第47話  苛つく






「──────ようやくまた会えましたわね!わたくしの愛しい我が君!」


「……………………。」




「は、はァッ!?」




 6頭の白い毛並みの馬に馬車を引かせていた、純白を基調としたバトルドレスに身を包む美しい女性は、上品な歩み姿で敷かれたレッドカーペットの上を進み、目的の龍已の前まで来ると遠慮も無く正面から抱きついた。


 背中にまで腕を回して隙間が無いくらいにしっかりと抱き締め、心なしか龍已の胸板に頬ずりをしている。真っ白な服に真っ白な肌。神々しさすら感じるその女性は、今が幸せだとでも語るような微笑みを浮かべている。


 妃伽はあまりの自然な抱擁に何の疑問も浮かばず、龍已が抱き締められるまでの一連の過程をただ眺めているだけだった。そして抱きついてから数秒経って初めてハッとした。


 最後の特上位狩人が揃った。今もなお龍已に抱きついている女性が狩人の頂点に存在する特上位クラス。4人しか居ない内の全員が一カ所に集まっている光景など早々見られない。しかし今の妃伽にはその感動はなく、最後の特上位狩人に気を散らされていた。


 龍已が溜め息を吐きながら剥がそうとしても抵抗して全く離れようとしない。その光景を見ていると、妃伽は何故か知らないがモヤモヤしてしまい、反射的に一歩踏み出すと彼等の元まで行き、強引に抱きついた女性を剥がした。剥がされた女性は小首を傾げながら数度まばたきをした後、ふんわりと様になる微笑みを浮かべた。




「あなたはどちら様?わたくしに何かご用かしら?」


「私は巌斎妃伽。黒い死神の弟子だ」


「まぁ……あなたが。お噂はかねがね聞いてますわ。本当でしたのね。あ、わたくしとしたことが……自己紹介がまだでしたわね。失礼を致しましたわ。わたくしはエルグリット。エルグリット・ディ・アクセルロッドですわ。どうぞお見知り置きを。あなたとは長いお付き合いになると思いますので、エルと気軽に呼んでくださいまし」


「……おう。よろしく」


「えぇ。よろしくお願いしますわ。さ、クロ様のお弟子様との自己紹介も終わりましたことですし、クロ様?」


「……何だ」


「わたくしとこれからお茶でもいかが?もちろん予定があるようでしたら無理強いは致しませんが、無ければ是非。これまでのことなどもお聞きになりたいので」


「予定は今のところは無い」


「うふふ。では参りましょう?紅茶の美味しいお店を案内いたしますわ」




 白いバトルドレスに身を包んだ、唯一の女性特上位狩人。エルグリットは話しを早々に切り上げると、ごく自然な動きと流れで龍已の腕に自身の腕を絡ませて歩き始めた。龍已ははぁ……と溜め息を吐きながらだが拒否することはなく、そのまま一緒に歩き出した。


 妃伽はその光景を眺めて、胸にモヤモヤしたものを抱えた。せっかく引き剥がしたというのに、またくっついてしまった。しかも龍已も拒否しない。今度は剥がそうという気持ちにはなれず、モヤモヤを抱えたままメディウムの中に入っていく2人の背を眺めていることしかできなかった。


 何なんだよ、アイツ……。と、誰に聞かせるでもなく小さく呟いた妃伽の両隣にオーガスとスレッドが立った。2人の表情を見ると、微笑ましいものを眺める目をしており、特に珍しい光景でもないようだった。




「まあ見た感じだよね。エルグリットさんはクロさんのことむかーしから好きでねぇ」


「アプローチを『大侵攻』や会う度にかけているんだが、クロは全くなびかんのだ!エルグリットは大層な美人だろう?世の男は放って置かないだろうし、男を選ぶという立場ならば苦労することはない!しかしそんなエルグリットを全く相手にせんのだ!だからそれも拍車にかけているんだろうな!クロ以外は心底どうでもいいと言わんばかりだ!」


「……何でそれを私に言うんだよ。見りゃ、まあ分かるだろ」


「落ち込んでるから慰めてるんだよ。元気出しなってさ」


「あれは会うと必ず見られる光景だ!気にしていたらキリがないぞ!」


「は、はぁ!?落ち込む!?落ち込んでねーわ!何の話してんだよ!私は何とも思ってねーよ!……チッ!」




 妃伽は訳が分からないと言いたげに2人を睨みつけると、その場を後にした。ズンズンと歩いて去っていく彼女を眺め、スレッドとオーガスは顔を見合わせて苦笑いした。機嫌が悪そうになった彼女に悪いと思いつつも、微笑ましい光景がまた1つ増えたと考えていた。




「何とも思ってないなら、あんな不機嫌にならないと思うんだけどねぇ……」


「はっはっは!まあいいではないか!クロを慕う者が増えて!俺は嬉しいぞ!」

















「──────チッ……チッ!何が落ち込んでるだ!意味わかんねェっつーの!あ゙ー、なんかイライラする!」




 メディウムの中に入った妃伽は、人通りの多い大通りを1人で歩きながら苛立った様子を見せていた。それもこれも先程の会話と、龍已とエルグリットの腕を組んだ光景の所為だ。それを見て聞いてからというもの、胸の中にあったモヤモヤがムカムカへと変貌した。


