運命の糸のその先は 5

 翌日、学生支援課に駆け込んでみると、伊納いのうさんという職員の方に話を聞いてもらうことができた。ロマンスグレーと表現もできる髪色で、穏やかそうな印象が残った。

「確かに怪しいといえますね」

 第一声、はっきりと伊納さんは告げた。

「まあ、今のところは注意喚起くらいしかできないとは思いますが。

 ですが、ご友人の指摘通り、学部の2年生でゼミに所属している学生はほぼいないはずです。ゼミ生でしたら、所属のゼミまで名乗るのが礼儀でしょうし、アンケートに協力できない理由を尋ねるということはまずしません。うちの学生かどうかも怪しいところですね」

 あの3人の指摘は間違っていなかったということだ。同学年でありながら、細かいところに気づけることには尊敬する。

「そこでですが、矢代さんのお話だと、真壁とは面識があったのですよね。

 どういったご関係で?」

「実は、その前の週、講堂を出ようとして立川君が扉を開けたら、向こうにいる人に扉をぶつけて転ばせてしまうということがありました。

 その転ばせてしまったのが真壁さんだったんです」

「ほう」

 伊納さんはメモを取っていた手を止めて、パソコンで何やら検索し出した。

「矢代さんたちが受けている講義は数学基礎の次、確かに講義が入っていますね。ほとんど1年次に受けるとは思いますが、再履修の可能性もありますので調べてみないとなんとも。

 それからもう1つ、顔を覚えられていますよね?」

「だと思います」

「真壁以外の人間が声をかけてくる可能性もあります。立川さんと赤井さんにも伝えてください」

「わかりました」

 学生支援課の方でも気をつける、とは言ってくれたものの、何しろ4月だ。すぐに対処できるかどうかはわからないから、くれぐれも自分たちで気をつけてください、と念を押された。伊納さんは、心苦しそうな表情をしていた。

 伊納さんからの注意を伝えようとスマホのメッセージアプリを起動させる。ところが、いくら探しても連絡先には響も赤井さんも出てこない。首をかしげていると、未だに連絡先を知らないのだ、と思い当たった。3人とも全員学部が違うし、高校の時は接点がなかった。講義で一緒になるだけの仲だったから、誰も言い出さなかったのだ。

 1週間後では遅い。しかし、数学基礎以外の授業で会うこともないし……。

 考えた末に、サークル見学でなら会えるのではないかと思い当たり、探してみることにした。

 3限の学科の必修科目の授業を終えて、とりあえず例の3人に聞いてみることにした。

「お願いがあるんだけどさ」

 僕から話しかけたせいか、3人とも肩をふるわせて僕を見た。とりあえず謝った。

「謝ることじゃないんだよ」

「お願いって?」

「3人はサークル見学とか行ってる?」

 そう切り出して、3人が行ったことのあるサークルをあげてもらった。2人が行きそうな中では、荻野君はテニスサークル、梶山君は読書サークルと合唱サークル、浦田さんは教育系サークルに行ったことがある、と教えてくれた。

「実は、昨日言っていた友達っていうのが、教育学部の立川っていう男子と人文学部の赤井っていう女子なんだけど」

「女子が友達なのか!」

 興奮してしゃべる荻野君に、梶山君が口を塞ぐ。浦野さんが続けて、と言った。

「最初は数学基礎で一緒になっただけなんだけど、お互いの話をしていたら3人とも高校の同級生だったことがわかったんだ。友達っていっても、その後一緒にご飯食べに行くくらいの付き合いしかないんだけど。

 ここからが本題で、教育系サークルって、子どもと遊ぶサークルだよね?

 浦田さん、立川響って聞いたことある? 背が高くて、短髪のスポーツマン、って感じの男子」

 浦田さんは、首をかしげた。

「たぶんいなかったと思う。男子は少ないから覚えてるはずだし。

 あたしが行ったのはインカレサークルで、教育学部以外の人たちも多いって話だし、もしかすると教育学部なら、同じ学部の学生が多いサークルに行くんじゃない?」

 教育系サークルは3つほどあったはずだ。1つが潰れただけでもありがたいのに、助言までしてもらえたのは本当に助かる。

「梶山君、ありがとう。

 赤井の方はすごい迷っているって話だったから、どこにいくか分からないんだ。テニスサークルのマネージャー希望だったらしいんだ。

 荻野君、赤いマフラーを巻いた女子なんだけど、見たことある?」

「かわいい?」

「……まあ」

 主観によるのでなんとも言えない。それでも、荻野君はうーんとうなりながら記憶をひねり出してくれた。

「オレが行ったところもいなかった、はず」

 荻野君にもお礼を言って、梶山君に向き合った。

「梶山君、読書サークルか合唱サークルに今後行く予定ある?」

「アカペラね。そっちは行くつもり」

「もし赤いマフラーの女子を見かけたら教えて欲しいんだ。学生支援課に相談したことを話したいから」

「まあ、いいけどさ」

 頭を下げてよろしくお願いします、と梶山君に伝えた。

「待った」

 浦野さんが待ったをかけた。

「テニスは百歩譲って屋外でやるから、防寒で巻いてる可能性もあるけど、読書もアカペラの合唱も室内でやるでしょ。

 マフラー以外の特徴も教えておかなきゃ」

 それもそうか、と思って赤井の特徴を思い描いてみるも、いつも印象に残るのは首元の赤いマフラーだった。

「髪は、確か肩につくくらいで、色白、だった気もするけど、後は」

「いいや、矢代君。名前でピンと来たら伝えておくね」

「……恩に着ます」

 ともかく、いちいちサークルをのぞき見して2人を探す事態だけは避けられたようだ。

 安堵していると、突然、視界が黒くなった。

 目の前にいた3人の代わりに、果てしない闇が広がっている。そして、首元が苦しくなるあの感覚。またあの悪夢が、僕を襲った。

 数秒で天地が反転して、気づくと僕は廊下に倒れ込んでいた。「大丈夫?」といいながら僕の元へかがみ込んでいる3人の息づかいが聞こえる。

「大丈夫。貧血か、何かだと思う」

 上体を起こしながら僕は答えた。

 救護室に行こうか、とか、しばらくどこかで休んだら、と気遣ってくれる。いい人たちだ、と人ごとのように思った。

 反対を押し切って最後の講義まで受けたものの、特に体調に問題はなかった。だが、梶山君たちは、今日はまっすぐ帰れ、と伝えてきた。いろんな人に頼んでみるから、と。

 早く伝えた方がいいものの、あれだけ必死で言われてしまうと、反って厚意を無駄にしてしまう気がしたので、おとなしく帰宅することにした。

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