第39話  狩猟への誘い






「──────妃伽ちゃん」


「お、椎名じゃねーか。こんなところでどうした?」


「それ私のセリフなんだけど……」




 肩を叩かれたので振り返れば、そこに居るのはにこやかな笑みを浮かべる友人の女狩人の椎名だった。狩人の集会場なのだから居ても当然だ。妃伽は軽口を叩いてよっと軽く挨拶をした。


 椎名はまだ来たばかりだ。なのに何故か集会場がいつもと違う騒がしさがしたので近くの狩人に聞いてみたところ、黒い死神とその弟子が訪れたと言うので、こうして妃伽のところへ来たという訳だ。入れ違いになったので龍已とは会っておらず、掲示板の前で依頼書を見ている彼女のところへ来た。


 この前も一緒に出かけて遊んだ仲なので親しい友人らしい雰囲気に包まれる。狩人登録ができたので周りの視線がもう気になっていないとはいえ、ずっと1人で居るのもつまらなかったのでちょうど良かった。気軽に話せる椎名は良いタイミングで来てくれたものだ。




「それで、聞きかじった感じだと狩人登録したんだってね」


「おう。今さっき終わらせてきたところだ」


「推薦者って黒い死神?」


「そうだぜ。師匠がそう書けって言うからよ」


「……そっか。なら確実だね」


「ん?何がだ?」


「……ふふ、何でもないよ。妃伽ちゃんは気にしなくていい。多分明日には狩人カード届くよ」


「そんなはえーの?」


「まあ、人手不足だしねー」


「……そうには見えねーけど」




 その場で見回すと、かなりの数の狩人が1階の広場に居る。数十人が居るはずだ。かなり広く作られている集会場なのに、わいわいと賑わっているのがその証拠と言える。食べて飲んで、語って肩を組んで、狩人だと言われなければ昼間から酒を飲んでいる酔っぱらいにすら思える。だが椎名は首を横に振る。




「そう見えるだけだよ。狩人の数は減っていく一方だから。モンスターを1体狩猟する間に、狩人は10人死ぬと言われてる。集団になって襲ってきたら1度に一体何十人死ぬか。腕や脚が無くなっても狩人は死ぬ。もう戦えない。今こうして酒飲んでる狩人も、戦場に出れば強いよ。五体満足なのは、モンスターに勝ってる何よりの証だからね。仲間が死んで悔やんで、家族が殺されて憎んで、そういう心をどうにか隠して気を休めるために今こうしてる。妃伽ちゃん、狩人はね……とても辛いんだ」


「……そうだよな。一瞬でも陽気な奴等だと思っちまった。わりィ」


「あははっ!中には本当に酒が好きで酒代のためにモンスターと戦ってるっていう度し難いのも居るからいいのいいの!ただ、そう見えてるだけだよって教えたかっただけ。気にしなくて大丈夫だから。ほら、妃伽ちゃんも一緒に何か食べようか。ここの料理は美味しいよ~?」


「マジか!何にすっかなー!」




 狩人は辛い職業だ。血生臭く、生傷が絶えない。戦場では常に死の気配が付き纏う。振り払えない。獲物を狙う視線を振り切れない。どこから襲われても文句は言えず、どこで死んでもおかしくない。妃伽はまた認識が緩くなりそうなのを恥じて、椎名に謝ったが彼女は気にしていない。そういうのもあると、教えてあげたかっただけなのだ。


 食事に誘われた妃伽は、椎名と共に空いている席に座る。程なくして食事処の店員がメニュー表と水の入ったコップを持ってやって来た。オススメはやはり肉料理らしい。体が資本の狩人は男が多く、男はやはり肉を好む傾向にあるようだ。メニュー表を見てみても、肉料理がメインになっている。


 さてどうするかなと悩んでいたが、結局炒飯と唐揚げにした。椎名はそこまでガッツリ食べるつもりはないようでパスタにしていた。メニューをメモした店員が笑顔で少し待っていてくださいと言って去るのを眺めてから、頬に手をついて行儀悪く待った。




「なーなー、椎名」


「どうしたの?」


「お前はチームとか組んでねーの?」


「そりゃ組んでるよ。弓でソロは難しいからね」


「ふーん。なら銃使えば良いじゃねーか。もっと強くね?」


「確かに一撃の強さはそうだけど、重くてさ。弓なら機動力も高いまま動けるし。それに、弓と言ってもただ普通の矢を撃つだけじゃないんだよ?はい、これ見てみなよ」


「ん~?……何だこれ」


「特殊な矢だよ。刺さった後に爆発するの」




 椎名は腰に下げている矢筒から1本矢を取り出して手渡してきた。受け取って見ていると、矢の先端にあるやじりが少し大きめになっているのに気がつく。指でちょんちょんと触っていると、爆発するの矢だと教えられて突くのをやめる。原始的な矢を使うのではなく、技術を詰め込んだ矢を使う。