 何だかよく解らないが、イライラして仕方ない。人が居なければそこら辺に置いてあるゴミ箱を蹴っ飛ばしていたかも知れないくらいだ。それくらいの苛つきが彼女の中にあった。


 行く当てもなく適当に歩いていると、同じく大通りを歩いている虎徹を見つけた。何度もメディウムには来ているので散策という訳ではないのだろう。しかしホテルでジッとしているのも暇なので適当にぶらついているところだった。


 ウィンドウショッピングをして時間を潰したり。良いモノがあったら目をつけておいたりしていると、虎徹の方も歩いている妃伽に気がついた様子だった。目も眩むくらいの美少女にしか見えない顔に笑みを浮かべて手を振った。そんな彼の元へ早足でやって来ると、目を丸くする虎徹の腕を取って連れ去った。




「え、えぇ?妃伽ちゃん?」


「虎徹さん。何か食いに行こうぜ」


「……うん。いいよ?じゃあ、少し行ったところに美味しいパフェ出してくれるところがあるから、そこにしよっか」


「……おう」




 腕を掴む妃伽の手に力が入っている。声色からイラついていることはすぐに察したので、拒否はせずに美味しくて甘いものを提供してくれる店を教えた。案内に従って歩いていく妃伽は、身長が高くて足も長いため虎徹よりも歩幅が広い。歩く速度が違うのだが、今の彼女にはそこに気がつけていない。


 早足で進む妃伽と、腕を引かれて小走りになる虎徹。幸い目的の店は近くにあったのですぐに着いた。額にうっすらと掻いた汗を拭って息を整える虎徹は、何でもないように取り繕って端の方のテーブル席へ店員に案内してもらい、出された水をゆっくりと飲んだ。




「……ふぅ……。さ、妃伽ちゃん。何がいい?奢ってあげるから好きなもの頼んでいいよ?オススメはパフェ系のものかなぁ」


「……じゃあ、このチョコバナナパフェ」


「うん、分かった。すいませーん。チョコバナナパフェと珈琲1つください!あ、あとミニ苺パフェも!」


「はーい!」




 虎徹が注文をすると、店員が返事をして厨房にメモした内容を渡した。後ろでパフェが作られて、持ってくるまでの間は2人だけの空間だ。しかしそこに甘酸っぱい雰囲気などはなく、苛立たしげに頬杖を付きながら窓の外を睨むように眺めている妃伽と、人を癒す可愛らしい笑みを浮かべる虎徹だけだった。


 何で妃伽がこんなに苛ついているのかは、流石の虎徹でも分からない。ホテルに居ても暇だったので、適当にぶらついて時間を潰そうとして外に出て、1人でウィンドウショッピングをして少ししたら、偶然妃伽と会って今に至るだけだ。何の事情も知らない。


 妃伽がホテルから出て行った理由は、龍已を除く他の特上位狩人に会うためだ。他のメンバー達が初対面の人を悪く言うことはなく、そんな性格はしていないことを虎徹も知っている。なら何があったのか?と疑問に思っていると、ふとあることを思い出した。


 唯一女性で特上位狩人をしているエルグリットが、自他共に認めるほど龍已大好き人間だった。『大侵攻』の時に、彼女が龍已にベッタリくっついてアプローチをかける光景は見慣れたものだ。一種の名物と言ってもいいだろう。もしかしたらそれを見て、苛ついているのでは?と考えると、一番可能性として高い……と、ほぼ確信した。




「妃伽ちゃん」


「……ンだよ」


「龍已とエルグリットさんは別に恋人関係じゃないよ?」


「ぶッ!?」


「そりゃあ、エルグリットさんは誰が見ても分かるように龍已が好きだけど、だからと言って恋人なんじゃなくて、アプローチしてるだけだからね。妃伽ちゃんが思ってる関係じゃないよ?」


「な、な、なァ!?」


「妃伽ちゃんはそれでイラついてたんでしょ?ふふっ」


「別にイラついてねーし!そもそも──────」


「──────お待たせしましたー!チョコバナナパフェと、ミニ苺パフェ、それと珈琲ですね!」


「はい、ありがとうございます」


「何かありましたらベルでお呼びくださーい!」


「ほらほら、食べないと上のアイスが溶けちゃうよ?」


「……いただきます」




 タイミング良く注文したパフェが到着したため、虎徹と妃伽は話を中断して先に食べることにした。縦長の瓶に入ったコーンフレークとバニラアイス。切られたバナナにチョコのソースがかかっている。色とりどりのチョコのチップが散りばめられ、全体的に甘そうだった。


