上位のモンスターしか居ないだろうから自分は留守番だろうと思っていた。だが連れていってもらえるならば喜んでいく。例え危険だとしても。何故なら世界で1番信頼する師匠が傍に居るから。





 黒圓龍已


 最近忙しそうにしていた虎徹のことは気になっていた。話してくれれば、依頼料が無くてもモンスターを狩猟しに向かっていた。そもそも、爆薬が手に入らないのは死活問題なので当然手伝う。帰ったらしっかりと言うように叱るつもり。



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