 渡したのは爆発する矢だ。モンスターの皮膚に刺さると自動的に爆発する。しかし内蔵されている爆薬は少ないのでそこまで大きなダメージは与えられない。いっても気休め程度だろう。だがそれで良い。弓はメインで倒しにいくような武器ではなく、モンスターの意識を撹乱して隙を作り、仲間に繋げるのがメインだ。




「他にも毒が塗ってあったりする矢もあるよ。でも私だけじゃ斃せないから、仲間に繋げるのが仕事。遠距離勢は機関銃やバズーカみたいな武器じゃない限りは斃しにはいかないからね」


「そうか?師匠はあの狙撃銃とか、脚に付けてる銃でモンスターぶっ殺してたけどな。狙撃銃とか、頭吹っ飛ばしてたし」


「あれはねぇ……黒い死神の武器は特別製なんだよ。聞いたことあるでしょ?普通の人が扱える武器じゃないって。噂だと、あの大口径狙撃銃を腕力に自信がある狩人が使っても腕が消し飛ぶらしいよ」


「そういや、師匠は普通の武器使えないんだってよ。すぐぶっ壊しちまうらしい」


「厳密には、使使だね」


「何でだ?」


「あ、まだ見たことないかな?黒い死神はね、落ちている武器を何でも使うし、何でも使えるんだよ。狩人とモンスターが入り混じって戦う大規模な戦いだと見られるよ。スゴいよあれは……まるで手脚のように、力強く舞うように狩るの。一切の無駄のない動きは、ついつい魅入っちゃうよ。戦場なのにね」


「……そういやァ……」




 虎徹が特別な伝手を使って手に入れた、街を襲ったモンスターの大群の頭ウルキラムと龍已が戦ったビデオ。その戦闘の中で、落ちている他者の武器を使っていた場面があった。落ちていれば使おうとするのは割と普通に考えられるが、使いこなすのはまた別の話になる。


 狩人は一芸だけでは務まらない。何時かに彼が言った言葉。言ったからには体現するのが彼だ。きっと他からすれば想像を絶する鍛練を積んだに違いない。生まれながらにして最強と思われている節があるが、彼は見えないところで努力をしていることを、弟子である妃伽と親友の虎徹だけが知っている。


 でも、やっぱり龍已は凄いと思った。自身はメリケンしか使えないことを鑑みると、銃を使って近接の武器も使い、変幻自在に戦いながら無傷で勝ち、最強と謳われる。いつか、いつの日か彼と肩を並べて狩猟をしたいと思った。師弟も関係無く、狩人として隣に立ちたいと思った。もちろん、その内黒い死神を追い抜いてやるつもりだが。




「でも──────使い続けると黒い死神の力に負けて壊れるんだよ」


「……武器がか?」


「そうそう。大剣でも砕けるか折れるかだし、機関銃だったら盾に使われて壊れる。弓なら引かれすぎて強靭な弦が切れるし、槍なら刺突の衝撃に耐えられなくて真っ二つ。兎に角、黒い死神の力に耐えられない」


「思ったんだがよ、師匠って力強くねーか?」


「噂では、10メートル級のモンスターを蹴りで吹っ飛ばしたってさ。怪力無双だよねー」


「流石はバケモンだな」


「……それ本人に言っちゃダメだからね?」


「いや言ってるし」


「どういう精神力してるの……?きも座りすぎ……」




 ドン引きした表情をする椎名に首を傾げる。遠慮がない妃伽はズケズケと龍已に色々言っている。本人が気にしていないものの、他の人からしてみれば死ぬ思いだろう。最上位狩人でも黒い死神の彼には不遜な態度などとれない。やったら最後、どうなるか想像がつかないからだ。


 よくあの人に言えるなぁと呆れている椎名に、妃伽は普通に話が通じる奴だし、優しいと妃伽は言う。それを聞いても想像ができない。いや、実際黒い死神は一般人を守っている。モンスターに襲われて危ないところの狩人も居合わせれば助けてくれる。しかしやはりと言うべきか、怖いのだ。雰囲気が恐ろしく感じてしまう。


 苦笑いしながらそう告げる椎名に、ムッとする。尊敬する人のことを悪く言われたらそれはそうだ。修業は厳しいが、ずっと厳しいなんてことはない。休みも与えてくれるし、言えば買い物にも付き合ってくれる。だから皆が思うほど怖くはないのだ。