 長いスプーンを使ってアイスを掬い取り、口に運ぶ。冷たいアイスの味とかかっているチョコソースが口の中に広がる。美味しいと小さく口にすれば、同じく苺パフェを食べていた虎徹も美味しいねと返してくれた。それにうっすらと笑みを浮かべてニ口、三口と食べ進めていった辺りで、虎徹に自身のパフェを差し出した。




「せっかく違う味なんだからちょっと交換しようぜ」


「いいよ。僕は小食だから好きなだけ食べていいよ?」


「虎徹さんのは元より小さいやつだろ?」


「うん。でも少し食べられれば満足するからさ」


「……なら、貰う」


「ふふ。はいどうぞ」




 パフェが美味しいと言った手前、自分だけ珈琲だけ飲んでいるのもおかしいので、一緒にパフェも頼んだ。あまり食べないのでミニサイズにしたのはいいが、それでも数口食べられればいいという考えだったので食べられる分だけ妃伽に食べてもらおうと思い、好きなだけ食べていいと言った。


 むしゃくしゃしていたので、なんだか腹が減っていた妃伽としては貰えるものは貰っておこうと考えて半分くらい食べさせてもらった。後は自分で頼んだバナナチョコパフェを食べていく。パフェが美味しいというだけあって確かに美味い。食べ終わる頃には、苛ついていた感情もほとんど治っていた。




「龍已ってよ、周りから怖がられたりするクセに、好かれる時は好かれてンのな」


「そりゃあ、万人から怖がられることはないでしょ。それに、妃伽ちゃんだって龍已のこと怖がってないでしょ?僕としてはもう少し龍已のこと分かってくれる人が居てもいいと思うんだけどね。本人にその気が無いから怖がられてばかりだけど」


「つか、あれわざとやってんだろ。好かれると囲まれたりしてめんどくせぇからって怖がられるように仕向けてよ。だから無愛想なんじゃねーの?」


「龍已は昔からあんな感じだよ?喋るのは別に苦手じゃないし、話しかければしっかりと受け答えしてくれるけど、あの無表情だからね。無愛想な感じに受け取られやすいんだよ」


「ふーん。つか、ぶっちゃけ龍已と虎徹さんってどんくらいの付き合いなんだ?」


「僕達?結構長いよ?10歳くらいの頃に会ってから友達やってるからぁ……18年くらいかな?」


「……え゛。虎徹さんって28くらいなん?」


「そうだよ?ちなみに僕と龍已は同い年だからね」


「……その顔で28?美少女つか美女っつーか……」




 初めて知った虎徹と龍已の年齢。流石に10代ではないだろうとは思っていたが、28だった。まだお兄さんとも呼べる年齢でありながら、虎徹の見た目は背の小ささもあって美少女にしか見えず、他の見方をすれば美女だろう。金髪に碧眼という組み合わせは、その美貌もあって神々しささえ感じてしまう。


 何だか人体の神秘でも目撃しているような気がしてしまう。虎徹なら死ぬ瞬間まで美しいままなのでは?とすら感じる。28……28かぁ。自分とは10歳以上離れてるなと思っていると、前に座っている虎徹がその美貌をニヤニヤしたものへと変えていた。こういう顔をする時の顔は妃伽を弄ろうとしている時の顔だ。嫌な予感がした時には既に、彼の口は開かれている。




「龍已とは10歳以上離れてるね〜?でも大丈夫。龍已はそういうの気にしないよ。妃伽ちゃんだって全然イケるんだからエルグリットさんに気負けしちゃダメだよ」


「気負けってなんだよ!つかイケるってなんだ!あ゛ーもー!虎徹さんのことなんて嫌いだ!!」


「ふふふ」




 顔を赤くして叫んでいる妃伽を、虎徹は微笑ましそうに眺めながら弄る。この子はとても良い子だから、別に大丈夫だと思うんだけどなぁと思いつつも、龍已が相手を作らない気持ちも理解できる。







 狩人は愛する者の近くではなく、モンスターが蔓延る戦場こそ死に場所なのだ。







 ──────────────────



 エルグリット・ディ・アクセルロッド


 唯一の女性の特上位狩人。4人しか居ない特上位狩人で、その内3人が男なのだが、実力は確かなもの。純白のバトルドレスを身につけており、腰には白い鞭を付けている。


 龍已のことを慕っており、『大侵攻』などで集まった時には必ずアプローチしているが成功した試しがない。しかしそれが逆に恋心に拍車を掛けており、諦めるの文字がない。





 天切虎徹


 年齢28。龍已とは10歳の頃に会った。それからは外で遊ぶような間柄になり友達となった。今では長い付き合いなだけあって親友。なので龍已の昔のことを知っている。





 黒圓龍已


 エルグリットから熱烈なアプローチを受けているが、全く意に返していない。堅物でも有名であり、籠絡しようとする者も中には居たが、無下にされて諦めるのが一番多い。


 無愛想なのは昔からで、だからといって会話が成立しないことはなく、また話しかければしっかりとした受け答えをしてくれる。ただ常に無表情なので叩いても響いていない印象を抱くだけ。




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