運命の糸のその先は 4

 4限から5限と、連続して同じこの狭い教室での講義を受けるメンバーがわっと前方の席へと集まる。5限の教授は、厳密に言うとどのような肩書きで教壇に立っているのかは知らないが、前の列から埋まっていないと機嫌を損ねるタイプだと1回目の授業で身にしみているからだ。最初から前方の席に座っている僕には、さほど関係のない話だけれど。

「なんか辛気くさい顔してるな」

 4限が終わると、僕の隣の席に座っていた男子学生が珍しく僕に話しかけてきた。荻野おぎのという、高校生の頃はクラスの中で率先して騒いでいたタイプだろうと想像に難くない、明るさが唯一の取り柄みたいな男だった。

「そりゃああんたが隣に来るからでしょ。こんなうるさいの」

「あー、浦田うらたちゃんひどい」

「でも確かに荻野が来たらオレも泣いちゃう」

梶山かじやままでひでーなー。もー。

 そんなことないよって言ってくれよー、矢代ー」

 そう言って荻野君に抱きつかれたので、思わずうわっ、と身を引いてしまった。

「ドン引きしてるじゃないのよー」

「ごめんな、このバカに付き合わされて」

 一応、全員同じ学科だから、2人に謝られることはないのだけれど……。

 荻野君を引き剥がして、僕は大丈夫だから、と2人に謝った。

 浦田さんはすごくしっかりしていて、率先してリーダーなどを引き受けてくれる人だ。だが、アイラインをしっかり引いたその目で見られると、にらまれたかと思って萎縮してしまうし、発色のよいルージュから飛び出す言葉はやはり迫力がある。

 対照的に穏やかそうに見える梶山君は、たまに心にグサリと刺さるような爆弾発言をして逆にヒヤヒヤさせる。

「ちょっと考え事してて」

「えっ、なになに、彼女?」

「バカは黙ってて」

 浦田さんが荻野君を制する。荻野君の言う彼女ではないが、ちょっと心配事があってね、と話し始めた。

「2限で同じ講義とって仲良くなった友達がいるんだけどさ。

 講義後に僕とその2人でお昼に行こうとしたら、講堂の出口でアンケートに協力してくれって言われてね」

「アンケート?」

 浦田さんが眉をつり上がらせる。

「ゼミの研究の一環でとってるんだって」

 浦田さんに答えると、続けて、と返された。

「で、1人が嫌がったからお断りしたら、断った理由を聞かせてくれって」

「は? おかしくね?」

 今度は荻野君が言う。わかりやすいくらい、怒っていた。

「僕もそう思って、3人で逃げたんだけど」

「それ、待ち伏せされてたんじゃないかな」

 梶山君に言われて、やっぱり、と確信した。内心、僕も感じていたのだ。講堂から出てきた僕たちに割り込んできたあたり、そうなんじゃないか、と。現に1週間前に出くわしているのだから、そのぐらい考えられても不思議ではない。

「どういうこと?」と聞く浦田さんと口を開けたままの荻野君に、梶山君は話し出した。

「どこかで矢代君たちがマークされていて、あるいはその講義をとっている1年生をカモにしようとしていたんだと思う。それで、アンケート調査を装って矢代君たちに接触しようとしたんじゃないかな。

 協力を断られて理由を問い詰めたのは、アンケートで矢代君たちから何かを聞き出したかったからだと思う」

「何かって?」

「例えば個人情報とか」

 もしあのまま答えていたらと思うと、ぞっと背筋が寒くなった。断るきっかけをくれた赤井さんに感謝した。

「そういえば悪徳商法とかでもそういうのあるわね。注意喚起しておいたほうが良さそう。

 何て名乗ってたの?」

「ええと、文学部人類文化学科の2年の真壁って言っていたけど」

「2年生ってゼミに入るの?」

 荻野君の疑問に、はっと気づかされた。言われてみれば、僕らの学科では3年生から研究ゼミに所属するという話を聞いたはずだ。文学部は2年生から配属される可能性もなくはないが、そこを追及しなかったのも甘かった。

「もしかして適当な肩書きを名乗ってるんじゃ」

 浦田さんが口にした言葉は、疑惑をどんどん深めていった。

「それもあり得る。中には大学生に混じって詐欺や宗教勧誘を働く人もいるくらいだから」

「詐欺! 宗教勧誘!」

 梶山君の仮説に荻野君がギャーギャー騒ぐ。

「そういえばすごく顔がよかったなあ」

 僕のつぶやきが、火に油を注いだ。

「真っ黒じゃないの!」

「どう考えてもアンケートと称して矢代君たちを誘いだし、個人情報やお金をだまし取る気でいたんだ。

 矢代、絶対ついて行ったらダメなやつだよ。美女やイケメンにホイホイついて行ったら詐欺グループか新興宗教だからね」

「絶対関わったらヤバいやつじゃん!」

 教室の中で最後に咳払いが響き渡った。

 あまりにも騒ぎすぎたのか、いつの間にか他の学生からの注目の的になっていた。壇上の教授は、冷たい目線で僕たちを見下ろしていた。

「えー、騒がないように。それから、講義が始まりますので。

 それから君、えーと君、本当の話なら後で学生支援課に報告しておくように」

 そこからは水を打ったように教授以外誰も言葉を発さない90分が続いた。終わってから学生支援課に行くと、無情にも本日終了のお知らせが貼り出されていた。僕は明日に用件を持ち越して帰るしかなくなった。

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