「怖くねーんだけどなァ……」


「そう言える妃伽ちゃんはすごいよ。普通はそう言わないもの」


「ケッ。……あれ、そういや椎名は今日狩猟に行かねーのか?普通に飯食ってるから忘れてたけどよ。お、唐揚げ美味ぇ」


「今日はもういいかなって。明日行くつもり」


「へー」


「……妃伽ちゃん。一緒に行ってみる?」


「んー。……は?」


「だから、狩猟に。妃伽ちゃんの狩人カードは明日にはもう届いてる筈だから、そのまま私と狩猟に行ってみる?って」


「……良いのか?私、師匠としか連携とらなかったから合わせられねーかも知んねぇぞ」


「いいのいいの。そんなの最初は誰だってそうよ。そこから覚えていけばいいんだから。で、どう?私的には妃伽ちゃんと狩猟してみたいなぁ」


「……へへっ。いいぜ。椎名とならやれそうだ」


「やった!一応私の仲間も居るから明日紹介するね。大丈夫、みんな良い子達だから!」


「おう。じゃあ明日は頼むぜ!」




 急遽になってしまったが、椎名とその仲間と狩猟をすることになった。狩人カードが届いてすぐに狩猟とは、狩人の鑑とも言えるだろう。妃伽としても、龍已以外の誰かと一緒に狩猟するという機会は得たかったので渡りに船だ。修業が入っていたかも知れないが、事情を説明すればきっと許してもらえるだろう。


 妃伽は炒飯を食べるのに使っている大きめのスプーンを置いて、椎名に手を差し出す。明日はよろしくの意味を込めた握手。椎名は嬉しそうにその手を取ってくれた。下位からスタートする妃伽を連れて行くということは、受ける依頼も下位のものになる。上位の狩人である椎名にとってはあまりウマくない内容になるだろう。


 何となくそれを察しているのだが、椎名は一緒に狩猟ができると嬉しそうに笑い、残るパスタを食べ進めた。椎名がいいならいいかと思い、先に食べ終えた妃伽はタブレットで龍已にメッセージを送る。明日は授業の予定だったが、椎名と依頼に行くことになったから休ませてくれとという内容だ。


 返信はすぐに来た。龍已はついでに下位の依頼を受けただけなので、目標を達成するのは早いだろう。もしかしたら既に依頼は終わらせているかも知れない。だからメッセージに気づいたのかもと思いながら、返信されたメッセージに許可する旨が書かれていることにガッツポーズをして、椎名に許可が下りたことを伝えた。




「じゃあ明日の朝、ここに集合ね?」


「おう!」




 集まる時間と場所を決めて椎名と妃伽は笑い合う。明日が楽しみだと話して、何のモンスターを狩猟しようか相談していくのだった。





















「──────俺以外の狩人との連携の機会がこうも早く訪れるとはな」




 廃れた村の跡地に、龍已はモンスターを狩りにやって来ていた。下位のモンスター数体が依頼にあった内容なのだが、数が多く集団で襲ってきた。それを全て大口径狙撃銃で狩猟した。彼の周囲には数十体にもなる下位のモンスターが屍となって転がっている。


 本来は5体でいいところを、数十体という数である。数倍の数を狩猟することになっているのは、爆発音と間違う銃声に寄ってきたというのもあるのだろうが、その他にも何らかの原因があると考えていい。そしてその理由を彼は既に知っている。だから慌てることもなく、疑問にすら感じていない。




「そろそろ時期が来る。巌斎を狩人にしておかなければならなかったが、間に合ったな」




 少し急ぎ足になっていたかも知れないが……そう誰に聞かせるわけでもなく独り言を呟いた龍已は、明後日の方向へ大口径狙撃銃の銃口を向けてサイトを覗き込むことも無く引き金を引いた。発射された弾は砕けた石壁の物陰からモンスターが頭を出した瞬間に命中し、脳髄をぶちまけて頭を粉々に吹き飛ばした。


 彼は何かを考えて、妃伽の修業を急ぎ足でやっていたようだ。何故、そんなことをしたのかはまだ解らない。しかし彼のことだ。理由も無く行ったりはしないだろう。そして、必ずや深い意味があり、妃伽の成長に結びつく筈だ。龍已はこれからの予定を考えながら、狙撃でまた1体モンスターを狩猟した。








 ──────────────────



 巌斎妃伽


 思ったよりもずっと狩人カードの到着が早くてビックリ。けど正規に依頼が受けられるようになるので嬉しい。


 椎名とそのチームとで狩猟に行けることになった。他の狩人がどうやって戦うのか知りたかったので幸先がいいと思っている。龍已としか連携を取らなかったので、少し緊張する。





 黒圓龍已


 まさか妃伽の方から他の狩人と狩猟に行くと言われるとは思わなかった。が、いずれはやらせようと思っていたので手間が省けた。


 椎名という上位狩人のことは知っている。度々妃伽が口にする名前であるので狩人なんだということは分かるが、実際に顔を合わせた訳ではないので詳しくは知らない。





 椎名


 折角なので妃伽と一緒に狩猟したいと思い誘った。黒い死神の弟子ということもあり、実力がどんなものなのか知りたいという考えもある。




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