手を貸してくれませんか 2

 僕は顔合わせ会に来たことを開始10分で後悔した。小学生の体力と騒々しさと危なっかしさと狡猾さを甘く見すぎていた。

 あすなろ公園は、多少の遊具やアスレチックはあるものの、ほとんどが草地が広がる市民の憩いの地のような場所だった。風薫る春の終わり、陽気もいいのでご老人やベビーカーを押す夫婦が散歩していたり、少女2人がバドミントンをしていたり、親子でキャッチボールしていたり、中には大木の前にイーゼルを立てて絵を描いている人もいた。

 広がる草原の向こうから集団がやって来るのを見つけると、集合の声がかかった。お出迎えのために並んで待っている間、顔合わせする子どもたちがわらわらと歩いてくるところを眺めている分にはかわいらしかった。正式には指導員というらしいが、便宜上学童の先生と呼ばせてもらう。エプロン姿の学童の先生に号令を促されて、元気に挨拶をする礼儀正しい子どもたちだった。

 1人1人の名前だけの自己紹介が終わると、さっそく最初のレクリエーションに移った。小学生も大学生もそれぞれ30人くらいはいるし、全員安全ピンタイプの名札をつけているので顔と名前を覚えなくても充分、という判断だろう。僕はどちらかというと自己紹介に困るタイプなのでその仕様自体はありがたい。

 問題はすぐに始まった鬼ごっこだ。増殖鬼、という、簡単に言えば鬼に捕まると鬼になるタイプの鬼ごっこだから最初の鬼は少なめに設定された。大学生側の男性陣と女性陣でそれぞれジャンケンしたところ、男性陣の最初の鬼は僕になった。

 学童の先生は、お願いしますねー、というように四隅に散らばって、手を振っていた。後で聞くと、あすなろ公園はみんなのものだから、要するに他の利用者に迷惑がかからないように、学童の子たちが動ける範囲を示す目印代わり、結界なのだという。子どもを預かる側としたら、鬼ごっこなどやろうものなら蜘蛛の子のように散ってどこまでも行ってしまうだろうから、迷子を出さないようにする工夫でもあるのだろう。

 女性陣から選出された鬼は、名札にはあこ、と書かれていた。ズボンを履いているとはいえサルエルだし、低いけどヒール靴だし真っ白なニットセーターだった。こっちは例のポリエステルの上着にTシャツにジーンズにスニーカー、全部古着で売ってもろくな値段にならないくらい着古したものだ。やる気あるのかと聞きたくなってしまった。

 学生側からも出した監視役を除けば、約50人を2人で捕まえる。何乗という計算で増えるとはいえ、誰か1人は捕まえなければ元も子もなかった。

 十数えて始まった鬼ごっこは、大学生も本気で走るが、小学生の本気も早かった。ダッシュしても、某ブランドスニーカーのおかげか小学生には勝てない。いや、ここは僕の不足を恨もう。追い詰めても、右に左に反復横跳びをされて交わされるし、彼らは平気で陣地の外に出ようとする。さすがに学童の先生が「結界から外に出るなー!」と声を張り上げて注意するも、結界からプラス半径1メートルが実質的に陣地になってしまった。ドッジボールだったらアウトだろうに。どういうルールでやってるんだ。

 もし僕がプライドも人間性もかなぐり捨てて勝ちに行く人間だったら、女子をターゲットにしただろう。もし女性陣から鬼が出ないのならそうしたに違いない。女子が捕まらない鬼ごっこは、それはそれで不公平だ。でも、都会デートみたいな格好で来た女、の子の鬼もいるのだ。正々堂々男子を捕まえに行くことにした。

 ようやく若干足の遅い子と隙ができた子の2人を捕まえて余裕ができると、少しずつだが鬼が増えてきた。

 そして周囲を見ることもできてしまったので、足の速い男子たちと、隅で固まって女子たちにカチンと来た。

 足の速い男子たちは、僕が追いつけないとわかると、へらへらとしながらこっちっすよ~、などと下手な幽霊のまねのように手を振って、集団であおってきた。僕の足が遅くて話にならないというのは申し訳ないが、少なくとも年上、しかも初対面の相手だというのに、人間に対しての礼儀が欠如していた。ここまで人をなめきった態度の悪さは、年下の子たちへの教育にもよくない。

 残りの時間を使ってまず大学生を男女構わず追い詰めて鬼にし、総力戦でなめ腐った男子を集中的に追い回した。こちらは頭脳戦も使える。挟み撃ちにしたりよけた隙を狙ったり学童の先生がいる四隅に追い詰めたりと大人げなさを発揮し、中心格の1人以外は全員捕まえることができた。

 女子の方は、最初からやる気がなさそうにてれてれ走っていたのだが、女性の鬼が来るなり集団で捕まりに行ったと思うと、鬼を放棄した。学童の先生の目を避けるように場所取りすると、楽しそうにおしゃべりを始めた。学校の休み時間なら微笑ましい光景だ。だが、これは仁義なき鬼ごっこ、じゃない、交流を深めるためのレクリエーションなのだ。やるべきことを放棄して仲間内で遊ばれては意味がない。こちらも下の学年の手本になれるようでなければ困る。

 さすがにまずいと思っただろう。一旦このセットを終わりにしてから、女子の先輩が彼女たちのグループを引き裂いて何人かを鬼に指名した。仲を引き裂かれた女の子たちはえーと不満げだったが、足がふらふらになってしまうまでは鬼ごっこに真面目に参加していた。見ている人もいるんだな、と安心した。

 2セット目が終わったときには、ヘトヘトになって地面に転がり込んでしまった。正直、1セット目は半分を鬼にしたし、2セット目もものの数分で鬼になったものの、ずっと駆けずり回ったのだから充分だろう。明日は筋肉痛になることを覚悟しながら、達成感を覚えた。

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